表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/37

描かれた掌の策

 深淵の冷たい草の感覚に、全身を擦る。

 心地よい自然の恵みを感じ取ったのか、それまで生気を感じさせない表情だったものから心底穏やかそうにその少女は、目を細めていた。

 白い……その病的な蒼白さを纏った彼女の四肢は、まるで劇画の如く美しさを醸し出していた。まるで、天使か神か……それ程なまでに彼女は美しかった。だがそれは裸体であるが故、よりその魅力的な雰囲気はより強調される。


 ーー狂血獣に喰われ吸血鬼となり、華火でも獣でも無くなったその少女は、その露になった薄く蒼い肌と、背中に萎れ、蝙蝠に似た大翼を腰に生やし、背中を丸め、俯せになって眠についていた……。



 それは、長い夢から覚めて尚、夢を見ているかのような感覚だった。

 自分でも理解することができなくてただ震えた。理解することのできない微量の恐怖と、それに満たないほど微小な好奇心に、自分は何を考えたのか、恐る恐る震える足で立ち上がり、森の深淵に生唾を吞み込んで、その先へ足を踏み入れた……。


 彼女は、名もない美しき吸血鬼は無意識に、劇画に描かれた天使のようにその羽で体を覆い隠す。


 彼女は、段々と無意識に染まっていった。

 それは、彼女自身も、無自覚に……意識的に考えずとも何故か脳裏に直接、『ーー』と、伝わって、疑う余地もなく理解できたからで、それというのは、彼女自身の存在が一番解らないものであったからで……。


 彼女は、自分の存在が一番よく解らないでいた。

 理由など単純で、気付いたら自分はここにいた。ただそれだけ、気付いたらそこで寝ていて、過去のことなど何も在るはずもなかった。何かを忘れているーーその実感さえ自分には無かった。

 自分の肌がこんなに白いのも、こんな蝙蝠のような羽があるのも、それが自分にとって普通だからーーだから、疑う余地なんてあるはず無かった。だって、それが私、私なのだから。


 私は私だと知っている。でも、私と言う存在がなぜあるのか……そのことについては、よく解らなかった。道徳、哲学的な幻想では無く、倫理的な……ハッキリとした因果のある証明ができずにいる。

 ただしかし、疑問に思うのに何故か疑問に思わないで自己完結している部分があったが、それが何かは、解らない。

 故に、私は、私の中での無意識が赴くままに歩を進め、それから私は無意識に頼るのが一番だと実感し、うつらうつらと消えかかる意識のまま……似たもので言うなら、目が覚めた時に体験した『長い夢から覚めて尚、夢を見ているかのような感覚』で、現実と夢世界の境界を彷徨っているような気分に等しかった。


 無意識なのだから、何も解らないし、解ろうと理解することもなかった。その身を任せる感覚に、恐れることも悟ることもなく、ただ、何も考えることなく。目の前を見なければ、左右も上下も後ろさえも視界に入れることは無く、目を瞑っているだけの感覚だったーー


 彼女は、ひたすらに歩いた。

 眠ろうとはせず、ただ少しだけ身体が乾いてきたことを実感するころには、無意識が導くその館には到着する……。ただ、目の前に建つそれは、全く見覚えのない屋敷だった。

 それなりの年季が入った洋館。だが、所々手入れの跡が残って、それなりに味が入ってかなり落ち着いた雰囲気が混じっている。


 不思議に思ってドアノブに手を掛けーー


 「なーー」

 「ーー?」


 ようとした瞬間ドアが開かれ、目の前に啞然とした表情で、立っている女性は、当たり前にやっぱり記憶にない、しかし、かなり美しい印象を受ける淫らで、艶めかしい服の着方が特徴的な人だった……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どういうことか、視界に入ったその光景に、華日は戸惑いと驚愕を同時に感じて、信じることができないでいた。

 何が起きているのか……。死んだと思っていた妹が帰ってきたのだ。しかし、容態が普通ではない、血管が浮き出て蒼白く、八重歯も目立つがそれよりもその皴の寄った羽に目が留まる。


 なんだこれは……。


 予想外の展開に、鼓動が体内に響く。何故か?それは、当然吸血鬼が化物の中では最強の種に値するからだ。

 どれだけ自分が美の力で相手を魅了しようが、吸血鬼とでは比にならない。しかも、もし彼女が私に殺された恨みを持っているなら、それこそあってはならないのだ……。まさか、こんな……こんな再会を果たすとは思ってもなかった。


