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人間ぎらいのパヴァーヌ  作者: 姫宮 雅美
第一のメロディ「クララクララと人間嫌いのキースおじさま」
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「で、クララクララ君は、三年前におじいさんに作られたのだね。何度も同じ事を確認するようで、申し訳無いのだが……」

 長い足を組み替えて深く椅子に腰掛け直し、低くて渋い声で話されたのは、キース・キングスコート大佐です。

 キースさんのお顔は、いつ見ても整った顔立ちで、今風に言うと超イケメンだと思いますよ。クララクララも思わず見惚れてしまうのです。

 刈り上げられた髪型は、ハンスさんと同じなのですけど、金色の髪の毛は柑橘系の香りの整髪料を使って綺麗に整えられています。とっても清潔感あふれるおじさまなのです。

 今日も「カーキ色」って言うんですか、薄茶色の軍隊服姿で、凛々しさに磨きが掛かっているのです。

「は、ハヒ。クララクララは、天才工学博士であるおじいさまに作られたロボットなのです。クララクララの左腕には機関銃が内蔵されていたり、目からビームが出たり、背中の羽を使えば地球をあっという間に一周できたりするんですよね」

 キースさんの真向かいに座るクララクララは、飛び切りの笑顔を心がけて微笑み掛けます。でも緊張しているので、クララクララの表情作成装置の動きがぎこちないです。

「ふむ……いや、そこまでの機能は搭載されていないだろう」

 キースさんは、クララクララからの視線を逃がすようにして下を向かれ、テーブルの上に置いた黒い革製の表紙の手帳に何やら書き込んでいらっしゃいます。年季の入った手帳らしく、所々の破れには黒い糸を使って補修がされています。


「そうですか、残念です。それでキースさんは、最先端の軍事機密であるクララクララの性能を探るために足繁く――クララクララの住む、この池のほとりの掘っ立て小屋に――通ってらっしゃるのですよね」

 非常に心苦しい事態なのですが、キースさんの目的を聞き出すのもクララクララの役割なのだと、勝手に心に決めているのです。

 国家の英雄であるキースさん。クララクララに注ぎ込まれた最新鋭の軍事機密を、通常兵器に転用し――。いいえ、クララクララを模して、大量に生産されたクララクララの量産型妹達が兵器工場で作られるようになれば、キースさんは全世界を征服することも可能なのです。


 地球上を縦横に飛び回るクララクララ型の女性ロボット兵器。目から出るビームは、最新鋭の戦車軍団をなぎ払い。左腕の機関銃は、たくさんの兵士を打ち倒し――。

 こんなクララクララの妹達の姿を自分で想像してしまい、何だか申し訳無い気持ちになって、クララクララはうつむきます。クララクララは、何よりも平和を愛するロボットなのですから、クララクララは、そんな未来など望んでなどいないのですから。

「軍事機密か――。そうといえばそうとも言える。もう一度クララクララ君に尋ねてもよろしいかな」

「え、ええ」

 クララクララは少し緊張して、花柄模様のワンピースのスカートを両手で強く掴みます。手のひらに出て来た汗を拭い取ったともいえます。ロボットが汗を掻くのか――そう問われると、不思議としかクララクララには言いようがありません。

 ともかく、クララクララは手のひらに水の分泌機能がある高性能のロボットであるのは間違いありません。

 クララクララはキースさんの瞳を見つめます。

 キースさんの透き通るような青い瞳は、小屋のほとりの池の水の色を思わせます。小屋の周囲にある深い森に降り注いだ大量の雨が地下に染みこんで、その一部が池の底から湧き出ているのです。夏は冷たく、冬は暖かい池の水。クララクララも美味しくて大好きな水ですけど、小さな橋の上からのぞき込んだときに、暗い水面に吸い込まれそうで、クララクララは時々恐怖心を覚えるのです。

 キースさんの青い眼は、そんな美しさと冷酷さの両方を備えていらっしゃるのです。まあ、人殺しが職業の軍人さんですから、当たり前の話なのですけど。そんなキースさんの切れ長の目には知的さが湛えられています。時々、射るような鋭い眼光でクララクララの事を見てきます。そうした時には、クララクララは一切の隠し事が出来なくなってしまうのです。ですが、クララクララはロボットですから、嘘を吐く機能は付いていないのですから。


