「もし、私が浮気したらどうしますか?」(セシルとエステルが婚約中の時のお話)
それは、日差しが眩しくなる季節。
結婚間近の一組の男女はのんびり香草を育てるための温室でお茶を飲んでいた。
ふと、女――エステルは何気ない疑問が脳裏に過ぎり、男――セシルの顔を下から覗き見る。
「ねぇ、セシル様? もし私が浮気したらどうしますか?」
他意はない。もう一度主張するが、他意はない。
浮気願望はエステルにはないが、たまには愛を確かめるように仮定話をしたくなるのは乙女心。
すると、セシルは間髪いれずにエステルへと微笑んだ。
瞬時にして温室の温度が急降下したのは……エステルの気のせいだろう。
(……セシル様、こんなに慈愛に満ちた笑みを浮かべてるのに……寒気がするわけ、ないわ)
自答してみた。
そして、セシルは形の良い唇から甘い声で言葉をつむぐ。
「相手の男を社会的にも精神的にも抹殺して――身体的には半殺しにするかな」
「………………」
エステルの顔色が蒼白になる。
(えぇと、つまり、心を容赦なくずたずたにして……楽に殺したくないから、身体的には生かしておく……ってことかしら?)
きっと、被害者(?)は「殺してくれ! いっそ殺してくれ!!」と懇願するだろう。生きる方が辛いこともある。
エステルが唾を呑み込むと、セシルはさらに言葉をついだ。
あたたかい彼の掌が、エステルの頬を包みこむ。
「――エステルには、他の男の相手ができないくらい愛してあげる」
普段のセシルが口にしない『あげる』の言葉に、エステルは薄ら寒さをおぼえた。
――間違いない。自分は地雷ではなく……自爆したのだと、悟った。
もはや、温室の植物はセシルが放つ絶対零度の空気ゆえに枯れてしまっただろう。
エステルは静かに口を噤んで遠い目をした。
(ああ、これが私の近い未来の旦那様……)
セシルと婚約したことを、後悔していない。後悔はしていない……けれど。
きっとウォーレスあたりなら「早まったね」くらいは言うだろう、とぼんやり思った。