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終わりから数えて二ページ目

 危なかった。

 あと一歩、あと一歩遅かったら、彼の能力をまともに喰らっていた。


 はだけた豪奢な振袖姿……。花魁の様な恰好だったのが更に酷くなり、今は、その裸に布を巻いていると言っても過言ではない服装をした女がただ一人、ボロボロに崩れた状態の男の前で血を流しながら立っていた。

 彼女の正体は、華日。姓の無い、ただの華日。美を操る能力を持つ、超人。

 その前で、華日同様血を流し屋敷の壁に崩れる一人の姿がある。カイトだ……。無を操る、強大な力の持ち主。しかし、戦力差は同じだった……。それ故に今まで、どれだけぶつかろうが、消耗する体力なんて、ほぼ同等なのだ。どちらかがギブアップと叫ぶまでの忍耐勝負だった。

 ――ではなぜ勝てたのか? 

 その答えほど、明確に状況を言うだけ言うのは簡単で……しかしそれに理解をすることもできないのだ。だから、説明という説明ほど難しいものはなかった。

 それは、急に起こったのだ。何もかも、それは急に、突然と状況がひっくり返ったのだ。


 あれほど互角だった戦況がひっくり返るほどの場の変化に、華日はただただ啞然するしかなかった。


 一瞬の出来事。

 その時の一瞬の判断がなかったら、私は今こうやって、状況を判断していないだろう。

 

私でも初めてだったから、その瞬間状況を把握するために啞然するしかなかった。

だって、今まで使えなくなっていた能力が、あの瞬間急に使えるようになったのだから……。

華日は、息を切らし、顔半分に血を垂らしながら、目の前で崩れたカイトに向かって余裕を見せながら、口を開く――が


「……!?」


 その瞬間、彼女の顔からは微かに焦りが滲み出る。

 声が出ない……。声がでない? いや、出ないのではない……。確かに、感覚的には、声が出ている感覚が声帯にある。喉の調子もいつも通りだ、喉を触ってみても、いつも通りなんらおかしくない……。

 静かに、焦りという、感覚が自我を蝕み、華日は無理矢理、声を出そうとしてみるが、不思議なことに、声を出しているという感覚は普通にあるのに、声は出ないのだ……。

 奇妙な現象に、不満と不安が顔に現れた頃どこからかふと、誰かの声が聞こえた。それは、いままでで一番聞きたくなかった声という訳ではないが、しかし、まさかその声を再び聞くとは思いもしなくて……。今生きてきた中で、一番印象深い声だった、それは決して愛しているものへ抱く気持ちではなく、どちらかというと敵対心からくる嫌悪で――


『こればかりは計算外だった』

「!?」


 目の前の……目の間に崩れた男が、体を起き上がらせながらその言葉を静かに放つ。

 それは、あまりにも華日にとっては衝撃的な光景で……だって、どう見たって彼の容態は酷く、容易に回復できるような生易しい怪我じゃない……。

 なんで、そこまで、信頼したものに裏切られたような口ぶりで言えるのか? それは、私自身が、私が……。私の拳は確実に抉り取ったはずなのに……。即死級だったはずだ……能力だって併用したのだ! なのに、今の彼を見れば、どうだろうか、効いてはいる……確実に効いているのは見て取れる。

 しかしそれだけだ。ただ効いているだけ。命に別状はない……今の彼にとっては、その程度の、回復の余地がある程度の威力だった……?


「いや、こればかりはというのは、全然違う……。計算外なのはいつもの事……些細なことだ……」


 カイトは、首を傾げこちらを見た。


「どうやら、あの瞬間に放った能力は効いていないらしい……」

「……」

「という訳ではないらしい。成程、何故か無の力が口の方に跳ね返ったらしい」


 カイトは指を鳴らすと同時に、華日の中で何やら違和感が生じた……嗚呼、成程。


「親切なのね」

「同じ傷を負った同士だ」

「私は嫌よ?」

「俺だって避けたい」


 無表情の彼の感情を読み取ることは、できないが、しかしこの状況を楽しんでいるということは分かった。現に、こんな風に敵に、ハンデをあげるところとか特に……。まあ、いい。早く終わろう……。

 ――そう構えた時だった。


 あらゆる金属音が彼の掌で共鳴する。

 右手に、今までの槍と……鍵?


 彼の持つ武器に変化が起きた。右手には、今までとは変わらないグングニルと、左手には、多種多様、似たり寄ったりな鍵がぶら下げられたリングを持っていた。見た感じ、直径20センチのリングだ……。目秤では到底判別できない程の量の鍵……一体、彼はそれで、何を始める気だろうか? 


「第二形態……というところか」


 カイトは、そう言ってそのうちの一本……古風なカギを取り、空に差し入れ……捻る。


『ここでは、鍵番もやっているんだ』


 何も起こらないじゃない……その時だった。

 一拍置いて、地面に亀裂が走り、次の瞬間、地面が独りでに動きだした。完全に不意を突かれ、華日は一瞬でバランスを崩し、地面にへたり込む。何が起きたのか、冷静に取り繕う暇もなく、今度は激しい平面的な動きから立体的な動きが華日を襲う。

 しかし、華日はそんなものに足を取られるほど、実戦経験が乏しいわけではなかった。当たり前だ。この程度だった。この程度……今までの経験と比べれば微々たるものだった。華日からしてみればただ、床が魔術により動いただけのことだった。