「クララクララ君は、作られたときには十七歳の年齢だったのだね」

 キースさんの両目の表面には、少し呆けた顔のクララクララの姿が写ります。

「クララクララはロボットですから、年齢なんて関係ありません。おじいさんが十七歳の年齢の設定で作り上げたと、クララクララは聞きました。その年代の女の子が、興味を覚えて好意に思うような事柄が多くプログラミングされているようです。ですから、クララクララは、こうしたデイジー柄のお洋服や、ウサギさんの模様が好きなのです」

 クララクララは胸に両手を回して、今着ている服の生地をキースさんに見せつけます。今日は、大好きなキースさんがいらっしゃるので、お気に入りの服を選んだのです。この花は黄色い丸い中心から白い小さな花びらがたくさん咲いていて、とても可愛らしいので、クララクララのお気に入りなのです。服を汚さないようにと先ほどまでしていた白いエプロンは、クララクララの座る椅子の背もたれにキチンと畳んで掛けてあります。

「その花は、マーガレットではないかな」

 キースさんは、クララクララの服に関心を払われずにそうおっしゃいました。クララクララとしては可愛い服だね。よく似合っているよ――とのお言葉が聞きたかったのですけど、キースさんは、その辺の女の子の気持ちが分かっていらっしゃれないようです。

「マーガレットとデイジーとは違う花なのですか?」

 クララクララは、少しむくれてキースさんに尋ねます。でも、ホンの少しですよ。

「同じ菊科の多年草ではあるが、私としても植物には詳しくないのでね、明確に断言は出来ないが。では、質問に戻ろう。おじいさんは、君と一緒に暮らしたときには一人だったのだね。その時は、誰かおじいさんを訪ねる人物はいなかったのかね」

「うーん」

 クララクララは少し考えます。右手人差し指を右のホッペに当てて、首を右に傾けます。

「誰でもいいんだ。一度しか訪問しなかった人でも、特徴的な人物とかはいなかったのかね」

「うーん」

 クララクララはまだ考えます。今度は、腕を組んで首を左に傾けるのです。


「ボルフマン商会の姉弟の他には、定期的に訪ねてくる人物はいなかったかね」

 キースさんはテーブルの上に両手を乗せて、指を組み合わせます。

 そうして、クララクララはキースさんの手帳の横に置かれたお客様用の高級ティーセットのカップの中にタップリと残されている紅茶を見ることになります。キースさんは、クララクララがポットで注ぎ入れてから一口飲まれただけで、それ以降は一切見向きもされないのです。

 クララクララの入れた紅茶が気に入らないのでしょうか。ハンスさんはあんなにも美味しいとおっしゃって下さったのに。

「あの、お紅茶お飲み下さい。せっかくのお茶が冷めてしまいます。それともキースさんは、紅茶が苦手でしたか? コーヒーも考えたのですけど、それを飲むとクララクララは夜眠れなくなってしまって。そうそう、本当はクッキーもあったのですけど、クララクララが作る時に失敗してしまって」

 そう言った後、クララクララは自分のカップの紅茶を飲み干します。本来のクララクララのマグカップではなく、お客様用の白いカップをゆっくりと受け皿に戻して、空っぽになってしまった容器の縁を指の腹でなぞって、キューっと音を立てます。


「すまない。考え事に夢中になっていると、つい他の事がおろそかになってね。私には気を使うことは無いのだよ。こうして君に合うのも、無理してお願いしているのだから」

 そうしてキースさんはカップを左手で持つと、しばし香りを楽しまれた後に、一気に飲み干されました。キースさんは音を立てないように気を使われて、カップをソーサーの上に置かれます。

 おじいさまから「高いんだから、取り扱いに注意するんだぞ」そう散々に叱られてしまったお客様用のティーカップです。真珠のように真っ白でツヤツヤな陶磁器に、細かい線のコバルトブルーで緻密な模様が描かれているのです。この絵もお花なのでしょうか?

 小さくて可愛らしい花でした。東洋の影響を強く受けたという特徴的な絵柄でした。クララクララもいつかは世界中を旅してみたいと考えています。クララクララにとってはおじいさんと暮らしていたこの小屋の周囲数百メートルが、世界の全てなのですから。


「クララクララ君、美味しかったよ」


 待っていました!


