第04話
「それじゃ、始め!」
「先手必勝でいかせてもらう」
私の掛け声とほぼ同時に、ディランが三叉の鉾を構えたままその身ごと私に向かって突撃してくる。
人魚族がこの武器を好むのは、これが海中で最も効果がある武器だからだ。
海の中では水の抵抗があるため、剣などの「振る」武器よりも槍などの「突く」武器の方が有効だった。
加えて、穂先を三叉にすることで「突く」動作で「斬る」ことが出来るのだ。
そして、人魚族の尾びれに秘められた筋力を考えれば、腕の力のみで突くよりも身体ごと武器として突く方が効果は高い。ディランが選択したのは、オーソドックスな人魚族の攻撃手段だ。
当然ながら助走──助泳か?──を必要とする吶喊は連撃には向かないので、ヒットアンドアウェイが基本戦法となる。
突撃して鉾で一撃、すぐに旋回して離脱して距離を取ってから再度攻撃を繰り返す。この方法で、私達人魚族は巨大な魔物をも狩ることが出来ているのだ。
「させないよ、ディラン」
「チッ、速攻で決めたかったんだがな」
ディランの攻撃が私に届く直前、横合いから盾を持ったアルトが割って入り鉾を防いだ。水中であるにも関わらず、甲高い金属音が周囲へと鳴り響く。
体格のよいディランに対して、少女と見紛うアルトは華奢な方だ。にも関わらず、彼は手に持った盾を絶妙に操って力を受け流しディランの攻撃を防ぎ切ってくれた。
『彼は相変わらず上手いですね』
リーンの感心するような言葉を聞き流しながら、私は動きの止まったディランに向けて攻撃を仕掛ける。
人魚族の基本戦法がヒットアンドアウェイだからこそ、攻撃が防がれた直後の転進するまでのわずかな硬直時間が最大の好機となる。
とはいえ、そう簡単にはいかないことは分かっていた。
「甘いよ、フィリエス〜」
こちらのチームにアルトというディフェンダーがいるように、向こうにもセリーヌがいる。
彼女はアルト程器用なわけではないが、その代わりに彼よりも強い魔力を誇っていた。
実際、セリーヌの持っている盾はアルトのそれよりも一回りも二回りも大きいものだ。
受け流すような技術はないものの、その大盾によって私の持つ鉾はあっさりと防がれてしまう。
「相変わらず、魔力だけは大したもんだな」
「魔力だけってひどいよ〜、ディラン。
それに、魔力の大きさならフィリエスがいるよ?」
「ああ、分かってる……これならどうだ!」
『フィリエス! 来ますよ!』
その頃にはディランも身を翻し、離脱する……と見せ掛けて再び攻撃を仕掛けてきた。
どうやら、十分な助走距離を取るよりもこちらの体勢が整う前に速攻を決めることを選んだようだ。
「アルト、いける?」
「まかせて!」
ディランが速攻で仕掛けてきたため、私は下がる猶予がなかった。
しかし、アルトが防げると言うのだからそれを信じて次の手を打とう。
私はその場から動かずに鉾を突き出す。
身体ごと吶喊する方が威力が高いとはいえ、普通に突くことが出来ないわけではないのだ。
「くっ!?」
ディランの速攻は最初の時と同様にアルトによって逸らされ、丁度そこに合わせる形で私の攻撃が彼を狙う。
しかし、惜しいタイミングで捉えることが出来ず、彼は鉾をかわして後ろへと下がった。
もっとも、回避がかなり際どかったためかその表情には苦々しいものが浮かんでいる。
「惜しかったね、フィリエス。
でも、この調子なら次はいけそうかな」
「流石に同じ手が二度通じる程、ディランは甘くないと思うよ」
危ない目に遭ったディランが一度下がったため、仕切り直しの形となった。その空隙にアルトと私は手短に次の行動を示し合わせる。
人魚族の戦法はともすればワンパターンになってしまう。
何しろ、攻撃方法が鉾を持っての突撃なのだからそれも当然のことだ。
もっと大勢いるならともかく、二対二の模擬戦ではターゲットも二択にしかならない。
この状況で勝利を得るためには、純粋に力技で相手を下すか、どうにかして隙を突くか、あるいは相手が疲弊するのを待つ持久戦くらいしか手が無い。
しかし、この中で実質的に採り得る手段は一つだけとなる。
何故なら、ディフェンダーであるアルトとセリーヌは似たような体格だが、アタッカーの私とディランでは彼の方が圧倒的に体格がよいため、力技も持久戦もこちらのチームが不利にしかならないからだ。
