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人間ぎらいのパヴァーヌ  作者: 姫宮 雅美
第一のメロディ「クララクララと人間嫌いのキースおじさま」
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(前奏・2)

   (前奏・2)


 兵士さんは、クララクララの不満の気持ちを無視します。苛立った声で、クララクララを責め立ててきます。

「先ほどから何度か登場する『クララ・クララ』が――お前の姓名なのだな!」

「違います! クララクララは、クララクララであって、クララ・クララでも、クララ=クララでも無いのです。おじいさんから頂いた、由緒あるクララクララという名前なのですから、そこの所を間違えないで頂きたいのです!」

 クララクララはハッキリと言い切ります。ですが、兵士のおじさんの表情が見る見ると険しくなるのが、クララクララにも分かります。


「ええい! まったくクラクラ、クラクラ、うるさいんだよ! それが本名なのだな。お前は隣の国の人間だろう! パスポートは無いのか? それに、あの国にも国民登録IDカードがあるはずだ! ソレを見せてみろ! それで、ハッキリスッキリとする」

 おじさんが喋るたびにツバがクララクララの顔に掛かってきますが、クララクララは動じません。

「国民登録IDカード?」

 クララクララは聞いたこともない単語に、両目をパチクリとさせて、相手の顔を見ます。兵士のおじさんもそんなクララクララの顔を見て、たいそう驚いていた様子でした。

 うーん? クララクララの愛読する新聞、デイリー・レコード紙の記事の中に、そんな単語を見たような見なかったような。その辺は、クララクララのシリコン単結晶を加工した記憶装置の中には入っていないのですから。


「カバンの中には、もう他に何も無いな! 国民は――すべからく――国民登録IDカードを肌身離さず持っていなきゃならん。それは、あの国もこの国も変わらんだろうが」

 クララクララのカバンの横ポケットに左手を差し込む兵士さんです。そこに入っているのは、ウサギさんの刺繍が入ったクララクララの白いハンカチだけですけど。

 ピンク色でピョンと跳ねているウサギさんのマークは、クララクララのお気に入りで、同じ模様のペンケースやバインダー、それにマグカップも持っているんですよ。でも、マグカップの方は数日前から見当たらなくなってしまって。クララクララが割ってしまって、無意識のうちにどこかに捨ててしまったのでしょうか?

 恐るべし、自律自動行動中のクララクララなのです。


「あ、ああ!」

 クララクララは思わず大きな声を発してしまいました。兵士のおじさんは、カバンの横ポケットから出て来たのがクララクララのハンカチだと知ると、ゴミ扱いでポイと捨ててしまったのです。

「ああ、ああ、あああ!」

 急に吹いた風で、クララクララのハンカチがあおられてしまって、飛びそうです。クララクララは、両手でハンカチを押さえようと、二三歩進み出たのでしたが――。


 ビィー、ビィー、ビィー!!


 大きな音が直ぐ近くからしたので、クララクララはビックリして歩みを止めます。それは、兵士さんも同じだったようで、慌てて腰の後ろに付けていた無線機を取り出してしまわれました。音の正体は、無線機からの呼び出し音だったようです。

 でも、電波の調子が悪いのか、兵士さんは機械の黒い短いアンテナの横にあるダイヤルをカチカチと回しています。

 そして、クララクララのハンカチの方は、手すりの柵に引っ掛かっていました。風でどこかに飛んで仕舞わないか心配です。


 兵士のおじさんは、無線機のオレンジ色に光る画面に向かって大声で応答します。

「ハ、ハイ! 定時連絡に遅れてしまったのは、怪しい女を見つけたからで。ハイ、若い娘です。武器などは所持していませんが、何しろ言動があやふやで、何よりも国民登録IDカードや身分証を所持していないのです」

「怪しい女とは、失礼です! み、身分証なら持ってます!」

 クララクララはエプロンの右ポケットから、カードを取りだして、兵士さんに見せつけます。プンスカ、プンスカのクララクララなのです。おじさんの頭をポカリと殴ってやりたい思いのクララクララです。

「何だと! 早くソレを見せろ。手間取らせやがって!」

 乱暴に奪って行かれました。でもでもでも、兵士のおじさんはクララクララの差し出したカードを見て、ガックリと首をうな垂れていらっしゃいます。


「何だコリャ、自動車運転免許証でも国民健康保険証明書でも無いな。ボルフマン商会優待カード? あ、ハイ、失礼しました! 当人は身分証だと言い張っているんですが、エエ、ボルフマン商会なる店の割引スタンプカードです。エエ、エエ、単なる個人商店だと思われます。その店の電話番号が載っていますから、後に照会を願います。ハイ、ハイ。それと、警護車両の派遣をお願いします。政治犯の輸送が可能な厳重なワンボックスタイプの車両です。その派遣を要請したいのです」

 兵士さんが、無線で会話している間。クララクララは散らばってしまった荷物を大急ぎでバッグの中に集めます。ヒラヒラと風で揺れているハンカチも拾って、丁寧に畳みます。それをバッグの元の場所に仕舞います。そうしてオレンジ色のカバンの青色のストラップを、また右肩からナナメに下げるのです。