 その言葉を聞いて、クララクララは天にも昇りそうなほど、胸の内部の駆動装置が跳ね上がるのです。これが幸せ――という感覚でしょうか。

 両手を組み合わせて、頬を赤らめます。

「おかわりは、いかがですか?」

「いや、おかまいなく」

 クララクララが立ち上がろうとするのを右手を上げてさえぎるキースさんなのでした。

 その時、クララクララの電子頭脳がやっと演算を終えました。キースさんにお紅茶を勧めている間に、もう一つの命令を演算装置に走らせていたのです。クララクララは決心したかのような顔になって、キースさんに対してその答えを告げていきます。

「クララクララが今まで出会ったのは、新聞配達さんと郵便配達さんだけです。そして、ハンスさんとアンナさん。その人達以外に初めて出会ったのが、キースさんなのです」

 椅子に座り直したクララクララは、本当のことを話します。繰り返すようになりますが、クララクララには嘘を付く機能は備わってはいないのですから。

 キースさんは何も答えませんが、凛々しい金色の右の眉毛が上がるところをクララクララは見逃しませんでした。キースさんの望む答えでは無かった様子です。

 そういえば、キースさんは無精ヒゲなど無いとても清潔なお方だと思います。着ている詰め襟の軍服も丁寧にクリーニングされていて、多分、奥さまが気の付くお方だと思われるのです。そうしてクララクララはその人の事がとても羨ましく思いました。

「そうか、報告通りだな」

 そう言ったキースさんは、少し「しまった」とのお顔になられましたが、直ぐに澄ましたお顔に戻られます。広い額からは、汗を一滴さえ流されません。

「報告ですか? クララクララの身辺は、軍の諜報部員さんに調べられているのでしょうか?」

 クララクララは上目遣いに見上げます。でもキースさんは、クララクララの質問には答えません。


「ヨハン・フェルゼンシュタイン少尉とも会っているだろう」

「ヨハンさんですか? ヨハンさんは一昨日おとといに見えられたので、お紅茶をごちそうしました。ヨハンさんはキースさんと始めてお会いした日に、ご挨拶をしましたから、クララクララとはその時からのお知り合いになるのですよね」

「ヨハンの用件とは、何だったのかね」


 先ほどからキースさんの口調が厳しくなってきました。クララクララは困ってしまって、自分のカップにポットからお紅茶を注ぎます。そうして空になったポットを、クララクララから遠い位置のテーブルの上に置きます。

「あ、そうでした。ヨハンさんは、キースさんのお遣いだとおっしゃって、これを持ってきて下さいましたよ。クララクララも気に入ったので、テーブルの上に飾っています」

 クララクララが指差したのは、小さな花瓶です。先ほどまでは、ポットの影に隠れていたのでした。その花瓶は、花を一輪生けただけで一杯になってしまうのですが、クララクララは池のほとりに生えていた可愛らしい白いお花を一本飾ってテーブルに置いています。そういえば、この花がマーガレットなのでしょうね。


「一輪挿しか。そうか、クララクララ君はこの品を喜んでくれたかな。私がヨハンに命じて、クララクララ君にプレゼントした品だ」

 そう言ったキースさんは、お花を取り出されます。そうしてから、手帳の上に置いていたボールペンを真っ白な陶器製の花瓶の口の中に入れて仕舞われました。ボールペンは金色の外国製で、高そうな商品に見えるのですが、遠慮なく花瓶の奧まで差し込んで行かれます。花瓶の中には水が入っていますから、キースさんの高級ボールペンが濡れて仕舞われないか心配です。花瓶の大きさとしてはボールペンがスッポリと入ってしまう長さなのでしょうが、花瓶の口からは、ボールペンのお尻に付けられた白い星形のマークが見えているのです。

「え、ハイ。嬉しくて毎日花を飾っています。何でも無い食卓が華やかになって、食事も美味しくなりました」

「ロボットが食事をするのかね。大変な高性能だね」

「え? ロボットも動くには燃料が必要ですよね。クララクララは一般の人と変わらない食べ物で、動力源を動かすことが出来る高性能タイプなのです。おじいさんから、そう説明を受けました」

 クララクララは何でもないように答えます。


「そうだ、クララクララ君」

 そう言って、キースさんは黒革の手帳をパタンと閉じられます。濡れてしまったボールペンを、構わず胸のポケットに仕舞われます。

「ハイ、なんでしょう?」

「気分転換にでも、外に出てみようか」

 クララクララに向けて、にこやかに話しかけてらっしゃいました。



   ◆◇◆


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