第38話 ルイジアの切り札
「ああもう、本当になに考えているのか……」
「にゃう……」
目の前で爆発的に広まり始めている変質魔力。
それを見て、私ルイジアは思わずそう呟いていた。
聖女の封印魔術をとけば、こんな状況を招くことぐらい普通わかるだろうにと、 私は自分で起こした事態で死にかけている貴族の姿を見てため息を漏らした。
「誰か、助けてくれ!」
恐らく貴族はこの場から逃げるために、この状態を作り出したのだろう。
けれどもこんな状況になれば自分もただでは済まないことには気づかなかったのだろうか……
いや、ただそんなことなにも考えていないだけか。
貴族はアルタイラが滅びてもいいから、とんでもない騒ぎを起こしてこの場から逃げよう、としか考えていなかったに違いない。
「……その結果自分が死にかけているって、どんな喜劇よ」
貴族が聖女の封印を解いたその理由、それはあまりにもどうしようもないものだった。
……けれども、その浅はかな考えが起こしたのは、最悪の状態だった。
「誰か、お母さんが!」
「坊主、今は自分が逃げろ!」
「ぅぁ!?」
逃げ惑い、途中で力尽きて倒れて行く民衆。
その姿は、まさに地獄絵図と呼ぶのに相応しい状況だった。
……だが、時が経てばもっと最悪な状況を引き起こすだろうことを私は分かっていた。
力尽きて倒れている人々。
今の彼らはただ、変質魔力の濃さに当たって気を失っているだけだ。
けれども、時が経ち変質魔力に身体を蝕み始めれば身体への影響はさらに酷いものになる。
何せこの変質魔力は強大な神獣、それが三体が集まったことにより歪んだものなのだから。
このままでは一時間も経てば、もう手遅れになる可能性があって……
「……仕方がないか」
……私は、ぽつりとそう呟くと着ていたローブを脱ぎ捨て、広場の中心に向かって走り始めた。
◇◆◇
私は万が一の状況を考え、封魔の儀を見にきていた。
けれども、今回私は表に出るつもりはなかった。
なぜなら今、アルタイラは改革の方向へと向かっているのだ。
聖女という犠牲を強いて、神獣達に依存するそんな歪な状態から抜け出す、状態に。
それは私にとって、最も望ましい状況で、だから私はもうアルタイラに聖女ルイジアとして足を運ぶつもりはなかった。
そう考えた私はローブを見に纏った状態で素性を隠してこの場に来ていた。
だが、ローブを脱ぎ捨てた今私の姿を見て、民衆達が私の登場に気付き始める。
「あれは、聖女様?」
「え、本当に……」
一瞬、そのことに私の胸に焦燥が浮かぶ。
これで私がこの場に来たことは伝わってしまった。
後からなんとかして誤魔化さなければならない。
だが、次の瞬間には私は頭を切り替えていた。
阿鼻叫喚のこの状況の中で、そんなことをずっと気にしている余裕は私には無かったのだ。
騒ぎ立てている人と人の間を、類稀な身体能力で潜り抜け、私は広場の中心へと向かう。
「あった!」
そして、そう気色を滲ませた声を発した私の目の前にあったのは、ルシアが使っていた簡易の陣だった。
確かに、この状況でも私ならばどうにか変質魔力を抑え込むことはできる。
何せ、最初これだけの変質魔力を封じていた魔術を行なっていたのは私なのだから。
……だが、それは変質魔力を封じるための陣があればという前提の話だったらだ。
魔力を封じ込めるための媒体、そして封じ込めることによって起きる空間への歪みを抑えるための魔法陣などが含まれた特別な陣がこの魔力には必要不可欠となる。
だから私は、ルシアの使っていた陣へと一目散に駆けよって……
「……これでは、使えない」
……あまりにも簡易すぎるその陣に、唇を噛み締めた。
ルシアの使っていた陣、それは私の封印魔術を強化し、漏れ出た魔力を散らすことを促進する効果があるだけの、あまりもお粗末なものだった。
その陣で行える魔術は幾ら聖女の訓練を途中で辞めたとはいえ、ルシアができたなかったのだ不思議なくらい簡単なのものだけ。
そして、それでは絶対に魔力を封じるなんてことはできない。
ーーー だから私は切り札を切ることにした。
「……サラル、お願い」