 一体どうすれば良いのかわからず、とりあえず唾を飲み込んで、声を掛けて様子を伺うことに出る。


 「あら……こんにちは?どうしたの?酷い恰好じゃない」


 深呼吸で落ち着かせ、何とか落ち着きを取り戻して、いつものように声を掛ける……。

 しかし、一拍置いて返ってきた答えは華日にとっては予想外の返答でーー


 『お姉さん……誰ですか』


 予想外の返答に華日は呆気に取られた。そしてそのおかげか、先程までに張りつめていた内心の恐怖が一気に緩んだ。故に華火は悟ったーー嗚呼、なんて私は幸運なんだと……。


 宗教に関してはそこまで狂信者では無い華日でも、この時ばかりは神に感謝を告げていた。

 同時に、緩んだ瞬間華日の思考が全速力でキレ、直ぐに華火の容態を理解する。そもそもそんな事、考えてみれば思い描いたシナリオとは全く違うが、考えられない事ではなかった。彼女を有能にするという点に変えて考えてみれば、それは、想定していたかもしれないシナリオでもあって……。


 故に、狂血獣に喰われたのだと華日は、思考が完結した。あの時、まさか吸血鬼でもある狂血獣に自身の魅了する力が効くなんて思いもしなかったが……。

 嗚呼、素晴らしい。素晴らしいではないか……。狂血獣に喰われ吸血鬼になったお陰で、それまでの記憶は、都合の悪いことはひとつ残らずに消え去って、吸血鬼特有の強力な身体能力に、回復能力に吸血性……。どれをとってもこちらには全く危害の無い……。正に自分にとって都合の良い、悪いことなどどれ一つとしてない……。しかも、これはあくまでも憶測にはなるが、こちらに好意を持たせれば例え吸血鬼だろうと、魅了することはできるだろう、言ってしまえば洗脳に近い……。


 何にしても、この事を確か千裁一遇のチャンスというのだろう……。まあ、地球での文化はこういう言葉遊びしか興味本位で流し見しただけで覚えてないけど……。

 とにかく、思いがけないことの連続に、興奮が抑えきれなかった。興味のなさそうに突っ立っている華火には、どうにかして仲間になってもらいたいところだが、親しく名前を呼ぶにも本名を切り出すのはあまり気が乗らない。もし万が一のことがあってもらっては困るからだ。だとしたら、名付ける他無い。


 そう思って、瞬間的に頭に思い浮かんだ言葉を繋げ合わせていくーーグリオード……フォード


 先への幸運にグリオード、イム語でフォードは王家の敬称を現す。


 「……グリオード・フォード」

 「?」


 首をかしげる彼女に華日は優しい声で聞く


 「そうねえ、貴方……名前は何て言うの?」


 一応聞いてみた。さっきまでの考えからして危ない橋を渡っているかのようだが、急に名前を付けてしまっては不自然極まりないので、敢えて聞く……。


 「分からない……気付いたらこれだったから、気付いたら私だったから……名前はまだない」

 「そう……なら、貴方は、グリオード。グリオード・フォード。王家の幸運を見守る女神と言う意を持つ名前なの」

 「王家?私吸血鬼だよ?」

 「知ってる……誰よりも。家に上がりなさい」


 そう暖かい笑みで彼女を、吸血鬼を、元妹を、家に迎え入れる……。

 クリオッドはショックで未だ寝込んでいるしいいサプライズになるだろう。というか先にシャワーに入ってもらわないと……。まあ、狂血獣から吸血鬼ならシャワーの流水くらいなんてことはないだろう。

 そう言って、華日はグリオードに、先にシャワーを浴びるように促した。最初嫌がって拒絶していた彼女も実態を見せて、「グリオードなら大丈夫」なのだということを解らせると、すんなりと言うことを聞いて、嫌がるどころか気持ちよさそうに温水を浴びる。

 シャワーから上がると、それまで薄汚れていた羽や傷んでいた髪の毛は、元通りになって、以前よりも美しく変わっているような気がした。

 病的な蒼白さではあるが、何故かそれでも魅力があるような……。

 気を付けなければ、こっちが自滅してしまいそうなぐらい、吸血鬼らしく魅了する力が強かった。


 それにしても、よくここまで無意識で来れたものだ……。このまま無意識のまま放っておけば刺される可能性がある気がして、早めにこちらから仕掛けようと実感する。

 魅了しやすくするのなら、相手と信頼を築くのが一番可能性があることだと知っている華日は早速、彼女の元へ駆け寄っては話し掛ける。

 それこそ、また際どいラインで元々妹が趣味で集めていた煌びやかなドレスを「自由にして良い」と言ったり、髪の結び方や化粧など距離が近くなる物で彼女と話し合う切っ掛けを築いていく。偶に手料理には、彼女の好きなものを出しては、日に日に彼女の顔から表情が生まれていくのを実感する内に不思議とこちらにも愛着が湧いて、悪い気はせずむしろ楽しかった。


