第14話
「うぉおおおーーーーーッ!?」
「なんじゃこりゃああああ!?」
「な、なになに!?
またクラーケンでも襲撃してきたの!?」
突如聞こえてきた叫び声に私はパニックに陥る。
気持ちよく寝ていたところを叩き起こされた私は、まだ頭が完全に働いていなかった。
それでも、何かとんでもないことが起こったことだけは、聞こえてきた声音から感じ取れる。
『起き出してきた人魚族の人達が上げた声のようですね。
まぁ、理由は大体想像が付きますが』
「どうしてそんなに落ち着いているのよ、リーン!
集落が襲撃されているのかも知れないのに!?」
『いえ、だからですね……。
まぁ、ここで議論していても仕方ありません。
取り敢えず、見に行ってみればよいのでは?』
「た、確かにそうね」
何故か呆れたような声で様子を見に行くように告げるリーン。
彼女の態度が若干気になったものの、確かにここで動揺していても仕方ない。
何よりも、もしもクラーケンのような怪物が襲撃して来たのなら、長である私が対応しなければ被害が大きくなる一方だ。
望んでなったものではないとはいえ、一度引き受けた以上はやるべきことはやらないと。
「行くよ、リーン!」
『はいはい』
「ちょっと、何でそんなにやる気ないの!?」
明らかにやる気のないリーンに憤りを露わにしながら、『城』の出口へと全速力で泳いだ私を待ち受けていたもの。
それは──。
「一体何なんだ、これは!?」
「朝起きたら集落の中に居たぞ!」
「見たところ、材質は【水鋼】のようだが……」
「こんな巨大なものが一体どうやって俺たちに気付かれずに──っ!」
昨晩私が創った『城』の入口を取り囲む人魚族の戦士達だった。
みんなはそれぞれ【水鋼】の鉾を持ち、警戒心を露わにしている。
想像していたのと異なり私の居る方を向いている彼らの姿に、マーメイド城の入口から顔を見せた私は困惑して立ち竦んだ。
「ッ!? 口?から何か出て来たぞ!」
「なっ!? あ、あれは……フィリエス!」
「あれに喰われたのか!?」
「へ?」
私の姿に気付いたみんなが驚愕と焦りの表情を浮かべる。
って、喰われた? 誰が……って、話の流れからすると私!?
でも、私が一体何に食べられたって言うのだろうか。
『ああ、なるほど。
そういうことですか』
「リーン? 何か分かったの?」
『ええ。
貴女も昨日言ってましたが、人魚族は建物なんて建てない種族ですよね』
「うん」
正確には「建てられない」だけど。
住んでる場所が深海だし。
『そして、人魚族は基本的に海の底から別のところ……例えば陸上などには行かないですよね?』
「うん」
正確には「行けない」だけど。
肺呼吸も出来るし水の外に出ても大丈夫な私達ではあるけれど、下半身が下半身なので陸上を歩くことは出来ないし。
その気になれば川くらいなら行動範囲に出来そうだが、深海で概ね生活が完結するので行く理由もない。
『つまり、建物を建てたことがないどころか、見たことすらない人が大半ということではないですか?
私や貴女はこれが城だと知っていますが、初めて見る人魚族からすれば巨大な謎の物体。
それこそ、魔物か何かと思われても仕方ないかと』
「おお、なるほど!
って、明らかに見慣れた【水鋼】で出来ているのに?」
『むしろ、見慣れた素材だからかも知れませんね。
これまで使い捨てて来た【水鋼】の怨念が積もり積もって──とか思われてそうです』
「そりゃ、使い捨てにしてきたけどさ……」
突然城が建ったことに驚いて騒ぎになることは予想してましたが、城だと認識すらされないとは思いませんでした──そう嘆息するリーン。
ああ、先程みんなの叫びが聞こえて来た時に彼女が呆れた様子だったのはそういう理由だったのか。
思い返してみれば、昨日、翌日起きたら騒ぎになる前にみんなに説明しなければと思っていたのだった。
うっかり寝過ごしてしまったせいで手遅れになってしまったが。
しっぱいしっぱい。
夜中遅くまで一人で働いていたのだから、少しくらいの寝坊は許してほしい。
『まぁ、貴女がそれでいいなら別に構いませんが、後始末するのも貴女ですよ?』
「うぐっ」
話を纏めると、私が昨晩建てたこのマーメイド城は人魚族のみんなに巨大怪物か何かと勘違いされており、城の入口から顔を出した私は捕食されていると思われていると……。
「何としても俺達の新しい長を救い出すぞ!」
「相手は動きの鈍い木偶の坊だ!
