始まり
その目前にずらりと並んであったのは、人の入ったSF風のカプセルだった。ガラスだかアクリルだかで分厚い透き通った壁の向こうで、名の知らぬ彼女立ちは目を閉じてふわふわと立ったまま浮かんでいた。
その光景に、二人は口を開けて眺めるしかなくて、ただ発した言葉は
「なんだ――コレ」
指をさしてクリオッドはその個体に不穏を抱く。そういう気持ちを抱くのは、自分もそうだったが、カプセルに目を奪われていたがために、周囲を見渡すことなど一片も考えていなかった――よく見たらそこは、研究室らしかった。
「研究室らしかった」と言ったのは、どうしてもカプセルの詳細が分からなかったからだ。何を研究しているのだろうか……。そんなことを思い続けるのは野暮でしかない。そう言えば――
「まさかこんなんだったとはな」
「こんなん……ですか?」
「想像すらもしなかった、あいつが……エグァがこんなことしてるなんて――」
クリオッドは、何かをこらえ、それを鎮めるようにため息を吐いた。とても重いため息だった。
「これ……何なんですか?」
「俺も分からん」
「ここから見つければ――」
そう言って床まであふれた資料の湖を見て、クリオッドを見る。
「何故だか、お前からはエグァの匂いがする」
彼は仕方なくといった風に笑った。
笑って、その彼女の残り香を微笑みながら、雫を垂らした。いいんだ、良いんだそれで――
エグァ――
君を思い浮かべると涙が止まらなくなりそうだ。
でもいいんだ、いいんだそれで。恥ずかしいとは思わないよ。
君の香りが強くて、君の面影すらも見えて、君の姿さえ思い描いてしまう。
その一瞬にさえ、君が、あなたが――
はあ、と吐いたため息に、唇が震えていることに気付く。手も足も――
「少し……寒いな」
「ええ、少し……地下室だからですかね」
「そうかもな」
ふと、一直線にクリオッドはそこへ――
今にも壊れそうな使い古された椅子と机。その椅子の軋む音は生々しさを覚えた。ぐらついてて、机もそうだった。ものを書くには適していない……。だからか、資料や、研究材料、や器具、資料、インク、ペン……様々なもので溢れかえるそこには明らかに不自然に、不自然な状態で、不自然なある(・・)もの(・・)が置かれていた。
それは、その散乱した部屋にそぐわないほど、綺麗に封された手紙――
『クリオッドへ――』
――彼女遺書を読み終えると、クリオッドは泣いていることに気が付いた。そして、丸めて蹲る背を優しくなでてくれている優多の存在にも気が付いた。
彼の顔を見ることはできなかった。今はまだこの感情に、この感覚に寄りかかっていたかった。
※※※※※
「遺書ですか?」
「ああ、いろんなことが書かれてた」
「この場所の事ですか?」
「そういうのもあった……でも、それ以上に……」
彼は、そう言い淀めると「思い出話とか……いろいろ」そう言い切って、ただ淡々としかし、どこか温かく、遺書に書いてあったことを説明してくれた。
カプセルの中に閉じ込められたのは、バル=フランの分離という事件で意識を失った子たちだという事、エグァラシスという女性が、その子供たちを生かそうと必死で管理していたという事。
「100年くらいは稼働してくれるらしい」
「そんなに長く……」
「信頼してくれたんだな」
そう言って、手紙を強く抱きしめる。
「最後はなんて書いてあったんですか」
「信じてるって……馬鹿だよ……ほんと」
彼は泣いた――
そして言った。
「俺、なるよ……あいつの変わりになれるかわからないけれど」
「きっとなれますよクリオッドさんなら……きっと」
正午――長針と単身はピッタリと合わさっていた。
※※※※※
その後、優多とクリオッドの二人は丁度昼だという事もあって、昼食を取ることにした……。あまり慣れていないその土地をクリオッドが手を引っ張って案内する。王都だから人が多く、とてもにぎわっている。こんな風景を見ると少し複雑な気分になる。というのも、クリオッドの事もあってどこかこの町の裏というものを癇くぐってしまう。
「一回、来たことがあるんだ」
「エグァラシスさんとですか?」
「ああ、その時は、優多みたいにヘタってもう動けなくなっちまったんだ……だから優多を見て少し安心した」
