第2話 お粗末な証拠
「逃げられるとでもお思いで?」
呼び止められ、思わず黙り込んだ私に対してルシアはまるで挑発するかのように口を開いた。
そしてそのルシアの顔には隠しきれない優越感が浮かんでいた。
恐らくもうこれで私から聖女の立場が奪えると思っているのだろう。
……そんな簡単にいくわけがないのに。
「はぁ……だったら私が聖女でないという証拠はあるのですか?……少なくともかなりの人間が私が聖女として動いていたことを見ていたはずなのだけれども」
私は呆れ所々滲ませながら、ルシアにそう告げる。
「なっ!」
そしてその言葉に私に冤罪をかぶせることがどれほど難しいか、気づいたのかルシアの顔に緊張が走る。
そう、決して聖女は名ばかりの存在ではない。
日々忙しく、あちらこちらで何らかの儀式などの仕事を行なっている。
そして聖女が行う儀式となると、大々的に行うものが多く、私の姿をかなりの人間が目にしているはずだった。
そう、この場にいる貴族の中にいる人間も。
そして私は改めてそのことを口に出してルシアに尋ねる。
「私は前で儀式を大々的に行ってきたのですが、それを考慮しても私が聖女でないと言えますか?」
「っ!」
しかし、その私の言葉にルシアの反応は予想外のものだった。
その顔はまるで屈辱的な侮辱を受けたと言わんばかりに、嫉妬の感情を浮かべ歪んだのだ。
……いや、何で?
別に聖女の行う儀式はちやほやされるためのパフォーマンスじゃないからね?
見た目は麗しく見えるかもしれないけども、失敗したら命の危険があるやつとかもごろごろしてるんだけれども……
と、私はルシアから送られる醜い嫉妬の念に思わず叫びたくなる。
少なくとも、鍛錬の時点で逃げ出した人間がどうにかできるものではない。
私だって危なかったことがあったくらいなのだから……
しかし、こちらを睨んでくるそんな私の考えが伝わることはなかった。
勝手に聖女という存在を勘違いしたルシアは見当違いな敵意を私に向けてくる。
「証拠はあります!」
けれども、次の瞬間そう告げた瞬間ルシアの顔に勝ち誇ったような笑みが浮かんだ。
そしてそのルシアの言葉に私は少し驚く。
このままでは終わらないとは思っていたが、まさか私を冤罪にするために偽造証拠さえ作っていたとは。
決して褒められたものではないが、そこまでやるとは思っていなかった。
「これです!」
「えっ?」
……だが、その私の感心はルシアが取り出したとある機械を見たとき、消え去った。
「私が聖女である証拠にをお見せ致しましょう!」
ルシアの手の中にあったのは、精霊石を模した、魔石機具だったのだから……
いや、何がしたいの?
そもそも私が証明して欲しいのは私が聖女でない証なんだけども……
◇◆◇
魔石機具、それはこの国にはない他国の技術。
魔石、それは魔力が過剰に発生したことにより生まれる魔獣の核で、魔石機具はその魔石を使って作られた道具。
本来魔術師と呼ばれる人間しか使えない魔術をその魔石機具を使えば誰でも使えるようになるという。
そして精霊石に似せた魔石機具を手にしたルシアはこう告げた。
「今からこの精霊石を輝かせてみせましょう!」
……今から魔石機具のスイッチを入れますの間違いでしょ?
と、その言葉を聞いた私は尋ねたい衝動にかられた。
いや、この国には魔石機具が流通しておらず、その存在を知っている人間が少ないことを知っていなければ叫んでいただろう。
そもそも精霊石を輝かせたところで、それは聖女の証なんかではない。
たしかに私が一回式典で精霊石に魔力を込め、輝かせてみせたことはあったが、それは決して聖女にしかできないことではないのだ。
何せ精霊石と魔石の違いは、魔獣から取れたか、自然にできたかの違いだけの殆ど同じもので、そして魔術師ならば誰でも魔石に魔力を込めて輝かせることが出来るのだから。
……それに精霊石を輝かせることが聖女の証ならば、最初に精霊石を光らせてみせた私が聖女で無ければおかしいことに気づかないのだろうか?
「行きます!」
だが、そんなことを知らないルシアは大真面目な顔でまるで魔石機具に何らかの力を込めているかのような動作を取る。
「あっ、」
……しかしそのせいでスイッチに当てていた指が外れてしまう。
ルシアは焦った様子で再度スイッチに指を当て、力を込めて……
「やりました!」
……次の瞬間、カチッという音ともに魔石機具に光が宿った。
……何の茶番?
目の前で起きた一連の動き私は思わず呆気に取られていた。
いや、こんな音を立てられたら魔石機具のことを知らない人間でも不信感を抱く。
なのになぜルシアはそんな自慢げな顔を浮かべていられるのか……
「はぁ……」
大きなため息をついた私は今度こそこの場から去ろうとした。
この場にいる貴族もようやくルシアの行動がただの茶番でしかないことに気づいただろう。
本当に時間を無駄にしてしまった……
「ルシア様は聖女だったのか!」
「この暖かな灯り……間違いない!」
しかし、私はこの場を去ろうと身体を翻して、後ろから聞こえてきた言葉に動きを止めた。
そして私はあり得ない、そう思いながら声が聞こえる方向へと振り向く。
「えっ?」
ーーー そこでは、興奮した様子の貴族がルシアに対して歓声を上げていた。