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さあ、手をつないで踊りましょう

 鳴り響く轟音と轟音の隙間を覗くように、だけれどもそれは覗くにしては、堂々としてて――


 「――で、イオナの作戦ってどうだったかしら」


 自慢げな態度にその声が加わって、更にその容姿が重なれば、まるで彼女は幼女そのもので、とても500年も生きる超人には見えないだろう。

 内楽 華日その傍らにはクラッシックなメイド服を着た輝く銀髪の少女、雪火 花火が冷淡に、口を開く。


 「今のところ大丈夫ですよ」

 

 しかし、森の中でも草の中でもないというのに彼女の頭には落ち葉が付いており、どこか抜けていた。

 そんな冷静な面構えと風貌に、彼女は唖然として「そうじゃなくて策戦を聞きたいのよ……」と、溜息代わりに吐くと「そうでしたか」と一拍おいてから言う。


 「イオナから託された作戦は、簡略的に言えば『一つの奇襲作戦』。より詳細を明記すれば「人を操って、様子だけを見る」というものになります」

 「パッとしないわねえ、何が作戦よ。こんなの作戦のうちには入らないじゃない!」

 「確かに、作戦というには乏しいですが、敵の偵察も作戦を練るうえでは重要ですよ」

 「知らないわよ!作戦なんて正面突破でいいじゃない」

 「脳筋の考え方ですね」

 「ああん!?」


 そんな言葉を聞くや否、肩車という状態をいいことに髪を引っ張ってきた。思い切り倒れて後頭部でも打ち付けてやろうかと考えてみたものの、後々の処理がめんどくさそうなので止めておくことにした。そもそも私も私で言葉を選び間違えた。


 「やめてくださいお嬢様。また落ち葉の時みたいになりますよ。今、地面が濡れてますし」

 「やめなさい。ってか大体何なのよ!近くに、廃墟があるからそこでゆっくり観戦してようかと思ったのに、何で急に雨が降りだすのよ!」

 「まあ、ここも普通に天候が変わりますし、そもそも廃墟ですし……私がいるだけましじゃないですか?」

 「なんかごめん……」

 「いえいえ、まだそう思ってくれているだけで大丈夫ですよ」

 「……」


 適当に会話を交わしながら花火は別の事を考えていた。

 それは、この奇襲作戦……と言うか、香花館への「様子見としての鎌掛け」といった方がこの場合、合っているのかもしれないけれども。

 その計画の立案者である彼、プレシャス・イオナへはなんと言っていいのか、今の今まで不思議な感覚であった。




 全てが私の能力によるもの。私と彼女の能力による後味の悪い――『錯覚』というオチというのは誰が納得できるのだろうか。


 そう。錯覚なのだ。錯覚と言ってしまうと少し違うのかもしれない。言うなれば……そう、私の能力だ。

 何がと問われれば、彼ら。クリオッド・アデラと、流咲 カイトとの一連の行為にあった“アレ”だ。

 私でも、あれだけ強い魔力を感じ取ったのは久しぶりだ。あれは、完全に上級悪魔とやらの部類に入る。普通の人間や魔族とやらと質が違う……。

 実際に感知しただけではあるがあんなにも本格的な封印であるのにも関わらず、アデラは封印を解いた。カイトの能力も混ざって、“絶対に”解けないはずの封印をだ。


 では、何故解けたのか?


 答えは簡単で、それは本当の出来事ではないからである。

 瞳に移りはしても、それは真じゃない。


 それが、私の能力、「感覚を狂わせる能力」。


 即ち、私の能力によってアデラは、カイトによって封印した気になっていたし、周りもまた当然カイトも然り、狂った感覚によって封印した気になっていたということになる。

 だからそれは全て錯覚と呼べる。

 

 だが唯一、気がかりがあるのは、あの無限という男。一度軽く黒体を放ち、自分の能力も発動してみたのだが、まるで効果無し。例えどんな生物であろうと感覚さえまともに機能しないはずなのに、彼の場合全然効いてなどいない……。しかも、あの時、私を見た。

 能力が効かないのであれば、彼の能力が原因だと考えたとしても互換が隔離されているあの状態でどうやったら、能力が発動できるのか……。


 彼がどんな能力を所持してるのか、何故あの状態でこちらの位置を見抜いたのか、どちらにしてもこの絶好の機械で探らなければならない……。何としてでも。じゃないと危険すぎ――


 「……やっほーー」

 『な――!!』

 「いやいやまさかこの結界を通り抜けるなんて、許可出したっけ?」

 「ちょっとはな――」

 「解ってます!!」


 咄嗟に彼、無限に向かって、能力を発動。感覚をシャットアウト。

 何が起こったのか、いつものようにキレる思考回路が働かず、必死になる花火に、すぐさま華日が応じ、彼女自身も能力、「流を止める能力」を展開――


 一体何が起こったのか、状況を把握する力はあったとしても、何故、そうなったのか彼女自身理解できなかった。


 突如として背後にその姿を現したのであるよりにもよって――


 「――開智 無限」


 その名に一瞬、キョトンと動きに粗ができた直後、内楽 花火の能力が展開。

 ――そして、直後吹き飛ぶ。何もかもが。その場にあったもの、地が、廃墟が、草木が。


 一瞬にして、無限を中点とした半径200キロ圏内綺麗に抉り掻っ攫っていってもう彼女らの姿さえ消えて居ない。


 無限自身何が起こったのかは、もう検討がついていた。

 これ以上被害がでるのを先止めしておきたかったが、しかし、もう遅かった。


 正直彼女の能力自体も甘く見ていたのが大きな原因だろう……。


 内楽花火だったか……?確か戸籍にそんな感じの奴は無かった気がする。まさか、孤児院の出なのか?

