第五話 暗雲
それは、いつものように慎ましく夕餉の膳を囲んでおる時の事でございました。
◇◇◇◇
青馬様の守役で乳兄弟の和哉様が、
「伯父上、お食事中誠に申し訳ございませぬが、ご報告させて戴きたき案件がございます。少しお時間を戴いても宜しいでしょうか?」
そうお父様に申し出られたのです。
和哉様はお父様の妹夫婦の次男で私の従兄にあたられる方でございます。
「構わぬ。」
お父様が短く応じられますと、
「本日、いつもの河原にて、剣の稽古を若君と致しておりましたところ、若君を訪ねて娘子、と申しましても、年の頃十にも満たぬ幼女でございます、が、やって来ました。何やら若君と既に顔見知りらしく、若君はその娘子を親しく迎え入れられ、今後もあの場所でお会いになられる約束迄なされておられましたので、念の為にご報告をさせて戴きました。」
「娘子?」
お父様が怪訝なお顔で青馬様をご覧になられて問い掛けられますと、それ迄素知らぬ顔で食事をなされていらした青馬様が、箸を置かれてお父様の方に向き直られ、驚いた事に更に姿勢迄正されて、斯様に申されたのでございます。
「父君、ご懸念には及びませぬ、あの娘子は怪しき者ではございませぬ。」
「何故そう言い切れる。」
お父様は、青馬様の揺るぎなきお言葉に、益々怪訝なお顔をなされました。
「これは運命だからです。」
「運命?」
然し青馬様はそうお答えになられますと、ただじっとお父様の目をご覧になられて、黙してしまわれました。
ピリピリとした空気の中、部屋中の誰もが、続く青馬様のお言葉を息を飲んで待っておりますのが伝わって参りました。
青馬様は話すべきか峻巡なされておいでなのでしょうか?暫しそのまま口を閉ざされていらっしゃいましたが、視線をスッとお母様の方に移されると、
「はい、あの娘子は私の許婚にございます故。」
「はっ?何を申す!?許婚とは-、」
そこでお父様も、そしてその場の皆もハッと致しました。
「「「・・・」」」
その瞬間、場が凍り付いたのです。