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Letter1 愛しき不良少女へ

不定期更新。死神イルルは序盤に出ることはまずないことをご了承ください。

 狩屋愛美は、不良少女である。

 はっきり言って、自分以外のことなどどうでもいいのだ。

 ただ、タバコも酒もくだらないと思っている。あんなものは、ただの金の浪費だと。

 しかし、自分らしく生きるとなったとき、身の回りのすべてが邪魔に思えたのだ。

 まずは家族だった。母は女の子らしくあれと口うるさかった。口論になることは毎日のようにあった。それに疲れたのか。母は自分の前からいなくなった。うるさいのがひとりいなくなったことは、愛美にとって清々しかった。

 しかし、残った父はまたも口うるさかった。お金の使い方から生活方法。毎日の過ごし方に休日の様子。事細かに聞いていた。ただ、いつも父の顔は優しさと憂いに満ち満ちていたことを、愛美は一度も気付くことはなかった。

 高校生になり、自分のことを大概できるようになった愛美は、あまり家に帰ることがなくなった。

 学校の方には通っているが、教師の話はまず聞かない。掃除もしない。学校には遅れてくるのは当たり前だし、保健室でぐうたらするのは日課であった。

 ただ、その影で父が一生懸命働いていたことを、愛美は知らない。


 父、狩屋孝治は、目立つところもなく、中肉中背のおじさんではあったが、何事にも一生懸命な人物であった。娘が出来てからというものの、さらに仕事に励んでいた。そんな娘がこんな不良少女に育つなんてことは考えたこともなかった。

 しかしそれでも、孝治にとって愛美は愛しい娘には変わりなかった。

 娘がどんな悪いことをしても、謝りに行った。酒やタバコなど全くなかった娘ではあったが、深夜徘徊で警察に補導されることが多かった。反省のない娘に世間というものを説いたが、娘は聞く耳を持たなかった。

 娘が社会に出たときは苦労するのではないかと、孝治は心配していた。

 社会が一筋縄でいかないことは、孝治自身が知っていた。


 高校卒業とともに、愛美は家を出た。

 何の予告もないままにふらりといなくなり、電話も通じず、孝治は悲しんだ。

 確かに、悪いこともしてきた娘であったが、愛しさが孝治の心を占めていた。

 警察に頼もうかとも思ったが、さすがにそこまで出来ない。孝治は、悩んだ。仕事も手に付かなくなるほど、愛美との思い出が、愛しさが、愛美を捜したいと思うのは、不思議なことではなかった。

 そんなある日、ついに、運命の日が訪れる。

 孝治が働いていたのは、小さな町工場だった。

 気がつかなかった。そう言ってしまえば、そうだと言うしかない。倒れた山積みのパイプが、孝治の背にのしかかったのだ。ひとつなら大したことなくとも、山積みとあれば、ひとひとり潰すには十分である。

 救急車に乗せられ、病院に運ばれた。

 手術室に入ったとき、ふと目をあけると、そこにはなぜか黒服で、白髪の少年がそこに立っている。

「僕はイルル。おじさん、何か遺したい言葉はあるかい?」

 黒服の少年は、孝治にそう尋ねた。

 孝治は、まぶたを一度閉じると、ゆっくりと開けた。

「ああ、あるよ。娘に伝えたい言葉が」

 なぜか、言葉をスラスラと話すことが出来た。呼吸をすることも苦しかったのに。

「イルルさん。伝えてくれないかい。私の、娘に」

「ええ。なんなりと」

「ありがとう。では、こう伝えてくれないか。私は――」



「わかりました。確かに受け取りました。ひと言の誤りもなく、一言一句伝えましょう。それでは、お休みください。安らかに眠りください。あなたの魂は、この言葉の返しを以て、冥府へと遅らせていただきます。この言葉の手紙……私が責任持って送りましょう」



 そして、孝治は、実に安らかに、息を引き取ったのだった。












 ――五年後

 愛美は結婚することになり、式を挙げた。

 家を出てからは苦労の毎日であった。フリーターでは生活が難しく、会社に入るため必死に勉強した。会社に入ってからは、礼儀作法や敬語など、今までほとんど使わなかったため、目上の人に怒られる毎日だった。しかし、父には頼らなかった。家を勝手に飛び出た負い目もあり、連絡すらしていない。電話しようと思えばいつでも出来たが、それはしなかった。

