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02-01『眠る鬼』12/28

「何を呑気に。笑ってるの。なあんだあ、で済むわけないでしょ」


 女は言った。

 打ちっぱなしのセメントに、壁には松明。低い天井の下には換気用に開かれた横に細長い窓があった。窓の外は暗い。

 講義の場、あるいは集会場。村長代理と名乗る男がさながら講師だ。

 村長代理が何歳ぐらいの男か、タケヤにはよく判らないが若くは見える。本当に若いのか若く見える中年の男なのか。

 質素な長椅子が置かれ。タケヤたち四人が村長代理と向かい合い座っている。

 今、言葉を発したのは若い女だった。歳はタケヤと同じくらい、タケヤほど緩んだ感じはなく。引き締まった表情をしているが、この状況ではそっちの方が当たり前だろう。綺麗な銀髪を首のうしろで括っている。

 タケヤには彼女の笑顔が想像できなかった。

 鬼の出現を報告した男に指示を出し、村長代理は女の言葉に応える。


「まあ、お嬢さんの」


 お嬢さん呼ばわりが気に食わなかったのか、女は吐き捨てるようにアカガワと名乗った。ついでにタケヤも名乗ったが反応はない。村長代理は続ける。


「えーと、アカガワさんのおっしゃるとおりですが、別に嘘はついていません。常識的に考えれば無茶な話ではないですよ。

 つまるところ、鬼を相手に命がけで戦う、つまり我らの仲間となっていただけるなら、当然こちらの資材は共用していただけます。できうる限り平等にですね。はい、タケヤ君」


「資材ってなんですか」


「資材というか資源ですね、食料、燃料、衣料品に抗生物質等の薬品、鬼と戦う為の刃物や武器です」


 噛み付くようにアカガワは言った。


「つまり協力しないものは野垂れ死ねってことでしょ。選択の余地なんかないくせに」


 困ったなあと村長代理は首をかしげる。


「いえいえ、鬼討伐に協力しないからといって、別に餓死しかかってる、病気で死にかかってるってのを笑いながら見殺しにはしませんよ。

 ただどうしても資源に限りはあるんで協力者を優先します。余裕があれば提供します。抗生物質は貴重なんで無理かもですが。第一、その資材も皆で協力して手に入れてるわけで」


 アカガワの相手をしているより、タケヤの相手をしている方が気楽なのか、村長代理はタケヤに説明する。


「さっきの報告を聞いてましたかタケヤ君。コンテナの話が出てたのを覚えていると思いますが、覚えてない? ……あなた、結構凄いですね、色んな意味で。

 まあいいや。鬼と同時にコンテナが出現します。湧いて出るんでなくコートの連中が鬼と一緒に運んでくるんですが。

 五日間逃げ切りではなく、鬼を殺すことに成功したらコンテナの鍵が手に入り中身はこちらのものです。食料はほぼ自給自足でまかなえますが、薬品の類は貴重なんで、基本、こちらも鬼は殺す方向で作戦を立てます。

 鬼は装備の何処かに液体の詰まった小瓶を持っているんで、鬼を殺したらそれを手に入れてください。

 絶対割らないでくださいよ、絶対ですよ、絶対。タケヤ君はそういう絶望的なボケをかますタイプの気配がビンビンしてますんで、本当にマジでよろしくお願いします。

 小瓶の中には外気に触れると12分程度で腐食して使い物にならなくなる特殊な合金製の鍵が入ってます。その鍵を使ってコンテナを開けると、中は抗生物質やらの宝の山ってわけです」


 すべては戦いのための仕掛けだ。逃げ惑う村人を一方的に殺すのではなく、こちらも鬼を殺す為に戦う。戦う気がないと鬼がみなせば、自ら瓶を割り鍵は失われる。勝利には報酬を伴わせる、公正なルールではあるが悪趣味な仕掛けだ。

 そういう深いところはタケヤは考えもせず、村長代理の説明を素直に受け取る。

 タケヤと違い、アカガワは村長代理を睨みつけたままだ。


「困ったなあ。納得するしないとかの話じゃないんですけどねえ。私に噛み付いたってどうにもなりませんよ」


「仕方ないさ村長代理。我が子を守る為だから彼女も必死なんだよ」


 アカガワの足元には、彼女にしがみつく一人の少年が居た。四歳ぐらいだろう。アカガワと同じ銀髪をしている。

 突如現れた男にアカガワは言い返す。


「子供じゃありません。弟です」


 村長代理は男に迷惑そうな視線を投げる。


「来たんですか、イタチさん。いつものことですが、何処から入ったんです。来なくていいです、帰っていいですよ」


 ヒョロリとした優男を村長代理はイタチと呼んだ。


「弟さんですか、これは失礼お嬢さん。そこの村長代理を名乗るオジサンの話は嘘じゃありませんよ、この私が言うんだから間違いない」


 アカガワ姉は言った。


「あなたの言葉の何を信用しろというんですか」


「ごもっとも。ただ、僕は鬼との戦いを拒否した男ってことです。少しばかりのサバイバル能力と、馬鹿な錠前を破る器用さがあれば、連中とつるまなくても生きていけます」


「馬鹿な錠前で悪うございましたな」


「ね? 盗みの犯人は僕しかいなくて、自白までしてるのに、現行犯じゃないと捕まえない、この村のルールを尊重してるわけですよ。現行犯で捕まれば死刑なんですが、まあそれぐらいは仕方ない」


