駆け巡る彼ら達
ずっとこの日を待ち侘びていた。
そんな思いをするとは思わなかった――
※※※※※
「時に優多」
「なんでしょう」
「この世界を、この多世界をどこまで知っているのかな?」
「それは……多世界という空間にいくつもの世界があって……あれ?」
「そこまで知らないみたいだね」
テラスで、紅茶を飲む無限の傍ら、ヴァイオリンの練習をしている優多。
レッスンを受けている最中の出来事だった。
「いや、理解はしているんですけど、説明がつかないんです。膨大過ぎて」
「そっか……じゃあ教えてあげるよ」
「よろしくお願いします」
――この世界とは、言っておくけどもこれは真理を説くわけじゃない。あくまでも事実に基づいた構造を述べる話だ……。
ただの無がそこにはあった。そして弾ける様に広がってゆき、一つの空間が生まれた。およそ、7億京の年、それはあくまでも推測で――
人々が生を謳歌し、また人でなくともあらゆる生物が生活を営む、地があって天がある。そんな空間を世界といった。
世界がもう一つ誕生した、元の世界からすれば異世界でまたその異世界からしても異世界なのだ。異世界と異世界は戦争を繰り返しやがて手を取り合って生きてきた。そしてもう一つ生まれ、戦争を経て手を取り合って生きてきた。
そして種族が誕生し、また新たな世界が膨大に誕生し消滅しその繰り返しやがて、何百という世界がこの世に誕生し、今尚生き続けているそんな異世界が存在するところを、人は多世界――と名をつけた
「でも、量が多すぎて、こちら側では対処できない世界も誕生した……。例えば優多の住んでいた青樹の境界……地球とかね」
多世界という空間は宇宙ではない。宇宙とは別だ。
というか宇宙は各世界に存在していることがほとんどだ。世界の端は何かと問われれば、宇宙の終りと答えられる。宇宙の向こう側は多世界空間となる。
そんな宇宙よりも謎の物体で満ちているのが多世界空間というもの。青樹の境界もとい、地球という惑星の含まれた世界は宇宙の広さが多世界で一番広く、文化が発展しているので一番奇怪な世界の一つでもある。だからか、多世界側からも地球へは表立って接触ができないのだ。
多世界には勿論、様々な世界がある。しかし、どの世界も時間は共通して流れているわけじゃない。地球からすれば、明日である世界もあれば、昨日だという世界もある。加えて、今では落ち着いている戦争や内紛が地球ではその短時間の中でいくつも起きている。非常にこれは稀なケースだ……。
とにかく、そんな気性の激しい世界とは関わらない方が吉であるのだが、しかしそんな世界が未だに何個かあるのだ。まさか……。と優多の手からヴァイオリンが滑り落ちた。
「調査ですか?」
「そんな危ない事、まださせられないよ」
「まだ?」
「ただ、そんな構造を知っているのかどうか聞きたかっただけ」
「そうなんですね……まだっていうのは」
「さあね」
そういって、席を立つのはレッスンの終りを告げる合図のようだった。
「お菓子は全部食べていいから」
そう、アフタヌーンティースタンドに置かれたクッキーやケーキを差し、彼は消えた。
※※※※※
「優多さんっ!」
「何かありましたか?」
「こ、これ忘れてますっ」
「ああ、ありがとうございます」
そう言って、傘を差しだす彼女に、優多は微笑みながら受け取る
そんな二人の姿を陰で見守る者が居た。その一人がクスクスと笑いだす。
「優多って間抜けだね」
「まあ、傘を忘れるってことは、あのまま行くつもりだったのか」
「ちょ、ちょっと静かにしないと見つかっちゃうよ」
例の官女たちが抱く想いはそれぞれで、嫉妬だったり、阿呆と嗤うのだったり、背中を押そうという声援だったり……。
しかしと三人は一瞬同じ思考を過らせた。
すごい――雨
ステレットは明らかに不審に思い、そう思うのは何も彼女だけではない。
雪華だって、そこにいる△▿△▽▽▽だって――ご主人様もそんなことを呟いていた。ここんところ数日雨が降り止まない。今日で、七日目。はっきり言って異常な降雨量だ。まるで、この前見た映画みたいだ。