 しかし、同じ系統の能力か……。


 無限は、彼女の突然発した能力に、苦笑いをする。

 流れを止めるか……ややこしい。回りくどいんだよ能力の名前が、大体止めるってなんだよ。

 

 彼女の能力、それは無限にとって強大な壁でもなかったし。先に手を出してれば、こうやって逃げられることもなかった。しかし――


 「無限、か……」


 そういや、そんな名前だったなとその場で、ストンと力が抜けたかのように座り込み、頭を力強く掻きながら数行の思考に浸る。


 ただでさえ考えごとの多い毎日だったからか、館を抜け出した途端に頭からすっぽり抜け落ちていたらしい。しかし、やってくれたなあ……。

 流れを止めやがって……。食いもんよりも大事なもんだぞ……。

 流れとはその名通り「流」。存在するための一本の線や、心臓と言ってもいいだろう。だから、色々なものに流というものがある。そして、それは常に動き続けているものなので止まれば、存在が狂って、一つの世界線がバグって消滅する可能性だってある。まあそれは、本当に最悪の時だが……。

 まあ、彼女が止めたものというのは、限られた空間の中でなので、破滅には及ばなかったが、一歩間違えれば大惨事だ。


 無限は、座りながら、空間の流れを元に戻す。

 流れを止めたってことは、当然空間にも、物質にも負担が掛かるわけで、だから、こんな風に、大きなクレーターができたわけだけど……。


 一つ、ため息をつく。

 思えば、問題を抱えすぎて、今まであった余裕も無くなって、先見性を失ってきているような気がする。まあ、まだ大丈夫か。種族に見合わな過ぎる体で泣いていいのか笑っていいのかわからなくなる。


 しかし――と一拍おいて、置いてきた問題に頭を抱える。


 気づいてから何もかもが遅く。久しぶりに罠に引っ掛かる気分に浸って、その虚空に舌打ちをして、静かに一人言を嘆く。


 ――やってくれるなあ……どいつもこいつも


 でも、まだ……あの時よりかは、ましなのかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ーー咄嗟に捻り出した答えはその殺気の向かって盾になる。


 そんな、事は考えられず、そのことに自分でも頭が追いつかずにいた。が、しかし徐々に何が起きているのかは、鋭い裂けるような痛みの中納得できた。


 それは、たった数行だ。たった数行の……シンプルな答えだった。


 その殺気が目覚めないはずなのに目覚めた。

 その殺気の突発的な攻撃、その矛先がボーイッシュ。未だ名も教えてくれない彼女の腸一直線だった。

 それを防ぐために、咄嗟に考え出したのがこの身を盾にすることだった。


 たった四行の、シンプルな答えーークリオッドが暴走したーー


 『……ゆう、た?』



 ーーその一瞬。その一帯が凍り付いたように、時が止まり静寂がまるで、静止を呼んだかのような緊張感に染め上げられ……。極度に達したその瞬間。

 クリオッドは背後へ高く跳躍。同時に、そのクリオッドの正体にカイトは呼吸という概念を忘れ目を見開き、我を忘れて怒鳴り声を穿つーー


 「ーー離れろ!!」


 必死の思いで叫ぶカイトが呼びかけた先は、現状を把握しきれずただ震え、動けずにいるボーイッシュでーー

 


 ーー焦りと苛立ち。言語化しきれない無数の流れゆく思考の渦の中でただ、無我夢中になっていた。何を考えているのか、何を思っているのか、自分でもそんなことはよくわからない。ただ、それは酷く恐ろしいものだということは、知っていたから……。

 

 カイトは脚に力を入れようと、動けずにいる彼女を避難させなければと、脚に力を入れ駆けようとしたその瞬間ーー何か奥から悲鳴のようなものが聞こえた気がする。


 途端に視界の横を走って通り抜ける影が見え、その通った影の方向を目で追おうと振り返った途端にみえたのは、ステレットの必死に走る姿だった。


 「一人で動くんじゃねえ!」


 そう叫んだところでもう、彼女はもう、視界の奥へ消えてしまった。「追いかけないと」その自身の声に自問自答が生じるその直前。 


  神棺ーー雷杭


 その響く声にハッと彼の方を見上げた途端、見覚えのあるシルエットに思わず固まった……。


 神域ーー所謂、神の種の種族。それらには「制裁」という名の基に十の共通の力を宿した、それ即ち「裁の十戒」


 普通の悪魔なら、あんなのをまともに受ければ一瞬で大部分が浄化する……。

 やばい……あんなのを食らったでもしたらッ!

 咄嗟に走り出そうとしたその途端、電撃の如く頭蓋に響く、悲鳴の声。それは完全にメイド達の緊急要請である周波調整の魔法であった。悪魔は、高周波の音を聞き分けられる。しかし今は無理に決まっている……。

 耳から血を流し残響が響く頭を抱えて、「だけども」と、できるだけのことを考えた。


 出来るだけ、出来るだけの事をしよう。

 そう考えに考え抜いて出た答えがーー



 その悲愴に染まる瞳の向こうにある景色。


 ーー黒く痣のようなもので、謎の文様に染まりながら、片手を挙げるとその声と呼応し宙に、細い支柱のようなものを同時に五本出現させた。

 そしてーー


 「神槍『第十之雷』」

 『ーー直下無効』


 その詠唱と共に振り下ろされた彼の腕に呼応し、五本の支柱が優多の広げた四肢五体を突き刺す。


 しかし、何一つ特別なこと一つとして起こらない、ただ、彼ーー陣之内優多の大の字に大きく広げた四肢に刺さっただけ、こんな奇妙な現象に心当たりがあるとすれば、それは未だ耳に新鮮に残っていたあれしか、自分が雷杭を放った直後に、横やりに呼応するように入ってきた、あの男の詠唱しか無かった……。