 ブッツリ。


 無線機のスイッチが切られる大きな音がして、兵士さんがクララクララに近づいて来ました。太い眉が寄っていて、眉間に皺が寄っています。眼を細めてクララクララの事を見ています。顔が怖いです。クララクララは、少し体を引いて身構えます。

 怖い顔のまま、クララクララにカードを返してくれました。クララクララは両手で受け取り、それを元のエプロンの右ポケットに仕舞います。

 でも兵士さんは、思ったよりも優しい人でした。クララクララを睨んでいた顔が、悲しそうな表情に変わったように感じました。寄っていた眉の両端が下がります。まるで可哀相な動物でも見るような、森で怪我をしたリスさんを見つめるような、哀れんだ目でクララクララを見てくるんです。


「何でしょうか? クララクララは早くおばあさんにお野菜さんを届けて、森の中のおじいさんの家に帰りたいのです」

「分かった分かった。まずはこれに乗るんだ。そうして、もうすぐ迎えが来る。お前は、その迎えの車に黙って乗り込めばいいだけだ。悪いようにはしない」

「それですか?」

 クララクララは「それ」を指差しながら、兵士さんの顔を見ます。「これ」と兵士さんがアゴで差したのは、バルコニーの床から30センチほどフラフラと浮かんでいたままになっている空中浮遊装置の事でした。

 正式名称など全くは分からないのですが、新聞に以前紹介された時には、あの国の軍隊で実験中とあったのです。でもでも、いつの間に実用化されたのでしょうか? とっても素晴らしい科学力ですね。でも、当たり前の事なのでした。クララクララのような高性能のロボットが存在する世界なのですから。


「大丈夫だ。大人二人を乗せても、途中で落っこちる心配は無い。早く乗れ!」

 兵士さんは、ぶっきらぼうに言い切ります。クララクララの後ろに回った兵士さんに、背中を拳銃で小突かれました。早くしろとの命令です。

「ハイハイ、今乗ります」

 クララクララは、ワンピースの裾がめくれ無いように注意しながら装置に右脚を乗せます。クララクララのお気に入りの白いローパンプスを履いた右脚です。怪しげな機械のクセに、体重を掛けてもびくともせず、その場所に留まり続けているのには感心させられました。もう片方の脚を乗せます。クララクララの全体重を乗せても、空中浮遊装置は浮かんだままなのです。

「よし、動かすぞ!」

 クララクララよりも遥かに体重の重い兵士さんがそう言って飛び乗ると、さすがに重さに耐えかねたのか、5センチほど沈み込みました。二人合わせると100キログラムは優に超える重量です。

「え?」

 クララクララは思わず聞き返してしまいました。動かす? 何を? まさかこれを? 兵士さんは右手の拳銃を左脇の茶色い革製ホルスターに押し込みました。そうして、腰から空中浮遊装置の操作用コントローラーを左手で取りだして、十字レバーを上方向に倒して、右手で赤と青と二つ並んだボタンの赤い方を押すと――。


 キュイーン!!


 大きな音がして、クララクララは両耳を押さえます。全く、ロボットを不安な気持ちにさせる騒音です。そうして、装置が動き出してしまったのは、クララクララがシミュレートした演算結果と同じです。


「しっかり、掴まってろ」

「ハヒ?」


 キュウ、ウーーン。


 クララクララと兵士さんを乗せた装置はチョッピリ甲高い唸り声を立てて、おもむろに上昇したのです。1メートルほどでしょうか。クララクララは、慌てて兵士のおじさんの太いウェストに抱きつきます。なにしろ、この装置には手すりなんて付いていないのですから。

 すると、懐かしい匂いがしました。クララクララのおじいさんの愛用していたヘアワックスと同じ香りがしたのです。この兵士さんは、クララクララが考えているよりも年齢が上なのかも知れません。五十歳ぐらい? 

 アゴには白髪交じりの無精ヒゲが生えているのです。髪の毛は綺麗な栗色ですから、頭の方は染めているのでしょう。クララクララは、虹色に輝く中央演算装置でそう推理します。


「離すなよ」

「ハ、ハイ!」

 離すワケなどありません。クララクララはいっそう、兵士のおじさんのベルトを両手で強く掴みます。

 チョッピリ太めの兵士のおじさんの胸の部分に、クララクララの顔を押しつけます。


「下を見るな。ワシもまだまだ、高い場所は苦手だからな」

「あ…………」

 クララクララは顔を上げて、それから思わず下の方を見てしまいました。するなと言われると、どうしても反対のことをしてしまうクララクララです。これは「ロボット三原則」に反しているのですよね?


