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第2話 マリンシルの冒険者

「なぁ、そこのなよなよした男なんかじゃなくて俺達と一緒に遊ばね?」


「ああ、そりゃいい考えじゃねぇか!そこの優男なんて比にならないいい思いをさせてやるぜ」


瞬く間に私達の遮るように目の前に現れたその男達の顔には下卑た笑みが浮かんでいた。

私の背に男達に対する嫌悪感から悪寒が走る。


「はぁ……何でこんな厄介ごとが重なるのかしら……」


けれども、男を目の前にした私には恐れなどの感情は一切無かった。

男達の私を見る目から考えれば、彼らが私に何をしようとしているかなんて考えるまでもなく理解できる。

けれども、その事実に対して私が男達に抱く感情は嫌悪感だけ。


なぜなら、男達は私どころかマーサルさえ敵わない程度の実力しか有していないのだから。


しかし、だからといって男達を叩きのめすつもりは私には無かった。

目の前の男達は見るからに荒事慣れしていて、身体も屈強な方だ。

そんな相手を私のような女性があっさりと叩きのめしてしまえば、恐らくかなり目立つことになる。

そして目立つのはマーサルの場合でも、多少マシではあれ変わりはしないだろう。

何せマーサルは見るからに美形で、さらに線の細い身体つきをしている。

当たり前だが、マーサルもあまり強そうには見えないのだ。

だからマーサルにもあまり荒事に手を染めて欲しくはない。

……まぁ、マーサルに感じてもう一つ懸念を付け加えさせて貰うならば、ちびっこ達のお守りでもうぼろぼろの状態から荒事を頼むは良心に咎めるものだったというのもあるのだが。

とにかく、そんな理由で私はあまり積極的に男達を叩きのめしたいとは思っていなかった。

だから私はこの状況を納めてくれるとある存在を求め、辺りを見回した。


「ここには憲兵団の人間はいないか……誰か憲兵団に知らせに行ってくれないかな……」


憲兵団、それはマリンシルで見られる治安維持組織のことを示す。

と言っても、憲兵団は決して都市や国が設置した公的な組織ではない。

というのも、憲兵団はマリンシルでの冒険者ギルドを示す別称なのだから。


冒険者とは確かに《二つ名》を有す、まさに英雄と呼ばれるような存在もいるが、大半が食い詰めた民衆の集まりだ。

つまり、色々と問題が起こり易いのだ。

けれども、様々な身分の人間が集まる貿易都市であるマリンシルでは、そんな風に冒険者に騒ぎを起こされるわけにはいかない。

けれどもギルドの方もマリンシルへ行く商人の護衛という大口を失うわけにはいかない。

そしてその結果、作り出されたのが冒険者を管理する治安維持組織、憲兵団。


つまり憲兵団は冒険者が騒ぎを起こした時用の治安維持組織なのだ。


最近では護衛の冒険者達が憲兵団の存在によってかなり人選された人間になっているおかげで、マリンシルでは殆ど冒険者の問題が起こらず、憲兵団はマリンシルの治安維持組織となっている。