 睨む。すると、表情さえ変わらないものの、しかしなんだか「やり遂げた」そういわんばかりに感じ取れ、何処か不気味で……。

 先までの確信していた力が何故か出なくなっていることに気付いた途端、小さく「なるほど」そう言って優多に向き直る。例え、この力を防ごうとも関係無い。


 しかし、その余裕をぶち壊すかのように、カイトは声高に言い放つ。


 「優多!やれることはやった!後は任せるぞ!」


 すぐさま、カイトはグングニルと何百と鉄の輪に通した鍵の束を、宙から淡い光を放ち取り出しながら彼女の足跡を追った。

 その言葉を放たれた時、何かがずれるような気がしたーーそれは己の今やっていることへの不信感であった。


 それを考えた瞬間、身の毛もよだつような意味不明の恐怖に、クリオッドは、一滴。汗が輪部を伝う。そして、目の前を見た。


 「……何なんだ」


 その声の先に見たものは、まるで今の今まで何もなかったようにして仁王立ちをし、余裕の表情でこちらを睨み返す。優多の獣のような……。いや、化物のような表情だった。それは、それはまるでーー


 あの痣野郎……腸に、2本と、右肩、首、左目に1本づつ長い支柱をくれやがった。あるものが裂ける感覚と、あるものが押しつぶされる感覚と、噛みつかれる感覚と混ざり合う感覚ぶつかり合って傷通しがぐっちゃぐちゃになるかんかくと……。

 常に再生し続ける体になってしまった所為で、感覚が死ぬ訳ではない。あるのは普通の痛みで、無いのは失うはずのものだった……。血が支柱の淵を沿って垂れ、流れ続ける。まだ、5秒も立っていないだろう、なのに、もう出血で水溜りができている。


 これだけやせ我慢の域を越してるんだ。

 手が震える。


 「神槍ーー」


 なんだ……。もういらねえよ……。

 彼の声が聞こえてきた。その瞬間にはもう、また追加で支柱が10本。めり込むようにして、身体に刺さる。

 足が震える。腕が……脚が……。

 痛え……。冗談じゃないくらいに……。滅茶苦茶になっている。


  ーーう……た………………。


 嗚呼、なんで、俺はこんな事をしているんだろうか


  ーーゆ……うた…………。


 誰かの声が聞こえる。


  『ーー優多!』


 嗚呼、誰かと思えば……お前だったのか。

 軋む。骨が筋肉が、心臓が、髄が、芯が……。嗚呼、痛え………。クソ痛え。だけどよ………。


 「もう……もう………やめろよ……」


 悲痛に、嘆く彼女の声が遠くにだが、聞えた。か細く今にも消え入りそうだったが、それでも、聞き逃してはいけない気がしたから……だから敢えて、我慢して普通のトーンで返してみる。


 「何で……ですか?」

 「なんでッ……て、そんなの普通だろうが!そこまでしてーー」

 「ここで、貴方を守らなきゃ!他に何の理由があるっていうんですか!」

 「……」


 血が滴る脚。皺の寄った、まるで鬼のような面で気力だけで優多は、脚を奮い立たせ、立つ。

 何本彼が、イカズチというものを己の身に穿とうが、ここから後ろに退く気にはならないし、ましてや彼に背中を見せる訳にはいかないし、ここで倒れる訳にもいかなかった。だからーー


 「助けると貴方に誓ったでしょう!」

 「でも……」

 「……大丈夫ですよ」


 不安に染まる彼女の声に、優多は声色を柔らかくしてそう言うと、彼女が腑抜けた面構えをしているのが容易に想像できるほど、力の抜けた返事に、彼女には見えないだろうが静かに微笑んでから



 ーー体に刺さった全ての支柱、大小含めて約50本を、一瞬にして折り外し


 粉砕音が鳴り響く中、自己治癒によって復活した筋肉が体内に残る破片を押し出し、

 

 傷跡や血痕一つない綺麗な上半身が露わになるーー


 その一連の光景を見終わって、すっかり彼女も得意げな面をしていたので、声をかけてみる。


 「質問があります」

 「なに?」

 「能力が使えません」


 そう、能力が使えなかった。どうやら重力を操作して早めに決着をつけることはできなさそうだった。どうしてか?彼女に聞いてはみたのだが「そりゃあそうだ」と言われて終わり。


 「説明は……」

 「察して」


 そして、何時ものように適当な返事を貰って、一安心。元に戻ったことを確認できた喜びと、この謎の状況を察しろなんていうので、すっかりプラマイゼロになってしまったこの心情。

 一応「わかりました」とだけ返しておいた。

 しかし、彼女の表情が普通じゃないものに見て取れーー


 「そこを動かないでくださいね」

 「……うん。わかったよ」


 彼女は、左脚を怪我を負っていた。

 さっきのさっき見つけたもので、多分、支柱の一つが当たったものだろう。とにかく、彼女の事はステレットに任せるとするか。


 彼女に再び背を向けると、青年、クリオッド・アデラは地に降り立っていた。


 「どうせ戦うならお互い自己紹介でもーー」


 しかし、3度目の交流も失敗に終わって、喋っている間に早速仕掛けてきた。案の定早すぎて捉えるのが難しい。「やはり、無理そうですね」と下げてあった香花刀を抜き、双方、お互いの間合いを図る。


 刀を抜いたのは単に、殴りや蹴りをしてしまうと周りに被害が出易いからである。それにこんな狭い中で二人も戦闘不能なのだ……。

 ここを出て、広いところで戦いたくても、もしものことがあれば心配だ。

 能力も使えないとなればこれしか方法はないーー来たッ!


 一瞬にして、目と鼻の先まで間合いを詰めるクリオッド。その瞬間鉄と鉄の鈍い匂いがその場に漂い、休む暇なく剣先と刃先が交わりーー躍る。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「どういうことなのよ!」

 「それどころじゃありません。今は急いでここを離れましょう」

 「でも、何であいつがいるのよお!」


 彼女達ーー華日は文句ではち切れそうな顔をして、一方花火の方は冷静を装い、しかし半分、絶叫しながら不自然に生い茂る樹海の中を走っていた


 「彼のことです。あと数日経てば、情報を掴んでくるでしょう」


 彼は異常だ。間違いなく普通じゃない。それに加えてあの世界自体が普通ではないのだ。全ての情報があそこの中に詰まっているという情報が嘘ではないのなら、それはまずい。とにかく、距離を取らなければならない。どこか……世界歪境のーーあっ……ッ!!