 「ロボット三原則」の事は、クララクララも良く理解しています。


 一つ、人間に危害を加えてはならない。

 二つ、人間の命令には絶対服従だ。ただし、一つ目の命題には逆らえない。

 三つ、一つ目と二つ目の命令に反しない限りは、出来るだけ自分の身を守れ。


 おじいさんからもよく注意されていました。クララクララの悪い癖は、やっちゃいけないと注意されても、ついついしてしまう事です。今は、兵士さんの命令に逆らってしまったクララクララがいるのです。

 空中浮遊装置はプカプカと浮かんで、ビルの十階相当の空中に漂っていました。装置に乗ったクララクララと兵士のおじさんの小さなシルエットが地面に写ります。

 クララクララは今更ながらに気が付いてしまいました。装置の下には、地面まで何も無い単なる空っぽの空間だけが広がっているのです。

 その事実に、クララクララの膝のジョイント部はガクガクと震えだし、アゴの方も人工歯の根が合わぬほどカチカチと音を立てて揺れています。ロボット工学の粋を集めて作られたクララクララですが、30メートル以上もの高さから落ちたならば、確実に壊れてしまいますから。


 キュイ、キュイ、キュイ、キュイ。


 でも、何だかこの音が頼もしく感じます。音が聞こえる度に、クララクララと兵士のおじさんの二人は、確実に地面へと近づいて行くのですから。クララクララはおじさんの胸に押しつけていた顔を離し、左手は肩に掛けていたカバンのストラップを強く握ります。右手の方は、おじさんの腰の赤い革ベルトに掴まったままです。その間は、緊張感は保ったままです。そうして下を見ると、直下のクララクララ達の丸い影が段々と大きくなってくるのが見えました。

 やがて地上付近にたどり着くと、兵士のおじさんは優しくクララクララの右手を握ってくれて空中浮遊装置から降ろしてくれました。建物の下には普通に石畳の道路が走っているのです。



 そうやって五分ほど経過すると、赤と青の回転灯を回しながら、パウンドケーキみたいな、横にした直方体の形の白と青に塗り分けられた車が近づいて来ました。色合いはクララクララをこの場所に運んできたバスと同じです。車はクララクララと兵士のおじさんの前で停車します。これが、先ほどの無線の会話に出て来た政治犯輸送車両なのでしょうか? 窓にはガラスの代わりに金網と鉄格子とがはまっています。ゴツゴツした形は頑丈さを感じさせます。

 すると――クララクララは政治犯ということになりますが――。



 ガシャコン!


 小窓に鉄格子の嵌った重い扉が閉められます。車の最後部の中央から両開きのタイプの分厚い金属製の扉です。外から厳重に鍵を掛けられてしまいました。何だか心細い思いのクララクララです。


「あのう――クララクララは、どこに連れて行かれるのでしょうか?」

 クララクララは、車の助手席に乗り込む兵士のおじさんに尋ねます。車の運転席側と荷物席の間には分厚いガラスによって区切られた境界があります。この場合の荷物はクララクララということになるのでしょうか。その境界部の小さく開いた穴には金網がはめられているのです。

 そこにおじさんは口を近づけて、クララクララに話しかけてくれました。


「すまんな、クララクララちゃん。これから警備本部に連行する。お嬢ちゃんの身分の照会が必要なんだ。それからかな、クララクララちゃんの身の振り方が変わってくるよ。その時は、正直に答えるんだよ。警備本部の連中は、おじさんほど優しくないからね」


 キュルキュル、ブルン!


 車のエンジンが掛けられます。


「出発します」

 おじさんに声を掛けた若い運転手さんは、バックミラーに映るクララクララを見ようともせずに、車のアクセルを右脚で優しく踏み込みます。ユルユルと車が動き始めました。政治犯輸送車両は、堅牢な造りの車のためか、何もかもがノロノロ動くカメさんのようでした。

「あの、聞いてもいいですか? おじさんの名前は何ておっしゃるんでしょうか?」

 決心したクララクララは、おじさんに語りかけます。何だかこのおじさんとは二度と会えなくなるような、予感のするクララクララなのです。

「うん? おじさんかい。おじさんは、エロワ・ボードレール兵長というんだ。おじさんにもクララクララちゃんぐらいの歳の娘が居てね。まあ、尋問時には乱暴なことはしないようにと上司に頼んでみるよ」

「はあ…………」

 政治犯……。尋問……。乱暴……。クララクララには馴染みのない言葉が並んで、不安な気持ちになりました。

 クララクララは深く息を吐いて、鉄格子の嵌った小窓から外を眺めます。背筋をピンと伸ばし、膝の上に両手を乗せています。だって、クララクララには何もやましいことは無いのですから。

 その時、車はトンネルに入ったのでした。車内は暗くなり、トンネル内のオレンジ色の照明が車の中を照らしています。道路の継ぎ目に差し掛かると、車はガチャンと大きく上下に揺れます。茶色い固いソファーに座るクララクララは、お尻が痛くなってきました。思わず顔をしかめるクララクララです。

 トンネルの照明を受けて、クララクララも、エロワおじさんも、運転手さんも、顔がオレンジ色に染まります。

「あの…………」

 クララクララは尋ねようとしましたが、エロワおじさんはクララクララに背中を向けたまま、前の方を向いたままなのです。


 クララクララは、頭部に埋め込まれた中央演算装置で考えます。どうしてこんな事になってしまったのでしょうか? 首を右に傾けます。

 ホンの三日前は――。


 そうでした。話は三日前にさかのぼるのです。



   ◆◇◆


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