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人間ぎらいのパヴァーヌ  作者: 姫宮 雅美
第一のメロディ「クララクララと人間嫌いのキースおじさま」
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「良い場所だな」

 キースさんは、ポツリと話されました。

 クララクララは、小屋の横の池のほとりを足早に一歩二歩三歩進みます。クララクララの前を長い足で大股で歩かれるのはキースさんです。クララクララは追いかけるだけでも大変です。

 キースさんの薄茶色の軍服のボトム部分の折り目にも綺麗にアイロンが掛けられていて、キースさんの奥さまのきめ細やかな心遣いがうかがえるというものです。

「褒めて頂きありがとうございます。以前は、芝生をおじいさんが毎日手入れされていて、クララクララも引き継いだのですが、雑草が伸びっぱなしになってしまって、花壇との境界も分からなくなってしまいました」

 クララクララが話す間、キースさんは立ち止まってクララクララの事を優しく見つめて下さいます。

 そうなのです。過去には池の直ぐ近くに花壇があって、季節事に様々な花を見せていたのです。それは、クララクララの好きな風景だったのです。

「いや、こういった姿も野趣溢れていて、私は好きだな。今はブルーグラスの芝を押しのけるようにしてシロツメグサの花が咲いている。コイツは繁殖力が旺盛だからな。でも、懐かしいな。私も子供の頃は、草原に腰掛けて四つ葉のクローバーを探していたからね」

 キースさんはしゃがみ込んで、軍人さんとは思えない程長くて綺麗な指で小さな葉っぱを摘み上げます。小葉の数は三つのシャムロック模様で、クララクララの眠る掛け布団カバーと枕カバーの柄と同じになっています。

「四つ葉ですか? おじいさんは、見つけると幸運が訪れるとおっしゃっていましたが、クララクララは幸運とは訪れるのを待つのではなく、自分でつかみ取る物だと思うんですけど」

 クララクララもしゃがみ込んで、草原の上を右手のひらで優しくなぞります。ザーっと見渡しても四つの葉っぱのクローバーは見つかりません。

「クララクララ君は時々、哲学的な表現を使うね。それは、おじいさんから教わった知識なのかい」

 立ち上がったキースさんは、クララクララの手を取って起き上がるのを手伝って下さいました。優しくて親切なお方です。

 そうしたキースさんの襟の星が三つ並んだ階級章の横に開いた横の小さな穴には、クローバーの小さくて可愛い白い花が入れられていました。クララクララには、ずっと雑草にしか思えていませんでしたから、今度は一輪挿しに飾ってみたいと思います。

 時々見せるキースさんのお茶目な面です。クララクララはそんなキースさんが大好きなのです。

「おじいさんは、時々難しい言葉をおっしゃいましたが、クララクララにはちゃんと説明して下さるのです。草花がどうして生まれているのか、森に息づく生き物はどんな風に生活しているのか、クララクララが理解するまでゆっくりと優しく解説してくれるのです」

 クララクララは何だか嬉しくなって、キースさんの右手を引っ張って、池に掛けられた、木製のアーチ橋のてっぺんへと案内します。

「どうしたんだい? クララクララ君」

 キースさんは、妙に積極的なクララクララに戸惑ってらっしゃる雰囲気です。でもクララクララの姿を真似して、橋の欄干に両手を付いて池をのぞき込んで下さいます。

「池の底から水が湧き出ています。水草がゆらりゆらりと揺れていて、その間をお魚さんが泳いでいます。カエルさんも虫さんも水面を泳いでいて、クララクララはこういった全てが愛おしいんです」

 クララクララは横目でキースさんの様子を観察します。キースさんは、首を伸ばして池の底を望みます。クララクララの大好きな風景に、キースさんが溶け込んでいて、とても嬉しい瞬間なのです。