「私や弟にも、あなたと同じ選択をしろと?」


 軽口を叩いていたが、ここでイタチは少し考える素振りを見せる。


「さて、どうですかねえ。僕一人なら、畑の野菜を盗んだりして、快適に村に寄生して生きていけるんですが。三人だとどうかなあ。お嬢さんが漁の達人とかならいけるかな」


 タケヤは言った。


「でも鬼との殺し合いを避けられるんでしょ?」


「ああ、そこね。そこはあんまり利点じゃない」


「?」


「今年みたいな戦闘タイプは、適当に村人連中の戦いを高みの見物してりゃいいんですが」


 村長代理は露骨に不快な顔をする。


「こっちは命がけなのに、高みの見物ってあなた」


「まあまあ、言葉のアヤで。大まかに分けて鬼の種類は三種類、戦闘タイプ以外に隠密タイプってのが居てね」


 タケヤは質問する。


「残りの一つは?」


「ヒ・ミ・ツ。隠密っていうぐらいだから、何処に居るのか判らない。コンテナがあるから鬼が来てるのは判るんだけど、居場所は不明。そして一人また一人と狩られる村人って感じの鬼でね。

 このタイプに真っ先に狙われるのが、村から離れて暮らしてる僕みたいな連中ってわけで……あ、今は僕だけか。鬼と戦わないと決めようがどうしようが、鬼は殺しに来るんですよ」


 もうひとつタケヤは質問する。


「でもイタチさんは、隠密タイプが来てもちゃんと生き延びてますよね?」


「ふむ。良い質問だね。それは僕の卓越した身体能力と知性に裏付けされた抜群の洞察……」


 村長代理は最後まで喋らせない。


「何をボケてるんですかタケヤ君。目の前で見てるでしょ。この人は鬼の出現が確認される二十七日は毎年こうやって村に紛れ込んでるんですよ。で、隠密タイプならそのまま村の中に潜伏して五日間をやり過ごしてるんです」


 イタチは反論する。


「去年の話を見てきたように語るとは、見事な引き継ぎじゃないか、村長代理。それに『日付はとっく二十八日』だ」


「あれ、さっきまで二十七日の十時過ぎの気がしたんですが」


「なあに時計がちょっと狂ってたんだよ。『お嬢さんが最初に発言したのが丁度日付が変わった二十八日頃』だよ」


「よし! 『だったらなんの問題もない』ね、あっはっは」


 アカガワ姉が苛立たしく吐き捨てる。


「なに、このくだらない茶番は……」


「そう! まったくなんとくだらない茶番であろうか! こんなにひねくれた茶番はくだらなすぎて、面白いじゃないか! ちなみに故あって名前は名乗れぬが、不便かもしれないんでイシガキとでも名乗っておこう! ハカセとでも呼んでくれたまえ!」


 村に送られたのは四人。タケヤ。アカガワ姉弟。今まで押し黙り話を聞いていたイシガキが叫ぶ。白衣を着た初老の男、爆発したマッドサイエンティストにしか見えない。


「この恐るべき陰謀であり茶番の犯人はこの中にいる! かな?」


 村長代理は優しく微笑み、イシガキ(註:間違い修正 イタガキをイシガキに。2016/01/12)の注意をひくように手をポンポンと叩く。


「はい、おじいさん、落ち着いてくださいねー。これは犯人がどうとかいう問題じゃないですよー。もしも犯人がいて、そいつをとっ捕まえても状況は変わりませんからねー」


「それもそうじゃの!」


 ノックのつもりかガンガンと扉が叩かれ、返事を待つ前に扉が開く。

 無精髭の男が面倒そうに顔を出す。


「村長代理、いつまでチンタラやってんすか。向こうじゃ村の連中が待ってるんで、さっさとミーティング始めたいんですがねえ。お。イタチ」


 次の瞬間に何が起きたかタケヤには理解できなかった。視界の端で唐突に猫がとんでもない動きを始めたかのようだ。せいぜい何かが動いた程度にしか判らない。

 バサ。という衣服が風を切る音が恐ろしく遅れて聞こえたような気がする。

 無精髭の男の剣がイタチの首に添えられていた。イタチはイタチでふざけたように驚いた顔をしている。

 村長代理は特に止めようともしない。


「すいませんね、時間が押してるんでみなさんも向こうに来てもらってミーティングを始めましょう」


 イタチは言った。


「ほら、村長代理。紹介しときましょうよ。彼がこの村の戦闘班班長キガシラさんですよ。向こうの鬼に対抗する村側の鬼です」


「誰が鬼だ。ふざけたことを」


「そうかな? 下手な鬼よりきみに殺された村人の方が多いじゃないか」


「まあな」


 二人の会話はタケヤの耳には届いていない。

 板状の異形の剣。キガシラが持つ剣はあの剣だった。剣から目が離せない。



 アカガワ姉が言った。


「ねえ、今更あれなんだけど。村人を殺しに、その鬼ってのが来てるのに呑気すぎない?」


 ふむふむとイシガキは頷き言った。


「たぶん鬼は寝てるんじゃないかな!」


「……あのね、おじいちゃん。これから殺し合いをしようとしてるのに寝てるわけないでしょ」


 村長代理は言った。


「いえ。正解です。よく判りましたね」


「ハッハッハ。見るべきものを見れば、おのずとそこに答えは書いてあるのですよ!」


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