砂川 勝という人間について
やあの('ω')ノ
長い間待たせてごめんなさい。書けなかったというか、書く気分じゃない日が凄く続きましたが大半を一夜で書き上げました。ブーストかかると執筆速度が上がりますね。
というわけで36話『砂川 勝という人間について』始まります――
砂川勝という人間について……。陣之内優多は、そのほとんどを知らなかった。
まあ、当たり前な話になるが、彼と出会ったのは、ついさっきまでの出来事なので、優多は彼の事を知らないし、また彼も優多のことなど知る由もなかった。
ただ、彼の瞳には深い憎悪が渦巻いて、ただ、ただ優多の深い瞳を覗いていた――
※※※※※
無限からは、今後一人で行動するからという理由で、彼とは別行動になってしまった。そこの地理感覚すらまともにわからない自分にとって裏世界というものは優多からしたら「分からない恐怖」そのものだった。
士御倉、その知らない世界に取り残された優多。ただ、とぼとぼとその道を歩いてゆく……。
優多は地平線へと消えゆく何もない、いつまでも続く荒野を歩いていく。目的がないわけではないのにも関わらず、まるで自分が途方に暮れて、自暴自棄にでもなったみたいに見えた。
何を目指して歩いているのかさえも分からなくなってしまう。
そんな、嫌でも自分を俯瞰してしまうのは、そこまで自分自身を拒絶していないからなのだろう。自分という人間をなんとか受け入れているような状態に近い。
自分は、化け物だ。でも人間だ。そう言い切るのには時間がかかったが、今ではもう遠い昔の出来事のようにも感じた――
人間だった自分は、その日強大な力を手に入れ、その力に戸惑いを隠せなかった。それは多分、今思えば周囲から向けられる目が奇抜なものだったからで……。
意味不明な、理解のできないそれにどう対応するべきなのか、自分では良く分からず。挙句の果てには故郷であるその国を出ていくほかない状況になり、自暴自棄になるしかなかったこの自分を、あの人達が……香花館の人たちが変えてくれた。
優多自身、こんな事になるだなんて、夢にも思わなかったし、でも、今が前と相対的に見れば少しは幸せなのだから、それでいい。
誰の役にも立たない。ただ、自分だけのそれを。心の中で呟きながら、優多はその砂嵐の中を進む……。
フードとゴーグル、マスクで、飛んでくる砂や石が当たっても大事にはならないが、それにしてもとても歩き辛い。支給されたブーツのおかげでいくらか、その荒野は歩けたがそれでも、優多にとっては難易度の高いステージには違わない。
強風に飛ばされないように、重力を重めにかける……。
ただ足の裏がジンジンと痛む、そう言えばと、ボーっとした頭の中でカイトが言っていたことを思い出す。
あまりこれをやりすぎるのは血行が悪くなるからやめといた方がいいとカイトは言っていた。もし長時間自分に重圧をかける場合、全身に重圧をかけた方が、血管へのストレスは分散するからという理由で推奨されたそれを行わないのは、単に、全身へ重圧をかけるのと、一部分に重圧をかけるのとじゃ圧倒的に後者の負担の感じ方が違うからだ。
全身に重圧をかける労力と、一部分にかける労力は極端に言えば10と1だ。能力を使えば疲れる。誰だって、速いからという理由でわざわざ走るのを選んだりしないだろう。まあ、例外は居るだろうけども、多くの人々は自らの足で走るよりもその足を車や自転車に任せる人がほとんどだろう。
それと同じだ。
だが――試しに全身に重圧をかけてみる。
一気に肩が重くなった。それに加えて、感覚としては何も変わらない。
しかし、気持ちどこか楽になった気がした。そんな気がするだけ。
体中が重いが、耐えられない程ではない。一歩、一歩とその劣悪ともいえる、足場の上で、優多はただひたすらに前を目指す。方角は真北、目指すは岩城。そこに彼がいるということを無限から聞かされている。この件に精通した専門家が――
『――おいおい……随分呑気だなあ?』
瞬間の出来事だった。
重い地鳴らしのような轟音を立て、何かが頭上から堕ちてきた……。それは隕石に等しく、しかしながら隕石なんかではない――人だった。
人が頭上から降ってきた!? 優多は顎を振り上げて、頭上を確認し彼と目が合う――その音のない、空白のような10秒間という極短い時間の中で、壮絶な戦いをすることになるなんて、感覚で感知したとしても、未だ、思考として終着することはかなり難しく、瞬間的に訪れるのは、「逃げ」と「無」だった――
その瞬間に起こったことを敢えて表現するのなら、光のドームが瞬く間に膨張し大地を難なく削り、また強風を伴いながら優多の全身を圧倒した。
『アリス・ブレイク|《小さき夢の破壊者》』
勢いよく振り下ろされたその刃の威力は、回避しようと後ろへ跳躍した優多の全身を2、30メートル先へ押し飛ばすほどで、その瞬間受けたダメージはただ、後ろへ突き飛ばされるだけでなく、その力を受けた瞬間優多の胸が目に見えて凹む程のダメージを与えた。
優多にとって、それは痛みというよりも、ただの衝撃で、しかし、ただの衝撃にしては、それに作用した結果の代償が大きすぎて――
何秒後だろうか、遅れて痛覚が働いてくる。
痛みよりも内臓が押しつぶされているという、通常では感覚することのない違和感。そして再度遅れてやってきたのはちゃんとした激痛だった。
熱を伴いながら、折れ曲がった骨や破れた内臓を自力で修復させると共に全身を貫く激痛に身を悶わせる――未だ走る痛みの余韻に、傷口に塩を塗るような感覚に耐えながら優多は起き上がって完治を確認すると目の前の敵の正体を知る。