 床は、まったく元の姿を失い、今は彼の手によりトラップと化していた。


 ガコンガコンと轟々しい音を立てて、ランダムに床のサイズが変わり、床は壁となり……はたまた、今度は吹き抜けた穴を作ったり、様々な表情を見せる。

 一風変わっていると思ったが、しかしそれは魔術の中ではまだ基本的な部類であった。基本的なのだ。だから、法則なんてすぐに見つかる。だから、簡単に避けられる。この場合、こちらがどう反応を取ったかで、変化を見せるのだ、例えば……。

 そう、もう一度自分を確信させるつもりで、右足を大きく、ズレた大判のタイルとタイルが蛇腹にすれ違う床の上を、タイル10枚分またいで飛ぶ。すると、奥からタイルがめくりあがり、まるで、大海の津波のように厚い波が押し寄せるのだ。続いて、今度はまた10枚越し、20枚越し……。するとどうだろうか? ランダムで、24方向からその波が押し寄せてくるのだ、だから10枚越しにタイルを踏めば、ランダムで波が押し寄せる。

 簡単な法則だ、他にもあらゆる規則性がみられた例えば、タイルを割ると、上下又は左右から勢いよくタイルが挟み込んでくるし、斜めに飛んだら自分に向かって、タイルの破片がこちらに向かってくるし、後ろへ避けてもまるで意思を持っているかのように、タイルが飛び散たったり、何かしらのアクションを起こして、不意を突かせたあとに、奈落を作って、真上からとどめのタイルだった。


 だけどねえ……。


 「効かないのよ」


 悲しげな声、悲哀に満ちた二つの感情が篭った声。

 それは、静かに。まるで、嵐の後の闇の中で漂う冷たい空気を彷彿とさせるような、そんな寂しげな……しかし、なんの慈悲も高揚も感じさせない、ただ、繰り返される無常を悟ったような……。

 そんな複雑な感情が漏れた声で――彼の背中を見た。


 瞬間移動……と、見たものは言うが実は似て非なるものと私は思う。



 これは、最初に鍛錬し始め、最後の最後に習得したこの能力の応用技なのだから。



 能力の応用技の中で……いや、応用技というのは、私の中では語弊がある。これは、必然なのだから。

 必然。そう私が捉えるのは、私が無意識の中で常に使える素質が備わっていたからだった。何故か私は、気付けばそれを使えるようになっていた。しかし、気付くことはなかった。だってそれは、今思えばの話なのだから、当時の……まだ幼かった自分には、奇跡だと高揚することも、笑顔で神に感謝するなんてこともなかった。

 今思えば、私は、その時既に美を操る能力の最終形態である、この魅了させる力の扱いを無意識化の中で習得していたのだ。その素質がその時芽生えていたのだ。

 嗚呼、なんて不思議なものだろう。まあ結局それから過去の自分が、能力を手にすることなんて無かったわけだが……。私自身、誰にもこの事実を明かさなかったし、明かすつもりもなかった。こんな過去があったなんて話したところで無駄である。妹にさえ、これを打ち明ける気にはさらさらなかったし、そもそも野望以外に私自身の事話したとしても私には何のメリットもない。

 まあ、話さなかったからか、誰もそのことに触れることはなかったし、勿論哀れんだり、悲しんでくれたりは当然なかった。

 しかし、その反応に私は、不満を抱いた。抱いてしまった。それは、おかしいと。私は使えるはずだ、私の一生の予定はこんなはずではないと、能力を使えるようになって一つの国を、理想郷を作りあげるはずなのに……私の夢なのに……。

 と、何故私を誰も哀れまない? 何度もそう嘆いた。だって当たり前だ。誰にも明かすことはなかったのだから。明かさずに生きてきたのだから……それは当然私は傍から見れば何の突飛した力も持たない「ただの一人」として見られたに違いないだろう。

 私は、絶望した。素質は確かにあるはずなのに、何故使えないのかと。


 それ故に、死神から能力をもらった。


 今思い返せば、それは、とんだまやかしだった。使えていたはず、いや、その時はもうとっくに使えていたのかもしれなかった。

 風の噂で死神から能力をもらうとどうなるのかはよく耳にする。体に大きな変化が現れる、能力が発生したときと同じような現象が起きる。だがしかし、私の中に起きたのは、大事な記憶、私の大事な……大事な過去を殆ど掻っ攫って行かれただけだったと今の私はそう思っている。

 まあ、だからと言って使えていたのか? はたまた使えるようになっていたのかは分からない。

 今ある記憶は、大きな野望に関する記憶だけ……。その当時の私は何故か、生きる方向が明確になって清々しい気分を覚えたが、そんなの今思えば、ただの勘違いにすぎなかった。ただの勘違い……。そうだ、ただの勘違いだ……。

 ただ、変化が起きたとすれば、ただそれだけだ。ただそれだけ……。おかしい……おかしいじゃないか? だって、特にこれと言って、なんの変化も体には起こらなかったのだ。能力を持った直後の違和感。体へかかる負担。そのどれも感じることはなく。今までと同じだったのだ。身に感じる負担もなく気付いた時には力が使えるのだ……。それについて問いても死神が答えることはないし、私自身もうどうでもよかった。怒りすらもうバカバカしいほどの域に達していた……。何かを聞くことすら呆れるほど、私は私の存在をどうでもよく思っていた。