「まあ、人混みが好きだって言う人は少ないでしょうね……にしても眺めが良いですね」
「そうだな、人が蟻みたいだ」
クリオッドはそのことに興味がなさげで、嫌な表情をしていた。しかしまあ、王都とはすごい。城を中心とした街づくりで、周囲を囲む門は、高く4、50メートルはありそうな風貌で、しかしものすごく開放的なデザインだ。中には鉄道や歩道などの空洞があり、実際店だってある優多達がいる飲食店もその壁の中にある。
そう言った近代的な部分に比べ下ではテントを張った一つ時代が前のような活気ある市場が開催されている。
ヨーロッパの街並みのようなものを彷彿とされる都市の形に、優多は心の底からこの国の歴史に興味を持った。
早速クリオッドに聞いてみたが、彼はあまりこの国の歴史を知らないらしい。わかっていることといえば、戦争を何度も経験しているだとか……。
そうか、戦争か……。
種族が皆同じな自分が居た世界と比べてみる。そういうところではやはり、感覚的に命の重さも違うものなのだろう。いかに自分が居た世界が、今あるこの多世界にそぐわないかが理解できた。
そう言う意味でも、僕らのいる世界とは、公的に関わろうとしないんだろうな……。
この多世界というものの本質を今更ながら、本当の意味で理解した。
※※※※※
湯煙であたり一面真っ白になった目の前に、クリオッドは確かにいる。それくらいに、顔が隠れるぐらいに湯気が立って湯を打つ音が心地よく耳に残る。
「湯加減はいかがですか」
「ようやく慣れた感じだ」
香花館襲撃事件から丁度一周間ほど経った夜のひと時。
館の大半が修理され、完全に新調された檜の湯船に気持ち半分癒される。しかし、無限も気分屋過ぎる。おかげで、1日風呂に入れなかった。
一体、何をここまで、優多を呆気にさせたかといえば、改築するはずの無い風呂まで、思い切り無限が改築させたのだった。実際、風呂場は地下にあるのだが、豪奢に庭までつけ、完全に露天風呂気分を味わえる仕様にもなっている。
ちなみに仕組みは簡単で、亜空間利用、つまるところ4次元を利用し、空間を歪ませて、10メートル程の空間を凝縮しそこに天辺に疑似太陽を置いて完成だ。
科学と魔術の組み合わせ技で、理解するのに、優多でも3日はかかった。
それはそうと、クリオッドはどうだろうか――
「珍しいこともあるもんだ」
「湯につかる文化にですか」
「俺らの国では、身体を拭くのが一般常識だ……。そもそも、湯につかることなんて贅沢なこと、貴族にしかできねえよ。そもそも、優多の言うセントウ?っていうのも、あまり考えられなかったしな、そもそも、人の入っている湯舟に浸かるっていう概念すら俺の国にはなかった」
「やっぱり……ダメでしょうか」
「いいや、慣れればいいもんだ、気持ちがいい」
くぐもった声が響く。
「これから……どうするんですか?」
「エグァの……あいつに頼まれたことをやる、それだけ」
「……そうですか」
ふうと、ため息を吐きながら優多は湯につかる。
少し熱めの温度がその体には丁度良かった――
※※※※※
風呂を上がってから涼しい夜風に身を冷ます。
食事は終わって、他のメイド達も就寝の準備に入っている。その中で、優多は、無限に呼ばれ、月が一段と大きく見えるテラスで、出された紅茶を飲んでいた。
「この紅茶……おいしいですね」
「へえ!紅茶にも違いとかあるんだ、知らなかった。どれも同じじゃないんだね」
そう言いながらワイングラスを回す、彼の顔は少し赤くなっていた。ほろ酔いって感じの顔と、声を聴く限りそれ相応のテンションだったので、優多は少々困惑しながらも微笑み交じりな顔で飲み切ったティーカップをソーサーに戻す。
その一連の行為の後、無限がタイミングよく話を切り出した――
「華日の処分を決めようと思ってね」
「お酒が入ったままでですか」
「そうでもしないと思いきれないよ……僕はそういう権限があってもそういうことをするような性分じゃないんだよ」
酔った無限は目をトロンとさせて言う。
「彼女は……何を思ってこの行為に出たのか……」
「そんなこと急に言われても……考えてみましたが、どうにも辻褄が合いません。何故どうして、華日さんがこんなことをしたのか……」
「じゃあ、今日から君の仕事に決定だね」
カップとソーサーがかちゃりと音を立てる。
