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第一話   若君様

 貴方様は明るくて、凛々しくて、逞しくて、優しくて、そして綺麗なお顔をした、とても冷酷な御方・・・。



◇◇◇◇


 「菫、お前はこの先、若君が元服なされた後、若君に嫁し、安芸家のお血筋を絶やさぬよう、若君のお側でお尽くし申し上げよ、その為に先ずはお前自身が体力をつけ、健やかなる身体を手に入れねばならぬ、斯様に病がちでは、ご健勝なご嫡子をお産み申し上げるなど出来ぬでな、よいな?」


「はい、お父様。」


私は平静を装い、父の命に従順な娘の振りをして部屋に下がりましてございます。


途中、私の乳母の娘で私付きの侍女・桐依に、


「菫様、おめでとうございます。」


と祝いの言葉を述べられましたが、


「私達はこの地に隠れ住んだばかりで、しかも若君様は未だ八歳にて何もご存知ない、滅多な事を申さぬがよい、この話は他言無用、忘れよ。」


「ですがお父上・暁房様が-、」


私はそれに続く言葉を聞かず、


「疲れました、少し休みます。」


そう告げて部屋に入ったのでした。


然れど横になっても逆に目は冴える一方で、湧き上がる喜びは抑えようも無く、私は一人夜具に(くる)まりながらも、思うのは若君様の事ばかり。


青馬(せいま)様、青馬(せいま)様・・・。)



◇◇◇◇


 若君・青馬(せいま)様は、私のお父様がお仕えする太政大臣家・安芸家のご嫡男・郁馬(いくま)様の唯お一人のご子息様。


然れどお母上様が、お父上・郁馬様のご正妻様付きの侍女でいらした為、気位が高いご正妻様に気付かれぬよう、お二方の存在はご一族皆様に秘匿され、都の郊外で密やかにお暮らしになられておられたのです・・・。


そう、あの日ご一族が謀反の罪で捕らえられる迄は・・・。



◇◇◇◇


 その日を境にご一族は滅し、唯お一人捕縛を免れたお父上・郁馬様も、愛する奥方様・青湖(あおこ)様と青馬様をお守りになられる為、僅かばかりの供をお連れになられて、目眩ましの為、お二方とは逆の奥州方面に落ちられたと、郁馬様の側近であられた私の父・壬生(みぶ)暁房(あきふさ)がお二方にご報告申し上げ、お二方をお守りして私達がこの地に落ち延びたのがひと月程前。


明るく大らかで、その上、女人が皆揃うて振り返る程の眉目秀麗なお父上様のお顔立ちとお人柄をそのまま受け継がれた青馬様は、快活で誰にでも分け隔て無く優しい、私達家人一同自慢の若君様にございました。


それがあの日以来一転、端整なお顔からは笑顔が消え去り、それどころか口数も少なくなられて、ただひたすら剣と学問に打ち込まれる日々。


そんなご様子の若君様に、屋敷中の者が心を痛めておりながら、然れど、青馬様が負われし深い心の傷を癒して差し上げる術も、未だ八歳のその小さき双肩にのしかかる、安芸家とその家臣への責務という重圧を軽くして差し上げる術も、私達などに有ろう筈も無く、唯々、一日も早く以前の明るい若君様にお戻りになられますようにと神にお縋り申し上げるしか為す術の無い、遣る瀬無い毎日を過ごしておったのでございます。


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