第27話 リヴァイアサン激怒
酷く和やかな湖のとある場所。
そこの景色をリヴァイアサンこと、俺は眺めていた。
ルイジアがこの国を去ってから数日。
その日から、俺を取り巻く日常は酷く味気ないものとなっていた。
いつもの様に街に出ても気は晴れない。
そしてそんな時はこんな穏やかな場所でいるのがこの数日の習慣になっていた。
「やっと見つけた!」
……しかし、その穏やかな空気はこの場に現れた集団によって壊された。
そこに居たのは護衛を伴った、ルイジアに似た外見を持つルイジアの妹、ルシアと愚物だと言われる王子、ロイド。
「愚物が……」
そしてその姿を見た瞬間、この風景を楽しむ気が失せ、俺は不機嫌さを隠そうともせずそう吐き捨てた。
折角気を落ち着かせようとこんな場所に来たのに、何故こんな見るからに頭が空っぽな奴らと鉢合わせすることになったのか。
そのことに、俺の中で苛立ちが膨れ上がる。
「俺の正体を知っているのだろう。だったら早くここから去れ。今日の俺は機嫌が悪い」
けれども、今回俺はその苛立ちを侵入者達にぶつけるつもりはなかった。
その理由は決して侵入者達が俺の気に入った人間だからではない。
それどころか、侵入者達は俺の嫌いな部類の人間だ。
「お前達も、死期を早めたい訳でもないだろう」
……だが、もう既に破滅が分かっている人間に対してわざわざ怒るのも面倒だった。
そう侵入者達へと告げる俺の頭へと浮かんだのは俺と長年の付き合いで、同格の力を有する神獣カラムの激怒だった。
あれの激怒した状態は長年付き合っている俺でさえ滅多に見たことがない。
一体以前激怒してからどれほどの間が空いていることか。
……そして、そのカラムの怒りの対象である侵入者達はまともな死に方をできるとは俺は思って居なかった。
恐らく、ルイジアの名誉も考え今はまだカラムは手を出さないだろう。
けれどもあれを怒らせて、逃げ切れた存在など神獣でさえ殆どいない。
つまり、侵入者達に待ってあるのは最悪の破滅。
だから俺は、敢えて侵入者達に何の危害も与えず、この場から追い払おうとして……
「やっぱり聞いていた通りイケメンだわ!」
「あ?」
……しかし次の瞬間、ルシアが上げた声に俺は悟ることになる。
俺が敢えて何もせずにこの場から追い払おうとしたその判断、それは大きな間違いであったことを……
◇◆◇
「本当、やっぱりリヴァイアサンの所に来てよかった!神獣はイケメンにならないと!」
不機嫌であることを隠すつもりもない、俺の唸り声。
それは普通の人間であれば、込められた敵意に震え意識を失ってもおかしくないもの。
……けれども何故か、ルシアはその俺の態度に対して全く怯える様子はなかった。
「おい、ルシア!し、神獣様に向かってなんて口を……」
周囲の王子や護衛の人間達は、俺の態度に明らかに怯えていて、だからこそ俺はルシアの態度にさらなる不信感を覚える。
興味のない存在の行動などに俺は決して怒りは覚えないが、煩わさまでも感じないわけではないのだ。
「去れ」
だから俺はもう一度、そう吐き捨てる。
「ひぃ!?る、ルシア!」
そして神獣に同じ要求を二度させる、そんな状況に王子と護衛達のの顔は最早青から、白へと変わりかけていて……
「大丈夫よ!」
……けれども、その中で何故かルシアだけは自信を失っていなかった。
そしてそのルシアの態度に、俺もさすがに疑問を覚える。
何故そこまで自信を抱けるのか、もしかしてそれ程の切り札を侵入者たちは有しているのか、と。
「だって考えて見なさい!ルイジアを追い出した私がこの場に来ても神獣が私に危害を与えないのは、彼らはルイジアに心なんて許してなかったってことよ!つまり、神獣達はルイジアに強制的に支配下に置かれていて、そしてその神獣達を私は救いに来たの!」
「っ!そ、そうなのか!」
……そして、そんなことを考えていたからこそ、次の瞬間その会話に俺は言葉を失った。
……確かにルイジアから話を聞いた時から分かっていたのだが、ここまでの人間だと、俺でさえ考えられていなかったのだ。
そしてそのことに、俺はもはや笑いを漏らすことしかできない。
「ははは」
一方ルシアはその俺の笑いに対して、自分の考えが神獣によって肯定されたとでも考えたのか、笑みを浮かべる。
「本当にこんな人間がいるとはな」
そしてそのルシアの態度に、俺はそう言葉を漏らしていた。
「ええ。私はルイジアとは違う」
ルシアは俺が口を開くごとに、顔を喜色で輝かしていき……
「ああ、そうだな。お前はあいつとは全然違う。褒めてやろう。
ーーー 俺が、どうでもいいとそう考えていた存在にこんなに怒りを覚えさせられたのは初めてだ」
「えっ?」
……しかし、次の瞬間その俺の言葉に顔に浮かんでいた笑みは固まった。
俺の言葉を全く想像できていたなかった、そんな風に。
「っ!」
けれども、次の瞬間ルシアは怒りで顔を真っ赤に染めて俺へと何事か叫ぼうとして……
「ーーー いいかげん、殺すぞ」
「ーーーっ!」
……しかし、俺はそんなルシアの怒りなど無視して、そう言葉を発した。
その瞬間、俺の言葉に伴って辺りに殺気が撒き散らされる。
それは、かつて戦神として恐れられた水神の殺気。
そしてその殺気にこの場にいる人間だけでなく、動物や虫といった全ての生物が硬直する。
「正直、ここまでルイジアを追い出した人間が馬鹿だとは思わなかった。まさかこの俺に喧嘩を、いや、戦争を吹っかけてくるとは」
「ぁ、ぁぁあ」
だが俺はそんな殺気を放ちながら、まるでいつもと変わらない様子で、呆然とするルシア達へと、俺は歩み寄って行く。
しかし、一言発せられるごとに俺からの殺気は増していき、ルシアの護衛達はあっさりと意識を失う。
「ぁぁあ、」
「もう一度聞こう。そんなにお前は死にたいのか?」
けれども、ルシアと王子だけは意識を失うことができなかった。
意識が失わないギリギリの殺気を彼らに俺は浴びせているのだ。
恐怖の為か、へたり込み膝元を濡らしている二人。
けれども、彼らは意識を失うことも気を狂わせることもできない。
「これが最後だ。ここから、去れ」
そしてその言葉を最後に……
「うわぁぁぁぁぁ!」
ルシアと王子は惨めにそう叫びながらこの場から逃げ出した。
「ここで死んでおけば、地獄を見ることはなかったのに、な」
そして、最後に俺が嘲笑と共に告げたその言葉。
……それは二人の耳に入ることなく、空中に霧散して行った。




