幻術とか簡単に使える?
「霧の加護によって得られる知識はあくまで知識だけなので、魔物と戦うための剣術や魔術の実技を学ぶために剣訓院や魔訓院がある訳です。ここまでよろしいですか?」
気の弱そうな男の教師が大勢の生徒の前で演説をしている。
「では早速、現段階での一人一人の魔術の能力を見るのであの人形に向かって一人ずつそれぞれ得意魔法を撃って下さい。」
天井はあるが壁のない教室から実技師は外の草原に立つ魔物の形をした人形に指を差す。
「じゃあ1番、アイル・イリアス」
番号順に生徒が呼ばれていく。
「なぁ、幻術って人形にも効くのか?」
一番後ろの席のアドレが少し離れた席で座っているレイスに尋ねる。
「ん?人形に幻術なんか効かないよ?まず、脳が無いからね。」
「じゃあどうするんだよ?」
魔訓院や剣訓院では学校と違い義務制がないため通う生徒の年齢層もバラバラだ、だからレイスもここにいてもいい訳だが……。
「授業見るだけとか言っといて、なんでよりによって試験の日なんだよ!」
「まぁいいじゃん?文句は言われないし」
「それは権力的な話だ」
わざとらしく魔訓院の教師の服装をしているレイスは帽子を外した。
「重い、重い!真面目な話はつまらないよ。アノグはもっと気ままだったよ?」
「母さんはそんな人だったのかよ……」
呆れ顔でレイスを見ていると、唐突に母さんを想像してみた。
「そうだ!君はこのクラスで気に入った子はいないかい?」
「何でそうなるんだよ!俺、ほとんど教室にいないから分からないし!」
アドレは周りに気にされない様に小さく怒鳴る。
こんな母さん嫌だな……ははっ
「それなら次の4番の子とかどう?」
髪は薄い緑色で、ロングで少しロールがかかっている、顔も幼く見えるが整った顔立ちをしていて誰が見てもかわいい美少女だ。おまけに巨乳だ。
「確かにかわいいが……話がそれてないか?」
「まぁいいから見てて」
次に呼ばれるであろう4番の少女を指差してレイスは集中し始める。レイスの周りに緑色の光が漂い始めるが、周りの誰もレイスを見ていないので、自分にしか見えていないとわかる。
「4番セフィア・リール!」
その少女が呼ばれ人形に向かって立つ。
「ウィンド!」
そして、轟音と共に教室が吹き飛んだ……激しい暴風に崩れる天井、アドレは頭を抱え身を守ろうとする。
暴風が治まり恐る恐る顔をあげた……だが、セフィアを含めクラスの全員が無事でそれどころか平然としている。
(よく見たら教室もどうもなっていない……)
「どう……なってるんだ……?」
「にゃはは!驚いてる驚いてる」
驚くアドレをはしゃぐようにレイスが笑う。だが、アドレは未だに状況が理解できない。
「あははっ……ごめんね。びっくりしたよね?これが幻覚ってやつなんだよ」
「そうゆうことだったのか……俺、なんか走馬灯が見えたんだけど……」
「でも、そう見えてたのは今はアドレ君だけ、これを皆……つまり、この教室にかければアドレ君が魔術を使ったと思わせることが出来るよ!」
実際にもセフィアが放ったウィンドはかなりのものだったらしくセフィアの周りに多少の人だかりが出来ている。
「あと、あの少女にはアドレ君が愛するものに見える幻術もかけておいたからね。」
「そうだな、皆に幻術をかければよかったのか……ッて!今なんと?」
「かわいいって言ってたからかけてみました!」
ドヤ顔でOKサインを出すレイスに同じくグッジョブと返す。
試験の終わったセフィアが人だかりをかき分けて一目散に駆けてくる。
「あ、あのぉ…もしよかったらこのあと一緒にぃ……」
完全に幻術にかかっている火照った顔でセフィアが見つめてくる。
(なんか展開早くないか?これも幻術の効果なのか……最高だな……悪魔って……)
「散歩とかどおですか?昨日は公園で遊んだから、今日はどこがいいかなぁ?」
(散歩かよ!でも昨日も行った設定になってんのか……誰に見えてるんだろう……?まぁ用事も無いしこんなかわいい子の誘い断ることもないな……うん!)
