第19話 異常
「にゃうぅ!」
「あはは!待て待てー」
「こら、ルーア!嫌がっているでしょう!」
「あぅぅ……」
それから少しして、飴玉を食べ終えたちびっこ達は、飴玉を貰いに天井から降りてきたサラルを追いかけ始めた。
飴玉に夢中になっていると、そう考えて降りてきたのに追いかけられることになってしまったサラルは慌てながら必至に部屋の中を逃げ回る。
……サラルは神獣なのだが、精霊としての敬意なんてちびっこどもは持っていないらしい。
そんな途端に騒がしくなった部屋の中、サラルと精霊達が遊びだしたせいで手持ち無沙汰になった私は、ふと顔を怪訝そうに歪めてぽつりと言葉を漏らした。
「やっぱり、おかしいよね……」
そう告げた私の顔に浮かぶのは、不信感だった。
その懸念は、精霊姫に怒られるのではないかという不安ではなかった。
それは決してその懸念が無くなった、なんて考えているわけではない。
……それ以上の異常を、ここに来て感じるようになっていたのだ。
「でもライア、この子凄いもふもふだよ!」
「っ!」
「も、もふもふ!」
「にゃう!?」
今もなお、サラルを追いかけ騒ぎあっている精霊達。
彼女達は見るからに若い精霊だった。
精霊は本来、若々しい姿で数千年の時を生きる。
そして数百年の時を過ごせば、もう人間など比にならない魔力を身につけている。
……けれども、その幼年期は酷く脆い。
精霊は成人する時までは人間とほとんど変わらない速度で成長していくのだが、成人するまでの精霊は酷く脆いのだ。
そう、人間の子供の頃と同じくらい。
けれども、その内にはかなりの魔力を有しており、人間にとって格別の素材になることは変わらない。
しかも幼年期の精霊は、精霊の象徴となり、素材でもあるその羽を魔力で隠すことができないのだ。
つまり、精霊の子供達は常に危険に晒されていることになる。
だから常に精霊達は協力して精霊の子供達を亜空間の奥深くに隠している。
そして誰か一人は子供の精霊達ののお守りとして側にいるのが普通なのだ。
……なのに、今回に限っては本来彼女達のお守りとなるはずの精霊の姿を私は未だ見ていなかった。
さらに彼女達は最初出会った時、本来彼女達だけではいけないはずの亜空間の出口に近い場所にいて……
「何か、起きたのかな……」
……気づけば私の頭の中から、何か起きたのではないかという不安は拭い去れないものとなっていた。
「よし!」
「にゃう!?」
「ほら、ライア触って!もふもふ!」
「え!ち、ちょっとだけなら……」
「もふもふ!」
「おぉ、サーラも!」
「にゃうぅ!」
今、サラルで騒いでいる精霊達。
彼女達からは私たちに対する恐れは見えない。
けれども最初私と出会った時、彼女達は心底恐怖して震えていた。
「……あの様子を見る限り、彼女達は人間に対してかなりの恐怖心を抱いているよね」
そして、その態度こそが他の精霊達が彼女達に対して人間の恐ろしさを教えている証拠だった。
さらに、その教えの影響を彼女達は受けていて……
……けれどもあの時、なぜか亜空間の入り口に彼女達はいた。
それは本来あり得ないことだった。
何せ、精霊達は本来引きこもり体質なのだ。
幾ら人間よりも精霊達が強いといっても、人間の数を考えれば警戒するのも無理はない。
だからアルタイラ以外では精霊の姿を見ることなんてほとんどあり得ない。
けれども、神獣とある程度親しくしていた歴代の国王は精霊の存在も知っており、彼らとも仲良くしようと考えて行動をしていた。
その結果、アルタイラの中でだけでは農民でも、精霊と交流を持つものが出てくるほどになっている。
そしてその友好の証こそが、本来隣町に行きかう案内人の精霊達の存在。
けれどもその存在が出来てもなお、亜空間に閉じこもっているものは多かった。
人間という存在、それを彼らは信じきることができなかったのだ。
そしてなおさら若い精霊は亜空間の奥へと隠されるようになっているはずなのだ。
「本当に何が起きているんだろう……」
私の頭に隣町で精霊を見つけられなかった時の様子が頭に浮かぶ。
あれは明らかに異常だった。
だから私はてっきり精霊と人間の間で何か問題が起きたのだと、そう思い込んでいたのだが、ここにきて悟る。
……事態はもっと悪いことに。
私はカラムの事件の際に、かなりの精霊と知り合っている。
なのに今の今まで私は知っている精霊を見ていない。
……いや、今遊んでいるこの子達以外の精霊の存在を見ていない、というべきか。
それは明らかな異常。
この亜空間にただならぬ事態が起きているという証拠。
「わはは!早い!」
「にゃう……」
……けれども、サラルをおもちゃにして遊ぶ彼女達には一切そんな様子が見えなくて、私は一瞬自分の考え過ぎかと、そう笑いそうになる。
「もう!いい加減にしなさい!私達はアラバを探しに行くんでしょ!」
「っ!」
……だが、ライアの言葉によりその場に広がった張り詰めた空気に、私は確実に何かがあったことを悟った。
「ライア、精霊達に……いえ、この国に一体何があったのか、教えて欲しいの」
そして気づけば私はそうライアに頼み込んでいた。
「っぁ、」
その私の言葉に反応して振り向いたライアの目には大粒の涙が浮かんでいた。
そのライアの様子は、まるで今まで楽しく過ごしていて、忘れていた辛い現実に引き戻されたかのようなそんな態度。
そして私はその顔に胸が締め付けられるのを感じる。
「に、人間が……」
「ルーア、ライア、サーラ!」
……そして、その時だった。
「えっ?」
「っ!」
突然、扉が開き輝かんばかりの美貌を有した、17、8程度の一人の少女が中に入ってきたのは。
そして怒りの表情で精霊達を見ていた彼女は、次の瞬間私の存在に気づいて顔色を変えた。
「せ、聖女様!?」
「サルトリア!?」
そう叫んだ少女、彼女こそがこの精霊達の総括である精霊姫、サルトリアだった……




