第26話 マーサルの決断
隣街へと誘拐された同胞を救いに行った精霊は恐らく捕まっているという私のその言葉、それは決して嘘ではなかった。
確かに精霊を誘拐した何者か、その人間には私は怒りを感じている。
けれども、その人間には自ら手を下すためだけにこんな嘘を私はつくつもりは無かった。
何せ、一番その人間に怒りを抱いているのは精霊達なのだ。
そして彼らが、自分たちの手で解決できると言っているのにわざわざお節介をかく必要なんてない。
……つまり、私の精霊達を隣街で見ていないという言葉、それは本当のことだった。
昨日、隣街で精霊を探していた私は何度も街を巡ったにもかかわらず見つけることが出来なかった。
普通に考えれば、精霊を人間が見つけられなかったとしてもなんらおかしいことはないだろう。
だが、サラルを伴った私の場合は一般人が精霊を見つけられなかったというのとは全く訳が違う。
確かにサラルの精霊センサーは決して範囲の大きなものではない。
精々半径100メートル程度しか精霊の存在を探ることは出来ないだろう。
けれどもその反面、その制度は酷く高い。
そして私はそのサラルを連れて隣街を回ったのに対し、一人さえも精霊を見つけることができなかったのだ。
だが、少し前に隣街に行ったという精霊達が独断行動を取るとは考えられない。
……つまり、それは明らかな異常を示しているのに他らないのだ。
「っ!」
……そして、その私の話を聞きおえたマーサルさんの顔からは血の気が引いていた。
「……その子虎は神獣様だったのか。だったら負けても仕方がないな」
マーサルさんは暗くなってしまったこの場の空気を払拭させようとしたのか、極めて軽い声でそうつげる。
けれども、震えた声では逆効果にしかなっていなかった。
そしてその言葉を最後に私とマーサルさんの間の言葉が無くなる。
その沈黙の中、何とかマーサルさんは自身の動揺を隠そうとしていて、けれどもその試みは全く成功していなかった。
マーサルさんの顔では動揺が隠しきれていなかったのだ。
……けれども、それは仕方がないことであるのを私は分かっていた。
数千年生きた、精霊の国の中で一番の戦力それが隣街へと行った。
……しかし、その戦力はもう既に無力化されているとつげられたのだ。
そのことを聞いて衝撃を受けない訳がない。
「……1つ、頼みがあります」
しかし、ここでマーサルさんがその衝撃から立ち直る時間を待つつもりは私には無かった。
精霊の最高戦力さえ、あっさりと無力化した敵。
どうやってそんなことを成し遂げたのか、私は全く想像もつかない。
けれども、1つだけこの話から分かることがある。
「私にその人間を捕らえます」
ーーー この事件は私が出なければならないものであるいうことが。
「っ!」
◇◆◇
「ま、待ってくれ!」
私の言葉を受けたマーサルさん。
彼は私の言葉に対し、そう拒絶の言葉を告げながら、けれどもその顔には隠しきれない期待が込められていた。
それは隠しきれない絶望の片鱗。
精霊の国の最高戦力、それがどれほどのものであるのか私は知らない。
けれども、1つだけ確かなことがある。
それは目の前にいるマーサルさん、彼ではその数千年生きた精霊には太刀打ちできないこと。
……そしてマーサルさんもそのことを知っていて、だからこそその精霊達なら誘拐された同胞達も助けてくれるだろうと信頼していたことを。
……だが、その信頼はその精霊達が失敗に終わったと告げられた今、何倍もの絶望として彼の身を襲っているのだ。
だからマーサルさんは悩んでいる。
聖女という、偶然現れた強大な駒をどうするかということを。
確かに聖女という駒は強大で、この苦境も乗り越えられる力がある。
……けれども、マーサルさんには判断ができないだろう。
本当に、この聖女という存在が自分たち精霊の味方なのか、それとも自分達を貶めようとする存在なのか、判断する材料が彼には無いのだ。