 「あらら……偶然ですね」

 「異様な雰囲気を感じますが……」


 一瞬にして、泥まみれになった、メイド服の裾を上げて後ろへ跳ね、極僅かな滞空時間中にその詠唱を叫ぶーー『ストレンジャー』


 途端に、空間を波打つようにして、個々人の空間の協調が乱れその次の瞬間異空間が発動する。瞬く間に起きるその事実に、突如として現れたその女も……よく見てみればこいつもメイドだった。よく見れば、帰省途中だったのか、麦わら帽子に、トランクと閉じた日傘を携えたという格好をしていた。まあ、そんな見た目のんきなメイドの彼女も未だに何が起きているのか理解していない様子で、ただ、驚くまでの瞬間の表情を描くだけ。

 まあ、そうは言ってもこっちの方も、あっちのメイドと同じ反応を示しながら吊り下げられていた。


 まったく……困った主だ。


 左手には彼女の温かい手の感触が伝わるのを感じてから、途端に隣にいた華日に必死な顔で、叫ぶ。


 ーーお嬢様、どうかご無事でーー


 「あらあら逃げるんですか?」

 「まさか……ここからです。謎の従者」


 亜空間に放り出された主人は、断末魔のような悲鳴を上げ、その闇に消えていき、彼女は些か不満そうにそう言ってくる。そして続ける


 「連れを逃がすなんて、随分と大事みたいね」

 「それは、それは褒めて頂き光栄。しかし、主人が危険な状態にさらされた時、守るのは従者の努め。貴方だってそうでしょう」

 「そう、従者として随分と心得てるみたいね。だけどーー」


 歩きながら彼女は言う。


 『ーー貴方の主は戦いがっていましたよ』


 華日にはその一言が、内容に関係ないほどの殺気とはまた違う、けれど同等な何かを感じ思わず震え上がる。そして、また一言。


 『自己紹介を忘れていたわ。シフィア……ただのシフィア。香花界、香花館の主、智学無限に仕えるメイド長……』


 そう笑って次に告げる言葉は、瞬間的に後悔しか残さない宣告で


 『じゃあ、始めましょう。殺しはしないわ、主の命令なの』


 ーー実際に言っては無いが、「主の命令は絶対だものね」そう残響が、鐘のように身の内に跳ね返る。

 

 しかし、あくまでも聞こえるだけの言葉。その絶対的に発された時には、もう目の前に彼女の姿などどこにもなかった……。



 代わりに背後からの威圧に、全身が硬直し、息さえもまともに出来ないほどの、極度な恐怖感と緊張感に、触覚が通常よりも敏感に反応し……


 「ヒェッ……」


 首を軽くなでられ、気持ちの悪い胸の騒めきに、恐怖の震えが止まらなかった。

 そんな反応が楽しいのか、わざとらしく艶めかしい表情を思わせるような声色を背後から発せられ。


 『どう?怖い?』

 「いえ、まったく。主人からは、寿命以外で死なないことが契約ですので」

 『貴方の言い分だと貴方の感じる「怖い」って=「私が殺す」とでもいってるみたいだけど』

 「違うのであれば、その語弊を撤回したところで私信じないでしょうね」

 『そう……』


 悲しげも、嬉しさも感じさせない。色のない、なんてことのないと言えばいいのだろうか?その気力のままで、何の感情も感じさせない声に、異様な気配というのは遠ざかっていき、そして、どんどんとその気配は落ちていく。


 「ーーッイヤ!!」

 「そんなにかわいらしい悲鳴を上げなくても」


 消えたかと思う振り返ると目の前には変わらず彼女がいた。さっきとはまた違う意味でびっくりしたので、自分には合わない声を上げてしまった気がするが、今はそんなことはどうでもいい。現時点での問題は、何が起こっているのかだ。

 思わず尻餅をついてしまい、立とうとしている所に手を指し伸ばしていたが、やはり、彼女の手を早々に信じれるわけが無かった。


 「何なんですか……失礼ですね」

 「うるさい……一体、一体何なんだ。何をしたいのですか」

 「何をしたいかって、そりゃあ……主人に言われた命令ですよ」

 「命令?」


 その言葉を脳内で四度程反芻し、少し距離を取る。それから、細心の注意を払いながら疑問を口にする。


 「先ず、何なんですか?あの異様な気配は?」

 「なにってそれは……私の能力とでも言いましょうか?」

 「本当は?」

 「内緒ですよ」


 いたずらな表情を浮かべて、今は感じずとも確かにあったその力については、彼女側も知られては困るということ、やはり能力なのだろうか?

 頼りないが隠しナイフを袖からすり落とす。

 しかし、彼女はあの異常な奴のメイド長……何を思っているのかも、表情からでは読み取れない。現に、花火自身もう戦闘態勢に入っているし、先頭になった時に備え、十分な間合いを取っている。が、あの堂々とした態度は、逆に読めない。何を考えているのすらわからない。

 花火はその結果、単純脳ミソとしか思えない発想に辿り着いた。それはーー逆に攻撃するということだったから。


 目を狙ってナイフを突き出すーーが


 「悪いですが、これは従者において基本中の基本……私達、香花館のメイドたちは全員取得していますよ。間合いも、隠していた……その、バタフライナイフの仕込みも」


 彼女、シフィアに突き出したナイフは速さを完全に無視した反応速度で、いとも簡単に容易く、ねじ伏せるように舞を舞った。それは、こちらの眼でも追いつけるようなものではない技量で、完全に速さではない芸風であった。