見るからに、整った体つきをしており、成人とまでは言わないが、限りなくそれに近い容貌に優多は生唾を飲み込んだ。
「ガキかよ……。何の用だ?ここは遊び場じゃねえんだよ」
「が、ガキ!?」
開口一番に放った言葉は、優多にとって中々インパクトのある言葉だった。
その彼の格好を見た瞬間何が起きたのかは察しがついた。
整った、清潔感のある正装に馴染んだ、飾り気の無い鍔をはめた刀を鞘にしまいながら、その、無造作に整えられた頭髪に目がいった。というか、まじまじと見ないようにしていたが、改めて見てしまうとなんだか、個性的なんだか類型的なんだかわからない髪形をしていた。
どこか気難しそうな表情をしていて、顔の雰囲気としては若干ではあるがカイトに似てなくもなくて……。
とにかく、彼とはなんとなく和解した方が良い気がした。なんとなく彼とここで真正面から対立するのはよくない気がする。というか、明らかに戦闘に持ち込んじゃいけないタイプだ、目の色を伺ってもそこは深くて、見ていたら引き込まれてしまうのではないかと思うほど、暗く、向こうの淵が見えないほど暗い雲にかかっているような、そんな闇で満たされているのだ。
だから――
「あ、あの!」
「なんだよ」
「主様に会せていただけないでしょうか?主様のお力を借りたいんです」
「はあ?」
と、明らかに非常識な人間を見るような目で見られた。これじゃいけなかったらしい。もっと謙譲的に接するべきだったか――
「お前さ……。何か勘違いしてねえか?」
「す、すいません……」
「うるせえよ」
「う゛っ」
謝ったのに怒られた。
「ここに主なんかいねよ、俺は、あんな奴を主と認めねえ」
そう吐き捨てられても、こっちにだって私的な理由で来ているわけじゃないのだ。主と認めたくなかったとしても、これは仕事なのだ。私的な感情を理由に、そんなことは個人的にダメだと思うんだがどうなんだろうか、自分が堅いだけなのだろうか……。まあいいや、とにかく、彼の格好からしても、言動からしても、真北の岩城の人間であることは確かなのだから、早く案内してもらわないと――「あの……」と口を開いた瞬間だった。
「黙れ……ていうかお前、香花のやつなのか」
優多の声を遮って、彼はベストの刺繡を見て言う……。なんの事か分からなくて、思わず無言で首を縦に振ると、彼の目の色が変わった。深い闇色だった彼の瞳が、更に渦を巻き気持ちの悪いものへと変化した。
そして次にでできた答えは、
「そうか……じゃあ死んでくれ」
という、おおよそ理解不能で狂気的な返答を刀を抜きながら放ってきた――嗚呼、裏世界とはこうも……こうも歯止めが利かないものなのか――
その瞬間、刃と刃が重なり合う。
「や、やめてください!僕は戦う気なんてさらさら……」
瞬間、無意識に自衛心が優多の手に柄を握らせていた。
「うるせえよ、いいから黙って剣を振れ、死にたくなかったら俺がバテるまで剣を振れ」
「そんなあ!あんまりですよお!」
静かに、睨むような声で、彼は脅しをかけた。
――刃に刃が重なる。鍔迫り合いというよりも、刃迫り合いと言った方がこの場合的を得ている……。
力強い押しに、耐えようと踏ん張る足が地にめり込む。押し返そうとしたその時だった、刀から何か聞こえてはならないような音がしたのだ……。
まるで、乾いた木の枝をゆっくりと折るかのような、繊維が一本ずつ切れるようなそんな音だった。
それも、木の繊維なんて言う生易しいものが立てる音じゃ決してない……。もっと、その切れる一本一本が金属のそれだった。
音にしてみれば、たった“それだけ”という程のレベルなのかもしれない。しかし、優多の今握る柄に伝う振動は、確かな太い生命が確実に弱っていっていることを直に感じさせる感触であった。
いや……。なんなんだ……。今の――
次の瞬間、何を思ったのか……。
優多自身定かではないが、確かに感じた恐怖に思わず、柄を傾けた。それは、何とか今伝っている力を他の場所へ流そうとした故の行動だったのかもしれない。だが、それは大きな誤算だった――相手はただの人間なのではないのだから、そもそもの対処の仕方が違うのだ。
柄を頭上に掲げた瞬間だった、勢いよく刃の腹を滑った彼の剣先は、その勢いを落とすことなく、またバランスさえ崩すこともなく、その強靭な体幹を軸に回転し優多の頸に一刀を入れた。
外れる――その時無心に死を意識した。あるはずのないことなのにも関わらず、痛みや息苦しさを通り越して、理由のない焦燥感に駆られ、勢いに後ろへ倒れそうになりながら空になった左手を真っ赤に染めて、その半分切れた首を必死になって押さえつけた。
だがしかし、その1秒にも満たない静寂の中で優多は深呼吸で心情をコントロールする。何故冷静になれたのかはわからない。いや、わかっていた。それは無心だったからだ。
何も考えなかった、深く考えてはいなかった故の回復だった。
落ち着け――ッ
今何が起こったのかを冷静に考えるんだ。正直、あまり戦闘はしたくない。もしこれで体力を使ってしまった矢先に無限に何かあって、それをシフィアに追及されるなんてことがあったら最悪だ。
だがしかし、ここでやらなくちゃ、その先もない――
『重力……“重増”ッ』
『少女の宴|《マシン=ドール》』
瞬間、後ろへ思い切り飛んだ――重力方向変換・後――その時、世界が傾いた。
だがしかし、その時違和感が全身を蝕むようで――
――平等性に欠けるよなあ
その声と共に、異変が生じた。
『――重ッ!?』
何かがおかしかった。
重力がいつになく増している気がして、下へ落ちるという感覚に加え、説明のできない重さという感覚が、体中に押しかかっているような感覚が、途端に増した。なんだ……? 何かが、何かがおかしいのだ。
