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第17話 気づかい

私へと振り下ろされた剣。

その剣は腹が下になっており、殺す気が無いことを私は悟る。

けれどもそれは決して傷つける意思がないことと同義ではなかった。

力強く振り下ろされたこの剣には、当たれば普通の人間なら鋭い痛みを感じ、意識を失うそれ程の凶悪な威力が込められていた。

そしてそんな威力で剣が振り下ろされているのにもかかわらず、何の構えもとっていない私に勝利を確信したのか、青年の顔に笑みが浮かぶ。


「えっと、話を聞いてくれませんか?」


「なっ!」


……だが、その笑みは酷く小さなナイフでその一撃を防いだ私の姿に固まることとなった。

私はその青年の顔が驚愕に歪むのを至近距離で眺めながら、駄目元で口を開いてみるが……


「何者だ!」


……けれども、その私の言葉は青年の顔にさらなる警戒心を抱かせた以外の何の効果も出せなかった。

それどころか、そんな小さなナイフで自身の斬撃を防いだ私に対してさらなる警戒心を抱き、さらに剣を振り上げる。

……それは当然の反応だった。

何せ私の手にしているナイフ、それは装飾が可愛かったのでお土産用にととっていただけの酷く脆いものだ。

そしてそんなもので折ることさなく、私は青年の斬撃を防いでいて……

青年から見れば私は異様でしかないだろうと、私は溜息を漏らしたくなる。

出来れば穏便に収めたかったのに、何でこうなったのだろうか?


「はぁ……」


そう溜息を漏らす私。

その姿は間違っても戦闘中には見えない。

それなのに、私はいとも簡単に青年の斬撃を何度も防いでいて……


「本当に何者なんだ……」


いつのまにか、青年の顔には隠しきれない衝撃が浮かんでいた。

当たり前だろう。

何せここまで私はどんな攻撃も小さなナイフだけで受け流すという、ある意味一方的とも言える戦いを繰り広げているのだから。

……しかし、ここまで一方的な戦いを繰り広げながらも決して青年が弱いわけではない。

いや、平和なアルタイラでは考えられないような実力を青年は有しているだろう。

それなのにこの戦いが一方的なものとなるのか、その理由は簡単だ。


私が強すぎるのだ。


聖女という言葉に普通の人間が抱くイメージそれはさぞ華やかなものだろう。

……けれども実際は違う。


何せ、聖女とは幼い頃から強制的に地獄のような肉体改造を繰り返してきてなれる存在なのだから。


それは正直言って、ただの地獄だった。

だがら私にはルシアが訓練を逃げ出したことを咎めるつもりはなかった。

もちろん、冤罪をかけようとしたことに関しては許すつもりはないけれども。

私も、前世の記憶が無ければその地獄を耐え抜こうなんて考えなかっただろう。

その訓練を耐えれたのはただ、サラルなど神獣の存在があったからだ。


そして当たり前だが、そんな日々を過ごしてきた私は人間離れして強い。


「っ!」


精霊の青年、彼はその若い見た目からは考えられない時間を生きている。

そしてここまで感情的になることを見ていると、彼は本当に剣が好きでその長い人生を剣に捧げてきたのだろう。


……だがそれでも私に勝てる可能性は万に一つもない。


それが聖女という存在だ。


「……どうしよう」


……けれども、ここで一つの問題が生まれていた。

たしかに私は青年に勝てるだろう。

そして強引に奥に進むこともできる。

けれども、別に私は青年に勝ちたいなんて考えていないのだ……

何せ今回のことに関しては正直、一番責任があるのは突然この場所にやってきた私たちだ。

案内役がいなかったという理由があれ、ここで問答無用に襲い掛かられたことに関しても文句を言うつもりはない。

もちろん、ここまで来たら素直に帰るつもりもないが。

けれども、当たり前だができれば私は被害を少なくしようと決意している。


「ここからは、絶対に通さない……」


……そう、精霊として長年剣の腕を鍛えプライドを持っている青年の心を女性である私が折るなんて、そんな被害は出したくないのだ。


息を切らしながらも、変わらぬ闘志で私を見てくる青年に私はどうしようかと悩む。

実力突破は容易いが、私が青年を倒せば被害が大きくなりそうで出来れば避けたいのだ。


「っ!」


そしてその時、私の頭にあるアイディアが浮かんだ。

それは青年がこの場を無理やり通られても心が折れない方法。


「にゃう?」


そう、つまり明らかに実力が上の存在に倒されれば彼もプライドがおられることはないのだ。

突然私に視線を向けられたサラルは、壁についていた苔で遊ぶのをやめて首をかしげる。


「にゃう!」


しかし、直ぐに私の意図を悟って任せてとでもいうように前へと足を踏み出した。


「ありがとう、サラル」


その光景を見た私は安堵の息を吐いた。

何せこれで余計な被害を生むことを避けられるのだ。


「あっ」


だが次の瞬間、サラルと青年がぶつかる光景を見た私は思わずそう声を上げていた……







◇◆◇








「にゃうっ!」


……それから十数分後、サラルは青年の上で勝鬨をあげていた。

それは決して私の想定外の事態ではなかった。

それどころか私が望んだ状況で間違いない。


「うん……精霊さん、ごめん……」


……ただ一つ、青年を倒したサラルは子虎形態だったことを除けば。


サラルは決して子虎形態でも弱くはない。

というか普通に強い。

……そうだとしても、子虎に青年が圧倒される光景は見ていて酷く痛々しかった。


しかも、子虎形態で戦うのが楽しかったのかサラルはいつのまにか私の言葉も聞こえないくらい熱中して青年をいたぶりつけていて……


「……俺はこんな子虎にも勝てないのか」


……そして最後にそう告げて意識を手放した青年の目は死んでいた。


「にゃう!」


サラルは青年が気絶したことを確かめて、褒めて欲しそうにドヤ顏でそう吠える。

その光景に、私は何を言えばいいのかわからなくなって、そして仕方なくぽつりと呟いた。


「うん、行こうか……」


そして奥へと進んでいく私の足取りは、罪悪感のためか酷く重かった……

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