第八話 私の務め
私はその夜、神が私に与え賜うたお役目を全うすると、我が心に誓うたのでございます。
◇◇◇◇
「ああ、姉上には、まだ珠の事をお話ししておりませんでしたね。ええ、仰る通りです、珠は右大臣・柿本秋人様の息女です。」
然し、気付けばいつの間にか青馬様は表情を和らげられて、何の躊躇いも見せずに私に説明してくだされました。
「珠は、父上と秋人様でお決めになられた、私の生まれる前からの許婚です。」
「ご誕生前からの?」、素直に驚いて、思わず聞き返させて戴きますと、
「はい、珠は私より四年程遅れて生まれてきましたが、生まれて直ぐに対面を果たして以来、私がおしめを替えたり粥を食べさせたりと甲斐甲斐しく世話を焼き、言わば私が育ててきたのですよ。」
相好崩して、まるで我が子の事を語る娘に甘い父親の如きそのお姿が、珠姫様を、ただ恋しく想われておられるという、ひと時の恋情などでは無く、そのような次元などとうに超えた深い愛情なのだと私に訴え掛けておられました。
私はと言えば、正直お二人がそれ程の間柄なのだとは、思うていなかったというのが本音でございました。
そしてこの再会。
恐らくお二方は、神に祝福された真実の恋人同士なのだと思いました。
然すれば、何故私が青馬様の妻となるのでありましょうか?
如何に青馬様が私との婚儀を厭われようとも、安芸のお家の為に私と婚姻なされるのも又紛れもない事実にございます。
青馬様は決してご自身が負われておられるこの責務を、投げ出されるような事だけはなさりませぬ。それだけは私にも分かりまする。
然らば私の務めとはやはり、青馬様が負われておられるその責務を共に担って、重圧を共に受け止め、青馬様のお心のご負担を僅かばかりでも軽くして差し上げる事にございます。
ならば私は、必ずや立派な青馬様のご継嗣を誕生させてみせまする。例えその結果、元々健勝でない我が命削る事になろうとも、病をおしてお父様に同行なされたお母様と同様に、貴方様のお側に居られるのなら構いませぬ。神が私に与え賜うたこのお役目だけは、何があろうと絶対誰にも渡しは致しませぬ。
ましてや誰よりお慕い申し上げております貴方様の御子を産ませて戴けるのでございます。愛する御方の御子を授かる、それは女人にとって至上の喜びに他なりませぬ。
「父君、母上、故に珠の事は私が保証致します。皆に迷惑掛けるような事には決してなりませぬ。ですからどうかこれからも、僅かな時を共に過ごす事、お許し願いたいのです。そのように会うのは元服する迄とお約束致します。」
元服する迄・・・。
私がいつの間にか又悶々と考えに耽っております間に、青馬様は斯様にお話しを締め括られました。
「「・・・」」
私は青馬様のお声に意識を引き戻され、再びの重い沈黙に皆を見ますと、その視線は私に集中しておりました。
(ああ、そういう事にございますか。)
皆私を案じて答えを出す事が出来ぬのです。それはそうでございましょう。私という婚約者が、曲がりなりにも居りますのに、破談になった元の婚約者と、これから共に過ごす時が欲しいと、現婚約者である私の目の前で、互いの親に申し出られておられるのです。常識の沙汰ではございませぬ。
なのにそれを反対する言を、お父様もお母様も一言も申されておられませぬ。つまりそれは、お二人は反対なされておられぬのだという事です。ただそれを口に出す事も又、私に憚ってお出来になられぬのでございましょう。
青馬様・・・、貴方様は何と冷酷な御方なのでございますか?私がお断りなど出来ぬのを百も承知しておられながら、更に私にそれを言わせようとなされるなど、何というなさりよう。
私を気遣わしげにご覧になられておられるお父様とお母様。
私は自らを燃えたぎる業火の中に放り込む事になりかねぬ決断をせねばなりませんでした。
私はお父様とお母様に、そっと微笑んで頷いて見せました。
そしてその夜から私は、醜悪な嫉妬と猜疑心に苛まれて生涯解き放たれる事は無かったのでございます。