軽々しく言い渡されたその内容に、優多は驚きを隠せずに困惑した。いや、仕事に関してはいいんだけども、もっとこう……。
優多自身もっと、何か形あるもので仕事を任されると思っていたので、少し想定外だった。
「クリオッドも、もう自立できそうかい」
「あ、はい。多分……というかもう完全にできてると思います」
「じゃあおっけーだね」
「適当過ぎません?」
「これぐらいがちょうどいいんだよ、1つや2つのミスなんてあって当たり前に思っとけばいいんだよ……そうしていればギルガメッシュも過労死なんてしなかったのにね」
ワインを飲みながら言う彼の言葉に、何か引っかかった。「ギルガメッシュの方がいいと思います」というと、彼は笑って「優多は固いなあ」とこぼす。
「これぐらいが一番だよ……」
「それを繰り返すつもりですか」
肩を落として呆れる優多は、華日の事前情報を無限から聞き出そうと彼女の名前をだした。
「じゃあ、最低でも華日さんの事を教えてください」
「そうだねえ、彼女は盲目だよ……盲目になってしまったのさ」
「盲目?」
「何にも見えていないのさ、だからこんな事態になったんだ」
盲目……どういう事だろうか。意味が分からない。
「僕の口からはそれ以上の事実は言えないよ。でも、もっと近しい情報は言えるけど多分、それを知らないと理解できないと思うよ。多分」
「教えてください」
「僕は口下手なんだよ……。まあ、どう言おうか……」
数秒考えこんでから
『彼女は……憶測だと何かを失っているはずだよ。だから盲目なんだ。いいかい?君は多分優しいから同情してしまうかもしれないが、それも今回はほどほどにね、彼女の心はもう切り取られているんだ。それが唯一の真実であり事実だ。彼女はそれを代償に能力を得たんだ――「どうして」とは言わせないよ。僕にも分からないからね。だから君の目で確かめてきてくれないかな』
何かを含むその言い方に、優多は静かにうなずいて席を立った
「明日は少し賑やかになるだろうから、早くに出ることをお勧めするよ」
「大体何時くらいですか?」
「3時くらいかな?」
「1時間しか寝る時間がないじゃないですか……」
結局、家を出るのは、午前5時くらいになってしまった。
※※※※※
「――」
目の前は、うす暗く。寂しい空気が冷やされる感覚を得た。
「お大事に……」
そう言ってくれるのは、ステレットだった。雪華はまた別の仕事、ボーイッシュはまだ寝ているという結界、彼女しか残らなくなるわけだが……。
「そこまで、かしこまらくても……。僕も“同業者”なんですから」
「そうですね……。でも抜けきれません」
「そうですか」とほほ笑む優多は「それでは」と言って、“仕事先”へと向かった――
道中、カイトとの会話を思い出す。
ここを出ていく前だ――
※※※※※
「今日の天気は絶好だ」
「風向きがやや北側ですね……。そっちの方面にあるんですか?」
「ああ、あっちの世界は多世界図じゃ、ほとんど並南だ」
「大丈夫ですかね」
「簡単さ、どこを重点的に回るか教えただろ、その通りに回れば間違えたりはしないはずだ」
「迷ったりしないですかね」
「大丈夫だ、驚くくらいに方向音痴とかいうわけじゃないんだろ、なら大丈夫だ。扉の開き方はわかるか?」
「大体は……」
「念の為に教えてやるよ」
「こうやってな」と、コツを一つ一つ丁寧に、言いながら。「な?」とできた、異世界への移動手段の一つを披露してくれた。
世界と世界の移動手段は特出したものもあるが、ほとんどが3つのパターンに絞られ、その一つが「扉」というものを開く方法だ。ちなみに、特出したイレギュラーなものを含めると10数個と様々なパターンがある。
それとそのほとんどの残り二つは、世界同士が干渉した時と、多世界の壁に世界が干渉した時だ。
ざっくり説明すると、前者は文字通りで、後者は前者の反対となる。多世界の壁という説明は、よくある世界地図を想像してもらえれば容易く、謂わば世界地図の端というものが、それぞれの世界に規定値としてある程度定まっており、その周期に入ると、一時的に世界の端に干渉する事になる。そして、微妙なズレのあるその多世界の壁の周期に他の世界が同時に入る瞬間がある。それが後者の言う“多世界の壁に世界が干渉した時”だ。
