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第三話   同じ道

 お父様から、青馬様のお母上様であられる青湖様と再婚なされると告げられましたのは、いずれ青馬様に嫁ぐようにと申し渡されてから一年後の事にございました・・・。



◇◇◇◇


 元々体が弱かった私のお母様には、都からこの山里迄の強行軍の逃避行など、はなから無理だったのです。私達皆が案じました通り、この地に辿り着いて直ぐに又床に臥せられ、そのまま帰らぬ人となられてしまわれました。


都を立つ際、お父様はお母様に離縁を申し出られたのでございます。


それがお父様なりのお母様への優しさなのだと、その時の私はそう思うておりました。ですがお母様はそれを断固として拒まれ、共に参ると最後迄お譲りになられませんでした。


今になって、いいえ今だからこそ、私にもお母様のお気持ちが痛い程に理解出来るのです。


お母様には分かっていらしたのでございましょう、やがてこうなる事が・・・。


恐らく都にいらした頃から感じておられたに違いございませぬ、お父様のお心に住まう別の女人の影を・・・。


お気の毒なお母様・・・。


この地に命を削って迄付いていらしたのは、妻としての意地にございますか?

それとも、せめて最期の時は、お父様のお側で迎えられたかったのでございますか?


今となってはお母様のお気持ちを伺う事など出来ませぬけれど、何と似た者母娘な事でございましょう!


いつの間にか私も、お母様と同じ道を辿ろうとしておりまする。


これが我が家の家系なのだと致しましたら、可笑しくて、泣けてきます。



◇◇◇◇


 お父様から再婚のお話を伺った後、ここで待つようにと言われ、控えておりました。


暫くして、隣のお部屋からお父様の話し声が聞こえて参りました。先程私になされた再婚のお話を青馬様にもお伝えしておられるのだと直ぐに解りました。


お父上・郁馬様を心から慕われていらした青馬様にとって、それは受け入れ難きお話でいらしたようでございます。


然れど青馬様がそれ以上に厭われたのは・・・、お父様が傷つかれた青馬様に追い討ちを掛けるように申された、私との婚姻のお話でございました。


「何を申す!私には(たま)がおる!我が妻は生涯、(たま)唯一人だ!」


そう叫ばれて、闇夜の中、屋敷を飛び出して行かれてしまわれました。



◇◇◇◇


 「桐依、珠様とは何方(どなた)の事です?」


後ろに静かに控えておりました桐依に問いました。


「・・・」


「桐依!!」


「知っておるのでしょう?!何方(どなた)の事だと尋ねておる!答えよ!!!」


声を荒げて問い詰める私に、漸く桐依は重い口を開いたのでございます。


「珠様、珠姫様は・・・、右大臣家のご息女で、青馬様の許婚の姫君様にございます。」


「右大臣家?」


「はい、お父上・郁馬様の長年のご友人であられた柿本秋人様のご息女様にあらせられます。」


「では許婚とは、言わば親同士がお決めになられた政略ではないですか。」


「いえ、それが・・・、」


言い淀む桐依に、


「それが?何だと言うのです?!」


私が更に詰め寄りますと、


「珠姫様を妻になされるとお決めになられたのは、青馬様ご自身だそうで・・・。珠姫様がご誕生なされて初めてご対面なされた折に、皆様の御前でそう宣言なされたとか・・・。」


「青馬様ご自身・・が?」


『お前、恋人がおらぬであろう?』


その時、初めて青馬様にお会いさせて戴いた日に私に仰られた軽口が甦って参りました。


あの折は、ただませた御子の軽口なのだとそう思うて聞き流し、それ以上深く考える事など致しませんでした。


然れどあれは・・・、ませた御子の軽口などでは無く、真におからかいになられておられたのでございます。まだ恋も知らずにおりました私の事を。


クスッ。


「菫様?」


「皆、知っていたのでしょう?私だけが何も知らなかったとは・・・、何と愚かしい!青馬様が度々我が家にお立ち寄りになられていらしたのは、珠姫様との逢瀬のついでだったのですね!!」


「菫様!違うのです!」


「皆が知っていたのは事実にございますが、ご一族があのような事になられ、青馬様の歩まれる道が一転なされて、最早、珠姫様とのお話は叶いませぬ。当然ご聡明な青馬様がそれを解られぬ筈が無く、誰しも皆、口には致しませんでしたが、何も仰らない青馬様は、珠姫様の事はお諦めになられたものと思うておったのです。」


「クスクス、然れど青馬様は、全然諦めてなどおられなかった・・・、という訳ね。」


その時、二つの部屋を隔てた扉がおもむろに開きました。


そこには、憐憫の眼差しを私に送っておられるお父様と、哀しげな目をされた青湖様のお二方が立っていらっしゃいました。


「聞いておったか?」


お父様の簡潔な問いに、


「はい。」


私も簡潔にお答えしました。


「覚悟は有るか?」


「は?」


「覚悟だ。」


「若君は恐らく生涯珠姫様の事をお忘れにはなられぬ。珠姫様は、言わば若君の幸福の象徴、若君のお心の中で、いつまでも変わらず、最も清らかなる御方として生き続けられよう。」


「それを承知して尚、若君に嫁ぐ覚悟が有るかと尋ねておる。」


お父様は酷き御方にございます。


当然お母様の想いをご存知でいらした筈なのに、病で臥せっておられるお母様を離縁なされてでも、青湖様をお側でお守りする道を選ばれたのです。


安芸のお家の御為、主君であられる郁馬様の御為。


その様な事は全て建前、自らと周囲への言い訳に過ぎませぬ。要は青湖様が欲しかったのでございましょう?青湖様のお側で、ご自身が青湖様をお守りになられたかっただけでございましょう?


叶う筈がなかった主君の奥方様への秘めたる想いを、叶えられる機会が巡ってきたのです。長年秘めていらした想いに歯止めが掛からなくなられても当然やもしれませぬ。


然れど、お母様に強いたその辛き道を、更に娘の私に迄歩めと申される。


お父様、貴方が貴方なら・・・、


「はい、お父様。安芸家と若君様の御為、立派なご継嗣を産んでご覧にいれまする。」


私も私にございます。


私は笑んでさえおりました。


「菫・・・、真によいのか?辛ければ他の者に-、」


「いいえ、このお役目、他の方にお譲りするつもりなどございませぬ。」


私がきっぱりと断言申し上げると、初めて青湖様がお言葉を述べられた。


「菫、許してください、皆の運命を私達が狂わせてしまうた・・・。」


涙を流される青湖様。


その涙は何方(どなた)の為にございますか?


青湖様が私に詫びなど申される必要はございませぬ。誰より運命を狂わされたのは、青湖様と青馬様なのでございますから。


真はお父様と再婚などなさりたくはないのでございましょう?お顔を拝せば分かります。そのお顔には、諦めというより、寧ろ、何かを悟られたような清廉さが感じられました。


私は再度申し上げました。


「いいえ、青湖様、私は自ら選んだのです、私自身の為に!」


安芸家の為、青馬様の為という大義名分を得て、一方ではその枷から解き放って差し上げたいと申しながら、その一方で、その大義名分を利用して、誰よりも青馬様を、安芸家に、この屋敷に、そして何よりこの私に、縛り付けようとしておるのです。ああ、何と浅ましき女子よ!


お父様、お母様、菫は(まさ)しくお二人の子でございます。


自ら辛き道と知って尚その道に縋ったお母様、叶わぬ御方を手にする機会を決して逃さなかったお父様。


菫も、辛き道と解っていても、決して私などには手が届かぬ日輪の如き若君様の妻となれるこの機会を、逃すつもりはございませぬ。


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