 もう、降参だ、無駄なことを考えるのはやめようと、ナイフを握る手を緩める。すると、強く掴まれた腕を彼女も同じく、緩めたので、ぎょっとした目で、花火は彼女を見た。


 何故、彼女が攻撃をしたはずの自分にやり返さなかったのが、ひどく不気味だったからーー


 「なんで、攻撃をしないのと、貴方は思ったでしょう?でも、私は主から「殺すな」と命令を受けたんです。だから私は貴方に攻撃をしません。攻撃は?ですよ」

 「……」


 その返しに、何も言葉が出ずにいた。どうして彼女が私を殺さないのか、理屈を説明されたとしても、未だ理解できずにいる私は多分野暮ったいのだろう。

 素直に、彼女の問いを聞く方がまだ賢い選択だったのだと、花火は、ため息間知りに諦め半分、安心半分に笑みを浮かべてその場に膝まづく。


 「参りました。質問ならなんだって答えましょう」

 「下着の色って何色ですか?」

 「な!」

 「冗談ですよ」


 しかし、そんな自分のした行為がまるで容易く踏みにじられたかのように。このメイドは、素っ頓狂な問いをぶつけてきた。

 訳の分からない怒りを露にする花火を微笑みながら宥めるシフィア。しかし、そんなもので、身の内にとどまらない怒りを収めることなどできず、それに任せて、顔をあ赤くする。

 なるほどこれが自尊心を傷つけられるということかと、身に染みて感じた。


 「緊張を解こうと思ったのですが、まあこの調子なら大丈夫でしょう。では本題に移ります」

 「……」


 ムスッとした表情で、彼女は荒っぽく唸り声で返事を返す。


 「私の偽者がいるそうですが、貴方達の仲間ですか?」

 「ーーは?」

 「その様子じゃ知らなさそうですね、ならこの件に関しては大丈夫です。忘れていただいて結構です。それから最後はーー」

 「待って待って、待ってください。貴方の偽物?シフィア……さんの、ですか?」

 「はい、そうらしいです」


 なんだそれ、と一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 シフィアの偽物?侵入者?私達の他に?もう、中に入ってる?それも、従者として?

 花火は、驚愕の事実をサラッと言われた事、それと、流そうとしていることに、思わずシフィアの話を止めた。だってそんなの有り得ないではないか、だって従者の秘密が漏れている。しかも寄りにもよってメイド長なるものがだ。

 何が問題かといえば、別の敵が増えたということ。これは、酷い誤算だ。これ以上敵が増えると、かなり危ない。そうなる前にどうにかしないといけないというのに、しかし、それじゃあ叶わない。あの世界で単なる部外者が普通に居らるわけがないのだ……。


 要するに、ただものじゃない。何ならこちらの存在も知っているという事じゃないか。


 変な胸騒ぎがする……。なんだ?よりにもよってこんな時に……。


 「考えてることは分かりますが、最後の質問に答えていただかなければ、返すわけにはいきませんよ」

 「分かってないじゃないですか」


 鬼々とした表情で、彼女の事を睨む。

 別に走り出してもいいだろう……。そう花火は思った。だがしかしそれをした時、彼女に何をされるか分からない。


 「これだけ……最後の質問には絶対に答えてもらわないと困りません」

 「なら早くしてください……一刻も早くしないといけない事態なんです」

 

 余裕のない花火に対して、何時もと変わらない表情でシフィアは、とんでもないことを口にする。それはーー


 「策?というものがあるらしいですが……詳細を教えてくれませんか?」

 「……な、こんな時に」

 「時間が迫っているんです、まさか言わないって事は、無いでしょう?」


 ーーこの女ッ!

 彼女が問いかけてきた最後の質問というのは、明らかに人が急いでいるときにしてくる類のものではなかった。


 「畜生……ですね」

 「それは、間違ってます」

 「いや、前言撤回。というかそれは、私の事ですね」


 何を言われているのか理解できず、シフィアは呆けた面構えになる。


 「一瞬……一時の仲間を売ってしまう事を考えましたが。やはり、やめときます」

 「それは確かにーーでは……?」


 話しますよーーですが手短に。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 未だにとは言っても、実際には5分も経っていないだろう。けれども、体感はそれ以上だった。

 身体が加速するーー段々と。


 否それは、クリオッドの猛攻を必死に食い止めるあまりに感じた錯覚。事実、もう、彼の全身を舞台に踊り狂う鎌の刃先を、刀で追っかけようにも、彼の不自然に振り下ろされる鎌の軌道のほとんどに追いつかず、刀でその軌道を撥ねたとしてもまぐれで、当然晒された肌に刺さっては、切り裂かれる。

 それでも、吠える。この先には行かせまいとただ優多は吠える。


 まだ、力を扱えない自分が力任せに振ってしまえば、絶対に負傷した皆を巻き込んでしまう。

 なら、というなら、盾になるしかないだろう。






 ーーしかし、何故かそんな闘志の宿る、その瞳に彼は、クリオッドは酷い嫌悪感を覚えた。


 何故だろうか未だにそれは靄がかかったままで、何一つとして根拠すらわからないままで、だがしかし、感覚的にそれは分かるものでーー









※※※※※


 そうだ、そこは、一面真っ暗で、一言に「闇」と言い表せばよいのだろうか?それに包まれたそこは、「虚無」という名前が似合って、どことなく寂しさが滲み出ていたにも関わらず、何処にその根源があるのかも分からず、ただ放浪として、時には突っ立ってもいた。

 何故ーー?

