第4話 《双頭》改名
《双頭》の一人、ラガー目線です!
「今までの威勢はどうした」
そう動けない俺、《二つ名》冒険者《双頭》の片割れであるラガーへと静かに告げた男からは濃密な強者の威圧が漏れ出ていた。
強者の威圧、それは冒険者として命のすり減らすような生活を過ごしてきていた俺たちが得た、圧倒的強者を感じるための第六感のようなもの。
そしてそれを目の前の優男から感じたことによって、ようやく俺は自分がどんな相手に喧嘩を売ったのかを理解する。
「………つくづく見下げた男だな」
ーーー 目の前の男は、俺たちのような偽物とは違う本物の《二つ名》持ちに匹敵する存在であると。
そのことを理解した瞬間、俺はその場にへたり込んでしまいそうな後悔に襲われる。
……圧倒的強者に喧嘩を売るという行動は禁忌でしかない。
たしかに優男が釣れていた妻らしきルイジアと呼ばれていた女は、現在マリンシルで特権階級である俺でさえ見たことがないような美貌を有していた。
けれども、あの優男がこれ程の実力を持っていると知っていれば手を出そうなど考えさえしなかっただろうに。
「………ちくしょう」
だが、優男から感じる怒りにその後悔がもはや手遅れであることを俺は理解する。
頭に先程、《双頭》の一人サラージが男に殴らた光景が蘇る。
その剣速はいくら《二つ名》は偽物だといえ、ある程度の実力を有している俺でさえ見ることのできないものだった。
つまり、俺はここから逃げることさえ出来ない。
それ程優男と俺の実力差は開いている。
……けれども、だからと言ってむざむざ死ぬことを受け入れることなど出来るわけがなかった。
だから、俺は優男を騙す覚悟を決めた。
俺はこの場から逃げ出す、そのために動揺も恐怖も全て胸の内に封じ込めて、優男へと口を開いた。
「中々の実力を持っているようだな」
◇◆◇
俺たちは《双頭》という《二つ名》を有しながら、二人の力を合わせても《二つ名》持ちには勝つことができないだろう。
そう、俺たちはその程度の実力しか持たない偽物でしかない。
ーーー だが、《双頭》という《二つ名》はマリンシルの憲兵としてギルドに正式に認められているものだ。
「ある程度の実力はあると思っていたが、それも過小評価だったようだな」
だがら、その《二つ名》を俺は利用することにした。
たしかに俺は弱い。
けれども《双頭》という《二つ名》には相手を威圧させるだけの威光がある。
……そう、大抵の人間が真剣勝負を躊躇するその程度には。
「まぁ、《双頭》である俺も戦いたい気分ではない。その女は諦めてやろう」
つまり、俺の計画は相手に真剣勝負を《二つ名》をちらつかせることで躊躇させて、堂々とその場を去るというものだった。
決して俺自身は相手から恐れられるような大した実績など作ってはいない。
けれども本物の《双頭》、いや、先代とでもいうべき人間はかなり武名が高い人物だったらしい。
だがら俺はこれで優男が自分に手を出してくることはないだろうと確信し、無用心に後ろを向いて歩き出そうとして。
「がばっ!?」
………次の瞬間、背中に走った衝動に奇声を上げながら地面に倒れることとなった。
「おい、逃げられると思ったのか?」
「な、なっ!?」
一瞬、俺は何が起きたか理解できなかった。
けれども地面に倒れた時にできた傷の痛みでようやく何が起きたかを理解する。
そう自分が優男にけり倒されたということを。
そしてその瞬間、俺は心の内を全て喚き出したい衝動に駆られる。
何故、《双頭》の名を聴きながら手を出したのだと。
謝るんで本当に勘弁してくださいと。
けれども、ここで下手に出るわけにはいかない。
これで俺が実は《二つ名》持ちになんて到底及ばない実力しか持っていないと知られれば、自分がどうなるかなんて分からないのだから。
だから俺は必死に恐怖を押し隠して再度口を開いてみせる。
「………お前、自分が何をしたのか……ぶばっ!?」
けれども、それも優男は無視して俺を再度蹴りつけてきた。
「ふざけるなよお前ただでさえこっちは子守で神経尖らせているのに何人の家族に手を出そうとしてんだよお前」
……しかも、何か凄い表情で何事かをぶつぶつ呟きながら。
そしてその優男の様子を見た時、ようやく俺は理解した。
目の前の男は絶対に手を出してはならなかったそんな人間であったことを。
そして下手な言い訳など通用するような相手では無かったということを。
「す、すいません!あ、謝るので助けてください!お、お願いします!」
そのことを悟った瞬間、俺は自分が《二つ名》持ちであることや、周囲の視線など全てを頭から忘れて優男に嘆願していた。
………けれども、もう手遅れでしかなかった。
優男が、足で俺を踏みつけ、腰から剣を抜く。
俺は何とかその場から逃げようと身体を震わせるが、もちろん逃げ出せる訳などない。
「や、やめ……」
そして男の剣が振り下ろされた。
◇◆◇
「あ、あれ?」
死を覚悟して目を閉じてからしばらく。
いつまでたっても痛みがないことで俺は思わず疑問の声を上げていた。
「……は?」
そして恐る恐る目を開いた俺の目に入ってきた光景は何か金色のものが空中をひらりひらりと舞う光景だった。
それは何が起きたのか全く分からない光景で、けれどもただひとつだけたしかなあることを確信して俺は笑った。
「い、生きている!は、ははは!」
そう、俺はたしかに生きていた。
優男に剣を構えられた時、俺ははっきりと死を意識した。
けれども今、俺はきちんと生きているのだ。
そして俺は生きているという歓喜に突き動かされるまま笑う。
「あれ?」
……しかし、それは頭部の異様な寒さに気付くまでの間だった。
急激に頭部が冷ややかな感覚がした俺はふと頭部に手をやる。
「………は?」
そしてその際手に触れた地肌の感覚に言葉を失った。
いや、その時俺は分かっていた。
目の前を舞う、俺の髪と同じ色をした金色の糸。
そして露わとなった頭部の皮膚。
それだけの条件があってなお、現実が理解できないわけがなかった。
けれども、その現実をあまりの衝撃に受け入れることができず、呆然と優男の方へと視線を向ける。
「ふっ」
……そして、仲間の頭部に剣を振り下ろし、彼を禿頭するという離れ業を繰り広げる優男の姿に、誤魔化すことの出来ない現実を目の前に突きつけられることとなった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁああ!?」
……そして、自分が禿げになったという現実に声を上げる俺は知らない。
未だ悲劇は終わってはいないというそのことを。
数日後、俺たちの《二つ名》が《双頭》から《禿頭》に変わることを今の俺は知る由もなかった………