 野望を達成するだけの願望機にすぎなかった。

 これで知った。人間は、欲望だけに生きるようになると、ただの屍にしかならないと悟った。


 なんでこんなことを長々と語ってしまうのか? そんなの私にも分からない。

 しかし、ふと我に返らせてくれるのだ。

 冷静に……。狂いに狂った私を唯一冷静に、何か物事を考えるのには向いていないが、今までの自分を振り返り、この先の私の人生を悟らせ諦めさせる唯一の方法でもあるのだ……。

 何故だろう。


 いつもこれをやると、こんな感傷的な気分に浸る。

 ほんの一瞬……。そう、この移動している最中の一瞬、走馬燈に似たそれが私を襲うのだ。諦めるという感情に近いそれが、一瞬のうちに……というが、事実上の現実での時間が一瞬であれ、私の中に流れる時間は、いつの間にか物思いにふけるうちに、ボーっとしている余裕があるくらい、長い。それはもう、絶望的に。

 何度も何度も……それは、深く、そしてやるせない、何もできず、もどかしい絶望と数えきれないほど長くそして繰り返される走馬燈だ。


 ――それはやがて、その答えはやがてわかるのだ。


 それは、きっとこれが、

 “無自覚に手にした最後の最後に望んだ能力なのだから”

 

それは、ほんとに最後の最後に手にした能力の完成形……完全体だった。


  美を操る

  即ち

  生きとし生けるモノを魅了する力

  故に

  全てが私で、私が全て


 もう……何も言うことはない。

 もう……こんな思いをすることはない。

 そう……願いたい。


 華日は、脳裏にある空想を思い描きながら、空を勢いよく掻く。

 しかし……その腕は彼に当たるはずもなく、後ろへ距離を取られて完全に彼に有利な間合いを取られる……だがしかし、違った。

 何もかも、そうではなかった。


「!!」

「違うだよなあ、それ……本気?出しちゃう」


 艶めかしくも、重苦しい声でこぼした次の瞬間だった。宙に浮かんだカイトの身体が急に地面に打ち付けられる。

 疑問の表情がその瞬間見えた。

 そうよね、そうよね……そう思うわよね?でも違うのよ……全く貴方が思っていることは違うのよ……。いくら私の攻撃を警戒したって無駄なのよ……。


 だって、攻撃は私がしてるわけじゃ、ないんだから……。


※※※※※


 天井が落ちた時――


 それは、あらゆる視点の中でも、彼らのものではなく彼女たちのものでもない、その空間の……その瞬間に映る光景だった。


 役者が揃った――


 誰が言ったわけでも、思ったわけでもないその言葉……。しかし、その状況にその言葉は、「運命」というものに言わせてみればあまりにも似合い過ぎていた。

 そう、これは……運命だった。

 この中の誰もが言わないのであれば、それはもうこれを創造するものの残した「運命」というものの他ならなかった。


 優多はこの瞬間、初めて彼女の顔を見たのだ。

 それは、もう、「運命」の巡り合わせなのかもしれない。

 まあしかし、そう思っているのは、この場にいる優多でも、カイトでも、クリオッドでも、華日でもない。さて、誰なのだろうか? まあ、そんなことを誰もいないこんな場所で聞いたとしても、いや……そもそもの話誰もいないのだ。なのだから、言ったとしてもやはり意味がない。


 ……さて、彼らはここでどう動くのか。


 まあ、自分はもう……結果は分かり切ってるんだけどね。


※※※※※


 天井が崩れた。

 その瞬間、時がゆっくりと流れる錯覚に陥ったのは、この「天井が抜け落ちた」という事実に驚愕しているのではなかった。事実はそれよりも、深く、深刻で、でも見れば分かる。そんな類のもので……。


 そう、カイトの容態が明らかに異様だったのだ。


 異様だ。

 それは、一瞬で分かるほどの異変だったのだ。何故か? 何故そこまで事態を深刻に断定することが、思うことができるのか。

 簡単だ、遠くからでも分かるほどに、容姿が酷く欠損しているのだった、それは、足の力が、走ろうとする力が抜けて行ってしまうほどに、その容姿を見た瞬間、血の気が引いた……。それほど惨たらしい有様で、表情が読み取れないほどに、顔がグシャグシャに踏みつぶされた……まるで粘土かのような柔らかさが見受けられ……しかし、血を塗りたくったようなグロテスクな風貌とは真逆にしかしそれは、確かにぐしゃぐしゃだった。そう言えるのは、彼の元の姿さえ見失ってしまった身体からは血一つ流れて居なかったのだから――


 そう、それは、決して生き物が壊れた際の容としては、まったく有り得ない姿をしてるのだ。


 彼は、人の形をしている、だからこそ、それと似た……いや、同じ、人間としての直立二足歩行の形をしている種族である優多には、衝撃的な光景だった。


 彼の、カイトの全身は柔軟性を持ち、しかし、確かな……生物としての硬さをもっていた。

曲がらない方向へ曲がり、潰れ、伸びその硬さ持ちながらも、平然と今も熱された硝子の様な柔軟性を保っている。


 その光景を見た瞬間優多は察した。というか、分からないわけがなかった、そこまで、鈍いわけでは無い。だがしかし、これですべてが分かったわけではない、何が起きたのかまでは未だ把握はできていなかった、ただ……ただ一つ分かったことがあるとするならば。