感じたことのない感覚だった。感じたことのない感覚故のパニックで、まるで地のない床に足を付けている様で……。
優多の身に起きた状況それは――押しつぶされている感覚そのものだった。
ただ、耐えられない程ではなかった。耐えられないほどではない、しかしどことなく感じるその違和感が払拭されることはないまま次の瞬間目の前に影が過る――
それは、知っている者の人間の顔で、それもそのはずだった。だって彼だったのだから――
“分かち合っている”その中で、優多の正面に向かい合ったその、瞬間。
少年、砂川勝は、彼に一言放つと刀を振りかざした
――和を操る能力、それは、何よりも“平等”を欲した故の能力だ――
優多の視界は反転した。
※※※※※
砂川勝はただの人間だった。本当に、正真正銘の人間で、日本に暮らすごく普通の男子高校生男子だった。
金は無くとも、人には恵まれた。
学は無くとも、友には恵まれた。
だがしかし、人と人との繋がりが唯一の背を任せる柱だった人間の失った姿がこれだった。
悲しみは朽ち果て、在るのは孤独とその現実だけ。
いつしか、夢を描いていた自分は今あるその現状をただ見つめるだけになっていた。
――『後悔など無い』
それは、自身の過去に後悔しているという訳ではなく、後悔すらも馬鹿馬鹿しいことだと腐ってしまった証拠だった。
明日は在る。けれど未来は無い。未来に描かれるべき希望なんて存在しない。
しかし、自分の失ってしまった、捨てたはずのそれがそこに、普通に存在したと知った時、激しい焦燥感と憤りに似た感情の昂り、自分に置かれたその立ち位置と、確かに見たはずのその未来の記憶が交差し、一瞬にしてその世界に対する嫌悪の意識があふれ出すのであった。
それは、砂川であるからで、砂川だからこそ至る心理でもあった――
※※※※※
『にいに!――』
妹の呼ぶ声がした。
夕日が街をオレンジ色に染める今日、砂川は貧しくありながらその幸せに浸っていた。
「地子ね!にいにのお嫁さんになるの!」
「そうかあ!俺のお嫁さんかあ!楽しみだなあ」
妹の通う小学校の前を通りがかった部活帰り。鉄棒のそばで友達と遊んでいた地子が、自分の前にやってくるなり満面の笑みでそうすげるのであった。
まだ幼いからだろう。けれども成長するにつれて、そういう言葉をかけてくれなくなることは十分に理解している。だからこそ、なんだかくすぐったくて、寂しい。そんな気分になるのだ。
勿論、自分がこう返したのも本気ではなくあくまで本人がそう返してほしい答えだからで……。またその事実に寂しくもなってしまう。
親ではなくとも俺は地子のお兄ちゃんだ。年が離れていようが俺は地子を兄として傍にいてあげなきゃいけないんだ。
勝にとって、妹である地子は最初にできた守るべき存在の一人で、兄として愛していたし、大切な……かけがえのない一人だった。
そんな微笑ましい帰り道。二人一緒に帰るのが、放課後の日課になっていた。
いつも部活が終わるのは午後5時くらいなのだが、それでも、地子はいつも通りに笑って話しかけてくれる。今日あった事、授業の事、友達の事、それ全てを楽しそうに語る地子の姿が微笑ましくて――
だから勝も、地子と同じぐらい今日あったことを振り返りながら帰る。
部活の事、怒られたこと、テストの事、友達の事、今日の夜ご飯の事、今日見るテレビ番組の事……。
「お!勝ちゃん!元気してる?」
と、商店街を通りかかる際、後ろから手を回され思い切り背中を叩かれた。誰かはもう見当がついている。
そう思って、横を向けば、予想していた通り、肉屋のおじさんだった。
165センチと少々小柄な自分の身長を優に超える180センチの大男
「あ、こんばんは……。ちょっとバスケはきついですけど」
「なあに言ってるの!今度大会出るんでしょ!」
「ええ、まあ……。こう見えてもダンクには自信があるんですよ」
「おお、そういや勝ちゃん、ジャンプ力凄いもんね」
「ええ、まあ」
なんで、この人が、こんなに親しくしてくれるかといえば、それはこの人が同じ高校のバスケ部員だったからだ。今はこうして肉屋で働いているらしいが、細かいことは分からない。ただ、こうして帰りに通りかかると、コロッケをご馳走してくれるのだ。
「ほらよ、俺のおごりだ。今度の試合見に行くからな!……ほいよこれ、嬢ちゃんの分だ、熱いから気をつけな」
「ありがとー!」
「すいません、ありがとうございます」
「いいのいいの、じゃあな!頑張れよ!」
「ありがとうございます」
帰り際、そこを離れると、おじさんは手を振ってくれた、さすがに商店街を抜けたときにもう一度振り返ってみたが、もうその姿はなかった。
少し寂しくなっていると、妹が満面の笑みでコロッケにかぶりつきながら「おいしいねえ」などと言っていたのを見て、勝も微笑んで、コロッケにかぶりついた。
とても大きく、サクサクしてて、熱々だった。
「ただいま」
「ただいまー!」
靴を脱ぐなり、すぐさま廊下を走る妹に、軽くしっせきを飛ばしながら手洗いを催促する。これも今日に限ったことではない。
いつも通りの光景、いつも通りの風景。
「おかえり、ご飯できてるよ」
そういう母に勝は軽く微笑みながら、答える。少し厳しいけれどもいつまでも笑顔を絶やさない母の声、それに続いて、父の朗らかな声が聞こえてくる。
「帰ってたのか、どうだー部活は」
「試合の練習で疲れたよ、早くご飯食べて風呂に入りたい」
