表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

幼女勇者の知られざる伝説

作者: 達人

 「光野さん! どうか! どうか今日こそは是非ともお話を!」

 「お願いします! ちょっとだけ! ちょっとだけですから!」


 大陸一の繁栄を誇るとかいう、リインガルド王国の城下町リンダート。そこから少し離れた小高い丘の上に一軒の家がある。うん、俺の家だ。

 そしてそこはただの民家だと言うのに、驚く事に、いや、いつもの様に喧騒に包まれていた。


 「ロウラ様は、『鉄壁の盾』の異名を誇るこの私が必ずお守り致しますので、なにとぞご指名を!」

 「光野太郎さん! 出来る事なら何でも致します! ですから――」


 ん? 何でもするって言った? でも残念、野郎に何でもするとか言われても嬉しくない。美少女だったら……いや、それもダメだ。うちの嫁は最高の嫁だが、怒ると最強に怖いのだ。以前一度だけ怒らせた事があったが、あの時は大変だった。結局何日か喧嘩という名の防衛戦を続けたところで、国王がやってきて「もう止めて下さい」と泣いて頼んできたのをきっかけに仲直りしたっけ。

 そしてロウラというのは俺の娘だ。七年前に結婚したライラと俺の娘で、タロウとライラの間を取ってロウラと名付けた。とても素直で可愛い子だが困ったことがひとつだけある。

 何でも、光の神様のなんちゃらさんから天啓があったとかで、可愛いうちのロウラが勇者認定されてしまったのだ。 国やら王やらが勝手に決めた勇者では無く、神様から認められてしまったので、国中、いや世界中が大騒ぎになってしまった。

 十年前に大魔王が何者かに倒され、魔界へ通じる地獄門が閉じられた事で平和になった筈だったのだが、最近になってまた復活したらしい。こういうのって普通百年とか開くんじゃないのか? 十年って早すぎだろ。全く迷惑な話だ。

 それから連日の様に、大魔王討伐パーティーを名乗る連中が娘を勧誘しにくる始末。しつこい。本当にしつこい。

 とりあえず、今は家に俺しか居ない。娘は友達と遊びに行っているし、嫁さんはペットのタマも連れてその付添中だ。

 流石に神様を敵に回すつもりは無いらしく、直接ロウラをどうこうしようとする輩は居ないが――いや、もし居たら速攻で黒焦げになる様にはしてあるが。そうすると、こうして家に大挙してくるので煩い事この上ない。最初は昼夜を問わずやって来たので全力で追い返してやったら、決まった時間帯に集まる様になっただけマシになったものだが。


「光野さん! お願いします! ぜひともお嬢様を私共のパーティーに!」

「いやいや、ロウラ様を迎えるのは俺達のパーティーだ!」

「ふざけるな! 貴様達のような下賤の者達に、天啓の勇者様が任せられるか! このカヴァロ公爵家次期当主であるオッソ・デル・カヴァロこそが――」

「ロウラちゃん好きだ―! 結婚してくれー!」


 おい誰だどさくさに紛れて好きだとか叫んでるカバ野郎は。うちの子にそういうのはまだ早いと何度言ったら分かるんだ。

 というかロウラはまだ五歳なんですが。こいつら、そんな娘を魔物がうようよひしめく魔界へ連れて行こうってのか。タマの時も思ったが、本当に血も涙もない奴らだ。一体五歳児に何が出来るというのだ。五歳児に倒される大魔王が居るなら見てみたいわ。