『圧倒的にやばいやつがいるってことだ』


後ろから声が聞こえた。


「はい……一発ぶちのめしてやりましょう」


 優多は頷くのと同時だった。

天井が土埃を舞い上げて、物凄い音を立てて分厚い天井が落ちる。


 その中に……その中に、一人の女性がこちらを見る。


 見る目麗しいと言えばよいのだろうか? 確かに、彼女は美しかった。しかし、優多は同時に、彼女がこの件の犯人だということが静かに理解できた。

 それは、隣にいる彼の一言、一つの感情織り交ぜながら彼女の名前を放ったからだ。


 華日と。


 その裏にどんな思いが込められているのかは、もう、説明など不要だろう。


「あら……どうしたの?クリオッド」

「どうした?どの口が……どの口が言うッ!」



 クリオッドの、表情はもう既に変わっていた。明らかに平常を失って、何か縋る柱を見失ったように明らかに不安定だった。

 このままでは、何か……何かまずい気がする。なんだ? この何処からともなくと来る不安は……。

 そもそも、彼女の……華日の能力は定かではないのだ。道中少しの間、クリオッドに彼女の事を聞いたが、美を操る能力だということは分かってはいるものの、しかしそれの効能がどこまでのものなのかがわからない……。この前に、能力についての書類に目を通したが、困難なことに、それらにまったく共通性が見られないのだ。

 香花界は、世界の要と言われている。多世界中の情報全てを担い、管理するのが香花館の機能となっている。だがしかし、情報の量があまりにも膨大過ぎて、優多には調べようにも、一つ一つゆっくり見ていたら果てしないそんな量なのだ。

 現に、戸籍を管理する、亜空間に作り出した巨大な倉庫でも、もういっぱいいっぱいというほどだ……。


 一応、100分の1にも満たないが試しに読み漁ってみても、本当に、なんの共通項も見られないのだ。

 能力には共通性が見られないということは、対峙した相手の可能性が図れないということなのだ。

 今までよりも、コミュニケーションが難しくなりそうだともその時は思ったが、今だとそれ以上に思考が緊迫していた。

 華日の能力だ。カイトを圧倒したのだ。仮に、今のクリオッドが諸々奴の弱点の反対、強点なのかもしれないし、そもそも奴の能力がそれに近しいのかもしれない。

 何にせよ、美を操る能力だ。美を操るのと今の状況がどんな結びつきがあるのかは、分からないし、そもそも美を操る能力とは言ったもののその美の基準やら、何を表すのかもわからない。

 ただ、今やれることはと言えば――


「落ち着いてください。クリオッドさん……今は自分を守ることが大事です」

「……そうだな」


 まずは防衛に徹底する。

 相手がどんな攻撃に出るかわからない、そんな中特攻するなんて危険すぎる。まずは、様子見からだ。彼女は敵意を持っている……それは事実だ。だから攻撃するのは大前提なのだ。逃げることはできない。


「まあ、そう思われるのも仕方ないわね……私は確かに殺したもの」

「やっ……やっぱり、そうじゃねえか……てめえが殺したんじゃねえか。人を騙して、自分のいいように使いやがる……」

「でも、やったのは私じゃない……それに、私は思っただけ」


 その瞬間、その憎悪が一瞬のうちに膨れ上がるのを、優多は間近で捉えた、その瞬間の出来事である。


『お前……それは大罪に値するぞ』


 そう、彼が言い放った途端に、彼は黒い靄を全身に巡らせたと思ったら、気付けば、彼はそこにはおらず、いつの間にか、彼女の頭上で滞空していた。

 怒りに身を任せ彼は突っ込んでしまった。その事実を飲み込んだ瞬間、次に優多の取った行動は――


 能力を味方に使うということだった――


※※※※※


 何が起きたのかわからない。これは彼女の能力なのか、それとも、彼女自身の技術なのか……。


 それは、単刀直入に言えば、彼と入れ替わっていたのだ。


 そう、入れ替わっていた。何故さっきまで、彼が彼女の上にいたというのに、その瞬間彼女が上になっていたのか?

 しかし、それに考え込む暇などその瞬間には無かった。

 それは、ほんの……ほんの一瞬のうちに起こったに過ぎないまだ一秒も経過していない出来事だった。


 だから、その神妙な出来事に、心の底から声を上げることも驚くこともままならないのだった。つまりは、ただの変化にすぎないのだ……。


 だがしかし、本能は叫んでいた。叫ばずにいられなかった。


 疑問はいくらでもある。

 だがしかし、それもよりも優先すべきことが、本能で分かっていた……故に優多は咄嗟に、それは多分、無意識化の内だろう。重力を操ると言う「能力」を発動した。


 彼の、真下だけの限られた空間の重力を強くするのではなく、彼自身にかかる重力をとっさに5倍増しにした、数値は感覚だ。弱・中・強の三つの感覚で決めている……当然、彼は真下に激しく落ちる。

 とまあ、そうはいってもそれらの事柄はその直後、脳内で整理した瞬間に導き出された過程だ。ちゃんと脳内で考えながらやっているわけでは無い。能力なんて感覚を通じて発するものなのだから、説明のしようがない。


 思い切り真下に落ちるクリオッドと、異変に、後方へ距離を取る華日。


 クリオッドが地に叩き付けられた瞬間能力を解除、途端にクリオットが体を捻り、空間を歪ませるかのように腕を振りかぶった。

 その瞬間、腕から謎の黒い靄が生えていて途端にそれが、彼が生み出す武器だということを優多は理解する。

 靄と言っても、それは、先端にいくほど全く違い物質に代わってる散っても過言ではないくらいに、硬質化していて、それを表すかのようにその得体の知れない彼のオリジナルはッ黒光りいていた。