 その時、キースさんは顔を上げて、森の木陰の方向を厳しい表情で見つめていらっしゃいました。クララクララも欄干に手を付いたまま顔をそちらの方向に向けました。

 太陽の光が何かに反射していて眩しいです。クララクララは顔を左手で覆います。

「迎えの時間にはまだ早いな」

 キースさんは、左手首に嵌められている腕時計に視線を落とします。上着の上から白いシャツの腕の部分を引っ張って、時計の文字盤を露出されています。銀色の金属製のバンドに黒い文字盤の時計です。先日伺った話だと、外国製の腕時計なのだそうです。時計の盤面に太陽光を受けて発電して、電気を内蔵電池に貯めて動くそうです。クララクララも太陽電池を頭の上に付けたのならば、食事からエネルギーを得ないで平気になるでしょうか?


 お天気の良い昼下がりに、ボーっとお外で日光浴をするのはクララクララも好きですから、直ぐに充電フルチャージが完了なのです。

 毎日毎日、朝昼晩と一人分の食事の用意をするのは、実に手間が掛かる作業なのです。おじいさんと一緒に暮らしていた時、気が向いた瞬間に、おじいさんが料理を作ってくれる時がありました。昔から伝わる田舎料理で、たくさんのソーセージに、ジャガイモさんとお豆さんと玉ねぎさんをクタクタになるまで煮込んだ料理でしたが、クララクララには刺激が少なくて、あまりたくさんは食べられない料理なのです。片付けも、おじいさんと交替で行っていましたから、労力は半分で済むのでした。誰かクララクララと一緒に暮らしてくれる人は居ないのでしょうか?


 ――たとえば、キースさん。

 クララクララは横目で右隣のキースさんを見つめます。


「キースさんの腕時計は、電波を受けて正確な時刻に合わされているのですよね」

 クララクララはキースさんの左腕を取って、時計を見せて貰います。

「ああ、そうだが」

 でもキースさんは、色白の綺麗なお顔を真っ赤にされて、左腕を引っ込まれてしまいました。そうして、クララクララはキースさんの左手の薬指に指輪があるのかチェックしたのですが――。

「クララクララも何処かの電波を受信して、正確な時を刻みながら動けないものでしょうか。クララクララは、朝起きる時間が一定しません。頭部に収納された電子頭脳がスリープモードから復帰するときに、タイマーセットが出来れば、朝七時丁度に起きられるのにと思います。朝は洗濯や掃除の時間に追われてしまって、朝食後にはお茶を飲みながら新聞をゆっくりと眺めたいと、クララクララは希望するのです。そうでなければ、誰かに起こして貰いたいのです」

「目覚まし時計とかは無いのかな? クララクララ君」

 キースさんに微笑み掛けているクララクララですが、何だかはぐらかされた気分です。クララクララはキースさんの薬指に結婚指輪が無かったことを確認して、決心して話し始めたのです。本当はキースさんに、クララクララの事を起こして貰いたいのです。

「キースさん。大変に失礼な質問かもしれませんが、キースさんはご結婚なされているのでしょうか? こんなに素敵なキースさんならば、奥さまもきっとお幸せなのだろうと思ったのですが」

 キースさんにはチョッピリ意地悪な質問だと、クララクララも十分に理解しているのです。でも、確かめなくてはいけないと――クララクララの電子頭脳の一部が、そう演算結果を出したのです。クララクララは、少し勇気を出して聞きます。とっても怖いけど、とっても大切な質問だと思うのです。


「私は独身だ。恋人も今は居ない。そうやって二十年になるが、困ったことはないのでね」

 キースさんはゆっくりと歩き出し、アーチ橋を下って小屋の方へ行かれます。お尻の所で両手を組んで、時々クララクララの方を振り返りながら話されます。

「恋人さんが、今はいらっしゃらない――とは、過去にいらっしゃったのですよね」

 クララクララは、少々ムキになっています。この質問の答えを聞いてどうなるのか――そう尋ねられると、クララクララも困ってしまうのですが、聞かずにはいられない――ロボットのクララクララに最初から備わっている、インストールされている優先命題である気がします。


