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人間ぎらいのパヴァーヌ  作者: 姫宮 雅美
第一のメロディ「クララクララと人間嫌いのキースおじさま」
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 クララクララは、小屋の隣にあるおトイレに駆け込みました。ピンチでした。

 クララクララの体内の余分な水分の排出装置の満タン検知センサーはやや鈍感であって、溢れ出そうな時まで待っていてくれないのです。多分、クララクララの駆動装置の電源の一部には、燃料電池とやらが採用されていて、水素と酸素が反応して水を発生させるのですが、その余分な水分が、クララクララの体内にある保管タンクを一杯にしてしまうんです。

 燃料電池のことは、これまた新聞で見て知りました。クリーンでエコな未来のエネルギー供給装置なのです。当然、クララクララのお腹の中に内蔵されているはずです。


 クララクララは、このおトイレが苦手です。特に夜中などに急遽利用する場合には、暗くて怖いのでした。キースさんから狼さんの話を聞かされましたから、より一層恐怖を覚えて仕舞うことでしょう。それを阻止するために、夕方から夜に掛けての水分の摂取には慎重にならざるを得ません。



「ふぅ…………」

 クララクララは窮地から解放されて、ホッ――息を吐いてから、トイレの外にあるかめの水を柄杓ひしゃくですくって手を洗います。

 そうした時でした。クララクララの住む小屋の敷地に向けて、黒塗りの立派な車が進んで来るのが見えました。確か、キースさんのお話だと「ハイブリッド車」だというお話で、普段はガソリンを燃料とした内燃機関で走り、低速時には電気モーターで走行されるのだそうで。

 音もなく、池に掛かる橋を渡ってきました。

 つやつやの黒い車体に見とれていたクララクララは、ウサギさんのマークの入ったハンカチで手を拭くのもそぞろです。特徴的なお鼻の中心部には、丸にバッテンの入った自動車会社のマークが入っています。クララクララが「ブタさんの鼻」と勝手に呼んでいる車体前部の構造物は、ピカピカに磨かれているのか、夕刻の太陽にも関わらずキラキラと光を反射していて眩しいです。

 クララクララのお顔が、ボンネットに歪んで写りました。

 その車を運転してらっしゃるのは、キースさんとの会話にも登場いたしましたヨハン・フェルゼンシュタイン少尉さんです。

 ヨハンさんはクララクララに気が付いたのか、音もなく車を停車されて、ゆっくりと降りてきてらっしゃいました。


「どうも、こんにちはヨハン・フェルゼンシュタインさん。キースさんをお迎えの時間なのですね」

 クララクララは、クローバーの葉っぱを踏みしめながら、ヨハンさんに歩み寄ります。そうして、ニッコリと微笑み掛けてから喋りかけたのです。

「あ、く、クララクララちゃん、ど、ども。そ、そうなんだよ、大佐殿を」

 ヨハンさんは、クララクララには目を合わされようとはされず、真っ直ぐに小屋のドアに向けて進まれます。そうして、一呼吸置かれてから、腕の時計を確認されています。

 ヨハンさんの腕時計は、陸軍から支給されている国産のクォーツ時計です。軍用であるだけに、オリーブドラブ色の分厚い文字盤と、同色の布製ベルトが頑丈さを感じさせます。針に付けられた夜光塗料の緑色の鮮やかさが、クララクララの目にも入ってきます。

「あと、五秒で午後四時ジャストですね。ヨハンさん」

 クララクララはヨハンさんの背後に立って、ヨハンさんの肩越しに時計の針の位置を確認しているのです。

「あ…………、ハーン♪」

 クララクララの息がヨハンさんの左耳に掛かってしまったので、ヨハンさんは変な声を出されます。


「何をしている。フェルゼンシュタイン少尉」

 ガチャリ――と、音がして、内側からドアが外に向けて開かれます。ヨハンさんをまるで不審者を見るような目で見るのは、キースさんでした。

 ドアの前で、左耳を押さえてうずくまるのはハンスさんです。キースさんは絶妙な位置で扉を開けるのを停められましたから、ヨハンさんの頭にドアがぶつからなくてよかったです。クララクララは、胸の中央に両手を当てて、ホッ――息を吐くのです。