今の多世界社会が形成されたのも、この所為だからなんとなく壮大なスケールに笑うことしかできない。
それで、自由に行き来するために生まれたのが、この「扉」だとか……。
まあ、色々と名前があるだろうけど、手っ取り早く優多は「扉」ということにする。この方が直球でわかりやすい。
「扉」はカイトが言うにはメジャーな移動手段という印象を受けたが、自分自身もそんな風に受けた、無限との出会いも、このポータルが印象深く残っているし、何より移動はこれでしかしたことがなかった。だから、優多はカイトの説明を実は「そうなんだ」程度にしか聞いてなかったりする。
開き方は簡単で、モノで例えるとわかりやすい。チャックを開けるような感覚だ。そう、空間を切り裂くようにチャックを開くようにと、強くイメージしながら、「扉」を開く。
「こんな感じでしょうか」
「そんな感じだ」
「でも、なんで……なんでいきなり僕を呼んだんですか?色々と確認してくれるのは有難いんですけど、それもどうして……」
「それは……まあ、あれだ」
少し間を置き
カイトはいつもの真顔で、でもどこか温かそうに
「恩返しだよ……。優多には……色々と助けられたからな」
「いうほど大したことしてない気がするんですけど……」
「そう言うもんだよ、案外、自分が思っているより周りの評価は大きかったりする……。謙虚でいることも大事だけど、少しは自覚しておくのも大事なことだ。優多……お前は自分が思っているよりも周りに影響を与えている……。少なくとも、俺はいくらか救われているんだぞ」
「そこまで言われると……なんだかむず痒いですね」
苦笑いで返す優多にカイトは正面に向き直ると少し奇妙なことを言い出した。
「死神は……死神という名前の奴は何かを奪うだけ。奪うだけで何も残してくれない……」
「死神?」
「契約だ……。死神との契約」
いきなり何の話だろうかと眉をひそめる優多に、カイトは続ける。
「あいつは俺と似てる。具体的に何かを説明することはできないが、似ている……。同じ匂いがするんだ」
「匂い……。どんな匂いですか?」
「鉄と錆に近い」
「血みたいな匂いなんですね」
「血よりも独特な匂いだ……もっとな」
そう言うと「これから向かう華日の足跡を追う手掛かりの何らかのになると思ってる」と言い残して、出発を促した。少し気になる点でもあったが、時間も時間という事もあり、優多はカイトに手を振って別れた。
※※※※※
身が飛ばされてしまいそうなほどの逆風に、歯を食いしばる。
華日の出身地にやってきた。
他郷の匂いが鼻に染みる。
ヘヴィ――ラドラルという世界に存在する小さくも大きくもない中くらいな、主要都市から何千キロと離れた都市。
そんなところで、予定外の昼食をとっていたが、そこがとても治安がいい場所とは言い難い場所だという事をしみじみと理解した。安価なファストフード店のように思われるそこは、明らかに値段設定があやふやで、前の客と自分の番では大きく値段が揺れ動いていて、日本円で例えるが、明らかに100円のものを1000円と詐称しているのだ。しかし、優多自身、慣れない地で小さないざこざを起こす勇気もなかったので、納得できない形でその金額を収めた。
他にも、スリにあったり高額でモノを押し付けられたりと、まるで、海外旅行に行っているかのような感覚だ。まあ、そこは海外以上に危険なのかもしれなかった。そもそも、経験の無い未知数な世界なのだ。
この多世界社会の常識をまだ理解できていない優多にとってそれは英語すらできていないのに他の言語を学ぶようなことでもあるのだ……。だからと、カイトは行く手順なり最低限の常識なり(金銭やら社会やら)を教えてくれたのだが、こうも余裕ぶっこいて予定外の事をするくらいに、優多はまだ、基礎すら理解さえできていないのかもしれなかった。いや、“かも”なんかではない。普通に理解できてはいなかった。
それを証拠に、優多はかなり正規ルートを遠回りして詐欺被害にあっているのだった。
優多は意外と間抜けである。
※※※※※
そこの奇妙な噂は本で知った。それは一昔前の話
突如として、この街の住人が姿を消しただとか……まあそんなことありえないだろうと、思う傍ら、なんの因果でこんな話が出来上がったのかと興味半分という気持ちでその廃墟を回っていた。本にもほんの数行しか記載されておらず、その中には当然こことは関連しているという記載もなかった。
