58話 その③
「ふぅ………… いいお湯だぁ」
広い湯船に肩までつかり、至福の吐息を吐く僕。
「あぁ…… いぃ」
僕は今…… 新生ギリアン地区の三つ目のエリア「スパリゾートエリア」に来ている。
ここは多種多様な大衆浴場が集まる、大浴場施設である。
「足伸ばせる風呂…… やっぱ最高やで」
このスパには、本当に色々な湯船が配備されている。
僕が今使っている源泉かけ流しの特大露天風を始めとして、薬膳風呂や蜂蜜風呂と言った代わり湯、古代ローマ風の大浴場や地下にある洞窟風呂、更には温水プールの様なスポーツ施設に、貸し切り風呂などもある至れり尽くせり仕様の、超充実温泉レジャー施設である。
そんな、素晴らしい施設である「スパリゾートエリア」。
しかしてこの施設……
「くはぁぁぁ………」
特に語るべき事はない。
特筆すべき点は無い。
なにせこれは、前の世界のスパリゾートを参考にして作っただけなのだから。
まぁ……
この世界では貴族以外で風呂に入る習慣は無いため、それが誰でも利用できる上、種類も豊富とあれば、話題性としては十分ある。
十二分に商売になるのである。
だが…… 正直そんな事は割とどうでもいい。
度外視してもいいとすら言える。
何故なら……
「ああ…… やっぱ日本人は風呂だなぁ」
この施設は単に僕が欲しかっただけなのだから。
変な企みとかなく、一消費者として、十二分に楽しめる物を作っただけなのだから。
まぁ、それ故に……
皮肉にも一番ホスピタリティあふれる、良心的な施設となっている。
だが、まぁ…… そんな事はどうでもいい。
てか……
「あぁ………………… こんど、ロリ達と混浴しよう」
なんか全てがどうでも良くなるなぁ~。
――――
「いやぁ…… にぎわっているなぁ」
さて、続いては四つ目のエリア「マーケットエリア」である。
まぁ、ぶっちゃけ、ここもそんなに特筆すべき点はない。
唯の普通の市場である。
ただし……
「この魔道具欲しかったんだよ!!」
「わぁ!! 色んな食材があるのね!!」
「凄い!! こんな商品があるんだ!!」
「この防具って、他のタイプもあったんだなぁ」
「この奴隷、もっと安くはならないのかい?」
その規模は国内最強である。
この「マーケットエリア」は五つのエリアの中で一番の広さを誇り、それと同時に、国内最大の広さを持つ市場である。
取扱う商品は実に様々で、成果、肉類、魚類等の基本商品を始めてとして、畜産物や野菜などの酪農商品も扱い、資材や魔材などの素材品、更には魔道具や武具防具等の戦闘用品から、果ては奴隷までも扱う。
大概の商品は取り扱っており、「ここにくれば全てがそろう」と言って過言ではない程度には潤沢な品揃えである。
正に、完全無欠の大市場と言えるだろう。
そんな充実すぎるラインナップの裏には、今回「新事業」に合わせて立ち上げた「運送業」による力が大きい。
とは言え別段大した事はしていない。
具体的にはマスタングの伝手で各地区におかせてもらった配送センターに、各業者の商品を業者自ら納品してもらい、あとはそれをここに集めているだけの実に簡素なシステムを敷いているだけなのである。
売り出し方も、実に簡素であり、各商品の種類ごとにブース分けしているだけと言う、いたってシンプルな物だ。
その様相は正に市場であり、「デート」や「ショッピング」目的で作られ、オシャレな造形で統一されている「ファッションエリア」とは違い、全体的に雑然としている。
まぁ…… この活気ある雑踏感が市場らしくて良いとも言えるが。
「よし…… まぁ、問題はないな」
とにかく以上はなさそうである。
視察は早々に切り上げるとしよう。
買うつもりも無く市場を見ているだけでは、面白くもないしな。
さて……
取りあえず視察はこんな所か。
――――
「よし…… 視察終了」