「クララクララ君の質問は、色々と手厳しいね。昔の話だよ。私が学生だった頃の話だ。当時付き合っていた彼女には手酷く裏切られてね。その時以来、女性というものが信じられなくなってしまった。いや、子供の頃から女性は苦手だったがね。その後も、人間自体に愛想を尽かせてしまう出来事が立て続けに起こってしまった。そうして、今は『人間嫌いのキース』で陸軍内部でも通ってしまっている」

 フカフカのクローバーの上に、大胆に寝そべって仕舞われるキースさんです。意外な行動と、意外な告白にクララクララも驚いてしまうのですが、クララクララはスカートが皺にならないように、裾を整えてから膝から草の上に座ります。横たわったキースさんのすぐ右隣です。

「そういうものですか、クララクララは出会った人の数は少ないですが、皆さん大好きですよ」

 クララクララはキースさんに向けて微笑みます。クララクララは、その時のキースさんのお顔を見たかったのですけど、キースさんはクララクララの方に背中を向けてしまわれました。軍服の大きな背中が、クララクララの目の前にあるのです。

「君は、純白な存在だな。ロボットで有る以上、人間社会で汚れてしまう事はない。こうして、私の過去を話してしまうのは、君がロボット――であるからかもしれないな」

 背中越しのキースさんの言葉です。キースさんの表情は読み取れません。でもきっと、寂しそうなお顔をされたに違いありません。クララクララは、勝手にそんな風に想像しました。


「人間さんの女性さんは信用していらっしゃらないけど、女性型ロボットのクララクララの事は信用して下さるのですね。クララクララはとても嬉しいのです」

 クララクララは、キースさんの左肩を持ってこちら側に倒してから、キースさんのお顔を見てみたい気分なのです。そんな誘惑にふと駆られるのです。

「クララクララ君。こうした隔絶された空間に住む君を、可哀相だとも思い、羨ましくも感じる。君は大勢の人間に出会っても、その時の彼ら、彼女らの事を好きになってしまうんだろうな。私には無理な話だ。国家の英雄として持ち上げられてはいるが、軍の上層部も部下達も、私とどう向き合って良いのか分からないのが本心なのだろう。私をもてあましているのが真実だ。でもそれは、私も同じなのだよ」

 キースさんは、再び草原に寝そべって仕舞われます。今度は両手と両足を伸ばして、リラックスされた表情をクララクララに向けてきて下されます。

「クララクララはロボットですから、人間には逆らえないようにプログラムされているんです。出会った人はみんな好きになるようになっていますし、キースさんの事も大好きですよ」

 クララクララも思い切って、膝を伸ばしてからキースさんの右に横たわります。


 空が見えました。

 綺麗な青空です。


 これでお洗濯したシーツやクララクララのエプロンと靴下と下着も、取り込む頃にはフワフワに乾いている事でしょう。

「好きか……。私の事を好きだと言ってくれたのは、これで二人目だ。父も母も私を厳しく育ててね。友人をこしらえるよりも前に、勉学に励めと叱咤された。こうして人付き合いの苦手な人間が出来上がった。正直、君の気持ちは嬉しいが、そうして君とどう会話して良いのかも――実は、分からないんだ。仕事上では女性と会話も出来る。でも、仕事を一歩でも離れると、固まってしまって何も出来なくなる自分が居るんだ」

 キースさんは上半身を起こされます。そうすると、刈り上げられたキースさんの後頭部に、クローバーの葉っぱが一つくっついていました。

「女性との会話ですか? どんな食べ物が好きかとか、どんな本を読むのかとか、相手の興味のあることを聞き出すんです。そうして自分との共通点を見つけ出して、話題を膨らませて行くんです。キースさんから話しかけられただけで、世の中の女性の大半は舞い上がって仕舞われると思うのですよ」