勝の元へ寄ってくる父はどことなく嬉しそうな声で自分の活躍ぶりを称えてくれるのだ。この前だって、大会に出ることを報告して一番に喜んだのは父だった。自分の活躍を素直に受け取ってくれる。そんな父に勝は憧れを抱いていたし、尊敬していた。
勿論、父以外にも尊敬している人だっている。しかし、一番に思い浮かべるのはいつだって父の背中だった。
いつだって困ったときは、父に相談し正しくはなくとも最善の道を歩んできた。「今日の夜ご飯は?」と父に聞いたら、「肉じゃが」と帰ってきた。そう言われればなんだか肉じゃがっぽい匂いがしてきた。
その後、いつも通りの夜ご飯を食べて、家族との話を楽しみ、楽しみにしていたテレビを見て湯船に浸かる。
湯の波が響く浴室の中で勝は天井を見上げ、明日の事を考えていた。好きな人の事、英語の単語小テストの事、部活の練習の事、昼休みの購買の事。
残暑の夏。
未だ嫌な暑さが続く、そんな毎日に疲れてしまう。しかし、明日がある。そう思えると、今抱えている悩みなんてちっぽけなものだと思える。
明日の購買は何を買おうかな……。サラダサンドあったかななんてこと思い浮かべながら湯に浸る。
のぼせそうだ。
翌日、登校するといつも通りの風景が待っていた。
机の上だったり、窓際だったり、地べただったりに座るバスケ部や野球部、サッカー部の友人達が「おはよう」と出迎える。それから砂川もその輪に加わった。
昨日と同じ通りの朝の会合。ボケ合ってツッコミ合って昨日のテレビの話題で盛り上がってきた中、教師がやってくるなりその輪は散り散りになっていつも通りの今日が始まった。
つまらない授業の最中、隣でしっかり授業を受ける一人の少女に向かって声をかける。
「なあ」
「……え?」
「後でノート見せてよ」
「え……い、嫌です」
「嫌かあ」
まあそうだろうななんて思いながら、ため息をつき、頬付から顎を崩すように机へと突っ伏して、昼寝の体制を取る――
――どこまでも続く暗闇の中で、突然背中に伝う感触に、目を開いた。何がなんだか分からない砂川の視界に広がったのは、散り散りに席を立ってゆくクラスメイト達。それから流れる様に隣を見ると、さっきノートの写しを願って断られた子が立っていた。
「次……移動教室ですよ」
「もう終わったの?」
「とっくに終わってますよ」
「そっか……ありがとう」
そう言えば、彼女は鍵当番だったか……それはちょっと申し訳ない気持ちになるな。「次の……教科って」なんて言葉が漏れて、いざ当人の顔を見てみれば呆れた顔でため息をつきながら「音楽です、早く準備して教室出て……」なんて催促されるので言われるがまま教科書とリコーダーを取り出して、音楽室へと走る……。
砂川にとって、移動教室間のダッシュは恒例の出来事だけれども今回はいつもとは違った。それは、傍らで一緒に走る人がいるという事だった。
「……なんかすいません」
「ならちゃんと起きててよ!」
「音楽室ってどこだっけ」
「あんた、何年ここにいるの!」
軽いしっせきを無視して、二人は廊下を駆けた。まあよくある青春ドラマみたいな展開なんてなくて普通に怒られた。それも寝ていたことを告げ口されたので、尚怒られた。
4限終了のチャイムが鳴り響くと同時にどこの高校にもある恒例の購買ダッシュが始まった。
そんな小さなお昼の戦争から、昨日から狙っていたサラダサンドを手に入れた。パプリカとかレタスとかいろんな野菜がコッペパンに挟まれた総菜パンだ、これで200円結構リーズナブルだ。
それをかぶりつきながら中庭の木陰で朝の輩といつものように輪を作って駄弁る。半分朝の続きで、半ばくだらない足の引っ張り合いだ。
「なあ、砂川って麻美のこと好きなん?」
「あ?あの眼鏡かけてる手芸部だったか?」
「手芸部は由良だろ、麻美は文芸部」
「ああ、あの真面目鍵当番か」
「あのおっぱいでかいやつ!」
その声が上がると、一気にその輪から歓声が上がる。そんな彼らにため息をつきながら苦笑いを浮かべ「お前ら、おちょくんなよ」なんて言ってそいつの頭を軽くはたく。
「でも、勝あいつと音楽一緒に遅刻したじゃん」
「え、お前……」
「まだできてねえよ」
そう最後の一口を頬張ると、寝転がって日向ぼっこをする。
麻美……麻美なんだっけ? たしか麻美ゆかりだった気がする。別に彼女に特別な思いを抱いているわけじゃないけど、胸が大きいし、そこまで顔も悪くない。それに性格だって個人的にだけどそこまで苦手という訳でもない。
丁度いいといってしまえばそれまでだけど、普通に付き合うならアリだよなあなんて思ってたり……。
「俺……告ってみようかな」
ふと口に出しただけだが、一斉にその場から歓声が上がる。
最初、冗談で言ってみたそれなのだが、なんだかんだ言って告白する流れになってしまった。何か大変なことになってしまったぞ。まあいいや、別に告白してもしなくてもこの毎日が崩れることなんてないんだから――
昼休み終了のチャイムが鳴り響くと、いつも通りつまらない5限と6限が続く。そんな授業の最中、教師の目を盗んでノートの切れ端を千切って手紙を作る。
『放課後空いてる?』
隣に座って、眼鏡越しに黒板を睨め付ける彼女にさりげなく渡すと、すぐに気が付くなり不審な目を向けるがすぐに返事を書き込むなり
『今日部活ないのでいいですよ』
などと帰ってきたので、心の中で不思議とガッツポーズを取った。内心気分が高揚する砂川を横目に、追加で同様のノート端を切り取った手紙が送られる。
『ノートは見せないよ』
ああもう……わかったよ、はいはい。
『それじゃない』
『じゃあ、何なんですか』
「はい、じゃあここの問題を……砂川」
「それ今言わなきゃいけないの?……あ」
「……砂川、これ終わったら職員室来い」
おっとぉ?