でももしかしたら、そんな季節に入ったのかもしれない。そういえば梅雨なんて来ていなかった。考え過ぎなのかもしれないと、ステレットはひとりでに、巡らした思考を止め、彼の背中を追い続け、微笑む。彼の姿が見えなくなると後ろを振り返って自分の仕事へと戻る。
今日も、洗濯物は乾燥室で回すしかなさそうだった
「お、ステレットも嫉妬か~」
「嫉妬なんかしていない!」
そう言い返すのは、雪華だった。そっか、雪華ももうそんな年頃なのか、とそんなことを思いながら、二人並ぶ先頭を歩く。
「それにしても、なついてるわね……」
「なついてる?」
「そう、犬みたい」
「忠犬ってとこか!」
「やめなさい……」
そう、一応この中では最年長である私がその空気を断つ。新人いじめというほどではないが、そう発展する可能性はある、中でも彼女は歯止めが利かなくなる癖があるから、私が見守っていないと、何をしでかすのかわかったもんじゃない。まあ、だからって嫌な訳ではないのだけれど、その……やっぱり今でも、仕事を放棄して屋根で昼寝をしたりだとか、シフィアの目を盗んでは倉庫に籠ってゲームをしたりとか、まあ、そういうところは主様も分かってくれてはいるものの、中々彼女は直してはくれそうにない。
「ほら――私たちは窓ふき……ってあれっいない」
目を離すとこうだから△▿△▽▽▽はちゃんと目を張っていないと駄目なのだ。
「それにしても凄い雨……今日も少し肌寒いわ」
※※※※※
夏着に衣替えをしてから、結構立つが、今日は秋のような寒さだ、香花界のラジオも、多世界の天気の状況も香花界と似たり寄ったりしている。
新聞を片手にラジオを聴きながら、館の物陰に腰を掛けてぶつぶつと多世界の政治に、主に税金の使い道に愚痴をこぼしていた。
「研究費用なんて私らに必要なんかねえ、まあその人にしか分からないだろうけど……餅は餅屋というし――な?名無しさん」
「げぅえ」
そろりそろりと、横を抜けようとしていた彼女に思い切りみぞおちにパンチをかます。まあこれくらいじゃ死なんし大丈夫だろうと未だ名前のわからない、一人のメイドに問いかける。
「仕事はまだ終わってないでしょ、なんでまた逃げ出したの」
「ぐるじい……ぐるじいぃ……」
後頭部を押さえつけ思い切り羽交い絞めにしている所為か、答えが返ってこない。まあ、当然か……しかし、これ以外の拘束をすると、するりと抜けていってしまうから、どうしたもんか。
「たんま……たんま……」
「だって絶対逃げるでしょう」
「逃げない逃げない……絶対に逃げないから……ぐるじいぃ……」
「脚の関節でも外しとこうか?」
「絶対に逃げません!無抵抗!無抵抗ですからいでででで!」
そういうので、試しに固くしていた拘束を緩めると、本当に逃げなかったので、彼女をそこに座らせ、今回の脱走理由を聞いた。
「一応、言い訳だけはさせてあげる」
「いや、雑巾がね風で吹っ飛ばされちゃったんですよ」
「室内のはずでしょう?室内で風が吹きますか」
「うぅ……嘘です。仕事が嫌でステレットの下を離れました」
「じゃあ、今回の罰ね、これ引っ提げて一ヶ月過ごしなさい」
「何ですかこれ」
シフィアの提示したそれは首に下げる看板のタイプの奴で、それには『私は一生仕事から逃げません』と書かれてあった。
シフィアの顔を二度見する。
「本当ですか」
「本当です」
「これを……ですか」
「はい、引っ提げて一ヶ月過ごしなさい、もし看板に背くことしたら貴方の関節を外しますから」
「怖いのでっ、そう言う脅しは怖いのでやめた方が……」
「脅しじゃないですよ」
「わ、分かりました」
――それから彼女が、仕事を放棄することは一度も無かったと、優多は風の噂程度だが、耳にしていた。本当に守ったかどうかは別にして、シフィアさんが恐ろしいのはよくわかった。あれほど、怠慢な彼女を言い聞かせるとは、流石メイド長と言ったところだろうか。
というか、あんな程度の罰ってことはこれまでどれだけどんな罰を受けてきたのかという思考が巡る。口約束が主だったりするのだろうか、もしかして、実行に移したのが今回初なのだろうか。