「いい加減にしやがれ! お前らにうちの可愛いロウラを任せられる訳無いだろうが! 帰れ帰れ! いや、帰してやるからそこに居ろ!」


 そう言って手元のボタンをポチっと押す。

 低い唸るような音がしたかと思うと、家の周りの大地が揺らめき、そこに立っている人間達が一人、また一人と姿を消していく。


「うわっ、また転送されてしまうっ」

「くっ、魔法反射の札も魔法無効の指輪も聞かぬとは、一体どう言う――」

「あざーっす」「次もよろしくっすー」「助かるわー」


 これは、集まった奴らをみんなまとめてそれぞれ自分の家にテレポートさせる魔道具だ。ちょっと前に日曜大工で作った。嫁さんにも手伝って貰ったが割と良い出来だと思う。

 噂を聞きつけて、手軽に家に帰りたい遠方の奴らが相乗りしてきたりするが、どうせまとめてぶっ飛ばすので知ったことではない。

 静かになったので、ようやく落ち着いて茶を啜る。……ヌルい。淹れ直すか。そうしている内に玄関先から声が聞こえてきた。


「ごめんくださーい!グロネコ特急便でーす!」

「おっ、来たか」


 そうだそうだ。今日は待ちに待った日なのだ。ロウラに着せる為に王国一の服屋に頼んだ、特注のゴスロリ服が届く日なのだ。

 嫁には内緒で奮発してしまったがバレたとて後悔などしない。ロウラも楽しみにしているしな。などと考えつつイソイソと玄関先まで行き――ドアスコープを覗いた。


 ふっ、俺も昔に比べると成長したものだ。どんなにソワソワしていても慌ててドアを開けてはいけない。……うん、ちゃんとグロネコ配達員の様だな。

 ドアを開けると、サワヤカマッチョな配達員のアンチャンが笑顔で大きなダンボールを抱えていた。


「こんにちは! グロネコ特急便です! お荷物お届けに伺いました!」

「はい、ご苦労様です」

「お荷物こちらでよろしいでしょうか? それではこれに印鑑を……はい、ありがとうございました!」


 よし、それじゃあ茶の間に運んでしまうか。それにしても結構デカイ箱に入ってるな。

 そう思いながら箱を開――


「グワハハハハハ! 服だけだと思ったかバカめ! 残念ワシも入ってました―! ワシ! 復・活!」


 小さい幼児用ゴスロリ服をピッチピチに着こなした変なおっさんが箱から飛び出してきた。


「おいおっさん何モンだてめー! ふざけるのも大概にしろよ! あーあー折角の服が見るも無残にピッチピチじゃねーか!」


 マジで何してくれてんだこのおっさん。というかそもそも良く着れたよな。五歳児にピッタリのサイズなのに。


「グワハハハハ! この服は配送される間何日も着続けた為に、既に我が魔力を多分に含み闇の衣と化しておるわ!」


 出荷前から服着て箱に潜んでたのかよ。どんだけ暇なんだよ。というか闇の衣? ああ、そう言えば前にもこんな奴いたっけ。


「そういえばどっかで見た事あると思ったら、何年か前にここで昇天した自称大魔王じゃねーか」

「自称ちゃうわ! 余こそは、余こそが大魔王じゃ! 此度は神の啓示を受けた勇者が居るとか居ないとかで、急いで抹殺しに来てやったわ!」

「そこは居ると確認してから来ようよ」


 前回はタマで今回はロウラか、毎度毎度俺の大事なものを狙いやがっていい加減にして欲しい。前回タマを狙われた時と違ってとても落ち着いているが、それは俺が精神的に凄く成長したから……という訳ではなく、単純に現在ロウラが家に居ないからだ。


「なっ、何じゃとっ! 居らんのか!?」

「居らん居らん、そんな勇者なんてどこにも居りません」


 別に嘘は言っていない。勇者なんてものはうちには居ない。『今』は。


「くっ、わざわざ苦労してこんな服を着て乗り込んできたというのに、なんという事じゃ……」

「それなんだけど、お前、その服が一体どんな物か分かってそんな扱いしちゃってる訳?」

「何っ?」

「何っ?じゃねーよ! その服は大事な娘へのプレゼントだってんだ! 大魔王だか何だか知らないが、五歳の幼児を虐めて楽しいのかって聞いてんだよ!」

「な、なんとぉっ!? ふぐぉっっっっ」


 俺の渾身の右ストレートがおっさんの顔面を捉えた。ん、何となく感覚が変だな。本当ならもっと派手にぶっ飛んでる筈なんだが……衝撃が何かに吸収された様な感じがする。

 これが闇の衣の効果ってやつなのか。曲りなりに大魔王を自称するだけの事はある、って事なのかな。まあそれでも、いい感じに顔面歪んで鼻血吹いてるあたりは所詮自称か。

 おっさんの様子を確認しながら反撃に備え身構えるが、おっさんは鼻血を吹きながらもこちらを見据えると、おもむろに頭を下げた。


「……………………しょ……正直すまんかった」


 あれ? なんか思ったのと反応が違うな。もっとこう『グワハハハ! 幼児どころか赤子をいたぶるのすら三度の飯より好物じゃわ!』とか言うのかと思ったら、項垂れてシュンとしてしまっているぞこのおっさん。

 しかし話はそうじゃないんだ。俺に謝られたって、どうなる問題でもない。


「すまんじゃねーよ。俺はいいんだ俺は。だけど、今日を楽しみにしてた娘の気持ちをどうするんだって言ってるんだよ」

「うむぅぅ……ワ、ワシだって、ワシだってな!」


 おっさんがしどろもどろに釈明を始めるのと同時に玄関の開く音が聞こえる。


「ただまー!」

「あっ、帰ってきちゃった」


 あーどうしよう。ロウラ帰って来ちゃったよ。絶対、家に帰るのを今か今かと待ち遠しく過ごして急いで帰ってきたに違いないのに、肝心の服がこれじゃあ……。

 焦って考えた所で解決策が浮かぶわけでもなく、そうこうしている内にトタトタトタと足音が近づいてきた。


「あれえ? ぱぱ、おきゃくさん?」

「おかえりロウラ。えっと、お客さんというか何というか……」


 なんと言っていいか困っている俺を一瞥した後、おっさんの方を見て目を見開いて硬直するロウラ。ああ、うん、そうなんだ。その服、もうビッチビチで多分着られたもんじゃないんだ。