手紙を書いてる途中の出来事。その後、職員室で結構な時間しっせきを喰らった。
窓の外を見れば、空が橙に色づいて、流石に彼女も帰ってしまっただろうとも思ったが――それでも彼女は待ってくれていた。
「お待たせ、待った?」
「……デートかよ」
「ごめん……」
「馬鹿じゃないですか……自分が仕掛けた罠に嵌って誘った私を待たせるなんて」
以前、彼女を見かけたときがあった。今思えばそれが彼女を知るきっかけだったと思ってる。砂川自身、そこが文芸部の部室だとも知らず、ただそこにいたらという一心で扉を開けたら、夕焼けの色に被さって頬杖を突いて不満の色を見せる彼女が、麻美がそこに座っていた。
「で……何の用ですか?」
「麻美……さん」
「いや、急に敬語……」
「いいだろ、こういう時どうしたらいいか分からないし!」
恥ずかしすぎて、声を荒げる砂川に、仕方ないなといった風に彼女もため息を吐いて、困り笑いを浮かべた。
「……うん」
その返事を待っていたかのように、砂川は告白の火蓋を切った。
「あのさ……俺と、付き合ってください?」
「なんでそこで疑問形なの……」
ここまで来て急にこっ恥ずかしくなり、砂川の顔面が一気に赤く染まる。瞬間的にその興奮を抑えるためにまた声を荒げてしまって……。
「うるさいなあもう!麻美のことが好きなんだよ!こんな俺だけど、付き合ってください!」
――手を差し伸べ、頭を下げる。
「あと、めっちゃ待たせてごめん!」付け足すように加えられたその言葉に、彼女は耐えきれなくなったのか思い切り噴き出した。そんな風に笑う麻美に砂川の羞恥心は拍車を掛け「わ、笑うなよお」なんて言葉と肩が震え、顔が真っ赤になる。
「まあでも……」
一段と笑った後、スッキリとした風に彼女は落ち着いた雰囲気を取り戻し、そして笑顔で答えてくれた。
砂川にとって、その笑顔は初めて見る、彼女の――麻美ゆかりの一面だった。
その時の感動と衝撃と安堵はいつまでも忘れないだろう。
砂川 勝にとって、砂川 勝という人間について語るのであればこの瞬間は欠かせないだろう――
『いいよ、付き合っても』
変な笑いがあふれた。とてつもなく気持ち悪い笑いだったと思う。
好きだ――誰よりも、今までよりもその気持ちが強くなった、そう言う瞬間だった。
※※※※※
いくら父親だからとはいえ、妹だとはいえ、まだまだそれを内明かす気にはなれず、その日の風呂でさえも、のぼせる寸前まで浸かっていたぐらいだ。
あの後、連絡先を交換し、色々と話ながら途中まで一緒に帰路を共にした。まあ、途中までなので、妹には知られていない。けれども、兄に起こった異変については中々鋭い問いを投げかけてきたが、多分親には感づかれていないのは確かだ。
しかし、一瞬にしてあらゆる方面で敏感になった。
別に、気にすることもない所でも、周りを確認する癖がつくようになってしまった。まあでも時が経てば自然になるだろう。
そう考えながら、床に就く。が、未だ心臓の音がうるさくて中々眠れそうにはなかった。他の事を考えようとしても、彼女の事を考えてしまう……。何なんだ? これが恋なのか? いや、そもそも彼女は……あいつは俺の事を考えてるのだろうか。そんな邪推が頭の中に入り込んでは抜けず……。
眠れない。
そうやって眠れないまま、悶々とした心のまま明日を迎えた――
その時、一瞬だけだが意識が飛んだ。
午前5時、ベッドの中で眠気のピークを迎えたからというわけではないものの、ふと、張り詰めた糸が切れたかのようにプツリと意識が途切れたのだった。
だがしかし、それで死んだわけでもなければ永い昏睡に陥ったわけでもなく、ただの一瞬、気を失っただけだった。
砂川自身、気絶など初めての事だったので驚きはしたが、特に何の異変も生じておらず、むしろかなり体の調子が良かったので、砂川の楽観した性格の所為か特にそのことに訝しむこともせず、忘れてしまう程で……。
今朝は何時もは食べない朝食をちゃんと食べて、いつもよりずっと幸福な一日を過ごせそうな調子だった。
いつも通りの通学路、いつも通りの教室。
だが、いつもとはどこが違っているような気がして……。まあ、どうでもいいかと気にも留めない様子で、いつものように駄弁り合う。
「なあ、昨日のやつは上手くいったんかよ」
耳打ちで、彼は彼女の姿を見ながら聞いたが、その声が小さくても俺らには聞こえる声量で、一気に団結力が生まれたように不自然には見えない程度の円陣を組む。
『どうだったんだ麻美の告白は』
『いやそれがさ……OK貰ったんだよ』
「「「まじかよ」」」
声が重なる。ちょっと待て流石に声が大きい。
砂川は友人たちに向かって静かにと人差し指を口に当て静す。
『いや、実はさ――』
と、昨日あったことを、丸々とはいかなかったが、話せる程度で少し盛ったが打ち明けた。すると、たちまち小さな歓声が沸くので、ついつい楽しくなって調子に乗った一人が、昼食はお前ら二人で食べて来いよ。俺ら遠くから見守ってるからさなんて言っていたが、砂川も少々楽しくなっていたので、ノリノリで「オッケーじゃあ、屋上に誘ってみるわ」なんて言って承諾した。
朝のホームルームのチャイムが鳴って、それから流れるように、今日の学校生活が始まった――
「――ってなわけでさ、屋上で食べない?」
「屋上で?」
「そうそう、今日天気良いし、ほとんど人来ないじゃん」
「だってあそこ立ち入り禁止じゃなかったの?」
「いや、別に行っても怒られねえよ、口だけだし、たまに俺も友達と一緒に屋上行くんだよ」
「ええ……。なんか不良みたいじゃん」
「まじめだなあ、いいじゃん、別に犯罪するわけじゃないんだしさ、どうせ、一人なんだろ?一緒に食べようよ」
「うーん……」
「ほら頼むよ!一回だけさ?一回だけでいいから」
「うーん、うーんうーん……」
と、何とか誘うことはできた。
今日はついてる。そう満面の笑みで見守る友人たちにグーサインを送った。やったぜ。
それから、二人(+α)で昼食を楽しんだあと、そのまま部活に挑んだ。
※※※※※
『――ということだから砂川、今度の県大期待してるぞ……よし、練習試合だ』
部活の顧問にそう激励され、一軍と二軍に分かれ、大会同様の練習試合が行われた。
体育館に響く顧問の怒号に加え、司令塔の掛け声、三年の野次、ボールの跳ねる重苦しい音、シューズの摩擦音――手の内を自在に操る、ライバルたちのテクニックに翻弄されながらも、ボールを奪い合いながら、必死の思いでシュートに結びつける――が外し仲間たちからの大バッシング。これは俺自身も大声で「馬鹿野郎」と叫ぶ。
だがすぐさま次へと気持ちを切り替える……。
崩れかけた脚に鞭を打って、地を蹴った。
フェイントをかけ、かけられ、それでもボールを取り返し、コートの端から端へと、ダッシュで、敵のボールへと食らいつく。
そして、自分で思い描いていた美麗なフェイントに加えた、綺麗な跳躍からの流れるようなダンク。
全てが完璧だった。
全てが走馬灯のように脳裏を過るのだった。いつも通りの光景。それは全てが自分の思い通りにはいかずとも幸福だった証拠だった。
嫌なことはあっても、それ相応に、幸せがイコールで結びついていた。
全てが幸福だった。
笑みが溢れて止まず、自分の視界から見えるダンクの跳躍がスローモーションのようにゆっくりに感じた。
なんだかゴールに、ゴールとはまた違って、一つのターニングポイントに似た何かを体で味わっているかのようだった。
入る――入る。
完全にボールが入る軌道に乗った。
そして華麗なダンクが決まった。その走馬灯の中で、麻美の事、家族の事友人の事、沢山のことを思い馳せた
全てが成功だった。
――砂川 勝を語るうえで、その三つは必ずなくてはならないことだった。
リングから手を離す。
地に足をつけたが、ふと力が抜けてバランスが崩れる……。
とてもいい音楽が流れているような心持ちだった。それは感覚という幻聴にすぎず現実では流れてないのだが、とてつもない幸福に包まれている証拠でもあった。
――しかし、それは一時の幸福に過ぎなかった
瞬間、プツリと操り人形の糸が切れたのだった。
何だ? 何が起こったんだ?
