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第1話 街の異常

マリンシルに辿り着いて直ぐ、私達が目指したのは精霊用の特別な宿屋だった。

特別な宿屋とは、精霊達が人間の世界に出てくるに当たって、特別に魔法契約を結んだ精霊専用の宿屋だ。

その宿屋では精霊、または精霊を同伴した人間ならば無料で泊まることができる。

だが、私達がその宿屋に泊まることを決めた理由は料金が理由ではなかった。

何せ私は聖女として活躍してきたおかげで、溢れんばかりのお金を持っているのだ。


だったらなぜ私達はその特別な宿屋に拘るのか、その理由はちびっこ達が受けた課題に関係していたりする。


ちびっこ達が私達についてくる条件としてサルトリアが出した課題、それは精霊の証である精霊の羽を隠すことだった。

その魔術は実はかなり難易度が高く、その魔術を扱えるようになることで精霊は成人したと認められる。

未だ10歳にも満たないちびっこ達には酷とも言える条件だ。


けれども、その課題を見事ちびっこ達は達成した。


それは精霊の中で優秀だと言われていたサルトリアさえ比べ物にならない早さで、だからこそ一時、精霊の国は大騒ぎになった程だ。

とにかく、そうして見事ちびっこ達は私の旅の同行を認められた。

……しかし、未だちびっこ達の魔術は完璧ではない。

というのも、ちびっこ達の扱う羽を隠す魔術は眠ってしまうと解けてしまうような、そんなレベルなのだ。

だからこそ、旅の中ちびっこ達が文字通り自由に羽を伸ばして休める場所が必要で、それこそが精霊専用の宿屋だった。

そう、精霊専用の宿屋などというものを精霊達が人間世界に設置しているのは、人間界にいる精霊達が羽を伸ばせる場所を作るためなのだ。

当たり前だが、いくら長い時を生きた強力な精霊であれ、常に羽を隠し続けるのはある程度疲労するものだ。

だからこそ、実は人間の大きな都市には最低でも一個は精霊専用の宿屋があったりする。


とにかくそういう事情があり、私達は早めに宿屋に行こうと決めていた。

だからはしゃぎ疲れたのかちびっこ達の口数が少なくなったことに気づいた私達は直ぐに宿屋に向かうことを決めた。

ちびっこ達はまだ余裕があると主張していたが、その宿屋自体は人通りの少ない、魔術的に隠蔽された場所にあるのだが、その宿屋に行くためにはかなり人通りが多い場所を通らなければならない。

そんな場所を通ればちびっこ達は少なからず疲労する。

……それにちびっこ達の一挙一動に反応しているマーサルにも休養は必要だろう。

という諸々の理由により、今日のところは早めに宿屋に行くことになった。


「……え?」


……けれども、そう判断してから数分後、マリンシルのとある広場の前で私の足は止まっていた。

今私が足を踏み入れている広場、それは私の記憶が正しければマリンシルの中でも1、2を争う賑わいを見せていた場所で。


「……何でこんなに静かなの」


……けれども何故か今、私の目の前に広がる広場は、その記憶がまやかしだったかのように静まり返っていた。








◇◆◇








広場は決して無人ではなかった。

いや、それどころかまばらだが屋台も出ていて、ある程度の人間が集まっていた。

広場が静かに感じるのも、決して広場にいる人間が黙っているからでは無い。

私達がいるのは広場の端、屋台からかなり離れた場所にいるから会話が聞こえていないだけだろう。


……けれども、その広場の光景は私の記憶にある光景からすれば信じられないほど寂れたものだった。


私の記憶の中の広場では、屋台は隙間が無いほど建ち並んでいた。

そして通路では溢れんばかりの人が並んでいて、その騒ぎは広場どころか近くの宿屋にも響いていたくらいだった。

だから、私は目の前の広場の光景が信じられなくて……


「ルイジア」


「っ!」


次の瞬間、マーサルの切羽詰まった声が広場に目を奪われていた私を正気に戻す。

何か無視できないことが起きたことをマーサルの声音から私は悟り、振り返る。


「……頼むから、もう宿屋に行こう」


「うにゃぁ、寝てない………すぴー……あうっ、ひたひ……」


……すると、そこには今にも寝てしまいそうなルーアを頬をこねくり回すことで起こしているマーサルの姿があった。

それはなんとも間抜けな絵面で、けれどもマーサルの表情から決して真剣そのものであることを私は理解する。

……だからこそ、マーサルは凄く不憫だった。


「あの、その、ごめんなさい……」


半泣きのマーサルに罪悪感を感じ、私は心の底から彼に謝罪する。

ルーア達が元気であった頃から憔悴していたマーサルのことだ、今の状況は余程胃にくるものがあるのだろう……

……しかも、危ないのはルーアだけではなかった。


「うぅ、ねむひゃい……」


「にゃう!にゃう!」


「すぴー」


「にゃう!?」


サーラはまだ少し耐えられるだろうが、ライアも所々うとうとしかけていて、サラルが必死に肉球を押しあてて起こしている。

だが、その肉球は逆に眠気を誘っている。

……うん、可愛い。微笑ましい。

一瞬、その光景を見た私の口元に微笑みが浮かぶ。

けれども、今はかなり酷い状況だった。

ちびっこ達の魔術は眠って直ぐに解けるものではないので、今しばらくの猶予はある。

けれどもそれは今から宿屋に行ってぎりぎり程度のものだろう。


……それに、もう一つ看過できない異常が今、私を襲っていた。


それは何故か、私達に注目が集まっているというもの。

先程まで、かなり遠くの屋台に居たはずの人がいつのまにか、私達に向かって来はじめたのだ。

……それに私は、自分が聖女であるということが周囲の人間にばれてしまったのではないか、という懸念を抱く。

それ以外に自分が注目を集める理由が私にはないのだから。




「おい!見てみろよ!あの人凄い美人だぞ!」


「本当だ……なんだあの人、他国の姫かなんかか?」


「……詳しくは分からんが、隣いるイケメン、明らかに夫婦だよあ……子持ちだし……」


「……まぁ、目の保養として見る分には構わんだろ!」



……そんなことを考えている私は、集まってくる人間達がそんなことを言っていることを知る由もなかった。

けれども、人が集まってくる理由は何であれ、このままではちびっこ達が魔術を継続できなくなった時に確実に騒ぎが起こることは想像に難くない。

だから、私達は集まる人混みを無視して、早く宿屋に行こうと歩き出そうとして。


「おい、ちょっと待ちな!」


「お、滅多に見ねえ上物だな!」



……けれどもそういう時ほど厄介ごとが起きるらしい。


「はぁ……」


人混みを掻き分け、私達に近づいてくる、武器を身につけた見るからに人相の悪い男達の姿に、私は思わずため息を漏らしていた……

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