第24話 誘拐
「……言っておくが、私も決して多くを知っているわけではないぞ」
そう、疲れ切ったように話し始めたマーサルさんが教えてくれたのは、今精霊の国を襲っている、何者かによる許すこのできない精霊への蛮行だった。
……一番はじめにその災難に襲われたのは案内人として、隣町などの様々な場所にいた精霊達だった。
いつのまにか、案内人である一部の精霊達が姿を消したのだ。
それも、他の案内人や精霊の国に何の連絡をよこさない状態で。
いつそれが起き始めたのか、正確なことはサルトリアでさえわからないらしい。
ただ、同胞がいつのまにか姿を消したと案内人達の精霊が勘付いたのはどうやら一ヶ月程度前。
つまり、少なくとも一ヶ月より前から精霊達は不審に姿を消しはじめたらしい。
……だが、最初サルトリア達は案内人の精霊達の身に何かあったとは考えられないでいた。
何せ、精霊は以前にも述べたように人間など比にならない酷く強力な魔力を有している。
その実力は一体の精霊をとらえるのに、人間は軍を使わなければとらえることができないほどだ。
だが案内人の精霊達が行方不明になったその前後ではアルタイラの人間が軍を動かしたという話はなかった。
そしてその際には未だ国王も倒れてはいなかったから、不正に軍を動かせる人間はいない。
だとしたら、自然と案内人達がなんらか事件に巻き込まれていると仮定すると、それは神獣がらみのことになる。
けれども、当たり前だがこの神獣大国アルタイラにのこのこと現れるような神獣はいない。
何せ神獣の中でもカラムとリヴァイアサンは高位の力を有していて、そして無断でアルタイラに神獣が足を踏み入れることはその二柱の神獣達に喧嘩を売ることなのだから。
その上、精霊の羽を素材として欲しがる神獣など殆どいない。
そんなもの無くても大抵のことができる力を有しているのが神獣という存在なのだから。
だから、当初サルトリア達は案内人の精霊達は何処かで遊んでいて、行方が分からなくなっているだけだろうと思い込んでいたらしい。
だから他の案内人の精霊達に一応探すようにと告げただけだった。
「……けれども、その対応は間違いであったことをサルトリア様は、すぐに悟ることになった。……傷だらけで羽を剥がれた状態で戻ってきた精霊によって、な」
顔に複雑な表情を浮かべた、マーサルさんはそこで言葉を切った。
その話はかなり衝撃的な話だった。
何せ、精霊にわざわざ干渉するようなものはこの数千年の中、殆どいなかったはずなのだから。
だから私はやはり衝撃を受けているのだろうと、どこか決まり悪げなマーサルさんの様子をそう考える。
……けれども、それから少し時間が経ってもマーサルさんは口を開こうとしなかった。
「えっ、どうしたんですか?」
そしてそのマーサルさんの態度に私は思わずそう抗議の声を上げる。
……しかし、それでも何故かマーサルさんはまるで躊躇でもしているかのように口を開かなかった。
「早く!」
「にゃう!」
「っ!」
そしてそのマーサルさんの態度に、私はサラルを持ち上げて押し付ける。
そのせいでマーサルさんは顔を青ざめるが、その時の私はそれどころではなかった。
何せようやくここから話の核心に至るという時に、こんなお預けを食らったのだ。
思わずサラルを押し付けてしまいたくもなる!
「……いや、ここまで話して口をつぐむことはできないか」
そして、その私の態度にそうマーサルさんは自嘲しながら漏らした。
そのマーサルさんの態度に、一瞬私の胸に不安がよぎる。
マーサルさんは確かに私達には及ばないとはいえ、それでもある程度の実力を有している。
そんな彼がこんなに警戒するとは、それ程までに今、精霊の国を襲っている状況は厄介なのかと、そう思ったのだ。
しかし次の瞬間、私は弱気な自分を押し殺して口を開いた。
「続きをお願いします」
確かに今精霊の国を襲っている状況は酷く悪いかもしれない。
けれども、そんなことに私が怖気付いているわけにはいかないのだ。
精霊の国に困難が襲いかかっているならば、より一層気合を入れて解決するのが私だ。
私にはそれだけの力がある。
それが私という存在なのだから。
「あぁ、分かった」
……けれども、直ぐに私は知ることになる。
「実は最初行方不明になっていた案内人の精霊達、彼らは誘拐されていたんだ。
ーーー そう、人間達に」
事態は、私の想像しているよりもはるかに厄介な状況であったという、そのことを。
「………え?」
◇◆◇
アルタイラと精霊の国の友好関係、それは人間側から絶対に精霊達を襲わないというそんな条件の元に成り立っている関係だった。
それでも本来ならば、幾ら恩人である私の存在があれ、こんなに容易く精霊達とアルタイラが友好関係を結べることはなかっただろう。
何せ、アルタイラ以外の人間達は精霊をレアな魔獣程度しか認識しておらず、見つけ次第襲いかかっているのだ。
普通ならば、精霊達は人間を憎んでいてもおかしくはない。
……けれども精霊達は決して一方的に人間を嫌ってはいなかった。
何故なら精霊達はは人間の技術に酷く興味を持っているのだ。
……まぁ、主に食べ物が美味しいなんて理由だったりするのだが。
とにかく何だかんだ精霊達が人間達を拒絶していないおかげで今のアルタイラと精霊の国の友好関係がある。
……そして、私の頼みはその下地があることを基にしたものだったのだ。
確かに私は精霊達に対して1つ借りがある。
そう、カラムと精霊との、交友関係を取り戻したと言うその借りが。
だから先程サルトリアは私の頼みを断りはしなかった。
そしてサルトリアの態度から考えれば、彼女は私の為に役目を果たそうとしてくれるだろう。
……けれども、こんな人間が精霊を裏切った状況でなお、他の精霊達が民衆と協力してくれるなど思えるはずがなかった。
そう私は考え……
「……だったら、私がこの事件を解決して精霊達の人間に対する心象を良くするしかない、か」
……それからぽつりと言葉を漏らした。
そしてその言葉を告げた私の顔には、隠しきれない怒りが込められていた。
何者が精霊に手を出したのか、今の私にはわからない。
他国のものが誘拐を働こうとしたのか……
ーーー それとも、この国の腐りきった貴族達の行動か。
全く今の私には分からない。
「私に全ての情報を下さい。
私が、全てを解決します」
「っ!」
けれども、今回の件を起こした人間は絶対に許さない、そんな怒りを殺気として言葉に込めながら、そう私はそう告げた……