だが、いくつかこの世界の資料を見ているうちに不自然な点がいくつもあったのだ。それも、華日の出生さえもうやむやで。まるで関わっていけないような……いや、関わろうとしなかったのか……。どちらにせよ、こことそのうわさ話とやらが何らかの因果である可能性は十分にある。
“華日自身”の資料を見つけることはできなかったが、華日の家柄らしき黒塗りの資料を、その廃墟から見つけることができた、しかし、分厚い本の隅々まで黒塗りが行き届いて、本人の熱い努力を感じるが、そんな努力は華日を探る優多にとっては迷惑極まりない行為であった。
廃墟とはいったが、いくらか生活の跡が見えた。生暖かい寝袋に、焦げ臭い明らかに何かを燃やしたドラム缶、それと……ティーカップ? ふと、事態の整理が追い付かなくなる優多の背後から黒い影が忍び寄る――
「!?」
「お前え!お前えぇ!」
咄嗟に何かを振りかぶるそんな気配がして咄嗟の行動――背後の振りかざしたそれを刀はじき返すと、飛んでそこから距離を取る……。着地にバランスを崩したのと同時に、その男の形相に戸惑いと少しの恐怖を持った。
その男のみすぼらしく、薄汚れ痩せこけた頬の所為で一瞬本当に何かと驚いた……。どうやらここに違法住居しているホームレスらしい。その存在に気付くも、彼らは見知らぬ訪問者にかなり動揺していた。
双方、急なことに動揺している点が唯一同じであった――
男は、多分3、40歳ほどの見た目をした男は、煉瓦を片手に言葉にならない言葉で威嚇しているようだったが、その手は震えている。人を殺めてしまうという機会に乏しいのか、それとも、自分がガチの武器を取り出したから震えているのか……。よくわからなかった。
「す、すいません!」
「ふざけるなぁおいっ!」
「すいません、でもよければ……良ければその煉瓦を納めて――」
投げてきた――瞬間、背後からまた二つの存在感。
瞬間、勢いよく振り返るのと同時に刀を振り上げて、もう片方も視界に入った瞬間に叩きつける……凶器と思えた大小のナイフは後ろに飛んで行き天井に突き刺さって、もう一方、少し長めのタイプは床に深く突き刺さる。
男たちは動揺しする。確かに分かったのは、彼らがこういった暗殺業がホームレスとして馴染んでいることと、明らかに自分を殺しに来ているという事実だった。
しかし男たちは武器を失って、慌て、最初に出会った男のように叫びながら、震えた手で脅しかける……。
気づけばわらわらと熱気が増して、おそらく20人近くがここに集まっていた。これで20人なのか、まだ20人なのかはわからないが、もう、一旦操作は中止するしかない。これは流石の優多でももう学習している。
男たちも、優多のような存在には慣れていないのか未だ恐怖というものに支配されて錆びたナイフを手放さないものもいる。
コミュニケーションを取ろと思えばそれこそ危なっかしく、手を震わせるものもいた。殺すか――いいやその必要はない。というか小心者である優多は、その瞬間酷い罪悪感を覚えた。
しかしながらどうここを突破しようか思考を巡らせていたその時、その思考を断ち切るかの如く大声が耳を通り抜ける。
『配給だぞ~~配給』
聞き覚えのある声に優多は戸惑った。だってその声は――「よお優多、今朝ぶりだな」そういつもながらの無表情で話すカイトの姿があった。
瞬間、場がどよめき出して武器をしまうものや落とすものまでいるのもいた。
一体、何が起こったのか――すると、一人の男が優多へ歩み寄ると震えた、しかし今度はほとんど敵意の無い。そんな顔で尋ねるのだった。
「あんたぁ、無限さんの人か?」
疑惑と信頼を乗せたその問いに、優多は安堵して答える。「はい」と、答えるとその男は途端に申し訳ない顔をして「すまない、すまなかった」と何度も頭を下げては謝罪するのは、どうもこの男だけではなかった。手を震わせた老人も頬がこけた男たちもほとんどが、その存在の証明に、申し訳ないという気持ちで動揺していた。
瞬間、分かったことと疑問が一つずつある。
それはこのホームレス達と無限は何らかのかかわりがあること。
