1.プロローグ
もし、セシルが過去にエステルと出逢っておらず、ヤサグレていたら。もし、エステルが本編以上に心を閉ざしていたら。こんな展開になってました、多分、というお話。※本編以上の軽いR15。
いつしか、彼女の感情は涙に溶けていた。けれど、そのことに気づかぬまま、彼女は涙を零し続けた。
そうして涙が枯れる頃、彼女は笑みを失った。
”感情”という中身をなくした心。まだ、そこになにか残っていたのかもしれない。
しかし、彼女はそれをいらぬものだと無表情で判じた。同時に、氷の箱に入れ、隔離するかのように、心の奥深くへと沈めた。
いつからか、両親は悲しい目をして彼女を見るようになった。
その目が物語るのは”カワイソウ”という感情。
――自分はカワイソウなのだろうか?
彼女にはわからない。
いつからか、侍女たちは腫れ物を扱うように、彼女に接するようになった。
「エステル様は、お心を閉ざしてしまわれた」
そう侍女たちは噂する。
――自分は心を閉ざしたのだろうか?
彼女にはわからない。
ただ、皆にとって自分が扱いづらい存在なのだと、彼女にはわかった。
――ならば、どこへ行けばいいのだろうか?
彼女にはわからない。
そんな彼女は、偶然耳にした女中たちの閑談に答えをみつけた。
――邪魔な自分の行き場。自分のするべきこと。
「故郷の友達が、共通の友達に恋人を奪われたらしいの」
「酷い話ね。あたしなら仕返ししてやるわ」
「仕返しって……どんな?」
「元恋人と元友達が悔しがる方法――そうね、例えば元恋人以上の相手と、すっごく幸せになってやるとか。……とにかく、すっごく悔しがることをしてやるのよ!」
女中の言葉に、彼女は「――そっか」と物陰から呟いた。