……何せ私はその数千年級の精霊達を圧倒出来る力を有しているのだから。
「っ!」
……つまり、人間でありながら精霊を無力化する存在、そんなにわかに信じがたい存在が私なのだ。
それが分かっているからこそ、マーサルさんは悩む。
ここで判断を間違えれば全ての責任は自分にあることを理解しているからだ。
けれども、サルトリアに話を回して判断してもらおうにも、私の話を聞けばサルトリアはともかく、他の精霊達は私のことをかなりの確率でクロだと判断するだろう。
……なぜならここにいる精霊達は良くも悪くも私の実力を知っているのだ。
だからこそ、私に助けを乞うならばここでマーサルさんが責任を全て負わなければならない。
それは酷い重圧で……
「……全て私の単独行動だと、そうサルトリアには告げて下さい」
「っ!」
……だから私は最初から、その判断を彼に求めるつもりなかった。
私の独断専行。
聖女として勝手に動き出した、となればだれかが責任を負う必要はない。
何せ精霊達の中で大きな刑罰を受けることになれば、精霊の国を追い出されかねないのだ。
そして、幾ら人間よりも強い精霊でも一人では待つのは野垂れ死ぬ未来だけ。
そんな決断をマーサルさんに強いるのはあまりにも酷すぎる。
「しかし、それでは貴女と精霊達の友好関係は……」
「それくらい、貴方の場合と比べれば安いものでしょう。それに、私の本来の目的である国民の保護に関してはサルトリアがやってくれるでしょうから、もう私に心残りはありませんから」
……だから私は今にも顔を歪めそうになる悲しみを心の奥深くにしまいこんで笑った。
恐らく、ここで独断専行すれば精霊達との私の関係は途切れる。
確かに精霊との友好関係が無かったものになるのは酷く辛い。
何故ならそれは友人であるサルトリアとも、また、あのちびっこ達とも会えないことを示しているのだから。
けれどもそんなこと、マーサルさんに比べればマシなはずで……
……と、そう私が思い込もうとした時だった。
「っう!」
「えっ!?」
マーサルさんが頬を両手で挟み込むように、叩いた音がその場に響く。
そして突然の行為に目を白黒させる私に対して、頬を真っ赤にしたマーサルさんは何でもないかのように口を開いた。
「すまない。どうやら、自分は腑抜けていたらしい」
そう告げて、何故かマーサルさんは軽く私へと頭を下げた。
まるで、自分の不甲斐なさを詫びるような、そんな態度で。
「ーーー ルイジア殿、全て私が責任を取る。だから、我が同胞達を救い出してくれ」
「っ!」
そして、次の瞬間マーサルさんが告げたその言葉に私は思わず絶句する。
精霊の受ける罰は私の比にならないもので。
けれども、そう私に告げたマーサルさんの目には固い決意が浮かんでいた。
「二日後だ。二日で誘拐について全ての情報を私が集めてこの場に来る」
そして、そのマーサルさんの言葉に知らず知らずのうちに私の口に笑みが浮かんでいた。
何故マーサルさんが私のことを信じようとしたのか、その理由は全く分からない。
けれども、今はそんなことどうでもよかった。
大切なのはただ1つ、マーサルさんのその決断、それを私は裏切るわけにはいかないということだけなのだから。
精霊を誘拐した人間、それが何者なのかなんて私は知らない。
そしてその人間の有する力がどれほどなのかだって同じく知らない。
だがその人間は必ず後悔するだろう。
何故なら、その人間は最強の聖女であるこの私を敵に回すことになるのだから。
「それならば、その日までに私の方も手回しをしておくわ」
いつのまにか、マーサルさん、いや、マーサルに対して私の言葉から敬語が消えていた……
……少しダラダラとした展開が続いてしまい、申し訳ありません。
しかし、次回からは一度王国側の視点に戻る予定です!