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侯爵様と女中ととりまきその十六とその他(番外編を集めたの)  作者: えんとつ そーじ
*侯爵様ととりまきその十六(短編の続き)(完結済み)
22/25

とりまきその十六、『小悪魔系女子の分析』を読んでみた




 その本を見つけたのは、本当に偶然だった。


 窓の硝子がカタカタと震える。おそらく風が強いのだろう。

 部屋の外に植えられた木がざわざわと揺れ、窓から射す月の光も同じように揺らめいた。

 本を読む時は月明かりと、心もとないランプの灯りを頼りにしているにも拘らず、今日はそれを阻止しようとでもするかのごとく、光が弱かった。

 こうなってくると、些細な不愉快な出来事もすべて、ヤツ――メイフィールド侯爵の仕業なのではないかと思ってしまう私は末期なのかもしれない。

 私はせせら笑うように、にやりと口尻をあげた。

「――ふふ、見てなさい、メイフィールド侯爵」

 ――私は屈さない!!

 ……ぼんやりとした灯りの中で、机に向かいながら独り、こんなことを呟く私は、やっぱり末期なのかもしれない。

 ああ、地味に落ち込む。

 だがしかし。こんな風に壊れゆく自分に情けなく思って落ち込むのももう終わりだ。

 そのために今、私は深夜にも拘らず、机に向かって本を読んでいるのだから。

 本の名は――『小悪魔系女子の分析』。

 この一冊は、小悪魔と呼ばれる、男性がドキッとしてしまう要素をもち、なおかつ愛嬌を不特定男子に振り撒くという、女子には嫌われる種の女の子の共通点を分析している本だ。

 これは読まねばならないでしょう? ――そう、侯爵に嫌われるために!

 そもそも、この本を見つけたのは、なぜか図書館へ行けば毎回遭遇する侯爵から逃れるため、初めて社会学の分野の書棚へ足を運んだ時だった。

 ――あの男もたまには役立つじゃない。というのは心の声。

 もうこれは運命としか思えなかった。神様は私を見捨てていなかった! だってこの本と出逢わせてくれたのだもの!!

 そんなこんなで、小悪魔について知り、その正反対の行動をとってやればいい、と私は思うわけだ。


 さて、その本の内容であるが。

「……ふーん。小悪魔系って、性格じゃないわけね。効果なのね」

 納得するように頷く。

 脳裏に過ぎったのは、メイフィールド侯爵のとりまきその三。彼女は艶かしい姿態だった。そしてそれを見事効果的に発揮する態度。どれくらいの男性が彼女に目を奪われていたことか……。しかも、純朴そうで真面目な男性が彼女をうっとりと見つめていたのを発見した時…………男は顔か! 身体か! 色気か! 私だって、色気はないけど血の気はありますよ!? それじゃ駄目ですか!? と思ったのは秘密だ。

「いけないいけない。頭に血がのぼってしまったわ。……続きよ続き」

 首を振って、本へと視線を再び落とす。

 読めば読むほど、目から鱗な分析内容であった。

 いわく、小悪魔系は予測不可能性を持ち、魅力的な笑顔を浮かべる、と。

 思わず、唸ってしまった。

「予測不可能性……」

 独りごち、自分の行動とメイフィールド侯爵のとりまきの特徴を思い起こす。


 メイフィールド侯爵の、自分含むとりまきの行動といえば……。

一 舞踏会で侯爵を見つける。

二 侯爵の周囲を取り囲む。

三 侯爵に媚を売る。

四 侯爵の誘いを待つ。

「…………。ええ、ええ、とりまきその十六をしている間の私は間違っていないわ。きっと予測を裏切ることなく、ちゃんととりまきしているもの」

 続いて、先日侯爵にとった、自分の行動をまとめてみる。

一 図書館で会った。その後、一緒に茶をした。

二 某経済本について語りあった。

三 舞踏会の庭先で土下座した。

「…………。……予測不可能性…………いやいやでもあれよあれ。メイフィールド侯爵に微笑みかけた記憶なんてないし」

 …………でも、あら不思議。図書館で肩を叩かれて、理想の学者見習いと勘違いして満面の笑みを浮かべて振り返った記憶ならたくさんある。

 しかも、茶をしながら経済本について語り合った時、侯爵はなんと言った?

 ――『女性とこんな話ができるのは初めてだ』。

 記憶が正しければ、その時の彼は嬉しそうに笑っていた。

 …………なんてことだ。なんて失態だ! あああああ!

 悔しさのあまり、拳を握る。血が滲むのではないかというくらい、強く。

 そして、私は声高らかに目標を掲げた。

「――決めたわ! 今度侯爵に会ったら、私は彼の期待を裏切らない、積極的なる媚びを売ってやるわ!」

 これで彼は私に幻滅する!


 ――その時の私は、本気でそう思っていた。




***   ***   ***




 ちなみに後日、図書館でメイフィールド侯爵に会った際、私は目標通り、彼に媚びた。

 断腸の思いで愛想笑いを浮かべたし、腕に自分のそれを絡ませてみたし、おべっかを使いまくった。

 ――結果。

 彼は喜んだ。

 こともあろうに、私の腰に腕をまわし、「じゃあ、そこでお茶でも」と図書館から連れ出された。あの後は地獄だったので……思い出したくもない。ひとえに、操を守った私を誰か褒めてほしい。がんばった。私、がんばった!

 あの時のことをチラとでも思いだすだけで、目から汗が滂沱と溢れ出す。

 ああ、それでもそれでも。私は思う。

 おかしい。これはおかしい。なぜだ。なぜなのだ、『小悪魔系女子の分析』著者よ!


 そうして、私は後に気づくのだ。

 普段、侯爵を避けている私。そんな私が突然侯爵に近づいて媚びを売る。それも笑顔で。

つまり――メイフィールド侯爵にとってそれは、彼の予測を裏切る行動だったということを。





※ 作中の『小悪魔系女子の分析』は、ゲオルグ・ジンメル『コケットリー』の理論を使用しています。

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