 その言葉として立ちはだかる見えない壁、壁、壁ーーまるで、何かを隠しているようで、光へ向かうための道さえも偽られているような気がして。


 何時しか心に芽生えていた、邪悪も正義も善意も何もかも。


 自分は一体何者なのか、それすら知ることも許されないような気がして、否、それすら知ろうとする道さえ、偽られているような気がして……。


 放浪し、やがて立ち止まり。

 再び放浪すれば、信じられない逆風に抗えず、遂には諦めの心さえ芽生えた。


 したら、なんて心地よいのだろうかと、初めてその努力が認められたような、救いの道が開けたような気がして、何もかもそれで良い気すらーーこれを皆が呼ぶ快楽というものかと納得した。

 心に残る、罪悪感など忘れてしまっても、この身体に遺しておかなくとも……良い物という気さえした。



 その温もりに、包容感に、思考が鈍くなるーー今までの何かに生じた、正義感に溢れる始まりも、悔いに満ちた過程も、何かに必死になった終わりも……。

 差し出した手が愛おしかったーーもう、それ以外に何も要らない。全部忘れてしまってよいのだ。

 直に触れその温もりを、優しさを、全てこの身に委ねたかったーーまた、あの脳裏に強く焼き付いたあの感情を巡るだけいい。



 虚無しかない、その闇の中に生じた偽りに踊らされて、辿り着いた先にあったそれは、紛れもない“救済”に感じられた……。

 引かれた偽造の道の向こうにあるその。靄に包まれたその空間を捨ててしまいたかったからーー




 しかし、その手を彼が手に取ることは決して無かったーー



 何故だろうか、彼はーー『クリオッド』は、心の底から拒んでいた。

 それまでクリオッドは確かに、何か目的を見失い、大切なものを蔑ろにしてまで、全て目の前にあったその手を差し出す彼女にーー懐かしい顔馴染みの、愛おしい『  』の温もりを感じていたかった。


 だがしかし、その差し出す手を取ることをどうしてもクリオッドは出来なかった。


 何故だろうか?

 今のクリオッドには、その心情を言葉として伝えることは到底できそうになかったので、それを伝えることは不可能に近いのだが。

 ーーしかし、これはハッキリと言える。



 『お前はそんな目をしないもんな』



 彼女の表情は、依然、瞳の裏に色濃く残ったままでいる微笑を浮かべたままで、彼女のーー『  』の温もりも変わらない。しかし、瞳だけは微かに違うのを見分けられるのは多分自分だけだろう。

 すべてがすべて分かった訳ではない。言ってしまえば分からない事だらけだ……。だが、何かが定まった気がした。例えるならやっと歯車が嚙み合ったような感じでーー今まで塞いであった『偽り』が全て消えていく。そんな感覚がどことなく、暗闇を遮る虚無が晴れる合図のように思えてクリオッドは思わず苦笑いを浮かべる。


 消えゆく光に未だ変わらぬ表情でいる『  』が虚しかったというわけではないし、寂しいというわけでもない。

 ただーー


 なんといえばいいのか、徐々に薄く残るだけの彼女の姿に何と別れを告げたらいいのだろうと立ち止まる、僅かな時間の中でクリオッドは悩んだ虚空に消え入る『  』になんて感情を抱いて良いのかさえ決められずにいた。

 単なるハリボテでも、例え本物でもなくとも、作られたものだとしても彼女を彼女だと思ってしまう……。


 だからーー


 「……また会えるとは思わなかったよ。ほんの少しの時間だったけど会えて嬉しかった」


 『さようなら、グァラ。エグァラシス……エグァラシス・バル=フラン』


 本当、変な名前だよな……。久しぶりに面と向かって呼んだよ。

 最後の最後、彼女の名前を呼んだ。敢えて、なんて思ったかなんて反芻はしない。そんな事をしてしまったら、きっと自分は……。

 自分は泣いてしまうからーー



 後はもう、何も言わないよ。



 『やっと0だ、マイナスから這い上がるのはやっぱり辛いな』


 クリオッドは、後ろに向き直るとそんな事を言って、歩き出す。段々と視界は白く、眩い光に染め上げられ、そこにあった虚無という黒い靄に包まれた暗闇の存在を証明するものは跡形もなく消え去り、あるものはクリオッド・アデラという少年の一人であった。


※※※※※









 ーー言わずとも、それは容易に、手に取るようにわかるものだった。


 段々と濃霧が解けるように、この身に何が起こったのかが分かってくるのだ。それは、知れば知るほど自分自身に嫌悪感が溜まってくるもので、半ばクリオッドは自暴自棄に、これまで以上に鎌を振り回すしか怒りを抑える方方法が無かった……。

 今手にしている鎌でさえも、直に嫌悪感が伝わってくる。


 クリオッドには微かに意識があった。

 しかし、正気に戻った直後覚えていることは、暗闇を放浪する夢のような空間だけで、それさえも最初は全貌すら掴めないまま、ただ根拠のない怒りを感じるだけで、その他にも体の内から、身体を突き刺すような鋭い傷みが体中に走るのだ。

 まるで、身体を酷使しているような限界を迎えた骸の如く有様に感じ。否、それは勝手にやって来る記憶が、今まで無茶苦茶に酷使した身体の痛みが後からやってくるものだと言う事を納得せざるを得なくて……。

 詰まる所、一時痛みを感じないため、爆発的な力が生じるがその反発ににより、後からその倍以上の痛みが生じるという事。


 自分が、記憶の無くなった期間の今まで何を信じ、何の為に、何を守り、何をしてきたのか、何を忘れていたのかを全ての全てをゆっくりと思い出すその姿はまるで、、火に炙られた紙と同じ有様のように思えた。焼かれる痛みと、身を焦がし失う苦しみに酷似していた。

 誰かを傷つける、その光景が脳裏に浮かぶたびに、元々描いていた信念がねじ曲がって、矛盾を感じ、その己のやってきた大罪と変わらない過ちに発狂する。


 目に映る優多という少年の表情が、何処か見たことのあるもので、

 その後ろでまた、別に見たことのある少女の顔も然り。

 


 『少年は、少女を守るために盾になっていた』



 その事実が、その目の前で起こっている彼の姿が、とてつもなく今のクリオッドという少年の心をこれまで以上に劇的に嫌悪という嫌悪に染め上げる。

 

