第10話 旅立ち
「うん、これでやることは全部終わった……」
最後マラサルにあったことを伝え、王宮から出て来た私は満足げに頷いた。
そして後は無事にこの王都を後にするだけなのだが……
「入り口とか封鎖されたりしてないかな……」
……恐らく貴族達が何らかの手を回しているだろうと考えて私はそう漏らした。
あの王子の挑発の手紙、それがどんな意図を込めたものなのか私には分からない。
けれども、その手紙で貴族達は何か企んでいるはずだ。
サラルの姿を見た後だから、てっきり怖気付いて友好的に接しようとしてくると思っていたのだが、そういうわけでもなかったらしい。
だとしたら今頃貴族達は良からぬことを考えているに違いない、と私はそう判断する。
……実際には未だ貴族達は全て上手くいったと騒ぎあっているだけなのだが。
けれどもそんなことが分かるわけがなく、私は速やかに王都をさるために旅の同行者を呼ぶために口を開いた。
「サラル!」
それはこの国の戦神の名前。
真っ白な毛並みに包まれた、体長5メートルは超える猛虎で……
「にゃうっ!」
……けれども、その私の声に反応して出て来たのはリュックを背負った子虎だった。
くりくりなお目目に、私の告げたものをリュックに入れて持ってきたよと、自慢するかのような自信満々な顔。
「あぁ!可愛い!」
「にゃう!にゃう!」
そしてその子虎に私は我を忘れて飛びかかっていた。
……リヴァイアサンが人型になって放浪していることが知られていないように、サラルにも実は他の人間には知られていない秘密がある。
それはサラルは実は神獣の中でもかなり新参者であったりするということだ。
もちろん人間の寿命で考えれば長命である100年をすでにサラルは生きていて、神獣としての力はかなりのものだ。
けれども、未だサラルの通常状態は子虎の今の状態なのだ。
だからリヴァイアサンはサラルを新参者だなんて言っていたりする。
そしてその子虎状態のサラルに、私はある仕事を頼んでいたのだ。
「うん、全部あるね」
「にゃう!」
そう、それは私の荷物の回収。
聖女という仕事柄私は様々な場所に突然の行かなければならなくなる時が多々あり、いつもその荷物を用意しているのだ。
しかしその荷物は自室の中にあり、貴族に見張られている可能性があることに気づき、サラルに荷物の回収を頼んでいたのだ。
そして現在、サラルはその仕事をやり終えて自分のリュックに私の頼んだものを入れてここに来てくれたのだ。
それから荷物が入っていることを確認した私とサラルは真っ先に王都を後にした。
戦闘隊形のサラルの上に乗ってあっさりと王都に築かれた城壁を越え、隣街に繋がる街道に降り立ったのだ。
「ここまでくれば大丈夫だよね」
そしてそこまで来て、ようやく私達は一息つくことができるようになった。
よく考えれば今まで私は全然寝ていない。
聖女の激務では二、三日寝ないことなんてザラだったので、1日の徹夜程度では肉体的には別にそこまで疲労を感じない。
けれども精神は別だった。
「にゃう」
そしてようやくここまで来たと一息つく私の耳に、どこかそわそわしたサラルの声が聞こえた。
そちらに目をやると、サラルはこっそりと横目で私を伺っていて、その視線に私はサラルが何を望んでいるのか悟って思わず微笑んだ。
「はい、ご褒美」
「にゃうっ!」
そう言って私が自分の鞄から取り出しのは、いわゆる手羽先というやつだった。
それも甘だれで長時間煮込み、神獣であるサラルならば骨まで食べられるようにした私特製の手羽先。
そしてその手羽先を取り出した途端、サラルは一目散に食べようと、飛びかかりかけて……
「にゃう……」
……けれども私に許可を貰えていないことに気づいたのか、しょぼんと後ろに下がった。
そのサラルの行動に私は思わずサラルをわしゃわしゃしたい衝動に駆られる。
決して私はサラルに芸を教えようなんてしていない。
ただ、サラルはどちらかというと忠犬だよね、なんて話をしたら自分からサラルが私の合図があるまで食べなくなったのだ。
その間にどんな心情の変化があったのかは私は知らない。
けれども、よだれを垂らしながらそれでもじっと待つサラルの姿は酷く可愛くて……
「それじゃ、お手」
「にゃう!」
「おかわり!」
「にゃう!」
思わずそう一通りの芸をさせてみせる。
もうここまでくれば、忠犬でなく愛玩用の愛犬みたいな気がするが、可愛いので、忠犬という言葉を意識するサラルには言わないでおこう、なんて私はこっそりと心の中で決意する。
「よしっ」
「にゃうぅ!」
そして散々またせた挙句、許可を出すとサラルはそれはもう、幸せそうに手羽先にかぶりついた。
「ふふ」
その姿に私は思わず私は声を上げて笑っていた。
今までルシアなどのよく分からない人間達の暴走でささくれだっていた心が、サラルを見ていたら自然と休まっていくのを感じる。
「はい、今日はありがとね」
「にゃうっ!」
そしてそのお礼を兼ねて、私は直ぐに手羽先を平らげてしまい、名残惜しそうに手を舐めていたサラルに新しい手羽先を差し出した。
その手羽先にサラルは目を輝かせる。
当たり前だろう。
何せ私は日々の激務で殆ど手羽先の作り置きが出来ず、サラルには1日1個しか上げていなかったのだから。
「にゃうっ!」
そしてサラルは酷く嬉しそうに手羽先にかぶりつこうとして……
「えっ?」
ーーー その瞬間、手羽先もろともサラルの身体は炎に包まれた。
突然の出来事に思わず私は目を見開く。
何が起きたのか分からず、正面を見渡して……
「っ!」
……その瞬間だった。
突然、空間が揺らいで500を超える兵士が現れたのだ。
「まさか、聖女が犬を飼っておられたとは。本当に貴女は女性的魅力に溢れたお方だ」
そしてその先頭に立ち、私に舐めるような視線を送る男の鎧に付けられていた家紋を見て私は悟る。
……目の前いる兵士、彼らは貴族の私兵であることに。
本日2話目の更新です!