砂川は不安と恐怖よりも困惑が心の中を支配していた。それはそうだった、今まで調子がよかったのに、急に悪くなれば何よりも困惑が勝るだろう。
視界はちゃんと生きている。でもその他は? 呼吸ができない、体が動かない、言葉以前に声すら出せない。
一体……何が起きてるんだ? 気絶? そんなことありえるのか?
『――』
突如動かない砂川の体に電撃が突き抜ける――
その瞬間、ものすごい勢いで砂川の身体は跳ね上がり、まるで、漁船に打ち上げられた魚のように身体が勝手に動き始め、その不可解な挙動は次の瞬間酷く大きなものへと変貌していった。
恐怖や不安を感じていないわけではない、しかし、その身体の異変に感情が付いてこれるはずなのどなかった。半ば意識を失っている状態に近かったからだ。脳の処理が追い付かず、ただ身体を大きな手に弄ばれているような、気持ちの悪い感触が体中も蝕んだ。
それはわずか着地に失敗し、バランスを崩してから倒れる、一秒の間の出来事で――長く短いその隙間に、砂川 勝という人間は、とっくに見た目は人間の異形へと変貌を遂げるのだった。それはその世界で唯一の存在の誕生でもあった。
そして一秒を超えた次の瞬間、砂川の身にきたした異常は、瞬く間に流れるその一生をかけて歩んできた、旅路のまだ見ぬ先の景色の歴史と記憶だった。
全てが情報として、それは感情として、見えたはずのそれも感じるだけ、見ては忘れ聞いては忘れの連続で、嗚呼――何度“死んだ”のだろう。そう思えるほどに、幾度の生死を跨いで明日という一日を過ごしてきた。
「……ああ」
少女が見えた。
「あ……ああっ」
何人も死んでいく姿が見えた。
「ああっ……あ」
自分の持つ力が見えた。
「あ」
縋りついて、最後には死ぬ運命を見た。
「――」
先生と呼ぶ声が聞こえた。
「あああああああああああ」
その先の未来が見えた。
「あああああああああああ」
とても禍々しい、肉片を浴びている。
「ああ――」
これは夢か――いや現実だった。紛れもない現実だった。
「ああ――」
先生と悲しく、誇り高く、尊敬するように囁く声が聞こえた。
「あ――」
これが俺の人生か。
それすらも、忘れてしまうんだと、その一瞬で砂川は悟ったのだった。
だって抗いようがないんだから仕方がなかった。
けれども、今理解しても、理解したというどうにもできないというやさぐれた感情だけしか残らないなんてあんまりじゃないか。
この先、どんな理不尽な目に遭っても、俺はそれに憤ってもその真意を求めることはないんだと、全てを知っているのだからと砂川は、白い何もに空間で終焉を見届けて満足に笑いながら、消滅を体験してその中で、消えゆく意識の中で、また一つ、忘れてしまう「事実」だけを知った。
『全部、忘れてしまうんだな』
動きが収まり、空気が吸え、関節が動き、枯れた声が喉の奥から絞り出される。
目を見開いて、横になった砂川は頭に手を伸ばし、髪を毟るように掴むと、震えた口を開いて、嗚咽するように、絶叫を轟かせた。
※※※※※
ざわめきが絶えない体育館内には救急車を呼ぼうとする人間達の悲鳴で一杯一杯だった。まあしかしと、何の騒ぎかと思って、来てみたらイレギュラーが発生してるのだから驚いた。
結城は頭を掻きながら、体育館に侵入する。
その一際目立つ服装に、すぐさま気づいた部活生徒たちは彼に近づくことなく、皆ただただ「やばい奴」と彼を避けて遠くから動向を伺っていた……。そんな視線の中、結城はまるでそんなものはまるで想定して、尚且つどうでもいいことといったような振る舞いで老けた人間達の合間を縫って、彼という名の青年を伺おうとしたその瞬間、横から凄い衝撃を受けて、何の事かと思ってみれば、何やら老けた顔の人間の一人がうでを掴み何やら怒っているようだった。まあこれだととてもじゃないが、彼という名の青年と話せそうに無いので、老けた人間である彼らにはこの一件は僕に任せて何もなかったというように話してみよう。
結城は、腕を掴んだバスケ部の顧問に向かって口を開いた。
「ちょっと手首が苦しいのでやめてもらえませんか?」
「あのですね?勝手に敷地内に入ってもらったら困るんですよ、証明書はあるんですか?」
「証明書?そんなものないですよ、いいから離してください」
「ならちゃんと手続きしてください、警察呼びますよ」
「それは申し訳ないです。ところで、この一件任せてもらえないですか?」
「なにを馬鹿なことお゛――」
やはり、地球は制約が多くてめんどくさい。まあここまで大々的に関わってしまってはしょうがないこの敷地内……いや、この都市の全域に暗示でもかけとくか。
結城は掴まれた左手を振りほどくと、雫が垂れるような音を立てて桜色の巨大な暗示が降りかかる。
『今からこの肉体と同種族に令を渡す――私の存在を深く詮索するな。私は君らと同じ種族である“人間”だ』
指を鳴らす音が響く。
それは暗示が完了する合図に等しかった。
※※※※※
「気づいたかい?」
濃い夕焼けに染まる景色を見て、砂川はゆっくり状況を確認した。
保健室のベッドで見知らぬ女子と二人きり……。
自分はさっきまで部活をやっていたはずだが――いや、そう言えば、ダンクやった後に倒れて……そうだ、そうだった――
薄れていた自身の記憶。その分厚い霧が段々と晴れてゆく感覚と共鳴して心臓のあたりに大変気持ちの悪い感触を覚えて、気づいたときには呼吸が満足にできず、胸のあたりを鷲掴んで何とか心臓の気持ち悪い鼓動を抑えるのだった。
いまだ何が起きているのか整理はできずとも、何が起きたのかは理解できたし、全て知っている気がして、それ以上追及するのはやめようと砂川は切れる息の中で巡らせていた思考を止めた。