 しかしーー断然それだけで終わらせるつもりは毛頭無い。寧ろそんな愛着などオマケの様なものだった。しっかり、裏で工作していたのは言うまでもない。

 日に日に少しずつ、魅了の力を植え付けただけあって効果は覿面だった。何だって時間と労力をかければ不可能な事など無いのだ。今でもこうやって、吸血鬼を完全に力で支配できている……。


 少なくとも、一ヶ月は掛かると思っていたが僅か十日で済んだことに、自身でも驚きと共に興奮が未だ冷めきらないままでいた。着実に力を蓄えられているという実感に華日は機嫌の良さに身を任せて、無意識にクリオッドとグリオードの二人に接する態度が、ここ数日以前よりも不気味なほどに融通が効くのに、二人はどこか、気まずさに少々恐怖を覚えた。



 ーーそれから暫くして完全に元に戻ったわけではないが、二人に普通に接することができるまでに、クリオの、精神は安定するようになった。

 一生モノの傷だが、華日のおかげでどうにか立ち直れるまでには回復できた……。


 木の上でリスに似た小動物とじゃれ合っている中、ふと、彼女の……エグァラシスの顔が思い浮かぶ。

 途端に、さっきまで明るかった彼のその表情も暗く沈んでしまっていた。

 会いたい……その淋しさが、今でもこうやって偶に激しくなるのだ。今でも、締め付ける胸の痛みが、非情にもあの時より数倍痛ましく、静かに脈打つ鼓動すら痛みかと錯覚してしまう程に。


 殴られたり、切り付けられたりというような類では無く、またそれはそれ以上に痛むものだったが、しかし、落ち込んでいるだけの自分では無かった。

 いつしか……夢の中で見たことがある。あの時の懐かしい……エグァラシスの研究だった。何の研究なのかよく分からなかったが、無言で黒板に数式を書いては過去のデータと睨み合って、様々な実験道具を用いて実験をする。その時の彼女は、何時も元気に笑うような騒がしいいつもの彼女では無く、静かな一面を見せる。

 時に、大爆発を起こすこともあったし、逆に成功したのか、手を挙げて喜ぶ表情豊かな実験室の光景が浮かんであった。

 残念ながら、一緒に居た仲ではあったものの、その実験が成功したのかどうなのかは解らない。

 結局何をしていたのかも分からなければ、それが本当なのか嘘なのかも自分は解らないでいた。だからこそ、あの時彼女の言っていた事を本当に目指してみようと思ったのだ。


 それは、何時しかオイラーの等式が書かれた実験式の黒板を目にした日に言われた何気ないセリフだった……。


 自分は将来どうしていこうかなど考えていなかった。神人類の寿命など億単位……。これから先は、気が遠くなるほど遠い果てだった。しかし、彼女の追い求めていたものを、今度は自分が追い求めたりするのは、丁度いい時間つぶしになるだろう。

 多分、エグァラシスだったら大笑いしているだろうか……いや、どうなのだろう。多分ーーーーだろうな。


 やがて考えていくうちにクリオッドの意識はぼやけて、手の力が緩むと、さっきまで手の内でひょっこり納まっていたリスに似た小動物は、器用に身を捩らせ、その手から自力で脱出すると急いでどこかへ消えてしまった。気力のない疲れたような目でその小動物を見届けながら、やることなど今日は無いので静かに迫る眠気に甘んじて、身を木の溝に任せて安らぐ……。


 ーーそれから目が覚めたのは地面に落ちた、眠りについてから三十分後のことだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ーー夕の日の刻

 グリオードは、暗い部屋の中、密度の濃い魔力を凝縮して、淡い光を放つ魔力頭(まりょくがしら)と呼ばれる宙を浮遊する炎が頭蓋骨の形をしている青い鬼火を浮かべて分厚い本を読んでいた。

