第32話 裁きの始まり
マラサル目線です!
「……もう逃さない」
空は酷く晴れていた。
それはまるで今の私こと、第二王子マラサルの心情を表しているかのような、そんな晴天で……
そして隠しきれない喜びを胸に私は、目の前に集まる群衆に向けて口を開いた。
「ここに、封魔の儀を始める!」
その言葉に、仲間である新貴族達の顔にようやくここまで来たという誇らしげな顔が浮かぶ。
そして反対に、ルシア達の側にいる貴族達の顔に隠しきれない苦々しさが浮かんだ。
なぜなら封魔の儀、それは貴族達が最も避けたかった事態なのだろうから。
……けれども、苦々しげな表情をしながらも貴族達は何らかの行動を起こすことはなかった。
いや、起こせなかったというべきか。
何せ、今の私は国王の臨時としてこの場に立っているのだから。
そして当たり前だが、いくら貴族であれこの場で堂々と私に意見することはできない。
それだけの権限を、この場で私は有しているのだから。
そして、この場に私がいることを示すのはそれだけではなかった。
ここには貴族が次期国王として擁しようとしていた第一王子がいる。
しかし、その存在を無視して私がこの場にいる、それは私の方が第一王子よりも権限を有しているというこの上ない証明だった。
何故ならそれは第一王子ではなく、私が王太子として認められていると、民衆に知らしめるのも同然なのだから。
それは絶対に貴族が避けたかった状況だろう。
民衆に私が次期国王というイメージが植え付けられるのは、第一王子を次期国王としたい彼らにとっては不都合しか生まれない。
……そんな状況でありながら文句を言わない貴族達、それこそがこの場での力関係を示しているのだから。
そしてその明らかに不利な状況に耐えかねたのか、1人の貴族が苛立たしげに小さく罵声を漏らした。
「……くそ!」
さらにその罵声が私に聞こえないとわかると、舌打ちまでついてみせる。
「おやハルバール卿、何か言いたいことでもあるのか?」
「っ!い、いえ!滅相もありません」
けれども、私がそう軽く声をかけただけで今まで反抗的だった彼は顔を青くして身体を縮めた。
それは、まさに惨めとしか言いようのない姿で……
「ふっ」
……そして、その今までには考えられない光景に、私は笑いをこらえるのに必死だった。
今まで傍若無人にこの国を荒らし回っていた貴族。
それらの存在を、ようやくこの国から追い出せる好機が、これ程にも心が躍る時間だとは思っていなかった。
「っ!」
そして、その私の明らかに笑いをこらえている態度に貴族達は怒気を顔に浮かべる。
……けれども、今更彼らが何かをできるわけなど、無いのだから。
「その為だけに、封魔の儀を行うことを決めたのだから……」
そしてぼそりと私が漏らした声、それは貴族達の耳に入ることはなく空中へと霧散していった……
◇◆◇
封魔の儀、それはルイジアと三柱の神獣がいた時までは決して欠かすことのできない儀式だった。
何せ、聖女の役目の殆どはこの儀式のためにあると言っても過言では無いのだ。
その儀式が無ければとうの昔にアルタイラは滅んでいる。
……しかし、今は決してその儀式を開く必要はなかった。
確かにルイジアが去った今、この地は酷く不安定になっていて、近々封魔の儀を行わなければならなかったことは確かだろう。
けれども、それは恐らく数年後のことだ。
決して今すぐその儀式をやる必要はない。
だが、私はこの儀式を貴族達を糾弾するために行うことを決めた。
それも、貴族達に時間を与えないために本来、用意に一週間はかかると言われる封魔の儀式の準備を、1日で終わらせるという荒業を敢行して。
もちろん、完璧な準備などできていないし、簡易な準備しかの場に整ってはいない。
そしてこの場で出来るのは、封魔の儀など比にならない簡単な儀式だけだった。
大々的に行うために封魔の儀と、そう言ってはいるのが、ルイジア様がこの儀式を見れば封魔の儀だなんて認めることはないだろう。
実際、ルイジア様ならばこの程度の儀式ならば片手間で終わらせてしまう、その程度のものだ。
「……あはは!これで私の美しさにこの国のすべての人間が……」
けれども、何事かを嫌悪感を他人に抱かせる笑みで呟くルシア、その姿を見て私は彼女には絶対、この儀式さえも成功させられないだろうことを悟る。
「……何であんな人間が聖女に」
……そして、それは私だけの考えではなかった。
大々的な儀式であるということから、今まで沈黙を守って来た民衆達の一人が、思わずと言った様子でそんな言葉を漏らす。
それは偶然にも、自分の世界に入り込んでいるルシアの耳には入ることがなかったが……
「っ!」
……その言葉が聞こえたらしい、一人の貴族は屈辱を隠しきれていなかった。
それは、貴族もそう思っていることを示していた。
味方にさえ、そんな反応を取られるルシアの、絶体絶命の危機にいながら、そのことに全く気づいてもいないその彼女の姿に私は思わず溜息を漏らす。
何故彼女が聖女の座にそんなに執着するのかは分からない。
……けれども、そのつまらない欲にかられなければこの場で糾弾されることはなかっただろうに、と私は蔑みを覚えながら宣言するために口を開く。
「では、儀式を始めろ」
……その瞬間、裁きの時が始まった。