 振りかぶる――しかし、当たらない。


 彼が生み出した黒い凶器は一回一回振りかぶる度に柄から全て形が変わる。これで、何度目だろうか? そう思えるほどの回数に達していた。それに、彼の変形は微妙に変則的なのだ。形が保たれず、はっきりしない。中には、彼女に当てる瞬間にだけ高速で変形するなんていうこともしていた。


 「あら……どうしたの?そんな必死になって。当たらないものは当たらないのよ?」

 「当たらないのなら……」


 そう彼は区切った時だった。

 その時の華日は完全に油断していた――


 「――ッ!!」

 「な、なにを――いっ……」


 その時起こったそれを理解するなんてことは多分彼の能力を知らない限りまったく理解できることはないだろう。


 逆の立場になる能力。


 それは、決して目立つことはなく、しかしそれはどんなものよりも強力な力だったりするのだ。

 例えば、いや……。現に彼が腹に風穴を開けたとしても、身体的、精神的に負傷するのは、彼、クリオッドではなく、彼女、華日の方なのだ。

 逆の立場になる能力――それは、極端に言えば自我を凶器へと変貌することのできるとてつもない力なのだ。

 近くに人がいなくとも、いても効果は変わらず、常に立場は逆となる。攻撃対象は、意識すれば意識した通りの者に被害が被る……。


 彼女の腹に風穴が開く。

 それは、一瞬ではなくほんの数秒時間がかかったが、しかし、彼女自身立つのに精一杯らしい。彼女は明らかに攻撃する余裕がないほどに、疲弊していた。その瞬間、彼女がまた距離を取ろうと、外へ体を正面に向けていた。まずい! 優多も慌てて、彼女へと瞬く間に地を蹴った――その瞬間だった。

 華日からしたらその景色は思い切り変わったも同然の光景だった。


「逃亡など……誰が許した」

「!!」


 瞬間、彼にぶつかりそうになった、優多だったが一瞬、クリオッドがこちらを見て手を伸ばした時点で、彼の思考を悟り、その手を掴むとその力で思いっきり、華日の方へ投げる。


「フレイム」

「……ッ!code(コード):R[o[oo(オーツー)]0(0)[([)ON(ON) NOT(NOT)](])!」


 クリオッドが掌サイズの赤い炎を生み出すと、それをカイト自ら己の体に落とし込む。

 自分に来るであろうと予測したのだろう。謎の詠唱を唱え、透き通ったガラスに似た結界を築いた華日だったがそれが結局彼女自身の仇となった――だがしかし


 まるで効いているようには見えず、彼女が倒れることはなかった。さっきのように苦しんでいるようには見えず現に苦しいでなどいない……。

 しかし、何かあったわけでもなかった。見た通り、それは見れば分かる。でも平然と立ち、入った傷を見ながらため息を吐いた。


「厄介な能力ね」


 口元に垂れる血を拭う仕草でさえ、艶めかしく見える。

 その声は、少しばかり寂しそうな、残念そうな感情で満ちていた。

 しかしその一言に対して彼は言う。


「……手ェ抜いているだろ」


 そのクリオッドの言葉に、優多は驚きの表情を隠せずにはいられなかった。

 手を抜いている、その一言は状況を説明するには明確となるような、光を差すようなものなのかもしれない。しかし、それは、あまりにも優多の中では、絶望に近い困惑を招いた。

 そうだ、希望が薄れたのだ。たったその一言で……見えなかったものが、見えてしまった時、ある時は希望に、ある時は絶望に変わるのだ。

 

そう、今この瞬間はその後者だった。


「あら?そんなつもりじゃなかったんだけど」

「……嘘を吐くな、もういい」

「あらあら危ないわよ」


『うるさい』


 クリオッドが叫ぶ。それは、彼女にふと微笑みかけられた時だった。

 その叫びは絶叫に近かった。何かを拒絶し怨む……そう、今のクリオッドの心情すべてをその一言に反映していた。

 彼は怒りに震えた声で……彼は固く閉じた口を開く。


「お前なんか……お前なんかお前なんかお前なんかお前なんかお前なんかお前なんかお前なんかお前なんかお前なんか……」


 手は震え、腕も震え、全身にもそれが伝い、彼の一歩一歩がぎこちなく……。またそれが、彼女への怒りだということも確かだった。

 そんな中、彼女は何もなかったように、自分でも分かるほどに気持ち悪く慈しむような薄っぺらい言葉を並べる。

「愛してる」「ほら思い出して」「貴方そう言えば……」「なんでそんな顔をするの?」

何とも異常な光景だった。見てる側でも、これは、虫唾が走るほどに拒絶反応が出る。そう思った瞬間に、初めて精神的に、思考が彼女に土足で踏み込まれているような感覚を得たのだ。


 これが、彼女の能力だと気づいたのはその時だった――


「クリオッドさん……分かりました……」


 わかった。震えていた。その声の主は自分だった。

 その震えた声を出す優多は、何十本と互いに干渉しあう「感情」という紐が、心臓に絡まり押さえつけられている様な感覚を得た。


 多分、この能力の本当の力が分かった。その静かな興奮に、横のクリオッドに恐る恐る声をかける……が、なんの返答もなかった。


 なんだ? 何かがおかしい。だって、なんだ……? 僕がそれに気づいた途端にクリオッドの声が聞こえなくなったのだ。

 まさか……こんなことがあるのか……!? 

