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第03話

「あ、もう来てたんだね」

「遅いぞ、フィリエス」


 集落の外れに新たに姿を現したのは、少年と青年の二人組だった。


「おはよう。ディラン、アルト」

「ああ、おはよう」

「おはよう、フィリエス」

『おはようございます』


 この二人は、セリーヌと同じく私の幼馴染だ。

 赤髪の青年の方がディラン、もう一人の茶髪の少年がアルト。


「先に泳いできたの?」

「ああ、準備運動に集落の周りを一周してきた」

「朝から元気だね」

「お前がなかなか来ないからだろう」


 ディランは茶色の瞳に緑色の尾びれをした人魚族で、細身ではあるがしっかりと鍛えられた身体をしている。

 目付きは鋭いが顔立ちは整っており、人魚族の女性達からは結構な人気があるようだ。

 歳は私やセリーヌよりも三、四歳上だった筈だが、外見上の年齢だけで言えば十八歳くらい。人魚族の寿命から考えれば妥当なところだ。


「アルトは今日も可愛いね」

『彼には悪いですが、それは私も否定出来ないですね』

「それ、あまり嬉しくないんだけど……」

「折角褒めてるのに」


 一方のアルト。

 こちらはなんというか……私よりも二歳程下、外見上の年齢は十五歳くらいの少年なのだが、絶世の美少女だと言える。

 いや、性別で言えば男性なのだが、どう見ても女の子にしか見えないのだ。

 それも、守ってあげたくなるような儚げな美少女である。

 おそらく、初見で彼が男性であると見抜ける者はいないだろう。


 ボブカットの茶髪、長いまつ毛、大きな翠の瞳、スッと通った鼻筋、柔らかそうな唇。肢体も全体的にほっそりしていて華奢。尾びれもピンクでとても女の子らしい。

 正直なところ、セリーヌはともかくとしても少なくとも私よりはアルトの方が女の子らしいのは間違いないだろう。

 一応男性であるために貝ブラもせず上半身は裸なのだが、どうしても女の子にしか見えないので見ていると気まずくなってしまうことが多々ある。


「私、アルトは貝ブラ付けるべきだと思うんだ」

「なんでさっ!?」

「男の人の目を気にするべきだよ」

「僕も男だよ!」


 それは一応分かっているつもりだけれど、そうは見えないから困るんだよ。

 実際、私が今言ったことは半分くらいは冗談ではないのだ。


 元々人魚族の女性は胸を隠すことをしていなかったが、その当時は男性は女性のその部分に性的な魅力を感じることもなかったため大きな問題もなかった。

 しかし、私が貝ブラを普及させてからその様子が少しずつ変わりつつある。

 人は誰しも秘密にされているものには弱いものだ。それは、精霊人と呼ばれる人魚族も同じ。

 それまで普通に目の当たりにしていたものであっても、いざ隠されると見たいと思ってしまうのだろう。

 実際、隠していなかった時よりもそういう視線を感じることが増えた。

 何故か私の方を見た後にはスッと目を逸らされることが多いのだが、そこは気にしないことにしている。泣いてなどいない。


 女性のその部分に夢を求めるようになった人魚族の男性陣だが、隠すことを覚えた女性達はもはや無防備に身体を晒すことはなくなった。

 そんな姿を見せるのは「つがい」になった相手くらいだ。まぁ、それでも全体的に露出度は高いのだが。


 さて、ここで一つ想像してみてほしい。

 そんな男性達の前に居る、どこから見ても美少女にしか見えない上半身裸の子。

 もちろん、性別的には男性であるため胸の膨らみはないが、思わず視線が集中してしまうことを否定は出来ないだろう。

 私はわりと本気で危機感を抱いている。


「ディランも時々アルトの胸の辺りをチラチラ見てるし」

「なぁ──ッ!?」

「えぇっ!?」

「うわぁ……」

『フィリエス……それは気付いていても流してあげるべき事柄かと』


 ついつい口を突いて出た私の爆弾発言にその場が騒然となった。

 当のディランはあまりの驚愕にパクパクと口を閉じたり開いたりして固まっている。

 アルトは驚きながらも反射的に両手で胸の辺りを隠し、セリーヌはディランの方を少し引いた目で見詰めていた。


「バ、バカなことを言うな! 俺がいつそんなことをした!?

 そもそも俺は──ッ!」

「俺は?」

「い、いや……なんでもない」

「???」

「なんでもないって言ってるだろ!」


 何かを言い掛けて言い淀んだディランはプイッと顔を背けてしまった。彼が背けた顔の先に回って覗き込もうとしたのだが、怒られてしまった。理不尽だ。


『彼も報われませんね』


 リーンが何か言っていたが、よく意味が分からなかった。

 何故か私が生温かい目で見られているような感じがするけれど。


「そ、そう言えばフィリエス!

