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第01話

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「じゃ、いってきます」

『いってらっしゃい……と言っても、私も一緒なわけですが』


 目醒めた私はしばらくの間リーンと頭の中で話していたが、やがて尾びれをくねらせて家から出た。

 この家には私の他に両親が居る筈なのだが、既に出掛けているらしくその姿は見当たらない。


 家といっても、元々人魚族はそこまでしっかりした住居を構える事はしない。ちょっとした岩壁の周囲を区切って、スペースを作っただけのものだ。そこには屋根すらない。

 おそらく、人魚族以外がこの場所を見たとしても──もしも深海まで訪れて見ることが出来る者が居ればの話だが──とても住居だとは思わないだろう。

 当然、そこには家具らしきものも存在しない。


 これは別に私の家だけに限ったことではなく集落に住む他の人魚族も同様だ。

 そもそもの話、人魚族は物を所有するという概念が乏しい種族である。

 住んでいる場所が深海であるため、所有出来るような「物」が何もないというのが最大の要因だ。

 衣服と呼べるようなものも女性が身に付ける貝殻のブラジャーくらいだし、それだって必要になればその辺で丁度良いサイズの貝殻を拾って穴を開け、髪の毛を編んだ紐を通して身に着けるだけだ。

 大量の衣服などは必要ではないし、それを仕舞う棚だって要らない。

 水の中に浮かんで寝るので、ベッドのような寝具だって無くても問題はない。

 遊ぶような娯楽道具も……これについては常々欲しいと思っているが、こんな海の底では作りようがない。


 この世界に転生した直後はそんな暮らしに違和感もあったのだが、流石に二十年以上も経てばこれが当たり前となっている。


「♪〜〜」

『♪〜〜』


 私は鼻歌を唄いながら、すいすいと水を掻き分けて集落の外れを目指して泳いでゆく。

 意外とノリがよいリーンも合わせてハモッてくれたが、彼女の鼻歌は私にしか聞こえないので傍から見ると……いや、考えないようにしよう。


 集落の中を泳ぎ進む私の視界に、ちらほらと集落に住む他の人魚族達の姿が映った。


 私が住むこの集落には、人魚族がおよそ三百人程暮らしている。もちろんと言うべきか、他の種族は居ない。他の種族が生きていける環境ではないからだが。


 人魚族の集落は全部で七つほど存在するが、この集落はその中でも最も規模の大きなものだ。

 人魚族全体で数えれば、その人口は千五百前後と言われている。

 各集落にはそれぞれ長が居り、その長が集まって人魚族全体の族長を選んでいる。

 集落の長、ならびに族長の選出基準は精霊魔法の強さによるものとされていた。


 精霊魔法、あるいは単に魔法と呼ばれるその力を説明するためには、まず精霊という存在について説明する必要がある。




 この世界には自然の調和を司る精霊と呼ばれる者達が存在する。

 精霊は自然界の属性に合わせて五種。

 火、水、土、風、木の五つの属性に、それぞれの精霊が存在する。

 そして、その力を借りて行使するのが精霊魔法だ。

 精霊の属性に合わせて、精霊魔法も五つの系統が存在している。


 深海に住まう人魚族は水の精霊と深い関わりがある。

 必然的に私達は水魔法を得意としていた。水魔法以外の魔法が全く使えないと言うわけではないが、そこには隔絶した差がある。

 その結果、人魚族が魔法と言えばそれは大抵の場合において水魔法のことを指していることになる。


 そして、人魚族と水の精霊の関係は、単にその属性を得意としているというレベルには留まらない。

 人魚族が歳を取って寿命を迎えると、私達は水の精霊へと昇華する。

 水の精霊とは、人魚族が進化した存在であるとも言えるし、ある意味ではご先祖様と見ることも出来る。

 このような精霊に昇華する種族の者達は、自らのことを精霊人(エレメンティア)と呼ぶそうだ。

 それぞれの属性に対して精霊人が存在し、人魚族は水の精霊人に当たる。


 精霊への昇華は寿命を迎えることで起こるが、その際にどれだけ高位の精霊になれるかは昇華時点でどれだけ精霊魔法を極めているかによって決まる。

 人魚族のような精霊人であれば下位魔法は生まれた時から使うことが出来る。

 そして、物心が付けば中位魔法が行使出来るが、それはあくまで中位の内でも下の方のものだけ。

 中位魔法を難易度で三つに分けた時、中間層の魔法が使えるのは精霊人の一割程度まで絞られる。

 更に中の上となれば全集落を合わせても精々一人か二人が使えるぐらいだ。


 ちなみに、これらはあくまで適性のある属性──人魚族であれば水──の話であり、他の属性については下位魔法の範疇しか使えない。


 こうした理由から、人魚族はより高みに昇って高位精霊になるべく日々研鑽を積んでいる。

 より高位の魔法を身に付けて高位の精霊に昇華することが人生の目標であり、強力な魔法を身に付けた者が尊敬された。

 族長の選出基準が精霊魔法の強さによって左右されるのも、それが理由である。

 なお、上位魔法は力のある大精霊や竜といった超常の存在しか操ることが出来ないとされている。少なくとも、現在までの人魚族の歴史の中では上位魔法を行使出来たという話は聞かない。



