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第六話   許婚

 運命の歯車が再び大きく動き出しましたのは、青馬様が十二歳になられた春の事でございました。



◇◇◇◇


 ボタッ!


コロコロと、私がたった今お箸で(つま)んだ昨年漬けた干し梅が、床を転がっていきました。


慌てて後ろに控えておりました桐依がそれを拾うと、小声で、


「菫様、大事ございませぬか?」


と、私を気遣う素振りをみせました。


私は知らぬ間に、寒くもございませんのに、ガタガタ、ガタガタ体が震えて、今、青馬様が何を仰ったのか、仰ったばかりのそのお言葉が、まるきり思い出せませんでした。


「菫、真っ青ぞ!そのように震えて、寒いのか?具合が悪いのなら、構わぬから部屋に戻って休むがよい。」


お父様のお言葉に、お母様も、


「お父様の仰る通りです、早く暖かくしてお休みなさい。桐依!菫を部屋に!」


そう仰られて桐依を促してくだされましたが、それを私は遮りました。


「いえ、大変失礼致しました、とんでもない粗相を・・、もう大事ございませぬ。ご心配お掛け致しました。」


私は未だ引きつっております頬を無理やり解して、何とか笑顔を取り繕おうと思いましたが、上手くいったとはとても申せません。何せ未だ震えは収まらず、ドキドキドキドキ脈打つ心の臓の音は、部屋中の方々の耳に届いておるのではと不安になる程でございます。


然れど、今この場を辞する事だけは出来ませぬ。青馬様が何を仰せなのか解らぬこのままでは、私は食べる事も眠る事も、何をする事も出来ぬに決まっておりますから。


「青馬様、お話中申し訳ございませんでした。どうぞお続けくださいませ。」


私の言葉を受け、


「姉上、ご無理召されるな、どうぞお休みください。」


そう案じてくださる青馬様に、


「ありがとうございます、然れど私は大丈夫です。お話、お続けくださいませ。それとも、私は外させて戴いた方が宜しいですか?」


私が青馬様を真っ直ぐに見つめてそうはっきり伺うと、青馬様は僅かに目を瞠られて私をご覧になられましたが、それは一瞬の事で、俯いてクスリとお笑いになられて、


「いえ、そのような事はありませぬ、寧ろ姉上にもお聞き戴きたい。ではご気分が優れぬようでしたらご遠慮無く仰ってください。」


そう申されると再びお父様の方に向き直られました。


「父君、それ故、決して身元の知れぬ者でも信用おけぬ者でもございませぬ。ご懸念は無用です。」


「然れど、勿論その娘子も私も、互いの事は名しか申しておりませぬし、これからも話すつもりもございませぬ。」


「・・・」


お父様は固い表情を崩さず無言で聞いていらっしゃいましたが、


「では何故分かった。珠という娘などいくらでも居ろう?それなのにその娘が珠姫様だと何故分かった?」


信じておられぬのか、青馬様のお心を図っておいでなのか、お父様のお気持ちは判りませんでしたが、然れど、青馬様は一向に動じられるご様子はございませんでした。


「はい、髪飾りをしておりました故、一目で分かりました。」


「髪飾り?」


「ええ、お母上・小夜奈様の形見の珍しき異国の髪飾り。あれはこの国に二つとありませぬ。然れど、それが無くとも私には分かりますが。」


そこで又俯かれてクスリとお笑らいになられますと、


「どんなに姿形が変わろうとも、私には分かります。互いの魂が呼び合いますから。」


そう真っ直ぐにお父様をご覧になられて申されたのでございます。


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