 ゴメンな。折角楽しみにしていたのに……。


「あ……それ、ロウラのおようふ、く……?」


 やはり、オッサンに勝手に着られてとんでもない事になっている服が、自分が楽しみにしていた今日届く筈の服だと気づいてしまった様だ。

 愕然としているロウラを見て、これまた真っ青な顔になって冷や汗をかいているおっさん。マジでどうするんだよこれ……どうすればいいんだよ。


「す、すまん。許してくれい! ワ、ワシが、ワシが駄目にしてしまったんじゃぁあああ!」


 もの凄い勢いでロウラに対して土下座をキメるおっさん。おいおい、大魔王なんじゃなかったのかよ。大魔王が五歳の幼女相手に土下座ってどうなの。

 そんな自称大魔王のおっさんを困った様な顔で見つめながら、ロウラが口を開いた。


「ん、ロウラはだいじょうぶ、だよ。でも、かってくれたのはパパだから、ね? ……いっしょに、あやまろ?」


 そんな事を言っているが、よく見れば目には涙を溜めている。買ってやるって言った時あんなに嬉しがってたもんな。平気な訳ないよな。

 それなのに、こんな幼児服を着た変態のおっさんや俺を気遣う事が先に来てしまう。優しい子だ。この子が勇者? バカな、一体どこに目をつけているんだか。勇者な訳無いだろ。どうみたって天使だ。マジ天使。 


「ふぐっ、ふぐおおおおお…………ワシは、ワシはなんて事をしてしまったんじゃぁああああ!」


 ロウラを悲痛な顔で見つめながらぐちゃぐちゃになって号泣し始めるおっさん。おいおい、泣きたいのは俺達の方だっての。頼むからカーペットに涎とか鼻水とか鼻血をつけないでくれよな。

 

「おじちゃん、いたいの? だいじょうぶ? そうだ、ロウラが、いたくないおまじないしてあげるね」

「あっ、ロウラそれはダメ――」

「いたいのいたいのとんでけー!」


 ……遅かった。『いたいのいたいのとんでけ』……うん、まあ日本人にはお馴染みのおまじないなんだけどね。ロウラが使ったのは魔法なんだ。いくら適当でも攻撃魔法は危ないから一切教えてないけど、代わりに教えた俺流回復魔法。

 転んで膝でも擦りむいた時にちょっと回復出来たら便利かもなあと思って教えたんだが……。何やら死んだ爺様が蘇ったとかいう噂が流れて大騒ぎになりかけたので、使用禁止にしてほとぼりが覚めるのを待っているところだ。

 そんなとんでもない魔法では無いはずなんだけどな。まあ噂は噂だからアテにはならないが。


「ふぁぁああぁあああああったかい光に包まれて……め、召される……召されるんじゃぁあああああ」


 あれ? 回復していない? 何でだろう。……あれか、一応大魔王らしいから回復魔法でダメージ食らってるのだろうか。確かにそういうタイプって居るよな。

 でもこれ、ダメージ食らっているっていうか、魂が抜けかけてる様に見えるぞ。


「おい、おい大丈夫か? 痛いの飛んでっちゃうのか?」

「はうぅうう、ほぁあああぁ。飛んでく……痛いの飛んでっちゃうぅぅううううう」


 うん、ダメだコレ。いい感じにトリップしちゃってるよ。こいつまたここで昇天する気か。ちょっといい加減にしてくれませんかねえ……。ウチは昇天所じゃないですけどねえ。

 

「……ワシ、何だか癖になりそう」


 そう言い遺すと、自称大魔王の変なおっさんの魂は天に昇り、体は霧の様に四散した。残されたのは俺たち親子と、ビッチビチに伸びきった幼児用ゴスロリ服だけ。


「おじちゃん、どっかとんでっちゃった。どこいったのかな? またくるかな?」


 そう言って、おっさんの魂が登っていった天井の方を心配そうに見つめるロウラの頭を撫でながら俺は言った。


「ああ、また来るんじゃないかな。十年後くらいに」


 本当に、毎度人騒がせなおっさんだ。あんなのが大魔王とか世も末だよ。いや違うか、あんなのだったら世の末は当分先だろう。

 まあいいや、とりあえずもう一回服を注文しよう。今度はもっと可愛いやつ考えるのだ。そうだ、天使の羽なんかつけたらいいんじゃないかな。うん絶対いいよそれ。うちの子、マジ最高天使!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