60話 交渉
「単刀直入に言おう……」
現在、個室にて僕は、マスタングの使者が僕に渡してきた通信用魔道具を起動し、マスタングのリアルタイムの姿を写し出したホログラムと対話をしている。この通信機気は、この世界の富裕層が良く使う、テレビ電話的な代物である。
中でも今使用されているこれは、限られた権力者のみが使用する事を許された、超高性能通信魔道具だ。発動時に完全防音の障壁が張られる機能や、通信時に使用者の気迫や雰囲気まで伝達させる「ドッペルエフェクト」機能などを搭載している。更に高位の風の精霊を用いての、極めて秘匿性が高い通信回線を使用している為、盗聴の心配もない。
「龍使い殿、私と手を組まないか?」
今、マスタングが僕に持ちかけようとしている、出来レースの交渉をするにはうってつけの逸品なのだ。
「貴殿の主君である、エルヴィスの目的は分かっている。…………エリザベスへの報復であろう?」
まるで、本当に目の前にいるかのような。ともすれば、息づかいまで聞こえてきそうな程に鮮明な映像。リアルな映像のマスタングが、実物と寸分違わぬであろう鋭い眼光でクズ子モードの僕を見据える。「ドッペルエフェクト」の機能により、その鋭利な眼光のプレッシャーがダイレクトに伝わってくる。きっと、この眼光を前にしたら、大概の人間はひれ伏すことだろう。
まぁ、僕にとっては所詮ただの人間の眼光なので、なんてことはないのだが。なんてことなさレベルでいったら、「ちょっとだけ深爪しちゃったかな~」くらいなんてことない。
「ならば私と協力して、エリザベスを完全に失脚させようではないか。私と貴殿が協力すれば、あの煩わしい勇者もリスク無く亡きものにできるだろう」
映像のマスタングは手を伸ばして僕にそう言う。凛々しい顔つきで、僕に対しての敬意の念を滲ませる口調で、厳かにそういう……
ふふふ…… さすがは王国一のやり手だ。相手に不快感を与えないままに、自分の意思をストレートに伝えてくる。そして、こんな危険な発言を揺らぎ無く言い切るあたり、肝もすわあっている。これはきっと、誰にでも出来ることじゃない。この存在感は限られた人間にしか出せないものだろう。
……生まれながらの王っていうのは、きっとこういうタイプなのだろうなぁ。
ふふ、中々にあっぱれだ。だが……
「協力ですか? あ、けっこうです」
だが断る。
理由はその上から目線が気にくわないから。あと、エルヴィスのスウィートでスペシャルな復讐に、第三者(僕は除く)の介入は認めない。
「…………………………いま、貴殿は何といった?」
そんな僕のあっけらかんとした返答に対し、マスタングは固い笑顔を張り付けたまま、ゆっくりとそう口にする。
「…………まさか今、断ったわけではあるまいな?」
そして、薄い笑顔のまま、少しだけ語気を荒くしてそういう。
「え? やだなぁ、ちゃんと聞いてなかったんですか?」
まさかもなにも、そのまさかだ。まぁ、向こうからすれば、にべもなく断られるなど、想定外もいいとこなのだろう。生まれながらの皇子様たるマスタングにとって、こんな粗雑な対応は初めてなのだろう、初体験なのだろう。おざなり対応が初めてな、おざなり童貞なのだろう。
まったく、これだから温室育ちは困るぜ。よしよし、しょうがないな。それならばここは、僕の方が奴のレベルにあわせて、より分かりやすい言葉で伝えてやるとしようか。
「マスタングさんは生理的に受け付けないので、協力とか無理です」
僕はやさしい笑顔で拒絶した。彼が言われたことのないであろう言葉に悪意を添えて。
「…………貴様はバカなのか? 計算もできないのか? 良く考えればわかるだろう? ここで私を敵に回したらどうなると思っている?」
僕のはっきりとした決別の言葉に、こめかみをひくつかせていうマスタング。その声色は確かな怒気を孕んでいた。
「まぁ、怖い顔ですこと」
クズ子モードの僕は、ネカマ気分でそれをいなす。僕の微笑みに、マスタングがさらに顔を強張らせた。
ふむ、ちょっと袖にされただけですごんてくるとは、なんと器のちっちゃい…… これだからおざなり童貞はこまる。
「もう一度だけ聞いてやる…… いいか、良く考えて答えろ」
マスタングはそれでも冷静を装い、再度僕を見据える。その視線は変わらず鋭く、相手のペースに流されまいとする意気込みだけは伝わってきた。
「あ、聞かなくていいでーす」
しかし僕はそれにそう答える。そして同時に、通信魔道具の電源を切る。
うふふ、僕は忙しい、無駄話を聞いている時間などはないのだ。これからマリアといちゃいちゃしなきゃいけないからね。
「くふふ…… 今ごろマスタングの奴はどんなかおをしているのかなぁ」
惜しむらくは、その面が拝めないことだろう。だが、それを想像して楽しむのもまた一興である。
「さてと……」
そして僕は、部屋の外に待たしているマスタングの使者に「話し合いは終わった」といって魔道具を手渡す。
「では、マスタング様に宜しくお伝え下さい」
僕は、使者に笑顔でそう言って送り返すのだった。
ちなみに鳳崎の使者の方は、使者が入るなり通信機を奪ってぶっ壊し、「これが答えだ」といって手渡した。その時の使者の愕然とした表情は最高に笑える顔をしていた。一回はこういうワイルドな行為をやってみたかったので、大満足である。ふふふ、鳳崎のリアクションが実に楽しみだ。
「さぁて、盛り上がってきたなぁ……」
やはり祭りはこうでなくてはいけない。煽り、囃し立ててこその祭りなのだから。




