第20話 精霊姫サルトリア
私の存在に気づいたサルトリア。
その瞬間、彼女の目に浮かんだ隠しきれない動揺に一瞬、私の胸に警戒が走る。
何せ今まで別のことを考えていたせいで頭から抜けていたが、ここに私がいることを彼女が歓迎する可能性は酷く低いのだ。
けれども、だからといって今は素直に退散することはできない。
「申し訳、ございませんでした!」
「ええ!?」
……しかし、次の瞬間サルトリアが取った行動は私に対する土下座だった。
そしてその突然の行動に私の思考は一瞬止まる。
「お姉、凄い格好してる!」
「サルトリア様に怒られる!」
「……えっと、もふもふだよ」
「にゃう……」
……けれども、部屋の中に流れる空気をちびっこ達は読もうとしなかった。
一人はマイペースに笑い、一人は今更ながら自分が何をしていたのか気づき涙目になり、もう一人はサラルをサルトリアの前に差し出す。
「あ、貴女達………っ!」
そして、そのマイペースな精霊達にサルトリアが怒鳴ろうとして……
「にゃう……」
「さ、サラル様?」
……ぐったりしたサラルの様子に気づいて言葉を失った。
そして徐々にサルトリアの顔から血の気が引いて行き……
「きゅう」
「サルトリア!?」
……そして最終的にサルトリアはそんな可愛らしい声を立てて目を回して倒れてしまった……
◇◆◇
「……聖女様、改めて謝罪させて頂きます」
「は、はい……」
倒れてしまったサルトリア。
彼女は何故か異様に疲れているように見えて、私は最初彼女をもう少し寝かせようとしていた。
……けれども、そのきっかり10分後には何故かサルトリアは血走った目で飛び起きてきて、騒ぎ立てるちびっこ供を1分程度で捕まえて縛り上げた。
「はなせー!いや、ほどけー」
「ごべんなざい!サルトリアさまぁ!」
「スヤァ」
……ついでに言うと、サラルは私の膝の上で疲れ切って眠っていたりする。
「にゃぷぷ」
そしてその流れるような動作の後、話を改めて始めたサルトリアの姿に私は震えることになった……
最後あった時からは考えられないほど逞しくなっている……
……というか、サーラ明らかに寝てるよね。
気が弱そうだと思い込んでいたのに、一番図太いのが彼女だったのか……
しかし、サルトリアはそのちびっこ供をがん無視して話を進める。
「此度のこと、本当に申し訳ございませんでした。大恩のある、聖女様にこのような扱いをしてしまい……」
「今回のこと非があるのはこちらです!」
そして最初私は、そのサルトリアの変わりように驚き、受け身で話を聞いていた。
けれども話の流れがおかしくなってきたことに気づいて思わずそう声を上げる。
「先に無礼を働いたのはこちらです。そして私は貴女方の働きに応じた対応を取るよるようにと、カラムに忠告しただけです!決して私が何か特別なことをしたわけではありません」
そう、カラムと精霊との和解、それに関して私がしたことといえば少し力添えをしただけだったのだから。
たしかにカラムと精霊の別離、それは最初一方的に精霊が悪いものだった。
この精霊の国がある亜空間、それはカラムが作ったものなのだ。
そしてそれに対して精霊達は精霊の涙と呼ばれる精霊達にしか作れない霊薬をカラムに送っていたらしい。
……けれども、ある時数千年の時を生き、慢心した先代の精霊姫達とその側近達が暴走し始めたのだ。
彼らは精霊の涙をカラムに譲ることを惜しんで、カラムから亜空間の制御を奪い取ろうとしたのだ。
……精霊ごときに扱える術式ではないということも考えずに。
その結果、当たり前の話だがカラムは激怒した。
そして精霊のために作った亜空間を潰そうとしたのだ。
その状況に対して立ち上がったのが、今代の精霊姫であるサルトリアと、他の精霊達だった。
精霊姫になることができるのは特別な精霊だけで、その精霊は未だ十にもなっていなかった酷く若い少女だったのだ。
けれども、その彼女の自身がどうなっても精霊の国は守るという決心に、精霊は結集して先代の精霊姫からその座を奪い取った。
そして精霊姫になったサルトリアはすぐさま、カラムに許しを乞うため先代の精霊姫と貴重な精霊の涙をかなりの数、カラムに差し出したらしい。
……けれども、カラムはその霊薬を受け取り、亜空間を潰すのはやめたものの、精霊達と関わろうとすることはなかった。
それははたからみれば一方的に搾取して、対価は払わない行動にしか見えなかったが、精霊達は自身に非があることを理解していたので、その後もカラムに精霊の涙を送り続けた。
けれども、カラムは頑として精霊達と関わろうとせず……
流石にいらっときた私はカラムにこんこんと一晩使って精霊達との関係を持つように説教、もとい説得したのだ。
そしてその結果、カラムは精霊達との関係を改めて持ち始めたのだが……
けれども、そのことは決して私の手柄なんて思えるほど、私は自惚れていなかった。
「……あれ、明らかにカラムは意地になってるだけで、自分でも精霊達と関わりたいって思ってましたから」
そう、その時のカラムを思い出して溜息を漏らした私。
「……あの頑固で噂のカラム様の意見を曲げたのに、そのことを全く分かってない?相変わらず、ルイジアはどれだけ鈍感なのでしょうか……」
……そして、その時私は気づいていなかった。
その私の言葉に対して、まるで私がカラムに浮かべているのと同じような呆れの視線を、サルトリアから向けられていることに……
「まぁ、だから今回悪いのはこちらであの青年に対しても私は何の悪印象も抱いていません……て、なに?」
そして言わなければならないことを全て告げて、サルトリアの方を向いた私は彼女から向けられる視線に首をかしげる。
「いえ……そうでしたわね。ルイジアはいつもそう。でしたら、どちらにも非はないということで、この話はおしまいにしましょう」
すると、その私の態度を見てサルトリアはそう笑った。
しかし次の瞬間、彼女は改めて姿勢を正し、口を開いた。
「では、ルイジア。今まで何があったのか、忙しいはずの貴女が何故この場所まできたのか、1人の友人として教えてください」
そう、改めて切り出したサルトリアからは私を心の底から心配している気配が伝わってきて、だから私は思わず笑みを漏らしてしまう。
「うん、分かった」
そして、私は今まであったことを全てサルトリアに話し始めた……