 精霊魔法は精霊の力を借りて行使されるものだけに、その力の強弱には如何に精霊達と通じ合えるかが肝となっている。

 とはいえ、精霊達を肉眼で見ることが出来る者はほとんど居らず、大半はその存在を感じ取ることが精一杯だった。

 その点において、私達のような精霊人はその成り立ち故に生まれ付き精霊の存在を感知する才能に恵まれているため、魔法の習得という点においては有利な存在だ。


「…………あ」


 そんな私の視界を、羽衣を纏った少女が横切る。

 その体躯は私の半分程しかないが、それ以上に特徴的なのは彼女の身体が半透明で向こう側が透けて見えることだ。

 少女は私に気付くと、にこやかに微笑んで手を振ってきた。

 私が内心で引き攣りながらも手を振って返すと、少女は嬉しそうな表情を浮かべながら泳ぎ去っていった。


『相変わらず、精霊に人気ですね』

「貴女がやったんでしょうが!」


 リーンの言葉にある通り、先程手を振ってきた半透明の少女は水の精霊だ。

 肉眼で見える者などほとんど居ない筈なのだが、私は何故か生まれ付きその姿を見ることが出来た。

 理由は、転生前にリーンの問い掛けに「ちょっとぐらい人よりも優れた才能があった方が嬉しい」と言ってしまったことだろう。


 精霊が見える、その事実は人魚族としては破格の才能と言っていい。ちっとも「ちょっとぐらい」じゃない。

 無論、それは恵まれていると言っていいわけだが、私だけが視認出来ることからえらく精霊達に気に入られてしまっていることは頭痛の種でもある。

 何しろ、下手をすれば先程の少女は私のお婆ちゃんとかご先祖様だったかもしれないわけで、無邪気に懐かれても素直に喜べないのだ。


『ご先祖様は大事にするべきだと思いますよ?』

「あんな可愛らしい姿じゃなければ、もう少しご先祖様扱いするよ!」




 Ψ  Ψ  Ψ




「ん〜、皆もう集まってるかな?」

『だから遅れると言ったではないですか』


 集落の中を泳ぐ私の独り言にリーンがツッコミを入れてきた。

 なお、私の口は動いているが、実のところ声がそこから発せられているわけではない。

 何しろここは海の中、口を開いてもそこから空気が出てくるわけではないし、空気を振動させることで声が為せるわけでもないのだから。


 そんな深海で声を出すことが出来ている理由、それは精霊魔法による。

 脳裏に思い描いた言葉を精霊が媒介することで水中に伝える水の下位魔法、その初歩の初歩【水の伝言(アクアメッセージ)】だ。

 周囲に響く声は肌から直接出ているため、実のところ口を動かさなくても伝えることは出来るのだが、私は元より他の人魚族も会話をする時は口を動かすようにしている。

 これは癖でもあるが、水上でも同じ感覚で言葉を発することが出来るようにするための習慣だ。


 実は人魚族、水から出ることも出来たりする。用が無ければわざわざ海面まで行かないし、実際私も行ったことはないけれど。

 水中ではエラ呼吸だが水から上がると肺呼吸をするのだ。まさに水陸両用……いや、陸は無理か。足無いし。

 なお、水の中に居る時は肺まで水に満たされてるので、水上に上がった時にはまず水を全て吐き出す必要があるが、その時の様子には触れないのがマナーだ。

 ちなみに、子供を産む時は卵生ではなく胎生。

 最早、前世の世界での生物の分類には当て嵌まらない存在である。まぁ、ファンタジー生物だから当然か。



 私が集落の外れを目指しているのは、そこが私と同年代の友人達の精霊魔法の練習場所だからだ。

 魔法の習得のため、私達は大人達から教えてもらうと同時に自分達でも訓練を行っていた。

 時計など存在しないため厳密な時間は決まっていないものの、既にみんな集まっている頃かも知れない。

 私は泳ぐスピードを上げて集合場所へと急いだ。

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