第15話 その頃
「うん!これ美味しいね、サラル!」
「にゃう!にゃう!」
ちょうど貴族達が民衆からの大ブーイングを受けているその時、私とサラルは隣町にある有名な喫茶店にいた。
その時王都でなにが起きているなんて知るよしもなく、私はその店の看板メニューであるクリームたっぷりのパンケーキを頬張っていたのだ。
そしてご機嫌な様子で膝の上にいるサラルへと語りかける。
膝の上からテーブルに置かれた高級なハチミツを舐めていたサラルも、顔をベトベトにした状態で同意するかのように声を上げる。
その場に流れるのは酷く和やかな空気で……
現在、私とサラルは聖女になってから久々になる休暇を満喫していた。
「んんっ!ほんと甘い!こんなお店王都にも無かったよね!」
「にゃう?」
「そう言えば、サラルはリヴァイアサンと違ってこんな風にお店に来たことなかったけ……あ、」
それからしばらくの間、私はサラルと他の人間には理解できない会話を繰り広げていたが、途中でなにかを思い出したように口を開いた。
「そういえば、今頃王都はどうなってるんだろう……」
「にゃう……」
私の言葉、それはただ純粋な興味で発したものだったのだが、サラルはその私の言葉に心配そうに顔を上げた。
「えっと、別に私は何にも王都に関すして思うところなんてないから!」
その顔は未だハチミツまみれで、締まらないことこの上なかったが、それでも無用な心配をサラルにさせてしまったことに気づいて慌ててそう言葉をつけさした。
確かに私の状況だけを見てみれば、悲劇のヒロインに見えなくもない。
貴族の勝手な都合で冤罪をかけられて、王都を追われ、さらには兵士達に襲われる。
それだけ聞けばまさに悲劇のヒロインだ。
……それだけ聞けば、の話だが。
「別に私は嫌々王都を出てきたつもりはないから。ほら、聖女って正直激務だったでしょ?サラル達が手伝ってくれているから、歴代の聖女に比べればマシなんだろうけど……」
「にゃうにゃう」
そう、私は決して嫌々出てきたわけではない。
正直、聖女の仕事というのがかなりの激務で、これ幸いと出てきた面も実はかなりある。
そしてその私の激務を間近で見ていたサラルにも思い至る面があるのか、確かにというように頷く。
だがそれも一番の理由ではなかった。
「それに、私が出て行って貴族達には自分達が何をしたのか思い知って欲しかったし」
「にゃうっ!」
そう、それこそが私が貴族にあえて手を出さなかった理由だった。
広場でいきなり貴族を倒してもトカゲの尻尾切りの状態に陥ったかもしれない。
けれども聖女に冤罪をかけようとした事実さえあれば、数日あれば私には貴族達を一掃できるだけの力があった。
それなのに兵士達を寄越されて殺そうとされてもなお、私が貴族達に手を出さなかった理由は酷く簡単なものだった。
ーーー 何故なら、貴族達は私が手を出すことが無くても一人でに自滅していくことが決定しているのだから。
恐らく、現在貴族達は手を出してこない私の様子に対し、自分達に仕返しをしてこないのは平民のためだと思い込んでいるだろう。
実際にそれだけの影響力を貴族は備えていたが、けれどもその影響力程度私ならやろうと思えばどうにでも出来る。
なのに私が手を出してこなかった理由、それを貴族達は時が経つにつれて理解することになる。
ルシアや、王子達は頭がアレなのでなんでよ!とか叫んで暴れそうだが。
何せ、貴族の令息の殆どがルシアの猫被りに騙されているせいであまり広まっていないが、実は平民のルシアに対するイメージは最悪だ。
何せ貴族の男性には媚びるくせに、平民へのあたりはかなり強いらしい。
それに対して私は結構平民と仲良くしている。
まぁ、私はあっちこっち忙しく動き回っているから記憶に残っているだけかもしれないけど……
と、私は自分が国民的アイドル以上の人気を平民の間で誇っていることなんか知らずに呑気に考える。
「当たり前だけど、万に一つもルシアが民衆に聖女と認められる未来なんかあり得ないよね」
「にゃう!」
そしてルシアを敵視しているのは民衆だけで無く、様々な場所で恨みを買っている。
そんな彼女は今からどれだけ清廉潔白を訴えようが、もう手遅れだろう。
いや、自分の思い通りにならないことに爆発して平民に対して当たり散らしているかもしれない。
「……まぁ、そんなことをしたらあっという間に広まっていくことになるし、いくらルシアでもそんな馬鹿なことはしないと思うけど」
「にゃう?」
……そしてそう呟いた私は知らない。
もう既にその馬鹿なことをルシアが行なっているというそのことを。
さらに平民の中で広まり始めているその噂をマラサルが聞きつけ、大々的に広め始めていることを。
◇◆◇
「あれ?」
パンケーキを食べながら色々と考えていた私。
けれども、いつ間にかその店にいる人間、主に男性の視線を集めていることに気づいて首を傾げた。
そして私を見てくる男性達の顔は少し赤くなっていて、私はさらに疑問を覚える。
「あれ?サラル、私の顔に何か付いている?」
そして疑問に思った私がそうサラルに尋ねてみると、相変わらずハチミツを顔につけたままサラルは呆れたような顔を作った。
「にゃう……」
「えっ?」
ハチミツを顔につけたサラルにそんな顔をされるとは思わず、私は自分がどんな顔になっているのか途端に気になり始める。
そしてマジックバッグから手鏡を取り出して顔を写してみると……
「ーーーっ!」
……私の鼻の頭にはクリームが付いていた。
その情けない姿に今まで気づいていていいなかったこことに対して、私はこの場から走り去りたい程の羞恥心を覚える。
急いでそのクリームを布で拭うが、だからといって間抜けな状態であったことを隠せるわけではなかった……
「うぅ……」
こんな間抜けな姿、それは注目も集めていてもおかしくない、そう考えて私は俯く。
……だが、そうかんがえて顔を真っ赤にしている私は気づいていなかった。
羞恥で悶える私の姿に、さらにこの場にいるた男性の顔が真っ赤になったことと……
「にゃう……」
そしてその私と男性達を見て、サラルが呆れたように嘆息していたことを……
そんな風に、私とサラルを取り巻く日常は穏やかに過ぎていった……




