第9話 第二王子の溜息
「はぁ……」
薄暗い部屋の中、第二王子である私マラサルは重いため息を漏らした。
その私の頭に浮かぶのは先程のこと、つまり聖女である、ルイジア様が来たことだった。
彼女は私にとってまるで姉弟のような存在だった。
実の兄よりも親密な、そんな存在。
「あいつは何てことを……」
その一方で、私には実の兄に対する敬意などもはや存在しなかった。
あるのは堪え難い怒り。
彼女がどれ程までの苦しみの中、必死にこの国を守ろうとしているのか、あの愚兄は全く理解していないだろう。
そして、その兄をけしかけたルシアと貴族達も。
そして特にルシアと呼ばれる彼女に私は嘲笑を堪えることが出来なかった。
彼女は知らないのだろう。
聖女としての役目を捨て、遊びまわっていた自分を他のものがどんな目で見ていたかを。
そしてそれを家族だからという理由で必死にルイジア様が庇ってくれていたからこそ、今までの生活が続けられていたのを。
正直彼女に対して私が抱いているイメージは決して良くはない。
当たり前だが、この国にいる他のものも同じだ。
そしてそんな彼女が聖女になった程度で本当に知名度が上がるとでも思っているのだろうか?
今のルイジア様があそこまで民衆に称えられるのは全て彼女自身の行動の結果だ。
他の人間を気遣い、そして常に必死に何事にも取り組んでいる、そのルイジアという一人の少女をこの国の人間は称えているのだ。
そのルイジア様の名声が聖女だからで説明できると思っているのだろうか?
……何故か本人は自分が聖女だからここまで有名になったと思い込んでいるのだが。
とにかく、そんなルイジア様を貶めようとした人間に私は酷い怒りを覚えていて……
「はぁ……」
……そしてその中には自分も入っていた。
あの愚行で責められる人間は起こした人間達だけではない。
ルイジア様に返しきれないほどの恩をもらいながら、肝心な時には役に立たない私も同罪だった。
「くそっ!貴族の動向は常に監視していたはずなのに!」
そしてその無念に私は唇を噛みしめる。
父上が倒れる前、私は非公式に王太子に選ばれていた。
それは決して知るものが多いわけではない。
けれども国王になるための教育を父上は兄ではなく私にしていたので、私が王太子になることを知っているものはかなり多かっただろう。
そしてだからこそ私は父上が倒れた時、自分が一番しっかりとしなければならないことを分かっていた。
「本当に、どうしようもないな……」
そして、その矢先のこの失態だった。
これはどう言い訳しても許されることではないだろう。
父上がいたらどう叱責されることだろうか。
「私がやるしかないんだ」
ーーー しかし、今はもう私が失態をしてもフォローしてくれる父上はいない。
私はもう失敗するわけにはいかないのだ。
そしてそう考えた私の顔には強い決心が浮かんでいた……
◇◆◇
後悔を後にし、切り替えた私が次に考えていたのはルイジア様のからの頼み事だった。
その内容はルイジア様がこの国を出るに関しての話だった。
ルイジア様がこの国を後にすれば確実に貴族達の側は失態を犯す。
それも今までのように彼らの権力で覆いきれないほどの、そんな失態。
そしてその失態を利用し、貴族達を一掃することを私はルイジア様から頼まれたのだ。
それは今までのアルタイラが抱えて来た帰属の腐敗とおう大問題を解決する、画期的な方法だった。
しかも、成功する確率は高い。
十割成功すると言ってもいい程。
……しかし、その話を聞いて私の顔に浮かんでいるのは隠しきれない後悔だった。
この作戦は恐らく成功するし、長年の悩みであった貴族はこれで一掃できる。
けれどもその代わりに私達はかけがえのない存在を失うことになるのだ。
それは聖女様と、神獣に守られた安住の地。
聖女様が去った今、神獣達に守られるこの国の体制を続けることはできない。
困難である、とかではなく不可能だ。
聖女様はこの地を成り立たせるために必要不可欠な、そんな存在なのだから。
「全てが崩れるか……」
そしてその未来を考えて私はそう漏らした。
それは考えたこともない、そんな未来だった。
神獣から守られるこの国の有り様が変わればこの国は一気に小国まで陥るだろう。
いや、それどころか滅亡さえするかもしれない。
「やってやろうじゃないか!」
けれども、そのことを考える私の顔には後悔はあれど、迷いはなかった。
たしかに神獣がいなければこの国は滅びるかもしれない。
けれどもだから、聖女に出ていかないでと嘆願するのはただの甘えだった。
神獣依存するこの国は歪んでいる。
そしてその歪みが貴族達を生み出し、さらに聖女様という歪みを全て受け入れなければならない存在を生み出した。
だとしたら私達はもうその歪みを抱えたままいることはできない。
もう今までだけで私達は聖女様に散々助けてもらった。
だったらもうそれで充分だ。
今からは自分たちの足で立つときだ。
「私が新たな国を作り出す」
そしてそう告げた私の声には迷いは存在しなかった。
いや、ルイジア様を助けられずにもう失態を犯さないと決めた時からもう迷いなんて無かった。
そして覚悟を決めた私は新たな国を作るための第一歩、つまり貴族の一掃をするために計画を練り始める。
「いける!」
そしてその計画を練り始めた私の口にはいつのまにか笑みが浮かんでいた。
彼らは知らないだろう。
今まで自分達を不干渉を決め込んでいた新貴族達の逆鱗に触れてしまったことを。
新貴族達の殆どは返しきれないだけの恩をルイジア様に貰っている。
そしてそのルイジア様を傷つけられた新貴族は死に物狂いで腐りきった貴族達を潰そうと動き始めるだろう。
そう、貴族達は決して手を出してはならない存在に手を出したのだ。
「自分が何に手を出したか、思い知らせてやる」
そしてそう呟きながら、獰猛な笑みを浮かべた私の顔には……
ーーー 将来、第二アルタイラ王国を建国した名君と呼ばれる、そんな未来の片鱗が浮かんでいた。
日刊総合3位ありがとうございます!
まさかここまで来れると思っていなかったので、本当に嬉しいです!
そして明日から一話更新にしようと考えていましたが、もう少し二話更新を頑張らせて頂こうと思いました!
ということで今日の夜ももう一話更新させていただきます!