 優多は心の中で嘆いた、それはその瞬間何かを察したからだ、この瞬間この時に起きうる最悪な状況……それが疑問から確信に変わったのは、彼の姿を見てからだった――


 こっちを……見ている。

 興味のない、しかし、普通じゃありえない目をしている……。

 まさか……そんなはずはない……。

 そんなはずはないと、信じたい……。


 優多は、まさかの可能性になってしまったことに、心内に嘆いた。相手の術中にまんまと彼ははめられたのだ。その、過去に……。そのあまりにも屈辱的な彼女の行いに、優多は静かな怒りを覚えた。


「華日さん……でしたっけ?」

「ええ、華日よ。こんばんはお兄さん。夜ももうじき明けるわね」

「今から、貴方を滅多切りにします」

「あら、楽しみね」

「今さっきの事です」

「なにかしら?」

「貴方の能力が分かりました」


 凄く楽しそうな顔をしていた華日が、一瞬で冷めたような面構えになり、その瞬間だった。


『あっそう』


 その言葉を残して姿を消したのだった。

 多分これも、美の能力なのだろう。全て読めた気がする、クリオッドのもこれは、美を操る能力から来たものだろう。


 どう対策すればいいか分からないが、しかし、能力は分かった。

 なれば、能力の弱点を見つければいいのだ。


 優多は、彼女の元へ走り出すのと、同時に一つの感情が走る。


 ――本当に倒すことができるのかと


 その瞬間、足首に異変を感じるとともに、思い切り地面に顔面を強打した。

 何故転んだのかなんて、地面をみればわかるものだった、凹凸が激しく、これなら転んでも仕方ないかと、自然と理解しようとしていたが、どこかがおかしかった。

 そうだ、仕方がないのだ足場が悪かった。だがしかし、何かが、違った。いや……何もかも、勘違いだった――? 


 途端に、足首に渡った激痛――これは普通じゃない。そう悟った途端に、優多は半ば縋るよう気持ちと、もう半ば確信に迫る気持ちで、彼を……クリオッドをみた。

 絶望だ。いや、泥沼を這い上がろうとするような、蟻地獄を登ろうとするような感覚でもあった……。


 その光景に、彼が……。彼にしかできない技だ。それを、向けた先なんて、視線を見ればわかる。

 わかるのだ

嗚呼そうかと理解した。その反面、理解したくはなかった。この事実を、この感情を、容易に受け入れたくなかった。それは、単に取られた将棋の駒が相手に使われるような、そんな容易な感覚ではなかった。

そう、中身が……ちゃんと中身が、分厚い感情が、伴っているのだ。その時に、優多自身に感じたのは、複雑に捻じ曲がった当たり所の無い怒りだった。それには、何となしに気付いていた、が、それすらも気づきたくはなかった。それに気付いた途端、また相手の策にはまってしまう、そんな不安もあったが、しかし、それは、違う。

 圧倒的に彼の壮絶な過去からくるもの、言葉にできない、彼へ向けた誰にでもない悔しさが強かった……。

 形のしようがない……。形容し難い、心の底から湧き上がってくるこの怒りに似た感情をなんと表せばいいのか。


 クリオッド・アデラがどういった人間だったか、道中彼と話しているうちに、少ない会話だったが、それでも彼の事を知れた気がした。

 壮絶な人生だと、優多は心の底から感じたのだ、大切な人を奪われただけではなく、洗脳され“自分の恩人のように記憶を改ざんさせた”というのは、あまりにも酷すぎる。

 その時点で彼に物凄く気を許していたのだと初めて気づいた。


 改めて華日の凶悪さに、優多は真っ当な悪を見た気がした。


 慈悲なんて、彼女にとってはわけのわからないものなのだろう。言葉としてでしか意味を理解していないと、優多は思う。

 悪に制裁を加えるというような、公な、そんな感情は微塵もない。


 ただ、人の愛情を蔑ろにする、彼女の行いに、酷く怒りを覚えたのだった。


「凶悪だ、狂っている……狂悪だッ!」

「あら、痛々しいの二乗ね」

「人の心情を弄ぶなど、性悪にもほどがあると思います……」

 

 ゆらりと、一歩出す。


「仕方ないじゃない、私の夢がかかっているもの」

「天秤が狂っていますね……華日さん」


 脚に、腕に、全身に力が加わる。


『貴方の能力が完全に把握できました……』


 脚に力が加わる。


『ッので……』


 怒りに全身を任せる。


『――』



 鞘から刀を抜いた。


 それは、幼い頃から今にかけての小話。


 母に勧められて入った剣道の教室だった。ほんの出来心だった、剣道をやっているからといって、実戦に活かせるなんて微塵も思ってはいなかった。

 ただ、その瞬間、ただ必死で、頭に浮かんでくることなど、彼女にどう傷をつけるか考えることに必死で、腰に下げていた刀になんて触れるまで全く意識などしてこなかったし、何よりも、腰に下げていたその刀の重さなど忘れてしまうほどに軽かった……いや、軽いっていうレベルじゃない。

