第37話 暗躍者の嘲笑
ガージフ目線です!
サラルスが叩きつけた球、それは精霊の羽という最高級の素材を使って作られた魔術を無効化する能力を有した魔術具だった。
そして、その魔術具が打ち消したものは聖女の作り出した、神獣達がいることにより、自然と作り出されて行く変質魔力を封じる結界。
それは封魔の儀によって、纏めて魔力を散らすために変質魔力を封じ込めるもので……
「うわぁぁぁぁ!」
「な、なんなんだこれは!」
……そして、その変質魔力が溢れ出した広場は阿鼻叫喚の状態になっていた。
今は意識を失う程度で済んでいるが、強力な神獣の存在によって歪められた魔力は後一時間もすればこの場にいる人間を皆殺しにするだろう。
……普段であれば、ここまでの被害は出さなかったかもしれない。
けれどもルシアが聖女になった期間、まるで彼女が聖女として働いていなかったせいで、変質魔力の量はかなりの量となっていたのだ。
「だ、だれか助けてくれ!」
……そして、その阿鼻叫喚の中をサラルスは這って逃げていた。
「な、何故だ!この騒ぎに乗じて私は逃げられるのではないのか!これでは私も死んでしまうではないか!ガージフ!あやつは私を騙したのか!」
これだけの状況を引き起こしたサラルス。
けれども、彼はそんなことに全く罪悪感を覚える様子もなくそう叫ぶ。
「く、くははは!」
そして、そのあまりにも惨めな姿に、私、ガージフはそう笑い声を漏らしていた。
確かに私はサラルスに、これだけのことを起こせば、国は壊滅寸前に陥りその騒ぎに乗じて逃げられるとそう助言した。
だが、それはただの嘘でしかない。
「あんな嘘に騙されるなんて。やはりあの貴族は想像以上の愚か者でしたねぇ!」
なにせ、一つの国が壊滅寸前に陥るような事態を引き起こした、その中心部にいる人間が逃げ切れる訳などあるはずがないのだから。
そして、そんなことわかってもいいはずなのに考えようともせず、こちらの思惑通り動いてくれた貴族の姿に、私は思わず嘲笑を漏らす。
「さぁ、これであの方がこの場にいれば出てきてくれると思うのですが……」
「やっぱり、まだあいつを探していたのか」
「なっ!?」
……しかし、その私の嘲笑は突然隣から響いてきた声に固まった。
「……おやおや、まさか見つかるとは思ってませんでしたよ。貴方は何者ですか?」
だが、次の瞬間には直ぐに私はその動揺を押さえ込んでいつもと変わらない様子で口を開いた。
……けれども、平静を装いながらも私は焦燥を感じていた。
この場所に私がいることを悟れる、そんな人間はこの国にはいない。
だとしたら、いったい誰がこの場にきたのか。
……そんなもの、声を聞いた瞬間から悟っていた。
「よぉ、久しぶりだな」
私の質問を無視して、そう太々しく声をかけてくる侵入者。
「……リヴァイアサン」
そしてその侵入者の方へと振り返って思わず私が漏らしてしまった声は、かすれていた……
◇◆◇
リヴァイアサン、それは決して最強とは言えなくとも、神獣の中では間違いなくトップレベルの実力を有する戦神だった。
どれほどの神獣がかの水神に挑み、地を舐めることになったか、数える気も起きない。
それは今、私が最も会いたくなかった存在で……
「は、はは。こんな所で貴方と逢いたくはなかったですね」
ーーー しかも、久々に出会ったリヴァイアサンの実力は前回あった時から飛躍的に上がっていた。
その最悪の事態に私の唇は緊張で乾いていく。
神獣達は人間とは違い、生まれてから直ぐの数十年を越えれば殆ど実力が上がることはない。
「はっ、お前の都合など俺が考慮すると思うか?」
だが、何故か今目の前にいるリヴァイアサンはあり得ない程の成長を遂げていた。
……久々だと言っても、前回リヴァイアサンと私があってから数十年しか経っていない。