まあ、そのどれもが無駄な思考に帰すのだけれど、そういった愚考は案外楽しかったりする。それに、看板を首から下げた彼女の姿は実に滑稽だった。
しかし、土砂降りにしては、これは降りすぎなレベルだ。
優多は、繁華街に避難してそんなことを思っていた。
熱帯雨林気候の国とかであるスコールってこんな感じなのだろうかとも思っていた。
仕事を一時中断するレベルの雨量に優多は、髪を濡らし、繁華街の一屋根を借りてただ、止むのを待っていた。
が、待てども待てども止むことはなく、普段は豪奢で有名な、この世界の凱旋門も城も、雨の所為で見せ場を失ってしまっている。
そんな最下層部の、建物の隙間には配管がびっしりと並ぶ繁華街は、元居た世界の中華街に似てて、いつもなら楽し気なそこも、この頃続く土砂降りですっと寂しげな世界に変わってしまっていた。
ふとしたその時、まるで、一瞬だけ音が消える感覚といえばいいだろうか。
――鳴り響く警報、
――振り向いた途端の出来事だった
――未だに鳴り響く警報、しかしそれはまるで市民を死に導かせるかのようで
気づいた瞬間遅かった。
ダムの水が最大貯水値を超え崩壊した5秒後の出来事だった。
津波とは程遠い地区しかし、すぐそばには、巨大なダム施設があり毎月、決まった日にちに専門の技術士達が点検をする。それが今日だった、この世界に訪れたのは彼らにダムの点検証にサインしてもらうためで……。
彼らは――
彼らは、そう思考が巡った瞬間その荒波に飲み込まれた。音が消えたのではない、耳が水でふさがれたのだった。
濁流が体に押し寄せる。地に足をつけられない、体の自由が利かない。回る。呼吸ができない。情報量が多すぎて処理が追い付かない。泳ぐことさえままらない、まるで見えない何かに体を操られているかのようだ。ヤバイこのままじゃ――
このままじゃ――ヤバイ
死を直観したその瞬間、己の能力が、超越した能力が――無意識だからこそ発揮される、その能力は無意識故に膨大で、一言に行ってしまえば制御の利かない莫大な力で――
ある瞬間、体が水流に対して平行になったとき利かない右手を押し出した。
その瞬間、水流が止み大きな球体が出来上がったと共に、強大な風圧で雨雲を消し去り久しぶりに差す光と共に見えたその光景は神々しく、神が救ってくれたと言う人がいてもおかしくないほど、それは、現実的でなく、また超常的だった――
「ふーんそれで、ルリラェの人たちから神様神様って崇められたんだ」
「やめてくださいよ宗教みたいじゃないですか」
「でも、本当だろう。それに救ってくれた人からはきっと空想上の神よりもずっと神様だったはずさ……」
「まあ、そう言うなら」
謙遜する優多に、無限は、残りのポットに入っている紅茶を空いたティーカップに注ぐ。
「で、力が自由自在に使えるようになったと」
「いや、自由自在というか、その瞬間にだけですよ。あの時無意識で……」
「そうかい、僕は難しい話は嫌いだからここを引くとするよ、そう言うのはカイトに話すといい。彼は悪魔だからね――」
そう言って、お茶を一気飲みすると無限は席を立った。
しかし、カイトがなぜ、そういうものの専属みたいな扱いをされているんだろうか、話の内容的にあんまり難しいわけじゃなさそうなのに……。
もしかしたら、能力の知識に長けているのかもしれない。それか、ただ話すのがめんどくさくなったのかもしれなかった。
その後、ティーカップを片す帰り道、カイトに会ったので話しかけてみた。「あいつの方が俺以上に詳しいよ」やっぱ後者だったらしい。
※※※※※
キッチンに向かうとよく知るメイドが居た。棚の前に立って何かを取ろうと必死だったので、取ってあげたら笑ってくれた。
※※※※※
どうにもおかしい
この世の中は腐ってる
どうして僕が、この俺がこんな思いをしなくちゃいけないんだ――
「こんな感じ?」
「ああ、それで良い。それがベストだ」
「やったね、これで大犯罪者ってわけだね」
「いや、革命だ」
「やめてよ縁起悪い、革命は失敗するものなんだよ」
一方そのころ、暗闇で、何かが動き始めていた
(サブタイトルに特に意味は)ないです