 ただ、後悔がないとは言わない。働いて、昔と違って世間の厳しさを知った今では、育ててくれた父の言葉が、胸に刺さる。しかし、今更どの顔して会えばいいというのか。

 この年になって、結婚することとなったが、連絡のひとつもしていない。親不孝だとは思うが、なかなか指が動かないのも事実だった。

「愛美?」

 会社の友人が愛美に声をかける。

 今愛美は白い純白のウエディングドレスに身を包んでいる。

 もう式が終わり、今は披露会へと移っている。

 お色直しの前で、この後は友人挨拶である。

 愛美は新しい服へと着替え、披露宴会場へと向かう。

 会場に入ると、いつのまにか司会の人が変わっていた。先ほどまでの大人のような人と違い、まるで子供ではないかと思える人がマイクの前に立っていた。

 夫が何か頼んでいたのだろうか。不思議に思いながらも、愛美は席についた。

「新郎新婦の御二方。改めて、この度は結婚おめでとうございます。さて、ここから新婦の友人挨拶となっていましたが、予定変更しまして、新婦の父君からの手紙を預かっておりますので、まずご紹介させていただきます」

 愛美は驚いた。夫も驚いたようにこちらを向く。知らないと愛美は首を振るが、止めるに止められない状況で、事態はそのまま進んでいく。

「父、狩屋孝治様より、娘、愛美様へ

 愛美へ

 私のもとを巣立ってから幾年経ったのでしょうか。あれから幸せに結婚できたようで、私も嬉しく思います。

 会えないことが残念で仕方ありませんが、愛美も何か考えがあってのことでしょう。

 愛美、まずはお前に隠していたことを教えなくてはならない。まず、母さんのことだが、実はお前が小さい頃に亡くなっていたんだ。離婚していなくなったなんて嘘。愛美を悲しませたくなかったんだ。

 母さんの墓は、昔行った祖父のところにある。落ち着いたら行ってあげなさい。

 お父さんも色々と口うるさく言ってすまなかった。ただ、愛美が大人になったときに苦労しないようにと思ってのことだということだけは、覚えておいて欲しい。

 あれから社会はどうだ。自分よがりではなかなかうまくいかないだろう。でも、失敗こそが自分を成長させるものだから、むしゃくしゃになって投げ出すことがないようにね。

 あんなに小さかった愛美の、今の美しい晴れ姿を見ることができないのが残念だが、愛美が元気でやっているのなら、これに勝る幸せはない。

 ただ、いつか一度でいいから、顔を見せにきなさい。

 愛美の旦那さん。愛美ははっきり言って、手先が器用なほうではありません。料理もそんなに得意というわけでもないでしょう。しかしどうか笑顔で許してやって欲しい。たとえ失敗した料理をたべることになってもね。

 後は、ただ幸せにしてやってほしい。特にそれだけはお願いします。

 私はきっともう会えないでしょう。しかし、いつまでも、ふたりを見守っています。

 どうか、どうか幸せに。生まれてきてくれて、ありがとう、愛美。

 ――以上です」


 愛美は涙を流していた。

 きっとそれは、いろいろな感情が入り交じった涙だろう。

「ありがとう。お父さん。ごめんなさい。私、幸せになるから……」

 愛美は顔を上げる。そこには、微笑んだ父が目の前に立っているように感じた。


 イルルはそっとそこから立ち去る。

 呪文で眠らせていた本物の司会役の人を起こし、外に出た。

 今日は晴天。清々しい青空が広がっている。

「これで、よかったですか?」

 イルルの手の中には、光る玉が浮いている。

「そうですか。あなたは言いたいことが伝えられてよかったですね」

 一際光が強くなる。

「ええ。では、参りましょうか。冥府へ」

 イルルは飛んでいく。自分の住むべき世界へと。



『あなたは胸の中に閉まっている言葉はありませんか。あるならばどうか声に出してください。伝えられぬままに逝くのは、とても悲しい。もし、死の間際であれば、僕がそこに行くかもしれません。あなたの最期の言葉を伝えるために』(――死神イルルの言葉――)


 

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