 その刀には……その刀を握った優多には、およそ刀と呼べるほどの重さを感じることができなかった。

 これも重力を操る能力の影響かと思ったが、それならば不自然に宙へ浮いたり、抜くときに鞘が一緒についてきて抜けないだろう……。


 吹っ飛んだ勢いでバランスがとれない。

 華日の距離は瞬く間に距離を縮める。


 このままじゃぶつかる――しかし、身体は頭で考えるよりも奇妙なことに……いや、神妙なことに何やら型を覚えていた。

 何の型なのかも知らない。ただ、身体が何かを記憶していたかのように、細い蜘蛛の糸を辿るかのようにして探るこの感覚を何と示せばいいのか分からないが、そんな中で優多は無意識に柄に手を伸ばした。


 鞘に手も添えず、柄をありえない程の握力で握っているのが分かる。しかし、違うのだ……。勝手に自分の右手が柄を握るのだ。その握力になんの意識など宿っていないはずだった、しかし宿っていたのだ。

 無意識の下で柄を握った瞬間に優多はそんなことをふと思った……右手を伝う制御できない握力にひしひしと、筋肉がキリキリと嫌な音が骨に響く。


 次の瞬間だった――思い切り腕が鞭のようにしなる。


 驚くよりも先に耐え難い激痛に今まで、強く握っていた右手は震え力が入らないどころか、感覚すら無くなって、思わず刀を落としてしまった……。


 静かなその廃墟のような空間に響く金属音、ところどころ凹凸の出た鍔の所為だろう、耳の中をつくような甲高い音が鳴る。転がる刀を目にした瞬間、すぐさま右腕に目を移した――そこにはボロボロに火傷でもしたかのように荒野のように血肉の色に焦げ上がった腕があった。


 なにが起きたのか、優多にもわからなかった。


 今までも何度か……いや、数えるほどしかないが。刀を振るって、こんなことになるなんて今が初めてだった。

 一体何が起きたのか見当もつかない……。

 そう思って、また……今度は注意深く辺りを見渡すが、館はさっきと同じく廃墟同然だし、崩れそうな天井、派手に散らかったシャンデリアの骨やダイヤの破片、捲りあがって殆ど割れた大理石の分厚いタイル、人二人分の高低差ができるほどに隆起、断裂したコンクリートの地面、ガラスも大小砂のようなものから荒く砕かれたものまで……全て同じだった。


 なのに、なんだこの静けさは……? さっきの衝撃が自分に返ってきたのだろうか?


 目の前にいたはずの華日もいなければ、人の存在自体が消え、誰もいなくなったかのように……。そこはまるで時が止まったかのように閑散としていた。

 まるで……まるで、自分だけしかいないような錯覚に陥りそうになるが、しかし――何故か落ち着きが取り戻せずにいた。


 しかし次の瞬間、張り詰めた糸が切れるかのように、いきなり元の感覚が身に宿るようにして戻る。


 ――危なかった


 痛みも、視界も、呼吸も……。


 鳴りやまない蝉時雨が途端に聞こえなくなり、ゲリラ豪雨のようにまた耳へ濁流として流れ込んでくるような感覚と同じだった。

 その声の主に優多は振り返った。


 そこには、元の形を取り戻したカイトが、瓦礫の山に座って居たのを確認すると、一先ず安堵に心が染まるがしかし、一気に心臓が持ち上がるほどの不安と恐怖を身をもって感じた。

 わけのわからない、怖気が優多の身を蝕んだ。

 痛みはもちろん感じるが、今はそれの比ではない程に精神的な不安感が思うように絶ってくれずにいる。


 なんだ……これ……?


 思わず、何かを吐きだそうと、自分自身の身体も違和感やら不快感やらを感じているようだった……。


「おいおい……大丈夫か……ったく無茶するから」


 と、カイトはそんな風に声をかけてはくれるが、苦しいものは苦しかった、「一体何が」なんて聞きたくても、声すらまともに発せられず、ただ、言葉にならない呻き声を、自分でも分かるほどに酷く真っ青な顔をして言うもんだから、カイトはそれを見るなり「いいから無理するな」と、背中を摩る。

 真顔なのが、微妙に心の救いだった……。


「副作用みたいなもんだな」


 落ちた刀を拾い上げてカイトは言った。


「うぅ……あ……」

「この刀のだ、呪いとはまた違ってなにかが染み付いてる……だがしかし、悪魔でも俺はそう言うの専門じゃないから、詳しいことはわかりかねないがな」


 そう言って、彼は、自分の腰に吊るしていた鞘を外して、刀を収める。


「まあでも……あれはやりすぎだ」


 カイトは、鞘に彫ってある文様を指でなぞる。


「香花刀の力は凄まじい……。俺が起きていなかったら、ここにいる奴らは全員死んでいた」

「それは、どういう……」

「俺も知らん、でもその刀の逸話は残っている……。


『一振りで地を荒し、

二振りで生を壊し、

三振りで世を滅す。


それが、神器の刀』

まあ、伝説も嘘じゃないと確信できた。今さっきの破壊力でな……」

「そんな凄まじいものだなんて……」


 優多は、何とか十分に回復する感覚を抱くと起き上がり、カイトから刀を受け取る。正直もう使う気にはなれなかった。カイトの話もそうだし、何より、また発動してしまったら精神が持ちそうにない。もし、もう一度やってしまえば心臓が破裂するだろうし……。


