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第10話

「ヤツの正面には立つな!

 側面と後方から波状攻撃を仕掛けるのだ!」

「ハッ!」


 長であるお父さんの指揮に従い、人魚族の戦士達がクラーケンへと立ち向かってゆく。

 包囲されても依然として集落の方向へと突き進もうとする大蛸だったが、流石に正面を除くあらゆる方向から攻撃を受けて鬱陶しさを感じたのか、その場に止まって触手を振り回した。


「ッ! 回避せよ!」


 クラーケンの挙動にいち早く気付き、お父さんが指示を飛ばす。

 周囲を囲んでいた人魚族達は彼の言葉を受け、襲い掛かる触手から逃れる。

 しかし、それも完璧とはいかなかった。


「ぐはっ!?」

「──くっ!」


 直撃したわけではない。

 もしもそうであれば、一撃で戦闘不能状態に追い込まれていただろう。

 振り回される触手は彼らの間近を掠めるように薙ぎ払われただけだった。

 それにも拘らず、数人の人魚族が弾かれるように吹き飛ばされる。

 何しろ、触手のサイズがサイズ。それが辛うじて回避出来た程度の速度で振り回されたのだ。

 直接当たらなかったとしても、それから巻き起こされる水流は半端なものではない。


 何も無い方向に飛ばされた者は大きなダメージを負うことはなかったが、運悪く海底へと叩き付けられた者はすぐには動けない状態へと陥ってしまった。


「負傷者は後ろに下げろ!

 動ける者はその時間を稼げ!

 あまり近付き過ぎず、攻撃を加えたら直ちに距離を取るのだ!」


 お父さんはそう叫ぶと、負傷者から目を逸らすために自らもクラーケンに向かって鉾を振るう。

 勿論、一撃入れる度に下がる徹底したヒットアンドアウェイによってだ。

 足止めを行っていた時のディランも同じ戦法を取っていたが、流石に人魚族最強の使い手と謳われるお父さんの攻撃は威力も安定さも彼とは段違いだった。

 そして、お父さん程ではなくとも他の戦士達も的確に大蛸へダメージを与えてゆく。


 とはいえ、クラーケンもされるがままではない。

 ダメージを受ければ受ける程に振り回される触手は苛烈になってゆく。

 それによって巻き起こされる水流で海底に叩き付けられる者や、運悪く直撃を受けてしまい意識を刈り取られる者。

 次第に負傷者は増えてゆくが、後送して治療班が回復魔法を施すことで比較的ダメージが軽い者は戦線に復帰出来る。


 総じて、戦いは人魚族の方に有利に推移している……などということは全く無い。


「まずいな」

「ええ、このままじゃ……」


 ディランも私と同じ考えに至ったらしく、焦燥感を露わにしている。

 離れたところから戦況を見ていた私達にはハッキリと分かった、このままではクラーケンには勝てないということが。


 確かに、ダメージは与えている。

 波状攻撃によって少しずつではあるものの、その巨体を切り裂き傷を負わせることに成功していた。

 しかし、その傷は時間の経過とともに再生して消えてしまう。


 一方の人魚族の方は、段々と復帰出来ない負傷者が増えていっている。

 疲労のせいで戦いの序盤よりも動きが鈍っており、触手の一撃をまともに喰らってしまう者が増えてきたためだ。

 加えて、軽い負傷であれば回復魔法で復帰できるとはいえ、魔力も無尽蔵というわけではない。

 幸いにして【水鋼】の維持は水中である限り力を必要としないが、回復の方はそうもいかなかった。


 クラーケンの再生能力も無限ではないのかも知れない。

 それが魔力によって行われているものであれば、きっとダメージを与え続ければ限界に達して再生出来なくなる可能性はある。

 もっとも、巨大な怪物と人魚族達、どちらが先に限界に達するかは目に見えている。

 持久戦に持ち込んでしまえば、人魚族側の敗北は必至だろう。


「クッ、やっぱり俺も──ッ!」

「駄目だよ、ディラン。

 そんなことをしても、何も変わらないよ」

「っ分かってる!

 だけど、このまま何もせずジッとしてろって言うのか!?」

「それは……」


 この状況でディランが戦線に加わったところで、劇的な効果などない。

 それは彼自身も分かっているのだろうけれど、何もせずに手をこまねいているだけというのが許せないのだろう。

 苛立ちに、鉾を持つ手がギュッと強く握られるのが見えた。


 このままだと人魚族は敗北する。

 強力な再生能力を持つ相手に対して採るべき手段は二つ。

 再生が出来なくなる程に傷付け続けるか、あるいは再生が追い付かない程の大きなダメージを与えるか。


 前者は期せずして今まさにお父さん達がやっているが分が悪く、とても倒しきれそうにない。

 ならば後者の手段を採るべきところだが、生憎と人魚族にはその手段がない。

 元より水魔法というのは火力という点では他の属性に一歩劣るのだ。

 これが例えば火魔法であれば、中位の上辺りの魔法で十分クラーケンに致命傷を与えることが出来ただろう。


 しかし、水魔法では中位の上であってもそこまでの威力を持った魔法は存在しない。

 かと言って、人魚族である私達が他の属性の魔法を使ったところで高が知れている。

 もっとも、海中で火魔法等を使ったところで大した効果は得られないが。


 有効な手段が存在しない以上、人魚族の敗北は確定的。

 これはもう、人魚族という種族の限界としか言う他ない。

 それに対して、私に出来ることなんて……。


(……ある)


