第七話 苦悩の始まり
その日私は、これから始まる長き苦悩の日々に臨む覚悟を試される事になりましたのでございます。
◇◇◇◇
再び場が凍りつきました。
青馬様は、そのような事、我関せずと思うておいでなのでございましょうか、はたまた敢えて波風を立てるような発言をなされておられるのでございましょうか・・・。
恐らく後者にございます。皆の反応を観ておいでなのです。
この場の全ての人に、ご自身の想いに一点の曇りも無き事を訴えておられる。
如何に過酷な運命に狂わされようとも変わら無かった、その確固たる純粋無垢な想いを。
『覚悟はあるか?』
そう私にお尋ねになられたあの日と同じ目をなされて、お父様が私をご覧になられておられる。
『若君は恐らく生涯珠姫様の事をお忘れにはなられぬ。珠姫様は、言わば若君の幸福の象徴、若君のお心の中で、いつまでも変わらず、最も清らかなる御方として生き続けられよう。』
『それを承知して尚、若君に嫁ぐ覚悟が有るかと尋ねておる。』
私もあの日と同じように笑うてお答えせねばならぬのに、笑顔が作れず、それどころか、ややもすると涙が零れそうでございました。これでは、やはり覚悟が足りぬとお父様に婚約を白紙にされかねませぬ。青馬様もそれを狙うておいでなのやもしれませぬが・・・。
私は再度干し梅を一つ摘むとそれを口に含みましてございます。
「んっ!」
途端に口中に拡がる、堪えようの無い酸っぱさに思わず顔を顰めると、種を出し、そのどさくさで、出掛かっておりました涙迄干し梅と共に飲み込みました。
そして残りのご飯を、大根の塩漬けをおかずにはしたなくも掻き込むように口に入れると、汁物で喉に流し込み、敢えて皆に聞こえるようなはっきりとした声で、
「ご馳走様でした!」と手を合わせました。
そうして私は、誰もが口を噤む重苦しい雰囲気の中、その勢いで顔を上げ、青馬様に更にその先を・・・、私自身を追い込む事になるその先を促したのでございます。
「青馬様、珠姫様とは右大臣家のご息女様でいらっしゃいますか?」
まさか私が質問をしてくるとは青馬様も思われなかったのでございましょう。私の問い掛けに、青馬様は固い表情で私をご覧になられておられました。その表情が何を意味するものなのか私は知りませぬ。
ただ一つだけ確かな事は、私は、再びめぐり逢われた相思相愛の運命の恋人同士を別つ、無粋な邪魔者だという事だけにございました。