しかしと、優多はカイトがその事知っていながらも説明をしなかったのは何故かという疑門を持たざるを得なかったが、それもすぐに解消した。
「彼らが勘違いを?」
「元々伝えには言ったんだよ、香花の刺繡が入った服をきた少年がやってくるってね、けどもまあ、伝え方が悪かったか」
確かに、着ている洋服には、胸元に細かい刺繡が施されていた、しかしホームレス達が確認できるものとは思えなかった。そもそも、あんな遠目からでは確認できるものではない。
しかし、目印になるといえばなる。そんな曖昧な立ち位置にあるので、優多も反応に困るのだった。
まもなく配給が始まると、優多さんもと、ホームレスたちが少ない配給を分けてくれた。一緒に話していると、自分らが持っている障害のため職につけられずにここでホームレスになっていることも分かった。
言語障害、視覚障害などの合併して障害をもっている人がほとんどで、それじゃあどうして、わざわざ刺繡をと思ったが、ほんとは丁度3時間前にはここについている予定だったらしい。なるほど、優多は全て理解した。
ほとんど、自分の所為だった。
優多は間抜けであった――
※※※※※
ホームレスは、この広い廃墟に60数名といるらしい。だから“まだ”20人の方らしかった。しかし、カイトが来てくれたおかげで一気に疑いが晴れて、仲良くなれた。ほんとにすまねえと、わざわざ謝ってきてくれて。根は本当にいい人達なんだと優多は思った。
ただ、本当に生きるのに精一杯で、ホームレスは仲間意識が強い、だからこそ、優多への対応には、責めきれなかった。
彼らそれでも溌剌としていて、それまでの日々を話してくれた、「今度一杯やろうじゃねえか!うまい酒があるんだよ」と気前の良い人もたくさんいて……。
本当にそのギャップに驚いた。
しかし、華日の事については専門外だった。やはり、無名の者なのだろうか……。少しいさせてくださいと、お願いしたら、ずっと居てくれて構わないと、お墨付きをもらって、まだまだ存命中の図書館や部屋など、情報のありそうな場所に引きこもること一時間。図書室の一角の隠し戸に分厚いのが一冊。
誰が使っていたのか分からないが、どの部屋よりも比較的綺麗に保ってあった部屋のデスクの隠し戸にも分厚い……今度はびっしりと書き込まれた日記帳が一冊。
計二冊の読み応えありそうな小説並みの分厚い本が出てきた。どれも、びっしりと手書きで書かれて、この世界で広く使われているへヴァ語というもので書かれてある。まあ、ヘヴァ語とは言っても、形や構成は英語に近いものを受けたから読みやすい……。けども一日じゃ足りない内容だ。
いくらか時間が要る……。
「これ、持って行っても?」
「ああ、構わないさ、俺らじゃ燃料にしかなんねえからよお」
そう言って、彼らにも一応許可を得て、それを持ち帰ることにした、この世界の時間の経過は自分の元居た場所を基準にすると25時間らしい。無限から貰った多世界時計を見る、その世界に行ったら自動で、時計が切り替わるという代物だ。
その時計はもう16時を示していたのでかなりかかってしまったと、深い息を吐く。
一体何時間居たのか……。そう言うのを計算するのはめんどくさいのでやめておいた。
「じゃあ、僕は帰ります」
近くの男にそう告げると、笑顔で手を振ってくれた
「じゃあな、頑張れよ……俺にはわからねえけどよ応援してるぜ」
男はそう告げて、優多と別れた。
※※※※※
優多は、香花館へ帰るなり、別館に居座るなりその分厚い本を読み更けた――
英語に似てるとは言っても、単語は全然違う。英語ではIが「私」に対して、こっちではaIが「私」だ。それに、英語と似てるとは言ったものの、似てる点……共通しているのはアルファベットと文型のみ。
それに手書きということもあって、筆記体でかなり読みにくい。
aなのかoなのかが紛らわしく、解読に時間を要した……。どれくらい時間がかかっただろう。そんなことよりも、解読だ。ご飯はどれくらい食べていないのだろう。そんなことよりも、解読だ。
どんなことよりも華日の正体を掴むことが優多にとって重要だった。明日なんていくらでも来る。けれど、彼女の明日なんていつ終わるのかも分からない。途絶えてしまう前に、彼女の真実を、本当の姿を知ることが最も大切なのだ。