だが、その本質が冒険者、または冒険者に見られるようなならず者からマリンシルの治安を維持する組織であることは変わらない。

そのことを知っているからこそ、私は直ぐに憲兵団が来るだろうと、そう楽観的に構えていて。


「……え?」


……そしてだからこそ、私は周囲の様子に言葉を失うこととなった。


今まで私達に群がっていた民衆達は賑やかに騒いでいた。

なのに、男達が現れた今、何故か民衆達は忌々しげに睨みながらもそれでも動こうとはしなかった。


そう、誰一人として憲兵団を呼ぼうと動き出す人間はいなかったのだ。


その民衆の態度に私は思わず首をかしげる。

明らかに民衆達は過剰に私の目の前にいる男達を恐れていた。

憲兵団さえ呼び出せばことは直ぐに収まるのにもかかわらずにだ。

何せ、憲兵団のメンバーは冒険者を抑えるために《二つ名》持ちが選ばれている。

そして《二つ名》持ちの冒険者に対抗できる人間なんて殆どいない。

つまり、憲兵団さえ呼べば大抵の騒ぎは直ぐに終わるのだ。

それだけの実績を憲兵団は私が以前マリンシルに訪れた時にはすでに築き上げていた。


なのに民衆は誰一人として憲兵団へと動こうとはしなかった。


忌々しげに男達を睨み、明らかに男達に対して何らかの憎しみのような感情を抱きながらも動かないのだ。


「姉ちゃん、残念ながら助けなんてこないぜ」


そして民衆達を疑問げに見つめる私を見て、男達は声を上げて笑った。

それから口元に隠しきれない優越感を浮かべながら男達は叫んだ。


「何せ俺たちは《二つ名》持ちの冒険者だからな」


「《双頭》ラガー&スラージそれが俺たちの通り名だ。黙ってついて来たらいい思いさせてやるぜ」


「ーーーっ!?」


そして次の瞬間、私はその男達の言葉に絶句することとなった……








◇◆◇







「本当にいい女だな」


《双頭》と名乗った男達はもはや、自身の欲望を隠そうとさえしていなかった。

そしてにやけた笑みを浮かべてこちらを見てくる二人の男達に、隣にいるマーサルの顔が引き攣るのが分かる。

そしてそのマーサルの反応が自然だと感じてしまうほどには、《双頭》の浮かべていた表情は嫌悪感を催すものだった。


「何で、この程度が……」


けれども今の私は、その嫌悪感さえ感じていなかった。

目の前の二人が《二つ名》を有するという彼らの言葉は私にとってそれ程信じられないものだったのだから。


……何故なら、《双頭》の二人は《二つ名》を持つにはあまりにも弱すぎたのだから。


私の見立てが正しければ《双頭》の二人の実力は中堅冒険者程度だろう。

彼らは未だ二十代程度の年齢で、通常冒険者がが生涯の最後に行き着ける中堅冒険者になっているのは才能がある証拠かもしれない。


だが、《双頭》のその程度の実力では《二つ名》など逆立ちしても得られる訳がない。


正直、目の前の男達はただの雑魚だ。

そしてそんな雑魚程度が貰えるほど冒険者の《二つ名》は安くない。

だからこそ、私の頭に《双頭》なんて男達の嘘なのではないか、とそんな考えがよぎる。


「…………!…….、また《双頭》の奴らが……」


「何で…………あいつらが憲兵団に……」



「………っ!」


…… けれども、その私の考えは民衆達の言葉により否定される。

先程よりも距離が近くなったとはいえ、囁くような民衆達の言葉を私は完全に聞き取ることはできなかった。

けれども、所々耳に聞こえた民衆の言葉から私は目の前の男達が本当に《双頭》という《二つ名》を有し、そして憲兵団の一員であることを悟る。

その時になって、私はとあることをようやく理解した。

かつてあれ程賑わいを見せていた海洋都市マリンシル。

私の記憶の中のマリンシルは、酷く賑やかで、楽しい場所で。


ーーー けれども、もうその時のマリンシルは何処にもない。


「……もっと調べてくればよかった」


そのことを悟った瞬間、私の口から隠しきれない後悔が漏れた。

マリンシルが独立した、そう聞いた時に少しでも調べていれば今のマリンシルの異常も少しは分かったかもしれないのだから。


……しかし、その後悔はもはや手遅れでしかなかった。


「くっ!」


そのことを悟って、私は思わず唇を噛みしめる。

今まで何事を考えず、ただのんびりとしか考えていなかった過去の自分を叩きのめしたい衝動に駆られる。


「おぉ、その顔いいな。どこまでその威勢が持つか試してやろうぜ」


「ギャハハ!お前クソだな!その前に男の方から女の教育不足ってことで慰謝料貰わね?」


「あぶね、それ忘れるところだったわ」


……私の表情をどう勘違いしたのか、《双頭》の二人はそんな非常に聞くに耐えない言葉と共に下卑た笑みを顔に浮かべる。

そして次の瞬間、実力行使に出ようとでもしたのか、男達はこちらへと歩き出した。

その顔には私が泣き叫ぶ姿でも想像しているのか嗜虐的な愉悦が浮かんでいる。


「はぁ……」


……けれども、こちらに近づいてきた男達の姿に私が覚えたのは呆れの感情だけだった。

それは男達が私との実力差を一切出来ていないことに対する呆れだった。

私なら正直目を瞑っていても男達に負けることはあり得ない。

そして私は取り乱した時でさえ、常に男達への警戒を忘れていない。


つまり男達の行動は自殺行為以外の何者でもないのだ。


そして憲兵団の助けが求められないとわかった今、私は自分の手を下すことに躊躇はなかった。

だから、私は男達へと挑発の意味も込めて嘲笑を浮かべようとして。


「こらぁ!」


「………あ、」


……しかし、次の瞬間私の後ろから可愛らしい声とともに男達の前に飛び出た人影に私の顔は青ざめることとなった。

確かに私は目の前の男達の動向、または敵意に関してもに警戒していた。


けれども、私は後ろにいる味方、つまりちびっこ達の動向に対しては注意を払っていなかった。


「待って!」


だからこそ、男達の態度に激昂しルーアが私とマーサルをすり抜け飛び出した時、私の反応は一瞬遅れる。

そしてその反応の遅れは男達が私達に迫っている現状では致命的なものだった。


「ルイジアをいやらしい目で見るなぁ!」


ルーアは瞬く間に男達の前までたどり着き、そして可愛らしい怒声を上げた。


「このガキ、俺たちになんか文句でもあるのか?」


「これはちょっと躾が必要だな」


けれども、そのルーアの怒声は男達にとって取るに足らないものでしか無かった。


……いやそれどころか、ルーアの態度に男達は笑みさえ浮かべてみせる。

それは嗜虐的な欲望に満ちた、醜悪な笑みだった……

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