新生ギリアン地区、五つ目のエリアはここ「運営本部エリア」である。
ここはその名の通り、一大商業施設となった新生ギリアン地区の全てを総括する運営の総本部である。
ここでは緋色を始めとする星屑組のメンツが滞在し、ギリアン地区全体のトラブル対応、及び管理運営を行っている。
ただ業務をこなすだけのエリアである為、ここも特筆すべき点は無い。
「……何の問題も無かったな」
僕は運営本部にある、本部長室に行き、そこで一息つく。
先ほど「フードコートエリア」で買った「ロリロリポップキャンディ」をペロペロしながら、休憩をする。
そして、この部屋に設置してある「全体監視システム」を起動し、ギリアン地区全体を見まわすのだった。
「ふふ…… 我ながら実に健全な経営だ」
いやはや、本当に健全である。
こうして、改めて全貌を見まわしてみて改めて思うが、本当に真っ当な商売をしている。
お客様の立場にたって考える、至極健全な商売である。
まぁ、多少おいたはしているものの、僕が運営しているとは思えないほどに健全だ。
「くく…… 悪くない」
基本が不健全の僕だが…… たまにはこういうのも悪くはない。
僕だってたまには、良い事をする事もある。
悪魔にだって気まぐれはあるのだ。
「さて…… じゃあ引き続き、やさしく見守るとしますか」
この後は特にやる事もないし、後は夜まで経過を観察するとしよう。
さぁ、清く正しく美しく、仕事をしようではないか!
――――
「……ようやく日が沈むな」
夕暮れ…… 逢魔が時。
間もなく夜が更けるこの時間。
「さぁ…… いよいよ本番だ」
僕は本部長室の椅子から腰を上げる。
「くふふ………… 待ちにまったよ」
そして、ある場所へと向かう。
「いよいよ、本当の開店だ」
その、ある場所と言うのは、地下にある。
この、「運営本部エリア」の地下に「それ」は広がっており、運営本部、最深にそこへと至る階段があるのだ。
「ふふ…… 秘密の広告は、ちゃんと機能していつみたいだな」
僕はずっと噂を流し続けていた。
新事業の立ち上げから、ずっとある噂を流し続けていたのだ。
「ちゃんと、運営本部に人が集まってきているみたいだ」
その噂とは、「ギリアン地区の地下には楽園がある」と言う噂だ。
全ての夢を、欲望を満たす…… そんな楽園があると言う、噂だ。
そして……
その噂を聞きつけ、それに焦がれた人間達は、導かれるようにこの運営本部へと集まってきている。
噂を起点とし、新生ギリアン地区のいたるところに仕込んだ魔術的サブリミナル効果より…… 「楽園」の暗示に掛かった者たちが、集って来ているのだ。
噂を調べる中で見つけた、各エリアにある連絡通路を通り、ここへと集う哀れな人間達。
あらかじめ、少し調べれば分かる様にしておいた…… この場所へと。
「お集まりの皆さんに、ご案内してあげないとな」
此処に集まった人間は……
どれも欲にまみれた人間ばかり。
己の欲求に正直な人間ばかりだ。
そう…… 汚く醜い人間ばかりだ。
だが……
「僕の作り上げた、楽園に……」
そう言う奴らを、僕は嫌いじゃない。
「さぁ…… 夜を始めよう」
ここから先は大人の世界。
物欲と、強欲と、肉欲と、自己顕示欲にまみれた……
貪欲な大人たちの、醜くも美しい世界。
悪魔と悪魔によって開かれる宴、欲望渦巻く闇市。
くふふふふ……
真っ当な商売も悪くない?
悪くはないが、面白くもない。
清く正しく美しく?
それはもう終わりだ…… 気まぐれはおしまい。
「さぁ… 酷く醜く愚かしく行こうじゃないか」
間もなく開店いたします。
至高の夜をお届けする、悦楽と享楽が渦巻く歓楽街。
「いらっしゃいませ下等生物…… 心より歓迎いたします」
これこそが僕がやりたかった新事業。
趣味と実益を兼ねた、最高の仕事場。
その名も……
「理想郷へようこそ」
…………くふふ、ようこそおいで下さいました。




