第25話 衝撃的な現実
決してマーサルさんに向けたものではないが、薄っすらと、殺意さえ込めて告げた私の言葉。
それは恐らく私の力量を示すのに十分なものだっただろう。
実際、マーサルさんは初めて知る私の実力に関して対して驚愕の視線を向けていて……
「……いや、それは許すことはできない。今回の件、貴女が出る幕はない」
「なっ!」
……けれども、彼は私の言葉に首を縦に降ることはなかった。
その反応に私は驚く。
何故なら実際に実力を見せた上で、それでも断られるとは考えてもいなかったのだ。
「……それが、精霊姫様のご命令だ」
「サルトリアが……」
しかし、その次のマーサルさんの言葉に何故私が動くことを禁じられているのか、そのことを悟った。
私がカラムを動かせたのは、前にサルトリア達の努力があったからで、決して私は特別なことなど殆ど何もしていない。
確かに私がいなければカラムと精霊の和解は成り立たなかったかもしれないが、けれどもその功績は貸し1つ程度で終わるような、そんなものでしかない。
けれども、サルトリアはそんな風には認識していない。
……そう、彼女はまるで私が一人で精霊とカラムとの和解を成し遂げたかのような印象を持っているのだ。
確かにカラム説得にあたって、私とカラムの間には色々なガタガタがあった。
けれども実のところ、それは個人的な喧嘩のようなものでしかないのだ……
しかしそのゴタゴタをどう勘違いしているのか、サルトリアは私に過剰とも言える感謝を抱いている。
そう、こんな人間との関係を排斥しようとしてもおかしくない状況でもなお、国民の生活を守って欲しいという私の願いを聞いてくれたこともその感謝を抱いている証だ。
その義理堅さは、サルトリアという精霊の美徳だった。
実際、その美徳に私が助けられたことは一度や二度では聞かない。
「でも……」
……しかし、今回だけはそのサルトリアの指示に従うことができず、私は声を上げた。
何故なら今回私が気を使わなければならないのはサルトリアだけではないのだ。
幾ら精霊姫であるサルトリアが許可を出してくれようが、その配下の精霊が人間に対して良くない印象を抱いていれば全ては悪い方向に進む。
そしてその配下達のイメージを払拭するには同じ人間である私が、動いた方がいいのだ。
「貴女の懸念はわかる。だが心配は無用だ」
けれども、そんな私の懸念を理解したようにマーサルさんは口を開いた。
その言葉の意味が最初理解できず、私は思わず怪訝そうな顔をマーサルさんへと向けてしまう。
「精霊達は決して人間に対して良い感情は抱いていない。
ーーー けれども、このアルタイラの国の民衆達に対しては信頼を覚えている」
「えっ?」
……そしてだからこそ、続くマーサルさんの言葉に私は思わず言葉を失った。
その時私を支配していたのは、精霊達に対する、想像以上の信頼を勝ち取っていた民衆と、そして私の懸念を正確に悟り、言葉を返したマーサルさんへの驚愕。
私は思わず、その驚愕のままに何故考えていることが分かったのかと、マーサルさんに聞こうとして……
「これで安心か?」
「っ!」
……けれども、その時彼の顔に浮かんでいた得意げな顔に悔しさを覚えて口を閉じた。
「はは」
それは精一杯の私の維持だったが、それもあっさりとマーサルさんにバレる。
そしてその態度に、私はマーサルさんへとサラルをけしかけたい欲求を感じながらも、必死に押さえ込みながら口を開く。
「……でも、精霊達でなんとか出来るんですか?」
それはやり込められたことに対する抵抗が込められた、けれども決して無視することのできないことだった。
……確かにこれで私の懸念の1つが減ったことは明らかだろう。
けれども、それは決して精霊達の状況が良くなることにつながるわけではないのだ。
精霊達の状況を聞く私は、改めてそのことを思い出して少し心配を覚える。
「ああ。大丈夫だ」
だが、そのわたしの言葉に対するマーサルさんの返答は自信に満ちていた。
「今、精霊達の中でも最も格の高い数千年級の精霊達が作戦行動のため動いている。彼らは数十人集まれば神獣にも対抗できると言われる存在だ。決して人間ごときに遅れはとらない」
「そう、ですか……」
そして、続くマーサルさんの返答は確かに頷けるもので、私は安堵を抱く。
確かにこれならば心配はいらないだろう。
捕まった精霊、彼らも心配は心配だが、精霊が死ねば素材となる羽の効力も落ちるという効果がある以上、彼らが死ぬとは考えにくい。
何せ、精霊を匿うというその手間を含めてもなお、お釣りがくるほどに効果のある能力を精霊の羽は有しているのだから。
その素材のために精霊に喧嘩を売った人間が、その効果をわざわざ手放すとは考えにくい。
つまり、今回のことが片付けば精霊たちには何の損害もなくなることに気づいて私は笑みを浮かべる。
「まぁ、今頃は君が来た街で作戦を練っていることだろう」
「え………?」
……けれども、その私の安堵は次の瞬間、マーサルさんが何気なく呟いた言葉によって粉々に崩れ去った。
「どうした?」
「にゃう……?」
その私の態度に、マーサルさんが心配そうにこちらを見て来て、私の腕の中で微睡んでいたサラルが起きる。
けれども、その全てに私は反応できなかった。
「……マーサルさん、作戦は失敗です」
「えっ?」
何故ならば、隣町には一切精霊達の存在がいないことを私は知っているのだから。
ーーー そして、その事実は作戦はもう既に失敗しているという何よりの証だった。