 これは新聞で読んだ処世術の一部です。これでもクララクララは、多くのことを新聞から学んでいるのですよ。

 クララクララも起き上がり、自分の服に付いた草を払います。そうして、キースさんの頭に付いた葉っぱを取って差し上げます。


 それは、ハートのマークのように見えました。


「私は、クララクララ君とこうして話していても実は緊張をしている。他の面識の無い女性などと二人きりにされたのなら、直ぐにでも逃げ出したい思いだよ」

 キースさんは両手を後ろにして草むらに突いて、クララクララの方を向いて話されます。

「逃げ出すんですか? 女性が怖いんですか? 多くの女性は、キースさんよりも弱い存在です。軍人であるキースさんの両腕で掴まれたら、女の子は動いて拒絶することもかなわないのです」

 クララクララは、そっとキースさんに体を寄り添います。でも、キースさんは無言のまま体を離してしまわれます。

「私は、女性に対して暴力は振るわないよ」

 キースさんは少し機嫌を悪くして仕舞われたのか、寄り添うクララクララの体がバランスを崩してしまうのも構わず、立ち上がってしまわれました。


「それは知っています。多分、相手の女性も怖いと思っているんです。初めましての相手には、クララクララも緊張するんですよ――こう見えましても。告白しますと、クララクララは犬さんが苦手なんです。どうしてそうなってしまったかと申しますと、先々週、ボルフマン商会のアンナさんが、お家で飼っている子犬さんを連れてきて下さったのです。なのですが、犬さんを見るのが初めてのクララクララが恐る恐る手を伸ばすと、キャンキャンと激しく吠えられてしまったのでした。アンナさんの話だと、その子犬さんは臆病で誰にでも吠え付いてしまうのだそうです。でもクララクララはそれを知らないので、驚いてしまって腰を抜かしてしまいました。そうして、犬さんは苦手になってしまったのです。森には野犬さんが住み着いている噂ですが、夜中に遠吠えをするので、クララクララは両耳を押さえてベッドの中に潜り込んで、ブルブルと震えているのです」

 クララクララは自分の肩を抱いてプルプルと震えて見せました。

「この森には、狼が居るそうだ。野犬とは比べものにならないほど大きくて頭の賢いヤツだ。ソイツに掛かれば、こんな小屋なんてあっという間に壊されてしまって、女の子を丸呑みにしてしまうよ」


「エッ!」

 クララクララは青ざめます。

 狼さんの事は、おじいさんが読んで聞かせてくれた絵本で知ったのですが、この森に生息しているとは初耳です。クララクララは、絵本の子豚さんの様に木製の小屋ごと吹き飛ばされて、ペロリと食べられてしまうのでしょうか?

 でも、クララクララはロボットですから、食べてもあんまり美味しくないと思うんですよ。それより、クララクララの強化外殻には、狼さんの歯は立たなくてボロボロになって仕舞われると思うのです。クララクララは、自分の左の二の腕を摘み上げて、そんな事を考えるのでした。


「クララクララ君は、心配しなくて良いよ。アンナ・ボルフマンが連れてきた子犬も、クララクララ君も、初対面の相手に過度な期待と好奇心を抱いてしまった結果なんだ。自分の予測した行動とは外れてしまって、戸惑ってしまったのだな。ああ、そうだよ、狼なんて居ないよ。この森で目撃されたのは、百年以上も前の昔の話だ。一頭だけ残された『狼王』は、最愛のパートナーを亡くしてから失意のうちに死んでしまった。首都の国立博物館には、最後の狼の剥製が飾ってあるよ。クララクララ君もいつか見学するといい」

 キースさんは、クララクララの方は向かずにスタスタと小屋の方に歩かれてしまいます。キースさんの嘘をクララクララは始めて聞きましたし、今日のキースさんは、クララクララに対して、何だかいじわる――です。

「ま、待って下さい」

 クララクララは立ち上がって追いかけます。



   ◆◇◆


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