「だったらカフェでお茶でも飲まないか?」
「……」
さっきまで威勢のよかったセフィアが急に黙り込む。
「ああぁ、これも霧の女王のおかげなのですね。感謝します」
セフィアがまたまた急に声を上げる。
「どうしたんだ急に?」
「私の言葉が分かるのですね?ポチぃ!」
「はい?ポチ?」
「にゃはは、君が飼い犬にでも見えてるじゃないかな?」
後ろで聞いていたレイスが笑う。
「ポチぃ、はい!ご飯です」
そう言うとセフィアはビーフジャーキーの様な物をアドレに向けて差し出す。
「マジだった……」
(だいたい、好きなものに見えてるってことは俺に惚れてる訳じゃないもんな……うん!ははっ、期待したけどな!)
(てゆうか、一番愛しているものが犬とか……まぁいいか、こんな美人に可愛がられるのも悪くない……うん。)
「後で散歩してきなよ、首輪かけて……ははっ」
「それも悪くない……」
冗談で言ったレイスだが、グフフと気持ち悪くアドレがにやける。
「え?君ってやばい人だったの?」
「やばいもやばい、まさに変態ってやつだよ!レイスも油断してると食べちゃうよ?」
アドレはセフィアに撫でられながら華麗にセクハラを決める。
「ごめん、次、僕の番だ……さようなら(永遠に)」
レイスの言葉に合わせるかの様に風が吹き抜け、レイスは汚物を見る目でアドレに手を振る。
「冗談!冗談!だめだ、行かないでぇーまだ、色々と聞きたいんだ」
「嘘だよ、それにアノグに頼まれてるしね……でも、次、僕だから幻術の使い方とか見ててね」
「おう!」
レイスが自分の剣を持って歩いていく。教師の人が可哀想だと思いながらも、セフィアに撫でられ続け、あまりにも気持ち良かったので少しの間、無心になってしまう。
「……はっ!……なぁ、君……セフィアだっけ?いかにも優等生っぽいけど魔術練習してたりしたのか?」
不意に我に返り、何でもない事が浮かんだので自然と口にする。
「わたしですかぁ?ポチは知ってるじゃないですかぁ、わたしは魔術師王の娘ですよぉ」
「魔術師王の娘!?どんな確率だよ!?」
(これでも俺も騎士王の息子だから街の主勢力の子供が二人ここに揃っている!?)
「でも、わたしは一番下の子で一番魔力も低いからここにいるんですよ?」
(そうだったなぁ俺、騎士王の息子なのに魔術の適性が出たから魔術師になってしまった……仕方ないとは言えおやじを裏切る様なことしたんだよな……)
「ポチぃ?どうしたんです?何だか悲しそうですよ」
「ごめん、ちょっと昔を思い出してた……」
「そうですかぁポチにも悲しいことだってありますよね、セフィアが一緒に悲しみを分かちあってあげます……」
セフィアは抱きついてくる。
だが、抱きつかれたことよりもセフィアの目から流れた涙の方ばかり気になってしまった。
「おーう、お熱いねぇ~君は僕の幻術を学ぶよりもかわいい子と一緒にいる方がいいんだね。」
怒ったレイスがセフィアに抱きつかれたままのアドレを見下ろして威圧をかけてくる。
「まぁいいけど、次は君の番だよ、それだけのことをしてるんだから幻術はもう完璧なんだね?」
「すみません全く分かりません!」
完全に忘れていたアドレは咄嗟に謝ると同時に、世界一スタイリッシュに土下座を決める。
「そうだろうと思ったよ……さっきの戦いもあるし……持つか分からないけど僕が代わりにやってあ
げるよ。」
「ありがとうございます!」
「27番アドレ・イテ!」
呼ばれたアドレは一番後ろの席から歩いていく。よく見たら、自分が最後だということに気が付き、他の人よりも視線が集まっていて、緊張してくるが、やるのはレイスなので不思議な気持ちになる。
先程の実技師が魔物の人形の前に立っている。
「君の得意魔法はなんですか?」
(この人は実技師とはいえ『人に教える』ことを今の国でやってるんだよなぁ……俺に出来ることがそれなんだとしたら……)
「どうしましたか?」
「あ、すみません、ファイアです。」
「では、ファイアを撃って下さい」
(これ、タイミングとか大丈夫なのか?とりあえず大声で言ってみるか……)
「ファイア!!」
アドレの声と同時に後ろから他の人の声が聞こえる。
(これ、俺には見えてないけど上手くいったんだよな……なんか不思議な感じだな……)
少し経つと後ろから聞こえる声が自分の魔術のことではないと気づく。さらに大きくなるざわざわがただ事では無いと悟らせる。
「レイス!!」
振り返ると、タイミングを見やすいように前まで出てきていたレイスが倒れていた。