 そう、あるのだ。

「普通の」人魚族には存在しないが、私には出来ることがある。

 でも、それをやってしまうことで引き起こされる事態を考えると、踏み越えられない。


 逡巡する私を嘲笑うかのように、戦況は悪化の一途を辿ってゆく。

 戦線に復帰出来ない戦士が増えることで前戦に立つ者達の負荷が増していき、その結果更に傷を負う者が増えてしまう。悪循環だった。

 そしてついに──。


「ぐ……くぁ……」

「長!?」

「お父さん!?」


 苦しい戦況を何とか鼓舞しようと一際果敢に鉾を振るっていたお父さんが、僅かに触手を回避出来ずにダメージを負う。

 その光景を見た私も、思わず声を上げてしまった。

 直撃を受けたわけではなく掠った程度だったが、少なくないダメージに明らかにお父さんの動きが鈍る。

 指揮の方も精彩が欠け、全体の士気も低下してしまう。

 離れた場所から見ている私とディランには、それがハッキリと分かった。


「くっ!?

 これ以上見ていられない!」

「ディラン!?

 駄目だってば!」

「だがっ!」


 クラーケンに向かって突撃しようとしたディランの姿に、私は慌てて羽交い締めにして止める。


「そんなことをしても無駄だって言ったでしょう!?」

「それでも、何もしないよりはいい!

 長達が迎え撃つことを選んだ時点で、俺だって覚悟は決めているんだ。

 たとえ負けるとしても──





 ──出来ることをしない理由にはならないだろう!?」



「……ぁ…………」


 その言葉は、私の胸にストンと落ちた。

 彼自身は自らに向けての想いを口にしただけで、他意はなかったのだろうと思う。

 それでもその言葉は、出来ることをしていない私にとって心に深く突き刺さるものだった。


「そうだよね、出来ることをしないのは駄目だよね」

「……フィリエス?」


 私の声色から何かを感じ取ったのか、止める私の手から逃れようとしていたディランが暴れるのをやめる。

 羽交い締めをやめて手を放しても、彼は唖然とした表情のまま私を見ていた。


「うん、ちょっと行ってくる」

「フィリエス!?」


 ディランを放した私は一言放つと、クラーケンに向かって泳いだ。




 Ψ  Ψ  Ψ




「お父さん!」

「フィリエス!? 何故来た!」


 戦場へと舞い戻った私に、お父さんが咎めるような言葉を投げてくる。

 でも、そんなことを説明している暇はない。


「話はあとにして!

 みんなを下がらせて!」

「なんだと!?」

「お願い、私を信じて!」

「…………分かった。

 みんな、一度下がれ!」


 お父さんの指示を聞いて、人魚族の戦士達が戸惑いながらも前線から退避する。

 後を追い掛けてくるかと思ったクラーケンだが、邪魔が無くなったことで再び集落の方向へと向かおうとしていた。


「それで、どうするのだ?」

「こうするのよ」


 私は一人、クラーケンの前方へと身を躍らせる。

 そして、周囲を泳ぐ無数の精霊達へと働き掛けた。


「Pulchra profunda maris──


 静謐なる水よ、猛々しき竜となりて全てをねじ伏せよ 【渦潮(メイルストロム)】!」


「───────ッ!!!」


 私の詠唱と共に、水の精霊達はその本領を発揮する。

 クラーケンの周囲を猛烈な勢いで撒き上がる水竜巻は、大蛸の巨体を苛烈に締め上げた。

 声帯など持たないクラーケンが、声にならない絶叫を放つ。

 戦いが始まって初めて、無視出来ないダメージが刻み込まれた。


「これは……まさか、上位魔法!?

 フィリエス、何か隠し事をしていることは知っていたが、

 これがそうだというのか」


 そう、私が唱えたのは上位魔法。

 本来であれば、精霊人である人魚族でも使えるのは中位魔法まで。

 しかし、生まれた時から精霊達と意思を疎通出来た私は、その上が行使出来る。


 人魚族が通常使える中位魔法の火力では、クラーケンの再生能力を上回るダメージを与えるのは困難だ。

 それなら、それ以上の位階の魔法を使えばいい。そんな単純かつ無理筋の解決策。

 勿論、私がそれを使えることを他の人魚族に知られてしまうことには色々と弊害がある。

 それでも、出来ることをしないのは駄目だと叱られてしまったから、細かいことは後で考えることにした。

 ……多分、後で頭を抱えるのは目に見えてるけど。



「貴方が何を狙っているかは知らないけれど、

 私達の生活を脅かすのならここで斃させて貰うわ、クラーケン!」

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