落ち着いてくると、だんだんと周りが見え始めてきた。
傍らにいる少女は何者なんだ? 眼鏡をかけていかにも生真面目そうな……。麻美と似た雰囲気があるが、彼女は別人だ……。というか転校生か? ここの制服を着ているが、襟につけるはずの校章をつけていない。
「お前……誰だ?」
「ようやく気付いたね……僕、いや私か、私は結城。あ、安心して地子ちゃんは私が見送ったから家にいるよ」
「結城……お前何なんだ?……明らかにお前はこの学校の奴じゃない。お前は知らないと思うが、そんな派手な髪色じゃ、校則的にダメだ。外国人だかなんだか知らねえけど、お前このことについて何か知ってるだろ……なあ一体なんなんだ?何が起きてるんだ?」
「そうだね……まあ、帰る丁度って言ったらなんだけど、ちょっとした異変を感じて行ってみれば、君が居たんだ」
「んなことどうでもいいんだよ!何が起きたかって聞いてるんだよ!」
砂川は、その焦燥感に駆られ、勢いよく結城の両肩を掴むなり、そう催促する。結城自身、少し驚いて目を丸くしたが、我関せずといった態度で、続きを話し始めた。
「簡単に言ってしまえばイレギュラーだ。まさかなんの異能を持つはずの無い君たち人間という種族が、こうやって異能を持つのだから、これはいくら創設者である僕だからって簡単に予測できたことじゃないよ」
はきはきと、まるで珍しいものを見るような目で見る彼女の姿に思わず、砂川はくちを震わせて当然持つべき疑念を呈した。
「お前……何を言ってるんだ?」
「当然、これはイレギュラーであってもなんとも興味深いと僕は思ってるよ。といっても僕からしたらほんの些細な出来事にすぎないからね、僕は研究者なんかではないから興味深いだけなんだけども……。まあとはいえ、まさか人間に化けた神人類の血縁が地球で覚醒したらまさか新しい生物が出来上がるなんてね」
「お前、本当に何言ってんだ?新しい生物?俺は……」
「大丈夫だよ、君は人間じゃなくなった。けれども化け物になったわけじゃないよ……。頑張れば元の生活にも慣れるよ」
「何を……何を言ってるのかお前は分かっているのか?」
有り得ないものを見る目で、砂川は目の前の少女を見ていた――おいおい女の子を殴るのかい?
結城に問われて初めて自分自身に意識がいった。
気づけば、身を乗り出して、彼女に拳を突き出していた。幸いなことにギリギリのところで拳は寸止めされ、当たってはいなかったが、その拳は震えていた……。そんな手を握りしめ、光の入らなくなった虚ろな目で静かに言い放った。
「お前は人間か?」
「僕は人間じゃないよ」
現実を受け止められない訳ではなかった。だって、これは確かに知っている事実だったからで……。瞬間砂川の脳裏を過るのは家族の事だった。
とても嫌な予感がした。だって、その結末を知っているから――覚えてはいない。けれど確かに知っているはずだった。
※※※※※
すぐに着替えとバックを手に取ったまま、シューズだって下駄箱に置き去りにして、急いで家に帰ってそして、最初に目にしたのは大量に床を塗りつぶした真紅色の液体で、床の生暖かく、今にも温度が冷え行くその液体を足の裏に感じながら、壁に気配を感じて恐る恐る振り向けば、凄惨な姿に成り変わっていた母が、母の顔が壁に張り付いていた。
あまりにも惨たらしい有様に、砂川は、息ができず、腰を落としてしまい、迫りくる恐怖に耐えきれず、逃げ出したいその一心で足を動かしたが、もう思考を放棄していたため、逆の方向へ足を運んでしまった。
一寸先は闇、恐怖に染まったその声で叫びながらリビングに向かうと、そこはもういつもの平和な空間は、人の臭いと血の臭いがまざりあって、食道から酸っぱい液体が迫るのを感じ、口を必死に抑えたが、指の隙間からその吐しゃ物が垂れて、間に合わず、しまいには、その場に吐き出してしまう程で――瞬間妹の悲鳴が聞こえた。
和室の方だったが、それが断末魔の悲鳴だと知ったのは、悍ましく、おどろおどろしい見た目の化け物に首を貫かれた妹の姿を目にしてからで……。
全てが遅かった。
嗚呼、知っている。見たことのある光景だった。けど直後の答え合わせしか許されていない砂川にとってそれは、立ち直りたくても決して立ち直ることのできない。操り人形としての紐を切られた状態でしかなくて――
化け物がこちらに迫ってくる。
それでも自分は助かりたいと思ってしまう事実に、もう一人の俺はやるせない怒りにどうすることも出来なかった。
ただ、情けなく後ろへじりじりと体を引き摺って、距離を取ることしかできず、もうダメだ、そう悟った瞬間の出来事だった。
勢いよくガラスを割る音共に、その影はダイニングテーブルの上にある箸を握るとその化け物に向かって思い切り刺すのだった――
砂川にとって、それは救いでもありまた絶望でもあった。
化け物は、急所を突かれたのか呆気なく倒れ、人と同じ血を流して苦しんでいた。ただその光景を、乾いた笑いで「そうだった……。そうだったんだ」と全てを失ったその事実をただ突き付けられ、いつの間にか流していた大量の涙に今気づき、彼の方を見た。
「白神の急所は人間と同じ腸や脳、心臓……それにしても箸は万能だね。武器にもなるし、簪にもなる」
「なんで、助けてくれなかった……結城ッ!!」
「ごめんよ、香花の方が先だったからね、僕も二人いるわけじゃないし、そもそも君の親しい友達や家族は白神に殺される運命だったんだ」
『ふざけるな!』
何が運命だ、何が香花だ……。それじゃあ、まるで……まるで本当に香花に殺されたみたいじゃないかッ!!