「あ、イエ、大佐殿。何もありません」

 スクッ――何事も無かったようにすましたお顔で立ち上がられるヨハンさんでした。


「そうか、帰るぞ」

「ハイ、お車は直ぐそこに」

「見れば分かる」

「今、ドアを開けます」

「ドアくらい自分で開けられる」

「イイエ、大佐殿。僕の仕事です」

 二人でそんなやり取りをされながら、背の高いキースさんとほんの少し背の低いヨハンさんのお二人は、大股でお車まで進まれるのです。

「あ、あのー!」

 クララクララは勇気を出して、お二人に向けて呼びかけるのです」

「どうした? 何か言い忘れた事柄があったかな?」

 キースさんは立ち止まり、クララクララの方を向かれます。

「大佐殿。お待ちします」

 ヨハンさんは、後部座席の左側ドアを外から開けて、そのままの姿勢で止まっていました。


「キースさん、握手して下さい。お別れの挨拶です」

 クララクララは、満面の笑みを作り出してキースさんに向けて右手を差し出します。

「あ、ああそうか。今日はご苦労だったなクララクララ君。また、来週の同じ時間に訪問することになるが、その時もよろしく」

 何事かを決心されたのか、キースさんはクララクララの右手を優しく握られます。大きくて、温かい手でした。

「ハイ。お待ちしていますキースさん。その時には、今日ごちそうできなかったクララクララお手製のクッキーを、焼いてお待ちしていますね」

 クララクララは首を少しだけ右に傾けて、両の目尻を下げて、歯をキラキラリンと光らせて微笑み掛けます。

「それじゃあ、行くよ。少尉にドアを持たせたままにはいかないからな」

 キースさんは、お顔を赤くされています。クララクララにはそれが照れから来る現象なのか、西からの赤みを帯びた太陽に照らされたからなのか分かりませんでしたが、クララクララは、キースさんが後部座席に乗り込まれるまでの動作の全てを見つめています。

 車のシートには、高級そうな皮革が使用されていて、これって動物さんの皮なのですから、皮を剥がされた動物さんは可哀相だとクララクララは思ったりして――チョッピリ悲しそうな表情になったりします。


 バタム。

 後部ドアが閉められて、重そうな音がしました。軽い風で、クララクララのスカートの裾が揺れています。

「じゃあ、クララクララちゃん。出発するから」

 ヨハンさんは、運転席側に移動して、乗り込まれます。クララクララはヨハンさんに向けて、ゆっくりと頭を下げます。そうして、助手席の窓際から後ろの席を見ましたが、キースさんは左手を挙げて、車を発進させました。キースさんのお顔は、暗い影に隠れていて表情は分かりません。

 クララクララは、車内をのぞき込んでいた体を離し、半歩後ろに下がります。

 電気モーターで駆動を始めた四つの車輪は、池のほとりの草むらの中央を走る石畳の道を踏みしめて動き始めます。

 ゆっくりとした回転が、やがて早くなり、池に掛けられた木製の橋を軋ませて越えていきます。

「キースさん、さようなら。ヨハンさん、さようなら」

 クララクララは右手を挙げて、大きく振って見せます。多分、キースさんは気付かれたと思いますが、クララクララの方へは向かずに車のシルエットと共に、ドンドンと小さくなって仕舞われます。やがて小さな点となり、クララクララの視覚装置でも追えなくなって仕舞いました。

 クララクララはクルリ――回れ右をして、ゆっくりと歩き出し、庭先に干したシーツとクララクララの靴下とハンカチと下着とを取り込むのです。

 お日様の光を浴びて、すっかりと乾いていたのです。



   ◆◇◆


「今日は、たくさんの人と出会えました。ハンスさんにアンナさん。ヨハンさんに……」

 クララクララはいつもの時間にいつもの寝床に入ります。今日の朝からお洗濯して乾かした、真っ白なシーツの肌触り――クララクララの触覚センサーが、きわめて良好な状態であると判断します。

 この小屋の唯一の照明であるランプを消していますから、クララクララの周囲は、窓から入る月明かりに照らされていて、全てが青白く見えています。クララクララはゆっくりと体を倒します。

 三つ葉のクローバーのシャムロック模様の掛け布団を口の所にまで持ってきて、同じ模様の枕の位置を直します。


「そして、キースさん」

 クララクララはポツリと呟いてみました。今の時間の森は静かですから、大柱に掛かった振り子時計が正確な時を告げる為に、カッチカッチと規則正しいリズムを刻む音だけが聞こえます。その旋律だけが、クララクララの集音装置に届いているだけなのです。

 クララクララは右目だけを開けて、時計の針の短針さんと長針さんの位置を確認します。午後十時五分の位置を示していました。明日は――ちゃんと七時前に目を覚まして、新聞受けから新聞を取り出して、洗濯の準備の為に池から水を汲んで、朝食用の白パンをストーブの上で焼いている間に、天然ガスレンジの上に置いたフライパンにベーコンと割った卵を入れて、それから、それから…………。

 クララクララは、明日の朝に行うべき事を、頭の中のスケジュール帳に、優先順位順に書き込んでいきます。そうこうしているウチにクララクララの電子頭脳はスリープモードに移行していくのです。明日の朝七時までに、クララクララの触覚・聴覚・嗅覚の各センサーに異常が検知されない限りは、スリープモードから復帰することはないのです。

 こうして、虚ろな意識のクララクララは漫然と考えます。ロボットのクララクララは、ロボット羊さんの夢を見るのでしょうか?

 高圧電流の通った鉄条網の柵。その上を、ロボット羊さんが飛び越えていきます。金属製の体のはずなのに、モコモコのモフモフ具合が良く再現されていたり。そのロボット羊さんの数をクララクララは小声で数えていきます。

「いーち、にーい、さーん、しーい、ごぉ……………………」

 クララクララは、夢の中で考えま……。



しばらくの後、第二のメロディ「人間不信の諜報部員さんとクララクララ」を投稿いたします。

投稿開始時に、活動報告にてお知らせいたします。

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