「にしても……凄い精神力だな、あれだけ蝕まれたのに」

「……そんなことよりも、敵はどこに行ったんでしょうか……?それに、みんなは……」

「そんなこと……」


 優多は辺りを見渡しながらカイトに話しかけると、彼は「境界を築いた」といって、突然前に向かって歩き出す。


「境界ですか?」

「ああ、ここに線があるだろ?」


 カイトは、その講堂の隅の白い線を指す……。

 カイト曰くどうやら、この講堂にいた、メイド達は安全な場所に転移されたらしい。そもそも彼女らは生きているし、個々の存在はあるのだが無限の分身体のようなもので、普通の人間とは少し違うから、簡単に死にはしないなんてことをカイトは説明していた。確か雪華も言っていた気がする。

 勿論自分が聞こうとする前に、彼女らの事も教えてくれたのだが、彼女らも同じく転送したらしい。

 どうやら、みんな無事らしい。メイド達の洗脳が解けたのも、華日の意識がこちらに向いてから、だったらしく、転送の準備も感づかれずにできたとか……。カイト曰く「ほんと詰めが甘い」らしい。


「じゃ、じゃあ……華日、さんは?」

「さん付けかよ……まあ、あいつはほぼ不死身だろう、まじかに喰らってもまだどこかに潜んでいてもおかしくないくらいに生命力が高い」

「能力の把握は……」

「問題ない」

「……おっけーです」


 変化が起きたのは返事をして一拍置いた瞬間だった。

 秒針が進むよりも少し早く――気付いたが、咄嗟に来る攻撃を完全に防ぐことができずに喰らってしまった。

庭に投げ出されたという安っぽい感覚だけが身体を支配する。頬の内を流れる熱い血流に外を撫でる冷たい空気、それ全ての多くの情報すらも今の優多自身を置き去りにしてシンプルな、悪く言ってしまえば簡素な情報だけが頭の中を支配するのだ。

声にならなければ言葉にもできないまでに身体が心が落ち着けない。何故か? アンサー、次に何が来るのか分からない恐怖が身体の内からあふれ出てくるからだ。何が起きたのか状況を整理できない自分にとってそれはとにかく恐怖でしかないのだ。

よく考えることができないイコール余計に状況というものに振り回されるのだ――直後に殺気。

 それを感じるままに、またあの感覚が蘇る。が、今度は自我で何とか、握力を調整することができた……と思ったのも束の間、彼女がどこから拾ってきたのかよく分からない黒剣を振り下ろす。

 この場面、気持ちの良い金属音なんてするはずもなく鈍く、感覚がそのまま音と化すようで、否比喩ではなく、鈍い、本当に鈍い。甲高い悲鳴ではなく、篭った嗚咽だ。静かだが、悲鳴の如く、音に何らかの圧がある。

 それほどに、その鋼と闇のぶつかり合いは気持ちの良いものではなく、同時に振動による痛みが腕を支配する……打ち所が悪かったようだ。


 しかし、刃と刃が互い違いに重なったからか、一拍――一呼吸の静寂が訪れる。


 するりと、

 カランと、


 落ちた刃はどちらのものか、

 刃の腹から感じる、溶けるように刃が刃へ落ちる――


 その静かな中で、ひとりの声が響く。


『――無化』


 なにやら、奥から声が聞こえる? そう思った瞬間の出来事だった。


 無限――


 その言葉を聞いた境に、危うく意識が飛びかけた。

 脳が、頭の中がふわりと浮かぶ感覚を覚えた。瞬間背後から聞こえたその声の主は間違いない、カイトのものだ。


「無化無限」


 すべてが止まったかのようにキーンと空気が張り詰める


「『無と化して、無に限りを無くす、いわば正真正銘、手抜き無しの限界突破』

『無を操る。ただそれだけ……。ただそれだけの、無にするだけの力』

『今、俺たちへ「攻撃できるという事実」を無にし、お前が「この状況から逃れるという可能性」を無にした』」


 無化無限と、彼は口にした。

 それは、その名は彼自身の強大な能力の“限界”を解除するための、一種の切り札……。そんなこと、彼に問わなくとも彼のその言葉が納得させる。


 途端に、彼女力が抜けたかのように怯む。

 そんな中優多は、誰もが思うであろう疑問を優多がカイトに問う。


「……殺したりしないんですか?」

「そうだな……殺すのは簡単だ、だがな……。こんな生命力、存在の強い輩が死んだら、世界のバランスが崩れるんだ。物理法則やらなにやらがほとんどハチャメチャなこんな世界でも唯一シンプルで崩れることはない法則だ、そんな中でこいつが死んだら一気に今までの体制が崩れる。簡単に殺して良い奴とダメな奴がいる。こいつは後者だ」

「成程、よくわかりました」


 だがしかし……。と優多は弱々しく成り下がった彼女を見る。

 何とも呆気なく感じるというのが、正直に抱いた感想だ。さっきまで威勢よく暴れていた彼女はカイトにより、押さえつけられ動けないよう、無表情の顔が直々監視をしている。

 しかし、妙だ……。呆気なさすぎないか? いや、そもそもカイトの能力が突飛過ぎるのだ。他人から見てみれば呆気なくとらえられてしまう能力なのだ……。


「……とはいえそれでも、なにか妙です」

「だから気を抜くな。優多……最悪を想定しておくのに越したことはない」

「まあ、そうですけど……」


 無表情が優多の心情をより生々しくさせる。


「能力も無効化してる……だが、こいつの能力は底が知れないからな、警戒を頼む」

「えっ!それってカイトさ――」


 何か嫌な感覚が脳裏をこじ開ける。

 ほぼ勘。しかし、疑う余地はない。世界は彼女の味方をしているのだから――


 瞬間――一瞬にして立場がひっくり返った。


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