知りたい……。いや、知らなくちゃいけない。皆は知る権利があって優多には知る義務がある。
それは任された単なる仕事というわけじゃない。
一人の正体の分からないその存在の処遇を決める大切なことだからだ。彼女は何のためにここにきて、何故こんな事をしたのか……。腑に落ちない点がいくつもあった優多にとってそれは大きかった。
いくつもの推測を立てながら、解読に勤しむ彼の姿に皆は緊張していた。その努力に、その情熱に皆は、疑問と凄みを覚えるのだった。
彼女達は、いつの間にか、優多の研究の手助けを始めていた。はじめは、徹夜で目の皺が黒くなっていく優多の傍らにお茶と、二つの握り飯を差し入れてからだった……。
勿論二冊だけじゃ、わからないこともあった。
だから、その別館中に所蔵されている、あらゆる資料を探っては、図と推理を書いては書き直しを繰り返し、その真実を見出していった。
この時には、このことが起きて、こうなった。
そう簡略する出来事が何件、何十件と、ノートにまとめられていく、その勢いに、その一つ一つに皆はやったやったと興奮しあった。
そして、研究する事丸三日が経過した時だった。
全てを……すべてを読み終えることができた。
壮絶なるその内容に、優多は未だ、現実的な感覚が持てないまま、そこに座ったままだった。揺れるライト、いくつもの推理を重ねたホワイトボード……。資料の散らばった机の上……。
終わったと静かに告げるその何かが、安心と、興奮という睡魔に優多は負け、机へ倒れ伏す痛みよりもその睡魔には敵わなかった。
初めて一から十までやり遂げたその感覚は、一生忘れることなどないのだろう。
一つの物語の終焉を、優多は見届けた後、優多は死んだかのような深い眠りについた。三日越しのまともな睡眠だった
※※※※※
迫害を受けていた家系の末裔である姉妹、華日とされる「エリュ」という少女、グリオードとされる「ウリュ」という少女。
二人は、迫害を受けるたびに、自分の存在が許される国を望んだ。
二人の微かな希望が外に漏れると、あっという間に各地に知れ渡り、次の日には迫害運動が激化し館は血の海と化した。
二人を逃がそうとする館の住人は、斬られ撃たれ、幼き少女にはあまりにも悲惨だった。エリュは逃げる際に耳を切られ、耳が聞こえなくなり、大きなショックからか幻覚は見えるようになっていた。
二人は偶然、逃げ込んだ森の中で死神と遭遇した、そしてその記憶を受け渡し次の日に帰ると、
幻覚が見えるようになったエリュは平然と過ごし、ショックから何とか立ち上がったウリュは、彼女のサポートに徹した。
幻覚と言っても、それは現実逃避であり、自分にとってショックであるものは視界には映らないという障害だ。死神は能力と言う名の障害を与えた。
エリュは突然、自分の名前を華日と言い始め、ウリュの事を華火と呼んだ。異国の字を書き始めたエリュはもう別人であった。
耳は聞こえないはずなのに、まるで、何もなかったかのように機能しているようで、エリュの面影は何一つなくなり、代わりにそこには華日という人間が居た。
しかし、私は、ウリュはそんな彼女が嫌なわけではなかった。受け入れられた。エリュはもういないことに、不思議と悲しみはなかった。華日がいる、華日は確かにエリュだった。エリュは確かに華日だった。
だから、私もウリュを名乗るのはもうやめた、彼女のように華火と名乗ることにした。
華日は突然、能力というものに開花した。
世界には、低い確率でしか現れない特別な力、それを華日は、有したのだった。
ある日、なくなった食料の調達のため私が初めて外に出ると、周りの人々がこちらに気付くなり、顔の色を変えて、私に暴力を加えてきた。
服をはぎ取られそうになったところを華日に助けられた。
目の前の大男たちは何故か血が出ていた、嗚呼そうかと私は納得した。華日がやったのだと、能力という特別な力でやってくれたのだと。
その晩、華日と私でその街の家という家を死体で埋め尽くした。
彼女のその時はなった言葉が今でも忘れられない。
「私の国が作りたい」
私は彼女の腕になることを決めた
by er
最後には、そう誰かに語りかけるようにそう綴られて終わっていた――
序章の最終回です。
物語の終りと始まりになります。
余談ですが、この後はみんなで楽しく宴会しました。