 今日は随分遅かったけど、何かあったの?」

『ああ、そういえば彼もでしたか』


 変な様子を見せるディランの顔を窺っていた私に、何故か焦った様子のアルトが話し掛けてきた。先程の話から話題を変えたいのだろうか。


「特に理由はないよ。

 ぼーっとしてたら時間が過ぎてただけ」

「そ、そうなんだ」

「フィリエスはのんびり屋さんだね〜」


 それはセリーヌにだけは言われたくないよ!


「無駄話はその辺にして、そろそろ始めるぞ」

「あ、うん」


 アルトやセリーヌと話しているうちに復活したディランの一声で、私達は日課を開始することにした。




 Ψ  Ψ  Ψ




「Pulchra profunda maris──

 たゆたう水よ、鋼となりてその姿を永久に留めよ 【水鋼(アクアスティール)】」


 私が右手を前に掲げながら詠唱を行うと、手を振ってきた水精霊の微笑みと共に手の周囲に存在する海水がギュッと圧縮されて形を為す。

 透明である筈の水は凝縮されることによって蒼い半透明の物体へとその身を変えた。

 形作られたその姿は三叉の鉾(トライデント)、人魚族が好んで使う武器である。

 同時に、私の身体から幾ばくかの魔力が彼女の方(水精霊)に流れていき、美味しそうに取り込まれた。


 私が今使ったのは【水鋼(アクアスティール)】。水を鉄よりも硬い金属──水鋼──に近い性質へと変え、イメージ通りに形成する中位の精霊魔法だ。

 中位魔法の中では下の方に分類されるため人魚族であればまず誰でも使える魔法だが、その汎用性の高さから使用頻度は非常に高い。

 形成された水鋼は非常に硬く、並の力ではまず破壊することは不可能だ。また、周囲の水を取り込んで自動的に維持・修復が為されるため、実質的に水の中では破壊不能な物質と化す。

 精霊魔法によって作られる物質だが、一度作ってしまえば存在として安定するため魔力は不要。

 魔力がなくても維持されるのは水の中という限定条件付きなので、地上では完璧な存在とは言えないが、海中を活動の場とする人魚族にとっては不滅の道具となる。


 慣れればイメージ通りの形に出来るため、私がやったように武器にすることも出来れば、セリーヌやアルトがやっているように盾など他の物を作ることも出来る。

 ディランは私と同じように三叉の鉾を作った。


「準備はいい?」

「ああ、俺は大丈夫だ」

「私も大丈夫だよ〜」

「僕も出来てるよ」

『怪我しないようにしてくださいね』


 私達が行おうとしているのは、精霊魔法を用いての模擬戦である。

 ディランとセリーヌ、私とアルトのペアに分かれて二対二の試合を行うのだ。

 ペアのうち片方は武器を、もう片方は盾を【水鋼】によって作成して戦うというルールにしている。

 もちろん、大怪我をしないように攻撃は寸止めにするようにしているし、公平にするために【水鋼】以外の魔法は使用禁止だ。

 もっとも、実戦で一番使われるのは【水鋼】なので、十分実戦的な内容だ。

 水魔法には氷を飛ばす魔法もあれば、水のカッターで相手を切り裂く魔法もある。しかし、こと水中においてはそれらの効果は薄く、【水鋼】が最も効果的なのだ。


 何故、魔法の訓練=戦闘訓練なのか。

 そこには色々と複雑な事情があるのだけど、一言で言うなら実のところ人魚族は狩猟民族であり戦闘民族であるためだ。

 深い海の底に棲んでいるために何かを作り出したりといった生産的な事柄には不向きなのが人魚族であり、生きてゆくための糧を得ようと思えば狩るのがメインとならざるを得ない。

 しかし、深海にまともな食用の生き物がいるのかと言えば、残念ながらその答えは「否」だ。奇怪な生き物ばっかりで、味も酷いものだった。うん、私も試したから分かる。

 もちろん、海面近くまで浮上すれば普通の魚などもいるのだが、毎回毎回そこまで行くのは効率が悪い。

 必然的に、私達の主食は深海に棲む生物がメインになる──そう、魔物だ。


 魔物の定義は「一定水準以上の魔力を有している生物であり人型でないもの」だ。

 普通の魚と全く一緒の外見であっても強い魔力を持っていれば魔物だし、強い魔力を保有している生物はその恩恵により通常の生息域よりも過酷な環境でも生きることが出来る。例えば、深海とか。

 つまり、海面近くの魚を深海で狩ることが出来るのだ。


 魔物なんて食べて本当に大丈夫かと最初は不安に思ったが、むしろ生きるために魔力が必要なのは私達人魚族も同様であり、その方面に特化した魔物は普通の魚などよりも遥かに私達の食用には適していた。

 問題は狩ることが出来るのかという点だが、そこから導き出された結果が戦闘訓練なのだ。

 元々精霊魔法を極めることを人生の目標としている人魚族だし、生きる糧を得るためにも魔法が必要なのだから一石二鳥となる。





 これは余談だが、深海では火を使えないため、人魚族の調理方法は「切る」しかない。

 お刺身が食べられる日本人からの転生で本当によかったと思う。

 魚を生で食べる習慣がなかったら、どうなっていたことか……。

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