 だって、それは……。

 その嫌悪を揉み消そうと必死の思いでクリオッドはその忌まわしい鎌を振るう事に力を入れる、しかし、明らかに瞳の内側では震えて、どんな形にしていいのかも戸惑った様子で……。

 だってその姿は……。過去の自分自身と同じだったからーー



 クリオッドの脳裏に強く焼き付いた、その惨状。

 それは、心から愛して守るとまで誓った彼女ーーエグァラシスが己の弱さ故に、「守る」ことが出来なかったという自らの過ち。

 あの時、自分に力があればとどれだけ悔やんだか……。



 しかし、この少年は自分と真逆の姿であった。

 

 

 女を守るために命すら惜しまない。

 そんな、彼にクリオッドはなんと感じたのか……。正にその姿は、あの日あの時あの瞬間。己にあるべき姿ではないかという、自分自身へのとてつもない憤怒であった。


 濃霧が段々と消え去ってゆくのと比例して増えていくものは何かと併さっては己に帰ってくる無数の怒りだった。



 全てーー全て、知ることが恐怖であった。

 華日という女が全ての元凶だなんて信じたくもない事実だった。

 あの、絶望から立ち上がれたというのも、彼女のおかげだった。しかしそれは単なる駒を手に入れるために過ぎない行為……。 



 ーーあの絶望から信じ続けていたものは全て幻想だったと裏切られ、

 ーー自身の能力のために操り人形にさせられて、

 ーー皮肉にもこの力を使いこなせるようになったのも彼女が教えてくれたからであって、

 ーーそれまでの力の使い道に疑問まで持たなかったしそもそも疑問なんてはなっから持たせないように操られていたわけで、

 ーー日に日にエグァラシスのことなんか忘れて、

 



 何を信じ、何の為に、何を守り、何をしてきたのか、何を忘れていたのかーー?

 



 『ーー全て思い出せた』


 そう、クリオッドは静かに口にするのと同時に、最初から勢いが弱まっていた攻撃を辞めた。その行動に、事情を知らない優多たちからしたら彼の行動は謎に満ち溢れて、どことなく怪しくも感じ、優多の方はまだ、戦闘態勢を崩さない。


 「……まあ、無理もないよな」


 優多の姿を見て、そう言い放つ。

 クリオッドは息をめいいっぱいに吸い込んで、今まで意識もしなかった呼吸に集中して思考に浸る。



 「全て思い出せたというよりかは……全てを知ったという方がニュアンスはいいのかもしれない」

 「……」


 全てを知ったーー確かに、それは合っているのかもしれない。

 奇妙にも自分の確信したことを幾度か反芻しているうちに、無意味な疑問を抱くようになった。が、しかし、それでもそんなことはすぐにどうでも良くなって、直ぐに辿り着いたのは、華日の事だった。


 単刀直入に言えば、あの時既に自分は操り人形にされていた。


 『美を操る能力』。華日という姓も名もない名前の奇妙な女のもつ能力。

 彼女の持つ能力は単に美しさを上下させたり左右させたりする物理的なものでありながらにして、それを応用したものなのか、はたまた別なものなのかは分からないが、『魅了』させる力をも兼ね備えている。これを自由自在に扱えられれば、どんな生物だろうと、意のままに操れるというものだ。


 彼女の魅了は、多分高位な吸血鬼でさえ虜にしてしまうだろう。どれだけの力があるのかは分からないが、実際に吸血鬼を魅了していたため、結構な力があるのだろう……。


 だが、カイトと言ったか?あの青年がこちらに能力を発動したときに、彼女の吹きかけた魅了が解けたのだ……。

 彼には感謝している。

 だからーー


 「……斬れ、俺が犯した大罪を裁いてもらいたい」

 「……」


 両手を広げて、剣を構える彼ーー優多にクリオッドは虚無な瞳でいる。

 しかし優多は、呆気に取られた表情で驚くと、一旦刀を鞘に戻して初めて口を開く



 「いきなり、どうしたんです?」



 優多には、その光景がとても奇妙に覚えたのだった。

 まるで、人が変わったかのように急におとなしくなったクリオッドに、優多は攻撃するのを戸惑う。短い時間で彼を裁量するようで申し訳ないが、変な話。今までの彼なら、この状態で急に攻撃してくるはずなのだ。

 そういう、嵐のような人となりだと思っていたのだがしかし、今では目の色が変わって、戦意を失い、とてもじゃないがさっきまでの彼とは到底思えず、こちらもこちらで刀を振るう気にはなれなかった。当然、彼がやったこと忘れた訳ではない。

 だがしかし、今の彼に刀を振るう気にはなれないのだ。もし、鞘に手をかけるのであれば、彼の眼色が変わった時か、ここから逃げ出した時にした。


 「……そうか、そうだよな。いきなりこんな態度になったら冷めるよな」


 ようやく何かに納得したかのような声がその場に心細く響く。


 「……俺が、俺がずっと操られていたっていうのを、信じてくれるか?」

 「……多分、個々人によるかと」

 「まあ、そうなるよな」


 寂しげな声が響き合う。

 後ろにいるボーイッシュは少し心配そうな表情であったが、敢えて無言で見届けてくれているようだった。


 「……大事な人がいたんだよ」

 「大事な……人……ですか?」

 「そう、大事な人。滅茶苦茶大事な……大切な人」


 突如、落ち着いた素振りで、やはり未だ寂しげな雰囲気で話始めるクリオッドに、一拍おいて、優多も聞き返すと、少しだけ楽しそうに微笑んだ気がして、優多は、ボーイッシュと目を合わせる。

 少しばかり余韻を残しながら彼は口を開いていく。


 「大事な人は……今は何処に?」

 「もう、居ねえよ。何処にもな」

 「ええ!」


 途端に横で立ち上がって叫ぶのは、自己治癒が完了したらしいボーイッシュだった。いや、黙ってくれているんじゃなかったのかよ。


 「守りたかったんだけどな……守れなかった。何もかも失ったんだよ」


 今のクリオッドには微苦笑に頼るしか耐える方法は無かった。

 作り笑いもうまくない、彼の心情が内側から溢れ出るのに優多も顔が強張る。一体何があったのか。そんな事は、聞かなくても良くわかる事だった。ボーイッシュの方を見ると本人よりも悲しそうな顔をしていた。


