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第九話   変化ともやもや

 私はその後、己の浅はかさを何度も呪う事になったのでございます・・・。


私は結局のところ甘く見ておったのです。たかだか八歳の娘子に何が出来るものかと・・・。



◇◇◇◇


 変化は直ぐに現れました。


「菫様!先程若君様が私のような者に、『常に部屋に塵一つ無く、毎日心地好く過ごす事が出来ておるのはそなたのお陰だ、ありがとう。』と労いのお言葉を仰せくださいまして、川で釣ってこられたばかりの鱒を、『皆で食べよ。』とお裾分けくださいました。」


「菫様!若君様が、『そなたは月を見てどう思う?』などと私にお尋ねに・・・、」


菫様!菫様!


屋敷のあちらこちらの家人から、青馬様から話し掛けられたとの報告を受けるようになったのでございます。


すっかり口数が少なくなられて、必要以上に誰とも話そうとなさらなかった青馬様が、再び自らお声を掛けて迄話されるようになられたのです。


元々お小さい頃は、ませた事を仰る程、口達者でいらしたのです。真はとても話し好きの明るいお人柄。


屋敷中皆が、以前の若君様にお戻りになられたと大層な喜びようで、果ては、


「菫様!わ、若君様が和哉様と井戸で汗をお流しになられながら、お、大笑いなされておいででございました!」


との報告を受ける迄になりました。


又ここのところ河原からお戻りになられると、ちょくちょくお母様のお部屋をお訪ねになられては歓談なされておられます。お母様のお部屋からは、その都度楽しげな笑い声が漏れ聞こえてきておりました。


以前の朗らかさを取り戻された青馬様。ずっと案じておりました事が願い叶うたのにも拘らず、逆に私の心の中はもやもやして嫌な気分でございました。


然れど、何より私を苦しめましたのは、


「菫様のお陰でございます、ありがとうございます!」


「菫様のようなお優しい御方がお側で微笑んでくだされば誰しも癒されます、菫様、誠にありがとうございます!」


事情を何も知らぬ屋敷の者達の、これらの言葉にございました。


菫様のお陰・・・、その度に私は曖昧に微笑んでやり過ごすほかなく、まるで心の臓に針で穴を空けられておるようなチクチクした胸の痛みは増すばかりにございました。


私を気遣う桐依が、都度適当に話題を変えてその者に用事を申し付けたりして、適当にあしらってはおりましたが、青馬様贔屓の屋敷中の者がひっきりなしに私を訪ねてくる為に、私には、気分が優れぬと部屋で夜具に(くる)まって耳を塞ぐしか逃れる術がなかったのでこざいます。



◇◇◇◇


 然しある日、そうして何とか己をごまかしながら日々過ごしてきた私の心を、更に掻き乱す出来事が起こりました。


その日、いつものように屋敷を出て日暮れ前に戻られた青馬様のご様子が、出て行かれた時と明らかに違うていらっしゃるというのです。


お出掛けになられた際には、無造作に後ろにひと纏めに結んでおられた髪が、屋敷に戻られた時には、少年らしく髪を左右それぞれにまとめて結われておられたと、青馬様を出迎えた侍女達が、直ぐに興奮して私の元に報告にやって来ました。


それを聞き、こっそり私がその様子を拝見しに参りますと、ちょうど通り掛かられた青湖様に嬉しそうに、「今の都の流行りだそうです。」と少し照れながらお話しになられておられました。


そのお姿が余りにお美しく、私は物陰に隠れながら暫し見惚れてしまうた程にございましたが、よくよく拝見させて戴くうちに、髪を結うておられる綺麗に編まれた組紐に目がいきました。


(あれは・・・、)


あれは何方(どなた)かが手ずから編まれたお品に違いない。恐らくあれをお使い戴きたくて髪を結い直されたのだと、それを見た瞬間、私には分かってしまうたのです。


「菫様?如何なさいました?折角でございます、お迎えに上がられなくて宜しいのですか?」


桐依の声に我に返ると、私は誰にも気付かれぬうちにと、慌てて踵を返しました。


「菫様?ご気分がお悪いのですか?お顔の色が優れませぬが?」


私は桐依の問い掛けに、


「いえ、少し疲れただけです、部屋で休みます。」


それだけ答えると、足早に部屋に逃げ帰ったのでございます。


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