そして、その間に何が起きればこれほどの成長を成すことが出来たのか。
最悪の事態に私は唇を噛みしめる。
恐らく、リヴァイアサンがここに来たのは私から情報を得るためだろう。
どうして情報を欲しがるのかはわからないが、どんな理由にしろ私は主の不利になる情報をリヴァイアサンに教えることはできない。
「残念。それを決めるのは私です」
だから、私はこの場から逃げることを決断した。
確かにリヴァイアサンは酷く強力な力を得ている。
だが、逃げるだけの話であればその方面に能力が特化している私ならばリヴァイアサンの追跡を振り切ることができるだろう。
リヴァイアサンを巻いた後、また何処か別の場所でことの推移を見守らせて貰おう。
私はそう考えて、その場を離れようとして……
「ほう……だったら、あそこの変質魔力を押さえ込ませて貰うぞ?」
「っ!」
……だが、逃げようとした私の動きはそのリヴァイアサンの言葉に止まった。
リヴァイアサンには変質魔力を完全に散らすことはできない。
けれども、その魔力が自分から生み出したもので、ある程度操り抑え込むことならできる。
そして、その言葉は私にとってあまりにも最悪なものだった。
私の目的が見破られたのかと、そう私は舌打ちしたい衝動に駆られる。
確かに主を嫌っているリヴァイアサンならば、妨害しようとしてきてもおかしくはなくて……
「まぁ、お前があの状況をなんとかするか、あそこにいる人間を逃してくれるならば逃げていいのだが」
「……は?」
……けれども、そうではないことをリヴァイアサンの言葉から悟って私は言葉を失った。
つまり、リヴァイアサンは人間を助けるため、あの状況を止めるために私に接触していると言っていて……
「馬鹿な!あの人間に全く興味を示さなかった貴方が!?」
そして、そのリヴァイアサンの言葉に私は言葉を失う。
「邪魔は、させない!」
……けれども、次の瞬間私はリヴァイアサンを止めるべく臨戦態勢に入る。
別に私はここにいる人間が生きようが死のうがどうでもいい。
けれども、今ここで溢れ出した変質魔力を封じることだけは絶対に止めなければならない。
恐らく、私がいくら時間稼ぎに徹した所でどれほど稼げるか、今のリヴァイアサン相手では全く予想ができない。
しかし、それでも私は時間を稼ぐために戦う必要があって……
「勘違いをするな、犬ころ」
だが、その私の様子にリヴァイアサンはただ嘲笑を漏らしただけだった。
「俺は手を出すつもりはないぞ?俺の役目はあれを止めることではないからな」
さらに、広場の様子を見てそう告げたリヴァイアサンはどかりとその場に腰を下ろす。
そのリヴァイアサンの様子に、一瞬私は疑問を覚えるが、本当に彼が手を出すつもりがないことを悟って臨戦態勢を解く。
しかし、だったら何故リヴァイアサンがこの場に、と私は考えかけて……
「俺の役目はお前に邪魔をさせないことだからな」
「……なにを、言っている」
……リヴァイアサンの言葉に私は、反射的にそう尋ね返していた。
しかし、それ以降リヴァイアサンは何かを言うことはなく、口を閉じる。
「ちっ!」
そして、もうリヴァイアサンが口を開くことがないことを悟った私はそう舌打ちを漏らした。
かの水神がなにを望んでいるのかはわからない。
けれども、リヴァイアサンが手を出そうとしないこの状況ならば静観を選択する方が正しいと、私はそう判断して広場に目を落とす。
……だが、その時私は気づいておくべきだった。
阿鼻叫喚の騒ぎの中、1人決意を固めて飛び出した酷く美しい少女が広場の中にいたことと……
ーーー そして、その少女のことを熱心にリヴァイアサンが見つめていたということに。
その時の私はまだ知らない。
人間という存在を見下していたこと、それを後でどれほど後悔することになるかということを……