 「その時救ってくれた人がいたんだよ」

 「へえ!そうなんだ!」


 ぱあっ!と安堵の表情をするボーイッシュだったが、彼女の反応は大袈裟だとしても、クリオッドの方は少しばかりか嬉しそうな顔をしていたのだがーー


 「まあ、裏切られたけどね」

 「ええ!そんな酷い!」

 「この力が目的だったみたい」

 「そんな!誰なのさ!そんなことしたの!人間じゃないよ!」


 力なくそう笑って告げるクリオッドの顔は咄嗟に明後日の方向を向いたのだった。そんなあまりにも酷い展開に、流石の優多でもその告白には驚きを隠せず表情に写る、ボーイッシュの方はというと、驚きのあまりクリオッドの目の前に駆け寄っては、大袈裟にというよりかはこの場合の彼女の反応も頷ける。


 「ああ、まあそいつが俺らの主……いや、主だった女かな」

 「主……?」

 「ってことは、あんたのその主だった女をぶったたけばいい!どこにいるの?」

 「来るさ、待っていれば」

 「……」


 一拍おいてクリオッドはため息をつく。

 そして、こちらに何も反応がない事を確認すると


 「そいつ、華日っていうんだよ」

 「はなび?」

 「そうさ、能力は……人を魅了して操る系統の能力。あいつを完全に敗北させるには、彼がいなきゃ絶対に無理だ」

 「その彼というのは、誰でしょうか?」


 その優多の問いにクリオッドは、虚無な瞳だったものから強い信頼のものへと瞳を輝かせて言う


 『カイトという青年だ』


 それは、優多達のよく知る人物であった。

 流咲カイト……「無」を操る能力を持つ悪魔。グングニルという独特の長い槍を持ち、鍵を用いて発動する魔術に長けている。不思議なところが多い悪魔。

 クリオッドは笑って告げる。


 「あの能力さえあれば勝てる」

 「なるほど、カイトさんの能力でですか……」

 「……ああ」


 確かにクリオッドの言っている通り、カイトの能力を駆使すれば無敵だ。無敵なのだ。だがしかし。


 「ーーなんか嫌です」


 そう言った。

 具体的な理由なんてない。ただ、己の我儘でしかない、そんな周りからしたらくだらない理由だろう。だけれどーー


 「何言ってんの優多ーー」

 「元々貴方は僕たちに敵意を向けてたじゃないですか!彼女たちを殺そうとしてた!なのに今更何を信じろというんですか!」

 「……」


 知っている。彼が、どれだけ辛い目に遭っていたかなんて言われなくても知っている。


 だけれどーー


 「こんな事を言ってしまうのは、今の状況を考えてみれば単なる僕の我儘かもしれません!けれども!」


 優多は、怖かった。

 もう一度、彼女たちが傷ついてしまうかもしれない。それ以上の不安を説明するかのように身体は正直でーー


 『優多』


 ーーふと、我に返ったのは、彼女の声が鮮明に耳に入ったからで……。

 

 その時、優多は、自分自身は何を考えていたのだろう。そう呆気にとられるかのように己の右手に感じる。ひんやりとした感触に大袈裟に反応はせずとも、驚愕にまたもや軽く硬直するのであった。

 鞘にかけた手……。なんだ?この感覚は……。


 まるで、その感覚を別のものに例えるのだとしたら、まるで「自分自身」と対峙したかのような、そんな感覚だと思う。何処か不気味で……何というかもし、自分が自分ではない他の誰かだったとして、その時、自分に遭った時に抱く気持ちと言ったらいいのだろうか?


 具体的に言い表せずとも、それは、己の身に起こった変化を自覚し、恐ろしく感じたものに近くてーー


 「優多……」


 そんな中、名を呼ばれて平然を保とうとする。しかし、彼女の顔は思っていたのとまったく違って、何処か真剣な眼差しをこちらに向けて、その言葉を放つ。


 「優多が、私に言ってくれたこと。私に信じろって言っただろ?」

 「……はい」

 「なら、信じてみたらどうなんだよ、多分、優多が私に思っていたことを、あいつも思っていると思う」

 「ーー」

 

 思いがけない言葉に詰まる。おまけに頭も真っ白だ……。でも、その言葉に何を思ったのか自分でも分からない。ただーー


 「……はい」


 今は、彼の力になりたいと思えた。

 瓦礫に腰掛ける彼に優多は手を差し伸べて微笑んだ。


 「ヤマはこれからです」

 「ああ、よろしく頼む」



さて、久しぶりに2万文字近く書きました。

もうキャラの名前がごちゃごちゃで分からない方。多分、大方がそうだと思うので、おさらいしておきたいと思います。


陣之内 優多(主人公)

開智 無限:内楽達を追っかけて行った奴。

流咲 カイト:悪魔。ステレットを追っかけて行った奴

ボーイッシュ(優多の勝手につけた呼び名の謎の褐色少女)

:優多を嫌ったり仲直りしたり、殺されかけたり、敵だった相手を許してあげたりしてあげる良い奴。ステレットの親友

マリー・ステレット:頭が良くて丁寧な優しそうな奴

麗城寺 雪華:雪女の妖怪だからめっちゃ冷たい。ツンデレっ娘。ここ最近忘れ気味の娘。

クリオッド・アデラ:敵だったけどなんやかんやあって、敵では無くなった奴

グリオ―ド・フォード:吸血鬼

プレシャス・イオナ:場外野郎。内楽 華日に救われた奴。裏で動いているやつ。

内楽 華日:子供っぽいけど、500年以上も生きる超人。

雪花 花火:内楽の従者


華日:元凶

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