殴りかかったが、簡単に返り討ちに合う砂川。
「まあ、君が嘆いていることはわかるよ、これじゃあ香花に親を殺されたようなものだもん。でもおかげで辻褄がそろったよ。まさか優多がキーになっていたなんてね。でもそのせいで君は初めて得た能力を上手く使いこなせず、しまいにはその力で君の親しい人達が化け物に無惨にも食われてしまったんだから……。これは仕方がない。運命なんだから」
「やめろォッ!こんなの……。こんなのッ!あんまりだ!あんまりすぎる!畜生ォ!畜生ッ畜生ォオ!」
馬鹿野郎ォと叫ぶ砂川の背後で血で赤くなった椅子に、何の躊躇もなく座る結城。
“和”を操る能力、それは、何よりも“平等”を欲した故の能力。
砂川の初めて取得し発動した無意識のそれは――人と人の地位を均等に保つという意味の平等などではなく、幸福な人生を歩んできた砂川の不幸を呼び、幸と不幸の平等を取るという意味での“和”であった。
「君だって見たはずだけどね……数々の悲惨な運命を、それでも助けろって言うのは傲慢だね。いいかい? 僕は運命を生み出すことはできるけど運命を変えることはできないんだ。この世界は複雑な時計の歯車で出来上がっている。一つを止めてしまえば、連鎖的にエラーが発生するんだよ。いいかい、これは運命だ。何故君が僕たちのように幾重にも重なった結末を見れたのかは知らないけど、この世の中は運命という名の鎖で縛られているんだよ、その中でも人が生きる時間は基本的に絶対だ、人の運命を変える能力者はいるけれど、彼らだって無限じゃない。死は絶対的な終息だ。君はその千里眼で何を見たのかは覚えていないみたいだけど、やるべきことがあるはずだ。死ぬのは自由だ。けれど、その根本的解決から逃げたって転生しもし運よくまた知的生命体として生まれ変わったとしてもまた同じ運命を辿る。これは、唯一知っている者から告げられる最低限のアドバイスになるけど、君たち知的生命体には生まれてきた意味がある。ただそれだけ、じゃあ僕はもう行くね。君はもう行くべき場所がわかってるはずだから、皆まで言わないよ」
ばいばいとだけ残して、彼は粒子のように光る粒となって消えてしまった。
わかってるはず……か。知ってるさ、異世界の生き方だって、言語だって……。ただ大切なことだけは思い出せないままでいる。
惨くなった部屋を見ながら、砂川は空っぽになってしまった心で、死んだ妹や、顔のない母、上半身のなくなった父、全てをみてそして受け入れて……。
亡骸の前で手を合わせると脱衣所にむかった。どう処理すればいいかわからなかったのもあるが、これ以上目を向けたくなかった。
シャワーを軽く浴びてから正装に着替える。着古していたシャツではなく、真新しいシャツ。最低限の着替えと荷物を持ったらトランクに詰める。そう言えばと、和室の押し入れにあったアルバムを取り出した。ただでさえ数の多い家族アルバムだが、集合写真は二年前に取った一枚しかなかった。砂川はそれを取るとトランクの中にしまって家をでた。ガス栓を締め、戸締りを確認する。もう二度と帰ってこない実家にようやく背を向けた。
異界へ通づる扉を開け、足を踏み入れた――
※※※※※
異界の汽車に揺られ、天界文通なるものがあると知り早速駅前で買った。まあ罪悪感に満ちたこの心の気休めにしかならないが、一枚買ってすぐさまその列車の中で書く。特別なインクで書かないといけないらしく慣れないつけペンでの拙い文字だが、中々にできの良い感じになった。
『お父さん、お母さん、地子、一緒にいてあげれなくてごめん。一族の墓にいれることも出来なくて本当に申し訳ないです。きっと、おばあちゃんたちが代理で埋葬してくれると思うから、安心して旅立ってください。
俺はちゃんと頑張りますから、そっちも天国で気長に待っててください。最後に、彼女ができました。もう今は傍にいないけど、いつかそっちに行ったら一緒に酒を飲みましょう。
息子より』
※※※※※
――数か月後
『号外――号外、香花館襲撃事件――号外だよお!』
士御倉
真北――岩城にばら撒かれた号外記事を読んでは離さない人間がいた。
忘れていたわけではない。けれども、ずっと心に留めておくしかなかった事で……。その青年は、砂川 勝という青年は、胸に渦巻くその得体のしれない荒んだ感情をただただ巡らすだけで、遠くを見つめ、ただ。得もいえぬ微笑を浮かべるだけだった。
砂川 勝という人間について……。砂川 勝は、全てを失った人間だった。
ただの幸福の所為で全てを失った人間だった。
今はまっさらになった幸不幸の線の上で生きている人間で、ただその虚ろな目に宿るのは一体どれほど憎しみかは、きっと誰も理解できないだろう。
俺は――人間なのだろうか
はい、とても残酷なお話ですね。
なんでこんな酷い事すんだよ! って言う方もいるじゃないですか。これ私の個人的な思いなんですけど、何も思い悩まないで、成功している人間って嫌なんですよね。
ほら、よくいるじゃないですか、そこまで何も考えてないのに偶然上手く言っただけだとか、そういう人間が嫌いだというのが一因でもあります。
まあ、いつもながらの冗長な文章になりましたが、一般的にも、私が思うにも重要な“人間”? なので彼の過去を描かせていただきました。
裏設定なのですが、ここは2015年の設定です。自分自身2015年を生きていながら、よくわからなくもいたので調べに調べました。そのころの高校生の特徴とか書かれてある都合の良いサイトがあればよかったんですけど、有力なのがWikipediaしかありませんでした。
まああと、勘の悪い方に言ってしまうんですけど、優多の周りにいた親しい人たちは死にました。はい、マジで死んでます。ワンチャンとかないです。確実に死んでます。麻美も友人達も皆、白神に食われて死にました。
一応、軽く書いたんですよね、麻美の設定。
私自身、設定書かないと書けないタイプなので……。
まあこれくらいでしょうかね。多分後書きまで読んでる方なんていないでしょう。
読んでたらすいません。
では、ご愛読ありがとうございました。
それと、2か月もの間待たせて申し訳ございません。Vtuberにはまってました。
次回はちゃんと優多も出ますのでよろしくお願いします。
ばいの('ω')ノ