 薄暗い部屋の中で、表情を変えず無心にそれに食らいつく彼女の姿はどこか儚げで、病的な肌が狂わしいほどに人々を魅了する。吸血鬼の傍で度々軋む椅子に座る華日は、その大きな存在に気怠げな瞳でただ、特に何の気なしに見ているだけでは無く、彼女の頭の中には、どう言う服を着せようかで頭がいっぱいであった。どこか気怠げな瞳になってるのもその所為だ。

 華日は楽しいことを考えている時はいつも、目をそんな風に半開きにする。


 彼女の、華日の招集でここに……というかグリオの部屋に訪れて見た光景がこれだという訳だが、二人ともどこか、この先のことなどもうとっくに忘れている風であった。

 まあ仕方が無い。彼女らはそういう人たちだ。なのに憎めないのはどうしてだろう。それはきっと心の支えという大きな存在だからだろう。彼女はかつての恩人を失った自分への大きな支えになってくれた。

 グリオは、あんましよく分からないけど凄い人ってなのは知っている。グリオは吸血鬼で、突然この屋敷に来た。流石に全裸だったのは驚いたけど、でもとても不思議な印象だった。

 あの日から月日は流れて、彼女も僕にとって大きな存在だったから……。


 グリオからは華日よりも色んな事を教えてもらった。ほんとに色んな事を……。

 能力に目覚めてから二人は自分の事のように喜んでくれた……。


 彼女という支えが無くなった僕に、その時の二人はどれだけ心が救われた存在だったのか。そして僕は彼女たちが憎めない理由を悟った。


 僕は幸せだ。二人に愛されているのだから。


 グァラ、


 エグァラシス……かつて僕の生きる理由を教えてくれた人。僕の恩人。大切な人。この世で一番最初で最も愛した人。太陽のように温かくてヒマワリのような笑顔をする人。僕に笑い続けてくれた人。僕の……僕の…………僕の………………。


 だから、生きて欲しかった。

 だから、ずっと愛して居たかった。


 クリオッドの目に涙は浮かぶことは無かった。ただ、悲しそうに俯くだけ。


 でも、今は華日が居る。どん底に堕ちた僕を助けてくれた人が居る。もし一つ……願いが叶うのなら、その四人で暮らしたい。

 朝起きて、ご飯を食べて、一緒に散歩して、そして寝る……。


 僕の夢は、永遠に叶いそうにないな……。

 そう寂しくなる。だがーー


 「あら、来た来た……待ってました」


 ーーそう嬉しそうに笑いかける華日にクリオッドは何かが綻ぶ気がした。


 「……何の会議?」


 クリオッドが疑問を投げかけながら椅子に腰掛けるのを見やると、華日は気怠げな目を瞬いでにこやかに笑って立った。


 「クリオッド……貴方の力を貸して欲しいの」

 「……僕の?」

 「そう……貴方の能力」


 うっとりと微笑する華日にクリオッドは微かな違和感を抱いた。しかし、それが何なのかは……一体何のことなのかがよく解らない。ただ、何か様子がおかしいことは悟ったーーしかし、もうその時には遅かった。


 ーーもちろん良いわよね?


 うっとりとするような怪しげな、気色の悪い色気が、体内に侵食された気がした。何が何なのか理解すらできないまま。その気色の悪い美貌に、気色の悪い怖気に、気色の悪い声に、感情に、食感に、愛に、愛に、愛に愛に愛に愛に愛に愛に……。


 狂人になる瞬間を、クリオッドは目の当たりに……否、狂人と化した当事者は、クリオッド・アデラその本人であったーー



 ーーピアッザモレ(略奪愛)……


 『美』というのは、時に芸術として、時に残酷として、萬の姿を容創るものーー


 本当に便利な能力だと華日は思う。だって、勘覚で操ってしまえば、もう『美』の力に魅了される。単に魅了といっても、種類も効力も数百と組み合わせがある。その中での微細な調節が麻薬並みから数万倍以上もの依存性を生み出したり、死に追いやったり何なら即死ですら可能だ。集団洗脳も綺麗にやり遂げられた。

 しかし、一方、これが私の執着心から生み出されたのだから、あまり喜ばしいものでは無いのだろうけど。

 まあ、ものは使いようによるわね。




 暗い部屋の中、少女は知っていた。彼女がそういう人間であるという事。彼女の企む夢も何もかも。でも、少女は別にそれが悪いことと感じることはなかったし、それを責め立てることも、正しいと思うことも、別に感じることは無かった……。


書き終わりました。すいません間に合いませんでした。

はいというわけで、入れても入れなくても良かったけどやっぱり没ネタになった会話を載せます↓


華日「華日団を作る!」

グリオ「ダッサ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