04-01『参照透過性』12/30
夜中。
吹雪いていた。
まずいな。と、タケヤは思う。
かなり特殊なマテリアルで構成されているのだろう、追従性と保温機能をハイレベルでインテグレーションしている戦闘仕様のスーツではあるが、これ以上の温度低下が続くと可動域のパフォーマンスに影響が出る。
ファイヤアームに転用出来るレベルの火薬、及び石油の類はこの村には存在しない。皮肉なものだと俺は自嘲気味に笑う。
装甲は複合素材由来の高性能なもの、それに対して剣、槍、短剣、まるで中世さながらの武器しかない。あまつさえ敵は正体不明の鬼だ。まるで質の悪いグランギニョルさ。
そんな中で剣の重量感だけが心地よい。
「ちょっとタケちゃん、寒いから焚き火でもしようよ、そこら辺に落ち葉や枯れ木があるからさ」
「誰がタケちゃんだ!」
「キャー、タケちゃん怖いー!」
俺に怒鳴られて、アカガワは戯けながら飛び跳ねる。気丈に明るく振る舞う少女、アカガワ。弟の安全の為に戦うことを選んだ少女。
この狂った村では戦うことだけが明日を生きるためのワランティカードなのか。アカガワの無垢な笑顔だけが心地よい。
「アカガワさーん、さすがに焚き火は止めて欲しいなー、一応監視任務なんだからさー」
「はーい、キガシラ隊長、ごめんなさーい」
キガシラがアカガワをたしなめる。
キガシラ。鬼との戦闘を指揮する事実上の司令官。
英傑は英傑を知る。人当たりはいいが、キガシラが百戦錬磨の勇士であると俺は一目で見抜いていた。戦わなければ生きていけないが、戦うすべを知らぬ少女、同じくなんの戦闘能力もないイシガキハカセを自らの小隊に配置するなどなかなか出来るものではない、最強のビショップである俺が小隊に居るとしてもだ。そして今、小隊を率いて鬼の監視任務にあたっているのだ。
自らが戦場に立つ。いいコマンダーとはそういうものさ。
「なんじゃ、焚き火は止めかい。タキギ拾って来て損したわい」
そう、イシガキハカセが言った。キガシラが応える。
「イシガキハカセ。寒いんだったら村の集会所に戻っていいですよー。帰り道は判るでしょ」
「嫌じゃ、ワシも鬼見物を続ける!」
何のハカセか知らないが、ハカセと名乗るからには好奇心は強いのだろう。
監視場所である崖の遥か下に横たわる鬼は、監視を始めてからピクリとも動かない。アカガワは飽き始めているがイシガキの興味は尽きてないようだ。
イシガキが持っていたタキギをポロポロ落とした
「どうしたジジィ!」
「た、大変じゃタケヤ君! ここは地球じゃない!」
なんの冗談かとアカガワが笑う。
「何言ってるのよハカセ!」
気がついたか。アカガワを不安がらせない為にあえて黙っていたが、さすがはハカセ。
「あぁそうだ。別の次元、天体、どれかは知らないがここは地球じゃない、異世界だ。星の配置が地球上から見たものとはまったくちがう」
「ワシは今気がついだが、タケヤ君はいつ判った?」
「この世界の最初の夜には」
「さすがじゃタケヤ君!」
衝撃の事実に気丈なアカガワも膝から崩れ落ちそうになる。俺はアカガワを抱きとめた。俺の胸の中、震えながらアカガワは言った。
「そんな、異世界だなんて。私達は元の世界に戻れるの?」
「アカガワ! 今は生き延びることだけを考えろ! 俺がきっと元の世界に連れ戻してやる!」
「……うん」
俺の胸にしがみついていたことに気が付き、アカガワは顔を赤らめながら離れる。
照れを隠す為か、アカガワはキガシラに質問する。
「ところでキガシラ隊長。鬼はこちらから攻撃しない限り数日は覚醒しないという話ですが、少し遅すぎはしませんか。もう四日目ですよ。明日でラストなのに、なにをチンタラやってるんでしょうか」
「んー、ぶっちゃけ異例なんだよねー。遅くても三日目には起きるんだけどねー。なんか最初の計画が破綻でもしたのかなー」
と、その時、俺は先刻からまとわりつく違和感の正体に気がつく。あぁ、そうか! なんてことだ。
飛び跳ね、崖を滑り降りる俺を見て、キガシラは驚く。
「タケヤ! 待て! 何をする! 鬼を刺激してはならん!」
俺に追従できるだけでも、キガシラの戦闘能力の高さが判る。だが俺に追いつくのは不可能だ。
地面を蹴り、俺は鬼に向かい走る。
激しく揺れる視界に横たわる鬼の巨躯が迫る。
俺は剣を抜いた。そして次の瞬間、鬼の胸部を突き刺し地面に縫い付ける。
「さすがじゃタケヤ君! 見事に鬼を倒したぞい! 納得行かなくても勝ちは勝ちじゃ! これで無事、見事に綺麗に完結じゃい! 誰にも文句は言わせんぞ!」
キガシラはタケヤの行動の意味を知った。
俺はアカガワとイシガキハカセに向かい叫ぶ。
「こいつはデコイだ。今年の鬼は戦闘タイプじゃない。……今年の鬼は隠密タイプだっ!」