動き回って撹乱するんだ!」
「わああああーーー!?
ちょ、ちょっと待って!」
すっかり戦闘態勢に入ってしまったみんなを見て、私は慌てて止めようとする。
いや、待てよ……?
もしかすると、これは絶好の機会なのかもしれない。
『? フィリエス?』
殺気立つ人魚族の戦士達を制止しようとする寸前で動きを止めた私に、リーンが不審そうな声で問い掛けてくる。
しかし、私はそんな彼女に返事をする余裕もなく、必死に考えを巡らせていた。
先程リーンが言った通り、人魚族は建物など建てないし見たこともない人ばかりだ。
これまではそれで何の問題もなかった。
しかし、クラーケンのような怪物が集落を襲うかもしれないと分かった以上、このままでは駄目だ。
城を、塀を、砦を建てて守りを固めなければいつかは攻め滅ぼされてしまうだろう。
問題なのは、そう思っているのが私だけだということ。
いや、襲撃されることを懸念している人は他にも居るだろう。
だが、その対策としての建築の有用性を理解している人は皆無の筈だ。
果たして、私が城や塀が有用だと説得しても理解してもらえるだろうか。
正直、自信はない。
ならば、実地でその有用性を体験して貰えばよい。
この『城』が守るのにどれだけ有効かを味わって貰うのだ!
「来なさい!
このマーメイド城をそう簡単に落とせると思ったら大間違いよ!」
『ええ!? どうしてそうなるのですか!』
血相を変えるリーンを尻目に、私は自らの築き上げた『城』を守るべく襲い来る敵との戦闘を開始した。
Ψ Ψ Ψ
「……というわけでして」
「判決は?」
「ギルティ」
「ひだだだだだだっ!?」
セリーヌの宣言に従い、私の両頬がディランとアルトによってそれぞれ捻り上げられる。
容赦のないお仕置きの痛みに、私は悲鳴を上げた。
尾びれを折って岩の上に正座?する私の前に居るのは、彼女達三人だけ。
他の人達は既に呆れたように解散していった。
今はその場に残ってより詳しい説明を求めたセリーヌ達に最初から事情を話し、罰を受けている。
結論から言うと……ダメでした。
よくよく考えてみれば、マーメイド城はまだ外枠だけのハリボテ状態だったのだ。
そんな状態で防衛力も何もあったもんじゃない。
城を守ろうとした私はあっさりと確保──みんなから見ると「保護」──され、そのまま城を破壊しようとするみんなを慌てて止める羽目になった。
その後の説得で取り敢えず集落に建物を建てることは納得して貰えたが、それはどちらかというと有用性を理解したというよりは私がそこまでしたことに呆れて受け入れたという感じだったりする。
何となく、子供のわがままを受け入れてもらった感じだ。
私、一応長の筈なんだけど……。
「もう、フィリエスが巨大な怪物に食べられたって聞いて心配したんだからね〜」
「うう、ごめんなひゃい……」
心配を掛けたことを言われると、もう謝るしかない。
いや、捕食されていると誤解されたことについては私は半分くらいしか悪くない筈だが、誤解を解かずにそのまま戦いに移行したことは百パーセント私が悪い。
「と、ところで何でセリーヌ達だけ残ったの?」
「フィリエス、誤魔化すつもり〜?」
「ち、違うよ」
話を逸らそうとした私にツッコミが入るが、一応本気の問い掛けでもある。
「それは、俺達三人が新たな長となるお前の側近に選ばれたからだ」
「側近?」
そんな制度あったっけ?
「フィリエスのお父さんから頼まれたの〜」
「え?」
「いくらお前が上位魔法が使えるといっても、まだ歳が若いからな。
いきなり長としての仕事を全てこなすと言っても無理がある。
だから、俺達で分担しろというわけだ」
「そうなの?」
それなら、年長者が補佐役として就くのが普通じゃないだろうか。
例えば、先代の長であるお父さんとか。
「勿論、前長も補佐はしてくれるって」
「まぁ、長としての仕事なんて俺達もやったことないからな。
分担というのは建前だろう」
「要するに〜、フィリエスが寂しくないように傍に居てあげてってこと〜」
ああ、成程。
確かに、自分一人で色々なことを決めるのは「重い」。
そんな時、相談出来る相手が近くにいるだけで大分気がラクになる。
私は胸の内が温かくなり目頭が熱くなるのを感じた。
「みんな、ありが──」
「……まぁ、それも建前で本当は暴走しかねないお前のストッパーになれという意味だと解釈しているが」
感動して損した。
『今回の騒ぎを考えれば、貴女に文句を言う資格はないと思いますよ?』
そうでした。




