竜王祭カウントダウン 7
「ふむ…… いい感じに仕上がってきてるな」
理想郷が出来あがってきている。
オープンからもう、一月は経つが…… 空気感が完成してきている。
歓楽街としての、色町としての、独特の雰囲気が醸しだされてきている。
闇にネオンが輝き、酒と串焼きが香り、遊女の甘い声が囁かれ、生温く不健全な空気がぬるりとそよぐ。
それらに彩られたこの雰囲気。
そう……
「…………夜の世界が出来上がっている」
がやがやとした騒がしさと、チカチカ光る明りが眩しく喧しい。
行き交う人は皆ほろ酔い、一軒二軒と店を渡り歩く。
男を誘う声と女を買う声があたりに飛び交い、喧嘩の声もちらほらと聞こえる。
肩を組んで歩く者、鼻歌まじりに歩く者、煙草を旨そうに飲んで歩く者、酒を片手に歩く者、女を侍らせて歩く者、遊女をにやりと眺めて歩く者……
沢山の大人達が、楽しそうに街を練り歩く。
ここはまるで異世界、昼とは異なる夜の街。
夜は長く、そして楽しいと……
そんな優しく卑しい嘘を吐く街。
甘く甘く、人をダメにする嘘を、耳元で囁く様な街。
「ここは快楽の園…… 愉悦を貪るだけの世界」
ここはそんな街なのだ。
「だが、それでいい…………」
そう……
それこそが、僕の望む世界。
陰湿で、嫌らしく、欲望のままで、それを悪びれもしない。
そんな、むき出しの人間の様な街だ。
僕の根城とするに相応しい街だ。
くふふふ…… 楽しいなぁ。
そして、楽しそうだ。
「そう………… 堕落は、楽しい」
それでこそ人生だ。
「さて………… 緋色」
「ん? なぁに?」
隣を歩く緋色に声をかけると、緋色は繋ぐ手を小さくきゅっと握りなおして、笑顔で僕を見上げる。
幸せに満たされた顔で、ぴこぴこと動く犬耳が幻視出来そうな笑顔で、僕を見上げてくる。
ふふ…… 愛い奴だ。
男の娘は男の娘でいい。
実に赴き深い。
「良い街になってきたな、ここは…… 緋色の働きのおかげだ」
僕は、緋色とつないでいる手とは別の手で、緋色の頭をぐしぐしと強めに撫でてあげる。
緋色はこうして、髪をくしゃくしゃにする様に強めに撫でられるのを好むのだ。
「ぁぅ…………………… ……んっ」
僕がそう言って撫でてやると、緋色は一瞬停止してから感極まった様に涙ぐみ、言葉を詰まらせて僕を見上げる。
顔をくしゃっとして僕を見上げるその姿は「もったいなきお言葉」とでも言っているかのようである。
「くぅ…………………」
そして緋色は、僕の手感触を確かめ、味わうかの様にして目をつむり、ふるりとひとつ身震いをするのだった。
ふふ……
どうやら僕の撫でテクに、完全に酔いしれているようだ。
まぁ、無理もない……
なにせ僕は撫で撫でに関しては、並々ならぬ研究と鍛錬を重ねているからな。
そう……
撫で撫ではいい。
何がいいって、全てがいい。
撫でる感触も良いし、撫でた時の相手の表情も良い。
会心の撫でをきめた時の吐息も、その直後に見れる残心の表情も……
その全てが素晴らしく、その全てを楽しめる。
堪能できる点は数知れず、果てなき味わいがある行為……
それが撫で撫でなのだ。
撫で撫では実に奥が深いのだ。
ちなみに……
マリアは頬をむにむにと撫でられるのが好きで、シルヴィアはうなじをの辺りを包むように撫でられるのが好きで、ユエはつむじの辺りから耳の後ろを髪をすくように撫でられるのを好む。
つまり撫で撫では十人十色……
即ち日々の研鑽が大事なのである。
ああ……
憧れのナデポマスターに、なりたいな。
ならなくちゃ…… 僕は絶対なってやる。
「頑張る……」
僕が、撫で撫でについて思索を巡らしていると、不意に緋色がそう囁く……
「もっと頑張るから……」
ふるふると小さく震えながら、絞り出すようにそう言う。
頭皮をじんわりと熱くして、精一杯にそう言う。
「もっと頑張るから…… そしたら、緋色をまた撫でて」
健気に、愛らしく、彼はそう……
僕に言うのだった。
「ああ…… また撫でてあげるさ、約束だ」
…………僕は、自信の内に響きわたる「ハイッ、喜んでッ!!」と言う快諾の声を飲みこみ、あくまで紳士的にそう返す。
ああ、なんて良い子なんだろうこの子。
「……これからも宜しく頼むよ緋色」
「うん、緋色に任せてっ!!」
いい返事だ……
まぁ、実際のところ緋色は良くやってくれている。
持ち前のカリスマ性で、星屑組を上手くまとめているし、仕切りも上手い。
事案対応能力も素晴らしく、自己判断で大概の事案処理をしてくれるからとてもありがたい。
僕と連絡を取りたいが為に報告も連絡もまめにしてくれるし、前例が無い案件は必ず一度相談をしてくれる。
僕に嫌われたくないから、僕の言いつけは必ず守ってくれるの。
本当に…… ありがたい。
緋色は、実に使い勝手の良い優秀な駒だ。
優秀な上に、しかも可愛い。
本当に……
こいつは大切にしてやらないとな。
「…………じゃあ緋色、僕はそろそろ行くよ」
一通り撫で終えた後、僕は緋色にそう告げる。
「あ………… そっか、もう街の端まできちゃったんだね」
僕が短い散歩の終わりを告げると、緋色は心底悲しそうな顔をする。
切なげな顔をして僕を見上げ、その少しあと、下唇をかみしめて少し俯く。
そして……
「……………………………お兄ちゃん」
「ん?」
緋色は小さな声で僕のことを呼び、自らの両手で僕の手を包む。
「それじゃあ…………」
僕の手を自分の胸元に引き寄せ、ぎゅうっと強く抱きしめる。
目を瞑り「少しだけ」と呟き、僕の手を抱く。
そしてしばらく僕の手をぎゅっとした後に……
「…………またね後でね」
彼は切ない笑顔でそう言うのだった。
「ああ…… 後でな」
やだ……
この子ってば超いじらしい。