だからこそ、私の選ぶ戦法は隙を突くこと一択となる──と、ディラン達も考えているだろう。
……まぁ、読まれていると分かっていても他に選択肢が無いのだが。
後は、隙を突くための方法がディラン達の予想を上回ることが出来るか否かに懸かっている。
「ああ! あんなところに上半身裸の美女がっ!?」
「アホか!? というか、俺はお前にそんな手で騙せる奴だと思われてるのか!?」
『フィリエス、それは流石に……』
どうやらダメらしい。
何故かショックを受けた表情で隙だらけに見えなくもないが、少なくとも私が指差した方向には見向きもしていないから失敗なのだろう。
やっぱり、ディランは可愛い男の子の方がいいのだろうか。
『……少し彼が不憫に思えてきました』
リーンが何か言っているけど、今はそれどころではないので後回し。
作戦が失敗したなら、次の手を打たなければならない。
「Pulchra profunda maris──
たゆたう水よ、鋼となりてその姿を永久に留めよ 【水鋼】」
「【水鋼】!? 二度目だと?」
私は再び詠唱して、水鋼を作り出す。ルールは【水鋼】以外の魔法禁止であって、【水鋼】を複数回使用することは抵触しない。
【水鋼】の複数回使用自体は、別に凄いことでも何でもない。
【水鋼】は一度作りだせば水の中である限り勝手に維持されるため、複数回唱えることには特に制約はないためだ。魔力さえ足りるなら、何度でも使用は可能である。
しかし、あまりやる人がいないのも事実であり、だからこそディラン達も疑問の視線を向けて来ていた。
やる人がいない理由は、幾ら武器を無数に作り出すことが出来たとしても、持つ腕は二本しかないためだ。
三叉の鉾自体が基本的に両手持ちで扱う大型武器のため、同時に使えるのは一本だけとなる。追加で【水鋼】で武器を作り出しても、使えなければ意味が無い。
但し、武器でなければどうだろうか。
【水鋼】で作ることの出来る対象は鉾や盾に限らない。イメージ次第で他の物でも作ることが出来る。もちろん、作り出すものの大きさに比例して魔力の消費も増えるのだが、幸いというべきか私は魔力量については自信がある。
そして、中位魔法の特徴としてこの【水鋼】は──必ずしも術者の手元で発現しなければならないわけではない。
「え〜? 何この壁〜?」
「【水鋼】で壁を……まずい! 分断する気か!」
『なるほど、考えましたね』
ディランとセリーヌの間を遮るようにして、一枚の巨大な壁が出来上がる。
もちろん、巨大と言っても所詮は一枚の壁なので、上からでも横からでも回り込めば合流することは出来てしまう。
だが、少なくとも瞬時に合流することは出来ない筈だ。そしてもちろん、私は二人が合流するのを待つ程優しくはない。
「アルト」
「分かってるよ!」
私はアルトに声を掛けると同時に、分断されて孤立したディランに向かって攻撃を仕掛ける。
アルトも盾を前面に構えたまま、私に先行する形でディランへと立ち向かう。
「ちぃっ!」
ディランが苦し紛れに鉾を突き出して来るが、その程度の攻撃でアルトの巧みな守りを突破することなど出来ないことは彼も分かっていた。
そして──。
「勝負ありだね」
「──ッ! ああ、俺達の負けだ」
「負けちゃった〜」
鉾を首元に突き付けながら宣言すると、ディランは悔しそうにしながらも自らの敗北を認めた。
半透明の壁の向こうに取り残されたセリーヌも、それを聞いてがっくりと肩を落とす。
二対二の勝負なので片方が倒されただけでは決着とはならないのだが、アタッカーを先に潰されてしまえば勝利の目はまずない。
倒されたのがディフェンダーであれば続行するのだが、アタッカーが倒された場合はその時点でゲームセットとするのが通例だ。
これで最初の一セットは私達の勝利で終わりとなった。とはいえ、模擬戦はこれで終わりではない。
ペアを変えながら一巡するまで繰り返し、その後は別の魔法の練習。
そして最後にその日の仕上げとしてもう一度模擬戦を行う。それが私達の日課だった。
生活習慣の影響から人魚族は未だ気付いていませんが、
【水鋼】は水中ならという制約はあるもののチート性能です。